Even if we're apart…… ⑩
「ッ!!」
奴が行動を取る前に、2本の穂先から黒塊弾を撃ち出し、両の斧に命中させる。
恐らくは、どちらかを遠隔で操作する腹積もりだったのだろう。
先手を打たれ、酷く苦々しい顔つきとなった此岸リョウに、俺は間合いを詰めて槍を突き出す。
「ウゥッ……!」
弾かれようが、躱されようが――。
構わず俺は槍を振るい続けた、突き続けた。
奴が反撃に出ようとしても、俺は自分の反射神経に命を任せて躱し、捌く。
目の前の敵に対する怒り、別れを強いられる現実への悲痛が、俺を向こう見ずにさせた。
「オォォォォォォォォォォォォッ!!」
刃の交わりが、金属音を幾重にも鳴り響かせた。
俺の耳は、高音に支配される。
それ以外に、何も聞こえない。
だが、視覚は俺の優勢を確かに示していた。
目の前に映る此岸リョウの表情は苦渋に満ち、斧を持つ両の手からは気勢が失われつつある。
更に勢いを増せば――。
もっと俺の中で渦巻く激情に駆られれば、奴を倒せる。
そう考え、槍に情を込めて振るおうとした瞬間――。
「クッ……!」
「ッ!」
此岸リョウが、後ろへ飛躍した。
一足で裏門の柵に到達し、それを足蹴に再び跳んで学校の外へ。
――逃がすか!
駆られて動くことを選んだ俺に、離れる奴を見逃す選択などありはしない。
すぐに奴と同様、跳躍で以って追い掛けた。
奴よりも直線的に、放物線を描かない最短距離で躍進し、空中で対峙する。
「オォォォッ!!」
俺は右手の槍を突き出し、跳んだ勢いを殺すことなく一直線に攻め寄るが――。
「ッ……!」
間近にまで迫った段階で――。
此岸リョウが突如、斧に引っ張られて俺の背後へ回り込んだ。
急ぎ、振り向いた俺の瞳には――。
馬鹿めと言いたげな奴の笑みと、月光を遮る振り上げられた斧が。
斧には、刻みつけていた俺の理気力がなかった。
先程まで握っていた斧を捨てて、新しく生成したのか。
距離を置いたのは、捨てる余裕が欲しかったから。
――舐めるな!
「何ッ⁉」
俺は突き出していない左槍を逆手に持ち替え、穂を大刃に変えて払い上げた。
突然、眼前に現れた刃を、此岸リョウは斧の振り下ろしを中断することで回避する。
「グァッ……!」
俺はその隙に乗じて身体を捻り、突き出した右槍の柄を奴の脇腹にめり込ませた。
左槍を捨て、両手で1本の槍を握り締め、そのまま奴を巻き込んで回転を続行。
遠心力を今出せる最大にまで増幅させ、廃ビルへと飛ばした。
此岸リョウの身体は砲丸の如く速度で解き放たれ、コンクリートの壁面に激突。
粉塵を爆ぜさせながら貫通し、廃ビルの内部へ入り込んだ。
俺は着地して間もなく、槍を新たに1本生成し、2本の槍の穂を地面に突き立てて理気力を放出。
その反動で身体を飛翔させ、廃ビルの破穴に侵入する。
一気に畳み掛けてやる!
そう、意気込んで入ったものの――。
「…………!」
部屋に、此岸リョウの姿はなかった。
あるのは、埃に塗れたオフィス家具と散乱した書類だけ。
どこへ――。
「ッ⁉」
光が、迸る。
壁や床、部屋全体が出し抜けに紫の光を発し、輝きで俺の視界を眩かせた。
「クッ……!」
夜の暗闇に慣れていた俺の目は突然の煌々に堪えかね、咄嗟に腕で視界を覆ってしまう。
束の間――。
確かにあった床の感触が崩れ去り――。
俺の身体が、落下を始めた。
……さっきの光は、崩落の命令か!
下の階で尻餅をつかない様に急いで着地の体勢を取り、光が収まっていることを腕と瞼越しから理解して目を見開く。
「ッ!!」
部屋を崩壊させたという、先の俺の考えは甘かった。
最下層にまで続く降下の道、共に落ちる無数の瓦礫。
奴は一室ではなく廃ビルそのものに理気力を掛け、崩壊の命令を送っていた。
奴はもう、ここにはいなかったのだ。
生き埋めにされる訳にはいかない、地面と降り掛かる瓦礫で挟まれる前に手を打つ。
俺は左右の槍の石突を合わせ、1つの双刃刀へと武器を変形。
頭上に前端の刃先を向け、光のない闇黒の理気力による光線を放つ。
光線は天高く一直線に昇り、触れた瓦礫を次々と呑み込んで消し去った。
着地した俺は、積み上がっていく瓦礫の山からコンクリ片が雪崩落ちる前に、双刃刀を2本の槍に戻して再び穂を地面に突き立て、理気力の発射の反動で身体を上昇。
廃ビルから、脱出し――。
「思った通りに来やがったなぁ!この馬鹿がぁッ!!」
「ッ!?」
吹き抜ける冷たい夜風と共に、此岸リョウの罵声が到来。
下にある瓦礫の山を両断出来る程、巨大化した斧が月を覆い隠し、俺の身体に影を落とす。
此岸リョウが、隣の廃ビルの屋上から手をかざしてアレを操っていた。
「死にやがれッ!いかれポンチィィィィィィッ!!」
奴の手が振り下ろされ、連動して俺に倒れ掛かる大斧。
俺は直ちに槍を双刃刀へと再変形し、刃を斧と競り合える規模にまで拡張させ、迎え撃った。
爆発にも似た衝突音が、街中に響き渡る。
「ッ…………!!」
衝撃だけじゃない、生じた空気の圧力までもが俺を襲って来る。
空中、そして緊急の防御で対抗せざるを得なかった今の俺では、上からの攻撃を受け切ることは叶わず――。
地面に叩きつけられてしまった。
「ゥ……ッ…………!」
衝撃で跳ね、道路を転がり続ける身体を、左手をアスファルトに立てて抑える。
身体中に鈍痛が染み渡るが、痛がって行動を止めている場合じゃない。
次が、来る。
俺を叩き落した斧、此岸リョウの殺意の大塊が――。
炸裂。
人体を刺し貫く豪雨となって、一斉に破片が俺へと降り注ぐ!
俺は双刃刀で、俺自身を囲うように円を描き、半円状の結界を作成。
打ちつける鋭鋭利な雫を全て、通過させることなく喰い止め、黒く塗り潰して消し去った。
「ッ――!」
背後から着地の音。
振り向くと此岸リョウが、通常サイズに戻した斧で地面を殴り、抉り出した多量のアスファルト片を俺に飛ばした。
命令を掛けられたか、速度を上げて迫る破片。
現実にあるものを利用したこの攻撃は……結界では防げない!
俺は左横の脇道へと飛び込み、掠りながらも破片を躱す。
「………………」
直接追い掛けに来る気配はない。
奴は――。
「ッ!」
再び巨大化させた2本の斧を宙に浮かせて操り、手当たり次第の寸断を始めた。
並みいる建物を不揃いに断ち、周囲の道に乱雑な亀裂を刻んでいく。
破砕と倒壊の轟き、立ち込める粉塵が一帯に充満する。
俺は既に、斧の操作範囲から此岸リョウに気づかれないよう逃走し、廃屋の屋根から此岸リョウの動向を注視していた。
奴自身がそれを理解しているのかどうか分からないが、斧は奴の半径約90m以上を離れずに破壊を続けている。
手応えなどないだろうに、何故攻撃を止めない?
近づかせない為の牽制か?
……だとしたら大袈裟だ、近づくなと口に出しているようなもの。
思えば、俺が奴を投げ飛ばしてから奴は一切、俺に近づいては来なかった。
ついさっきまで、俺を甚振る為にあれ程接近していた奴が、極端な変化だ。
勢いを取り戻した俺を警戒していると見て、間違いない。
警戒は、すなわち怖れ。
俺が攻撃を掻い潜りながら奴の元へ迫り、その怖れの感情に付け入れば――。
勝てる。
「……………………」
だが、例え勝ったとしても、戦いが終わればラスタは――。
「ッ……!」
今は、ここにいるみんなの為に、此岸リョウを倒す。
……それだけを、考えるしかないんだ!!
俺は双刃刀を2本の槍に戻し、1本に理気力を込めて屋根に石突を突き立て、奴に穂先が向くように固定。
俺は新しく槍を生成し、両手に槍を握り締めて接近を試みる。
前方の屋根へ跳び移って疾走し、再び跳んで次の足場へ。
「ッ⁉」
見境なしだった此岸リョウが近づいて来る俺を捉え、笑みを浮かべた表情をこちらへ向けた。
「ビクビク小便漏らして隠れてりゃよかったのによ……だからテメェは馬鹿だってんだよォッ!!」
瓦礫を蹴り、更に間合いを詰めていく俺を嘲りながら、此岸リョウは2つの巨大斧で左右から俺を挟むように動かした。
――ジャストタイムだ。
「ィガッ!?ゥアァァァァッ……!!」
屋根に固定しておいた俺の槍から、速度と鋭さの増した黒塊弾が静かに発射され、此岸リョウの右腕を貫いた。
右腕で操作していた片方の斧は、動きを止めて地面に落下する。
「ふざっ、けんなぁ……!!」
右腕を撃ち抜かれて垂れ下がり、苦しみで顔を歪める此岸リョウだが、もう片方の斧は止まらずに俺を裂きに掛かる。
俺は右の槍に、双刃刀状態でないと決壊してしまう程の理気力を込めて、迫る斧へと放り投げた。
槍は当然の如く崩壊。
膨大な理気力が槍から溢れて流れ落ち、斧全体に降り掛かる。
理気力を浴びて黒に塗り潰れた斧は、形を維持出来ずに粒子化して消失。
これで、奴を倒すのに邪魔なものはなくなった。
俺は奴の元へ落下しながら、左槍の穂先に理気力を集約し、大玉の黒塊弾を形成する。
この一撃が当たれば――!
「ッ!」
此岸リョウが、理気力を纏った右足で地面を強く踏みつけ――。
地中から、褐色の巨大な岩盤をアスファルトと黒土を押し上げて突き出させ、自身の身を隠した。
「チィッ!」
このままでは激突するだけ。
俺は大玉黒塊弾を放ち、岩盤を破壊。
崩れ落ちる砂礫群を通り抜け、地面に着地する。
「……………………!」
そんな俺に、此岸リョウは後方へ距離を取り、斧の弾幕を張って待ち構えてた。
斧の生成と射出を、幾度も繰り返して作り上げたのか!
月光を反射し、冷たい煌めきを見せる夥しい数の凶器が、刺先を向けて押し寄せる。
道路を埋め尽くす逃げ場のない攻撃に、俺は槍を横薙ぎに振るって理気力を放出。
襲い掛かる全ての斧に理気力を引っ被らせ、推力を失った所を槍で掻き分け、押し通った。
次いで放たれたアスファルト片も、跳んで躱し――。
奴の元へと辿り着く。
「オォォォッ!」
「クッ……!!」
俺は槍の穂を大刃へと変え、着地と共に振り下ろす。
「ッ!」
だが、奴は切羽詰まった表情を出しながらも、咄嗟に刃を回避した。
そして透かさず右へ回り込み、地面を裂いた俺に、斧による反撃の一撃を振るう。
俺は――。
「ッ⁉」
斬り掛かる斧の柄に右足を繰り出し、足底を衝突させて勢いを殺した。
今、片手しか使えない奴の攻撃なら……これでも止められる!
「ブグッ……!!」
斧を押し退け、間髪入れずに此岸リョウの左頬へ、槍の後部の柄を撃ち込み――。
そのまま、怯む奴の身体に一部の隙も許さず、石突を連続的に叩き込む。
この状況で下手に大技を出そうとすれば、奴に脱せられる危険がある。
最短で出せるこの攻撃で、奴を追い込んでいくしかない!
俺は石突を止めずに打ち続け、此岸リョウに鈍い痛みを刻み込んでいく。
石突を即座に引いて腹部に打ち、即座に引いて脚に打ち――。
胸に打ち、顔面に打ち、喉へ打つ。
「オォォォォォッ!!」
憎い相手を一方的に痛めつけるこの瞬間にいても、俺の気持ちは晴れなかった。
むしろ、より激しくなって、槍を握る手が強まるばかりだ……!
痛ぇ。
一発一発の打撃が、身体に深々とめり込んで、容赦なく俺の意識を断絶させようとしてきやがる。
これが、正義の怒りだって奴かよ。
テメェの突き出す槍と凄んだ顔から、はっきり伝わって来るぜ。
お前はやり方は間違ってる、俺の力で何としてでも裁いてやるってな。
そう言いてぇんだろ?神尾クロム。
――舐めんじゃねぇよ、カスが。
俺にだってなぁ、そういう資格があるんだよ……!
「此岸リョウ様、貴方はアンサラーに選ばれました」
「リョウ、あなたは偉い子なの。だから……あなたのやることは全部、間違ってなんかないのよ」
「お前は、人の上に立て」
俺とお前は同じだ。
同じように選ばれて、同じようにここまで来た。
それなのに、なんでテメェだけが正しい側に立ってると思い込んでやがるんだ。
俺は間違っちゃいねぇ、罪なんざありはしねぇ。
勝った奴が正義だ。
勝った奴が、この世界を物に出来るルールだ。
テメェを殺して生き残れば――!
俺が――!
正義なんだよッ!!
「ッ!」
俺は足から理気力を放出し、再び地中深くの地盤へ命令を送り、奴の攻撃を遮るようにして一部を突き出させた。
これだけで逃げられるとは思っちゃいねぇ。
「逃がすか……!」
そら、すぐにデカくした刃で斬って壊しやがった。
だがそれでいい。
俺の姿を一瞬でも、奴に見えなくさせればそれでいい。
そうすれば――。
「ッ⁉」
不意討ちのドグマ・バーストを、叩き込めるからな。
「爆ぜろォォォッ!!」
俺は斧を捨て、コアから多量の理気力を宿らせた左手を伸ばし、前方全域に向けて力を解き放つ。
思わぬ行動に慄いたか、血気に逸っていた神尾クロムの動きも止まった。
目の前に広がる物体、空間は全て――。
紫色に染まり上がってヒビ割れ――。
そして――。
全てが、俺の命令通りに弾け飛んだ。
「ッ、グゥッ……!!」
目に映っていたあらゆる存在が自壊し、四方八方へと衝撃が放たれた。
数多の衝撃は混ざり合い、融合し、1つの広大かつ絶大な爆風となって現れる。
俺は左腕で顔を覆い、両足を踏みしめ、炸裂する無数の砂礫と押し寄せる風を凌ぐ。
「グウゥゥゥゥ……ッハハハハハ……!ハァッハハハハハハハハッ!!」
吹き飛ばされないよう、持ち堪えている中で――。
俺は勝利の確信に打ち震え、溢れる歓喜を口から零す。
これ程の爆発に巻き込まれて無事なはずはねぇ。
「へへへハハハハハハハハハッ!!」
勝った!
俺が勝者だ!ざまぁ見ろ!!
俺の歩んで来た全てが、正しいと証明され――。
「え」
……嘘だ。
アレを喰らって、立っていられるはずがねぇ。
何でだ。
何で、土煙の中から出て来る。
何で身体中が裂けて血に塗れていながら、槍を握ってこっちに走って来てんだよ。
神尾クロム。
何でまだ、全力で槍を繰り出そうとしてきやがる。
何で、何で……。
何で何でなんでなんでなんで――!
「何でテメェは死なねぇんだよォッ!?」
「ウオオオオオオオォォォォォォォォァァァァァァァァァァァッ!!」
槍の穂を奴に突きつけ、大玉の黒塊弾を至近距離で発射する。
炸裂する黒塊弾の衝撃をまともに喰らった此岸リョウは、理気力に塗れながら後方へと吹き飛んだ。
何度も地面を跳ね、転げ回り、突き当りの壁に激突し――。
倒れ伏した。




