優木ルナ ②
「本当に、大丈夫だってのに。勿体ないって…………あ痛てて」
簡易ベッドの上に寝かされ、ここで医療係であるルナの治療を受けている。
綿球に含まれた消毒剤が傷口に沁みる。
「何馬鹿なこと言ってるの。ほら、ちゃんと横になって」
「…………はいはい」
ドグマ・コアのお陰で傷の治りが早まってるから心配ない、なんて言っても聞いてくれないだろうな。
強情っぱりめ。
白い斑点が完全に消え去っていて良かった、残ってたらもっと騒ぎ立てていただろうからな。
「何?その胸のアクセサリー」
「あぁ、これドグマ・コアって言ってさ。これのお陰でイレイノムを倒せてるんだ」
「倒せるって、本当に?」
「実際に戦ってる所を見たんだろう?」
「そうだけど……」
「もう、何も出来ない俺じゃない……ルナや皆を守ってやれる。安心してくれ」
「……………………」
「住民への説明を終わらせましたよ」
「おっ」
ラスタが扉を開いてやって来た。
「皆さん、是非ともクロムに感謝をしたいそうです」
「そうか。ありがとう」
「あの…………あなたは?」
ルナがラスタのことを訝しげに見ながら、訪ねる。
何も聞いてないから気になるのは当然か。
「私…………クロムのバディを務めております、ラスタと申します」
「バ、バディ?あっ、えっと…………優木ルナです。よろしくお願いします」
戸惑いながらルナは会釈をし、ラスタもまた会釈で返す。
「ね、ねぇ…………あの人何なの?バディとか何とか言ってるけど」
ルナが耳打ちで話し掛けてくる。
「バディはラスタが勝手に言ってるだけで、いや…………もうバディって言っても差し支えないかもしれないな」
「えっ!も、もしかして付き合っ――」
「そういう意味じゃないからな!?」
「本当?やけに…………美人な人だけど」
「こんなご時世に色ボケなんか出来るかっつの…………!」
「…………他の方と違って、お2人は随分と仲が良さそうですね」
「え?仲良いってそりゃあ…………まぁ、幼馴染だし」
「昔はよく、2人で遊んでたんですよ」
「そうですか。ところで…………休んでいて良いのですか?」
「え?」
「結界、お忘れではございませんか?」
「あっ、しまった!!」
「うわッ!!」
反射的に身体が飛び上がる。
そうだよ、倒せたことに浮かれて失念していた。
ここの人達が安心して暮らせるように、イレイノムが立ち入らない結界を張らないといけないんだった。
呑気に休んでる場合じゃない、急いでやらないと。
「悪い、ちょっと出掛けてくる」
脱ぎ捨ててあった上の作業服を着て、部屋を出ていこうとするが――。
「ちょっと待ってよ!」
「ッ!」
ルナに袖を掴まれ、止められてしまう。
「結界だがなんだか分からないけど、今最優先するのは怪我の治療でしょう!?痛みが引くまで絶対安静、何かするのは禁止!!」
「ルナ…………行かせてくれ。皆が安心して暮らせるために大事なことをしなきゃいけないんだ」
「でも…………」
「大丈夫だって!直ぐ終わるし、危険なんてないから!!」
「……………………なら、私も連れてって」
「えっ!?いや、それは…………」
「危険なんてないんでしょう?なら私も行っても問題ないじゃない」
「…………………………」
頭を掻く。
やること自体に危険はないけど、外に出るだけでイレイノムに襲われる危険がある。
いや、マンションにいてもそれは同じか。
とにかくこれ以上、彼女の過保護に振り回されているじゃないな。
ラスタとアイコンタクトを取り、ラスタにルナを守ってくれと伝える。
ラスタは小さく頷き、了承してくれた。
「分かったよ。行こう」
3人で外に停めた車へ乗り込み、Bエリアの端へと向かう。
「じゃあ、その結界を作ったら…………もう襲われないの!?」
「そう、だから今すぐにでも仕掛けないといけないんだ。分かってくれた?」
「…………うん」
走行中に俺がすることとその重要性を説明し、納得させた。
でも、ルナがあそこまで気に掛けてくれるのは、優しさ故だからな。
父親が行方不明な中、しっかりしている。
ちゃんと、感謝した方が良いかもな。
「でも、心配してくれてありがとうな。嬉しかったよ」
「ふ~ん…………そう言う割には、あの時頭掻いて呆れてた感じだったけどぉ?」
「えっ!?そ、そうだったけ?」
「目ぇ逸らしてるし!クロちゃん、嘘つく時は昔からあからさまに目線外すんだから…………」
「いやいやいや、本当にありがたいと思ってるよ!ほら、この顔見てくれよ!!」
「首まで曲がってるじゃないのよ!もう…………ふふ!」
「ふっ、あははっ!」
「あはははっ……ねぇ」
「ん?」
「その、イレイノムを倒せるようになってさ…………大変なこととか辛い目に遭ったりとか、今まであった?」
「いや、ないよ」
「そうなんだ。良かっ、たね……」
「何も出来なかった頃に比べれば、全然幸せ」
「そう…………」
「着きましたよ」
「おっ」
車が止まる。
ラスタの言うとおり、コロニーの端に到着していた。
よし、やるか。
「ねぇ…………本当に危険じゃない?」
「大丈夫だって、心配し過ぎ」
ちょっと倒れるぐらいで、寝たら治るし。
まぁ、それでも騒ぐだろうなルナは。
「よし、一丁やるか!」
責められることを覚悟しながら、車を降りた。
嘘つき。
大丈夫だって言ったじゃん。
何でドグマ・バーストとやらを使った瞬間、意識失って倒れるのさ。
「……………………………………」
クロちゃんはまた医務室のベッドで倒れている。
今度は笑顔を見せず、深く寝静まって。
結界のことはお母さんに話し、代わりで皆に説明するように頼んだ。
今は、この人と話をしないと気が済まない。
「いつも、こんな倒れるまで大変なことをしてるんですか?それとも、あなたがさせてるんですか?」
「結界は張るのはこれで2度目です。しかし今回はイレイノムの戦いで、ドグマ・バーストを既に1回発動したことと、慢性的な疲労が重なったことが原因で気絶したのでしょう。暫く安静していれば治ります…………後、結界を張るという行動は、彼自身が望んだものです。私は住民守れる方法を提案したのみで、そうしろと彼に命じたわけではありません」
提案したのみって。
今のクロちゃんなら、迷わずやるに決まってるじゃない。
例え、どんな危険があっても。
それに大体、安静していれば治るって何。
どうしてそんな他人事みたいに言うの。
「もっと…………」
「はい?」
「もっとこの人を大事にしてくれませんか。ドグマ・コアで強くなったとか言っても、少し前まで人間だったんですよ?」
「…………私も、過度にドグマ・バーストを使用するのは止せと注意はしました。しかし、彼は無茶するのが自分だからと申されたので、彼の意思を尊重することに決めたのです」
「じゃああなたは、彼がどうなっても良いって言うんですか!?こんな倒れる毎日を送ってもいいって!!」
「……………………」
昔のクロちゃんはもっと自由奔放で朗らかな人だった。
今のクロちゃんにも、その面影はある。
でも時々、それは偽りなんじゃないかと感じる。
今にも壊れそうなぐらいに脆い仮面を被り、何でもないと言い続け、正義のヒーローになろうとしている。
そう思えてならない。
「もう少し、1人の人間として彼を扱ってくれませんか?」
「…………無関係な貴女に、そんなことを言われる筋合いはありません」
「ッ!」
「話は終わりですか?では…………私は夕飯を頂いて参りますので、失礼します」
そう言って、ラスタさんは医務室を後にした。
無関係、重く圧し掛かる言葉だった。
私にも力があれば、無関係じゃなくなるのに。
ごめんクロちゃん、支えになれなくて。
子供の頃ずっと助けて貰ったのに、その恩も返せない。
本当に、ごめん。
「そんなことないって」
「えッ、クロちゃん起きてたの!?っていうか、声に出てた?」
「まぁ、割としっかり」
「……………………」
恥ずかしい上に情けない。
「あの避難所で再会した時のこと、覚えてる?」
「うん…………」
「お互いマジ!?って驚いて。懐かしさとか嬉しさとか、色々込み上げて泣いちゃったよな」
「あぁ、そうそう!周りの人達全員こっち向いてたよね!!」
「…………父さんも、母さんも、カリンも、いなくなって、正直あの時は生きる気力もなかった。でもルナに会えて、まだ俺には大切な人がいるって気づいた。だから今もこうして、家族の死を乗り越えて生きていられるんだ」
「クロちゃん…………」
「お前が元気に生きてくれてるだけで、俺は救われるんだよ」
「…………うん」
死を乗り越えた、か。
でも、形見のチョーカーは外さないよね。
それに私知ってるんだよ、クロちゃん。
私や周りの前では笑顔だったけど、隠れて何度も泣いてたこと。
立っていられないくらい絶望に打ちひしがれて、こっちの胸も締めつけられるぐらい嗚咽を漏らしてる姿、見ちゃってたんだよ。
翌日の日の出前。
皆を起こしたら不味いと考えて、早く発つことに決めた。
見送りはルナ1人だ。
本当はルナにも気づかれず出るつもりだったけど、勘づかれてしまった。
「身体は平気?」
「あぁ、ルナが看病してくれたお陰かもな。ありがとう」
「いや、そんな。私…………大したことしてないよ」
「そのとおり、クロムが快調を取り戻したのはドグマ・コアの力です。彼女個人によるものではないでしょう」
「ラスタ!あぁ、えっと…………とにかく元気でな。おばさんにも、よろしく言っといて!!」
「うん…………あの、クロちゃん!」
「ん?」
「やっぱり、私も付いていったら…………駄目かな?」
何を言うかと思ったら。
前にも付いていきたいと言われたが、俺の答えはその時と変わらない。
「駄目だ」
「……………………」
「折角安全圏が出来たんだ。態々お前を外に出して、イレイノムと遭遇させたくない」
「でも、奉仕活動も色々大変でしょ?私でも、少しは役に立つよ!」
「それは…………ほら、ラスタがいてくれるし。手伝ってくれるよな?」
「はい。アンサラーの私生活を支えるのも、エルダーの務めです」
「なっ?」
「そっか。じゃあ…………出る幕、ないね」
「おばさんも心配するしな、傍にいてやれよ。唯一無二の家族なんだから」
「分かった…………じゃあ、頑張ってね!」
「おう!」
ルナに別れを告げて、俺達は車に乗り込む。
バックミラーから見える、手を振り続けるルナの姿。
その目は、潤んで見えた。
クロちゃんの姿が小さくなるにつれて、胸の奥が痛んだ。
また、置いていかれちゃった。
私、どうすればクロちゃんの助けになれるんだろうな。
あの頃みたいに、彼の隣に居たいのに。
小さな手を繋いで笑い合ってた距離が、こんなにも遠くなるなんて。




