Even if we're apart…… ⑨
「ハァ……ハァ…………!ッ、アァァッ!!」
「おぉっと!惜しい惜しい!!」
槍を空振り、身体が振り下ろした勢いで、荒れた校庭の地面に倒れ込む。
此岸リョウは完全に高を括り、攻撃をし続ける俺を鼻で笑っていた。
まだだ……!
「ウゥ……ウオォォッ!」
起き上がると同時に、槍を横薙ぎに振るう。
「はい、外れ」
「クッ……!」
また振り抜いた勢いで倒れないように槍を地面に突き立て、ふらつく身体を止めた。
「どうする、今度は突きでもするか?ほら、当ててみろよ」
「ウゥゥ…………!ッ――!?」
奴の言う通り、突きを試みるが――。
繰り出す前に膝が崩れ――。
俺の身体は、前のめりに倒れ伏してしまった。
「あ~あ、格好悪ぃ。みっともなく足掻いちまって……いい加減諦めたらどうだ?」
「まだ……だ…………!」
指に力を込め、這いつくばった身体を起こしていく。
「………………」
「格好、悪くても……いい…………!みっともなくたって、いい…………!!俺は……戦い、続ける!!」
ここで俺が諦めて楽になろうとしたら、大切なものが全部なくなってしまう。
守る為に戦ってきた過去、今を生きている人達の命と自由、隣にいてくれる人との明日。
全てがなくなる、だから――!
「つまんねぇんだよ」
「ウッ……!」
此岸リョウが、俺の頬を足で打ち、立ち上がりを妨げた。
「この期に及んで、まだほざきやがって。もういい、テメェには飽き飽きだ。ここで殺してやる」
「……!」
此岸リョウが、倒れた俺の目の前に斧の刺先を突きつける。
少しでも動けば、たちまち刺先が俺の顔を裂いて入り込み、容易く殺されてしまう距離だ。
「ッ、クッ……ウゥ…………!!」
力を振り絞って離れようとしても――。
身体が震えるだけで動かせず、死から逃れられない。
畜生、動け。
動けッ!
「最後まで楽しんで無事に生きて欲しい。その為なら俺、何だってする」
ここで、死ぬ訳には――!
「ッ!」
「ッ⁉」
突きつけられていた刺先が不意に上がり、俺の顔から離れた。
飛んで来た黒い飛翔体を、受ける為に。
今のは、黒塊弾。
まさか――!
「ラ……スタ…………!」
此岸リョウに対し、槍を向けるラスタが――。
体育館の出入口から、負傷を感じさせない凛とした態度でその姿を現した。
「クロムを、殺させはしません……!」
「はっ、コンビ揃って死にたがりかよ。うざってぇ……!」
「ッ!?待てッ……!!」
此岸リョウが、標的を俺からラスタに変更し、彼女へ迫る。
さっきまでの俺のように甚振る気はなく、情け容赦なく斧を振り上げた。
――駄目だ!
平気そうな顔をしていても、ラスタにはれっきとした傷がある。
いくらラスタでも、奴を相手には…………!!
「ッ!」
此岸リョウが得物の間合いまで詰め寄って、斧を下ろそうとする刹那――。
ラスタの全身から、黒い靄が発せられた。
ラスタは身体の大半を理気力に変え、高速化した移動で斧の斬撃を掻い潜り、槍を捨てて此岸リョウを横切った。
奴のエルダーと、同じ動きを……。
ラスタは人間の姿に戻ることなく、そのまま完全な理気力になって俺の元へとやって来る。
もしや、彼女の狙いは――!
「させるかッ!!」
恐らく、此岸リョウも俺と同じく彼女の狙いに勘づいた。
焦りの色を顔に滲ませ、風になって飛ぶ理気力姿のラスタへ、早急に斧の刺先を向けた。
「堕ちろッ!!」
言葉と共に放出される紫の波動が、ラスタに命中し――。
「ッ……!!」
彼女は地面に叩きつけられ、人の姿へと戻された。
「ラスタッ……!」
「クッ……!」
此岸リョウが、斧を手から射出して彼女に差し向ける。
ラスタは横に転がることで回避し、斧は地面に深く突き刺さるが――。
「ッ⁉」
転がった先で、既に接近していた此岸リョウが斧を振り下ろしていた。
ラスタは瞬時に理気力へと再び成り代わり、刃の軌道から逸れて躱す。
距離を取って人間の姿へ戻るラスタだが――。
「ッ、ウゥ……!」
身体には、あの時のエルダーと同じように裂傷が刻まれる。
あの傷が開いて、もう立っていられることすら難しいはずなのに、更に負担を掛けたらどうなるか――!
「カハァッ!」
「……………………!」
悪い想像は、すぐに当たる。
ラスタが聞くに堪えない吐瀉音を上げて多量の血を口から吐き出し、膝を崩してしまった。
「ハッ!」
これをチャンスと見た此岸リョウが、突き刺さった斧を引き抜き、再度遠隔操作を行った。
円形の軌跡を描いて飛び回る斧が、ラスタを横から切り裂きに掛かる。
気づいたラスタは咄嗟に槍を生成し、それを盾に斧を受けるが――。
止め切れず、身体を押し出されて地面を滑る。
刃の直撃は防げたが、傷が彼女の顔を苦悶で歪ませ、立ち上がる力を妨げている。
やはり、無理だ!
傷だらけのラスタじゃあ、遊ぶ気なしの此岸リョウの攻撃を切り抜けられない。
また、汐見ルウの時と同じことが繰り返されるだけだ。
俺はもう、むざむざ傷ついていくラスタを見たくない。
仮に切り抜けたとしても、彼女のやろうとしていることは…………!
「クロ、ム…………」
「ッ!」
「今、助けに……行きます…………」
絶望的な状況の中、それでもラスタは――。
俺を安心させるように柔らかな笑みを向け、掠れてしまっても温かさに溢れた声で語り掛けてくれた。
そして、力が上手く入らずに震える手足を踏ん張らせ、再び立ち上がろうとする。
だが――。
それを見過ごす、非情な此岸リョウではなかった。
「動くな」
「ッ⁉」
奴の持つ斧から波動が放たれ、起き上がろうとしたラスタに直撃し、身動きを封じた。
俺達はこの命令を破ることは出来る、しかし――。
一瞬でも動きが止まる標的ほど、容易く倒せるものはない。
「止せ、止めろォッ……!」
俺が動かせるのは、口だけだった。
耳も貸す奴じゃないのは頭の中で分かっていても、それしか出来ない非力な俺はひたすら声を出すしかなかった。
全く以って、無意味な抗い。
此岸リョウは、淡々とラスタへ近づく。
無慈悲に2つの斧を振り下ろして、彼女の両肩から肉体を切り裂き――。
深々と沈み込ませ、血飛沫を撒き散らせた。
「あ、あぁ…………!」
噴出し続ける鮮血は、彼女の全身を赤黒く濡らし、地面に陰惨な染みを広げていく。
彼女の両腕はだらりと垂れ下がり、懸命に起こそうとした足は力なく崩れ落ちた。
それは、死を思わせるようで……。
死を、思わせ…………。
死を…………。
「……………………」
ラスタが、死んだ?
「ハハハハハハハハッ!!いい顔してるじゃねぇか、神尾クロム!!」
「ッ……!」
返り血を浴びた此岸リョウが俺に振り向き、嘲笑う。
「そういう顔が見たかったんだよ!絶望に塗れて、心の何もかもがボロボロになった惨めな顔をよぉッ!!アッハハハハハハハハッ!!」
「……………………」
「テメェなんざその程度だッ!上っ面だけのカスが粋がってるから、こういうことになるんだよ!!ゥァアアッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「…………………………」
俺は、弱かったのか?
戦い続けて積み上がっていた、俺の信念やプライドは…………。
笑われるだけの、取るに足らないものでしかなかったのか?
俺の、全部は――。
「ち、が……う…………」
「ッ⁉」
生きて――。
「クロムは決して、上っ面でも、カスでも……な、い…………!」
「テメェ……!まだ生きてたのか⁉」
「貴方のような人間に、笑われる筋合い、は…………ありま、せん」
「ほざけッ!!」
此岸リョウは両斧を引き抜き、再度振るった。
ラスタの首を左右から挟み、刎ねる軌跡を描く。
「ッ!」
既に命令を破っていたラスタは、不定形な理気力へ即座に変わることで斬撃を透かし――。
そのまま、俺の元へと向かって来る。
また、やろうとしているのか。
深い傷が重なりに重なって、動けることが奇跡の状態。
共命理なんてしたら、自分の存在に止めを刺すようなものじゃないか!
それを分かっていながら、お前は――!!
「ッ、待て……ラスタ…………!」
「させるかっつったろ!!」
此岸リョウが放つ波動を避けながら、黒の風は迷いなく突き進んで――。
「ラス――!」
俺の身体を、包み込む。
暖くて心地良い感触が、身体に伝わって来る。
でもこれは、ラスタの命の灯だ。
俺が受け入れてしまったら、ラスタは――!
クロム。
「ッ!」
ラスタの言葉ではない想いの声が、風の中から静かに響いて胸に届く。
止めてくれラスタ……!戻ってくれ……!
俺は必死に拒む。
けれど、温もりは離れない。
クロム……此岸リョウを倒すには、この方法しかありません。どうか、受け入れてください。
でも、それをしたらお前はッ……!!
消える……でしょうね。
俺が飲み込める訳ないだろ!?そんなことをッ!俺は、まだ…………!!お前に返せていないッ!!
返す?
恩をだよ、前にも言ったろ?今の俺があるのは、ラスタと出会えたからだって。だから、その恩返しをしたいと……ずっと思ってた!!
クロム…………。
此岸リョウに立ち向かえる手段なんて思いつかない、共命理する以外に手なんてないかもしれない、それでも――。
俺はもっとお前と生きていたい、一緒にいて欲しいんだ!だから…………!!
私も同じ思いです。
「ッ!」
私もクロムと一緒に、心に残る思い出を作りたい、名残惜しい気持ちは……今も私の胸に沢山あります。
だったら……!
ですが、私はそれらを全て凌いで今、ここにいる。大切な貴方を助けたい……そのたった1つの思いに動かされて。
「……………………」
どうかこの思い、受け止めてくれませんか?
そんな言い方……ズルいだろ。
駄目だ、ラスタの頼みでも流されたらいけない。
流されたら、いけないのに――。
俺の気持ちは……!!
お願いします、クロム。
「ッ……!」
俺は――。
俺は、彼女の暖かさを――。
受け止めた。
受け止めるしか、なかった。
「ッ⁉」
理気力で包まれている間に近づき、斬り掛かって来た此岸リョウの右斧を、左手に生成した槍の柄で防いだ。
続いて振り下ろされる左斧も同様、右手に生成した槍で防ぐ。
「ッ!ゥブッ……!!」
俺は両の斧を押し返し、即座に奴の顔面へ跳び蹴りを喰らわせ、身体を離した。
「自害しやがれッ!」
此岸リョウは倒れた直後に斧の刺先を俺へ向け、波動を放った。
迫り来る、死の強制執行。
俺はタイミングを合わせて波動と槍の横薙ぎを衝突させ、波動を掻き消した。
「掻き消しただとッ⁉チッ……!面倒くせぇことになりやがっ――あ?」
「……………………」
「気持ち悪ぃ、何泣いてんだよ?」
「お前は……!」
「あぁ?」
「お前だけは!俺が、俺達が……必ず倒すッ!」
「上等だ、やってみろよ……!」
彼女が俺に、もたらしてくれた最後の力が――。
身体の奥底から湧き上がり、俺を奮い立たせた。
……もう、戻れない。
受け止めてしまったこの力で、此岸リョウを完膚なきまで叩き潰す!!




