Even if we're apart…… ⑥
エンジン音と、地面を走るタイヤの音だけが車内に響く。
まさに死と隣り合わせだった戦闘が中断され、一時の安息が訪れた。
「ありがとう、ラスタ。でも、どうして……?」
俺は後部座席から、ラスタに問い掛ける。
「……不安からですよ」
「え?」
「もしかしたら移動の最中……クロムの身に危険が迫っているのではないか。そう思ったら、いてもたってもいられなくて」
「…………」
「エルダーらしく、ないかもしれませんね。言われたことを無視して、勝手に突っ込むなんて…………」
「そんなことないって!事実、助けられたんだし……!!ラスタが来てくれなかったら、どうなっていたか!それに……」
「それに?」
漏れた言葉を続けるのは、些か気恥ずかしいんだが――。
「俺を、強く想ってくれたことを、嬉しく思わない訳……ないし」
「……貴方にそう言って貰えて、何よりです」
胸の内に暖かなものが湧いて来たが、今は感じている場合じゃない為に気持ちを切り替える。
ラスタに、分身ルナからAエリアの状況を伝え、体育館に向かう必要があることを話した。
「体育館の場所は分かっていますか?」
「あぁ。Aエリアに着いたら俺が案内する」
車は、順調にAエリアまで進んでいた。
しかし、あの此岸リョウがこのまま、行かせてくれるとは思えない。
後ろへ振り向き、最後尾の窓から外を注視する。
「……………………」
今の所、奴らが追い掛けて来る気配はないが――。
「ッ⁉」
凄まじい衝撃音が、車の前方から響いた。
同時に、車が大きく左右へ動き、身体がシートから飛び出そうになる。
「どうした、何があっ――!?」
大きく前に曲がった背を起こし、前方を見ると――。
罅割れたフロントガラスの先、へこんだボンネットの上に――。
「………………!」
あのエルダーが、叩き付けられるようにして乗り込んできていた。
うつ伏せになり、両手で車体にしがみ付きながら、ゆっくりと顔を上げる。
「ッ……⁉」
顔の裂傷は深刻を極めていた。
傷から出る夥しい流血も相まって、初対面の時の可憐な面影はどこにもない。
最早、悪鬼だ……!
ラスタが速度を維持したまま、車を左右に激しく蛇行させて振り落とそうとしても、彼女は執念深く離れない。
「ッ!」
エルダーは血を塗れた右手をフロントガラスに貼り付かせ、左手で斧を生成し、短く握り締める。
そして――。
運転するラスタに、刺先を向けて突き出した。
「ウワァッ……!!」
フロントガラスはあっけなく貫かれ、入り込む走行風に乗って、砕かれたガラス片が車内中に散乱する。
「ラスタッ!!」
「大丈夫です……!」
ラスタは身体を大きく傾かせて刺先を回避しており、刺先は運転席の頭置きを貫いていた。
エルダーは即座に斧を引き抜き、車の中に身を乗り出しながら、ラスタへ2撃目を繰り出そうとするが――。
ラスタがブレーキを踏んで急停止し、慣性でエルダーを飛ばしたことで阻止された。
「お怪我はありませんか?クロム」
「あぁ……」
エルダーはコンクリートの壁に頭を打った後、力なく地面にずり落ち、その場でへたり込んだ。
此岸リョウが命令しても、これ以上はもう……。
「ッ⁉」
突然、車の屋根が大きく沈み込んだ。
何かが落ちてきた、いや――。
飛び乗って来たんだ、此岸リョウが!
「ラス――!」
すぐに車を走らせるようにと、ラスタに言う時間はなかった。
運転席の頭上から、ルーフを突き破ってラスタに斧の刺先が襲い掛かった。
運転を再開しようとしていたラスタの、脳天を突く軌道だった。
頭は躱せても、身体の貫通は免れない速度と距離。
「ッ……!」
斧に気づいたラスタは咄嗟に身を倒しながら、右腕を差し出す。
刺先は右腕を貫き、ラスタの胸に鮮血を滴らせるが、右腕が勢いを殺したことで致命傷は免れた。
「ッ、ゥ……!」
刺先が、ラスタの腕から引き抜かれ、車内からルーフの上へと消えると――。
「ッ⁉」
今度はルーフの前端部が、斧に振るいによって薙ぎ剥がされる。
「さっきのは痛かったぜ……女ァッ!!」
此岸リョウの声が、破壊音の残響を裂いて響き渡る。
俺は後部にいたままで姿が見えないが、ラスタの視線は上を向いて奴を捉えていた。
「ッ、まだズキズキしやがる。この痛みの代償は、テメェの命で……償って貰おうかァッ!!」
――させるか!
俺は、奴の声から立っている位置に当たりを付け、生成した槍でルーフを突く。
「イィッ!?ウグァァッ……!!」
ほんの数秒、足止め出来ればよかったが、どうやら足にでも穂先が刺さったようだ。
ならば、なおのことよし。
「クロム、捕まっていてください……!」
「ッ!」
ラスタが左手でハンドルを握り直してアクセルを踏み込み、再び車を前に走らせた。
俺はラスタの忠告通り、グリップにしがみ付いて倒れることはなかったが――。
此岸リョウは転倒。
ルーフの前から後ろへ転がる音を下に響かせ、地面に落ち――。
「ッ⁉」
車体の最後尾で再び、斧がルーフを貫いた。
ストッパー代わりにして、落下を防いだか!
「叩き落としてやる!」
俺はパネルを足蹴にしてルーフの上に飛び移り、疾走。
掛かる追い風を背に受けながら、起き上がろうとする此岸リョウに迫った。
此岸リョウは、近付く俺に引き抜いた斧を振るう。
下段からやって来る刃に俺は、止まることなく槍の柄で受け止めて更に間合いを詰め、奴の間近へと辿り着く。
立ち上がり掛けで不安定な今の奴なら、1発の打撃で容易く落ちる。
俺は奴に、走りの勢いを乗せた全力の前蹴りを繰り出す――。
「ッ⁉」
「甘ぇよッ……!!」
だが、奴は斧を捨てて飛び上がり、俺の蹴りを腹に喰らいながら両手で足を掴み、俺を押し倒した。
倒された衝撃で、槍が手から放れてしまう。
俺は掴まれていないもう片方の足で奴を退かそうとする。
しかし、此岸リョウに膝で俺の両足を踏みつけられ、足の動きを封じられる。
奴はそのまま膝歩きで進行し、俺にマウントポジションを取った。
俺は押し返して、このポジションから抜け出そうとするが――。
「ウッ……!」
右の頬を殴られる。
その衝撃でルーフに戻され、首を左腕で押さえつけられてしまう。
そして――。
「ッ⁉」
生成した斧を、腕で固定された俺の顔面に突き立ててきた!
俺は、瞬間的に両手で奴の腕を掴んで止める。
斧の先端が、俺の額に触れて皮膚を裂き、血を流させた。
「その気に食わねぇ面をズタズタにしてやるよ…………!」
「ッ、ウゥッ…………!」
「ウッ⁉」
右手を此岸リョウの腕から離し、左脇腹を殴り付けた。
一か八かの抵抗だったが、首の押さえと斧の突く力が一瞬弱った。
俺はその効果を確実なものにするべく、奴の脇腹へパンチを連発する。
負けじと斧を突き立てに掛かっていた此岸リョウだったが、急所への打撃を何度も加えられて流石に応えたのか、力強さが腕から消えた。
俺はその隙を逃さず、邪魔な両腕を掴み除けて奴の顔面に頭突きを叩き込み、マウントポジションを解除する。
「テ、メェェェ…………!!」
押し返されて倒れた此岸リョウは、すぐに立ち上がるが、打たれた左脇腹の痛みが持続しているのか手で押さえている。
――畳み掛けるなら今だ!
俺は再び接近し、攻める気概が衰えた此岸リョウに打って出た。
右の頬に大振りの拳を喰らわせ、大きくよろめいた所へ透かさず、もう1発の拳を顔面に放つ。
「ウゥグゥェェ…………ッ、こんのォォォォォォッ!!」
「ッ!」
激昂する此岸リョウから斧を振るわれるが、潜って躱し、振り切った隙を突いてボディブローを叩き込む。
くの字になって後退る此岸リョウだが――。
「ッ……⁉」
後ろを見て気付く。
自分がまた、ルーフの最後尾へ移動させられたことに。
気付いた所で、もう遅いが。
俺は此岸リョウの胸部に、前蹴りを今度こそお見舞いさせ――。
車から、奴を突き落とした。
此岸リョウは放物線を描き、地面に落ちていく。
後はこのまま奴が転落して、転がって遠ざかるのを見届けるのみ。
そう思ったが――。
「車を壊せぇッ!!」
「ッ⁉」
此岸リョウが、地面と衝突する間際になって斧を真上に放り投げた。
奴は、俺の狙い通り落ちて、夜の闇に消えて行ったが――。
奴の命令を受けた忠実な斧は、宙を漂って斜め上から車を追跡する。
そして刺先をこちらへ向け、始動――。
「ッ!」
捉え切れない速度で俺と、ラスタを横切り――。
ボンネットを貫いて深々と沈み込んで、内部のエンジンを破砕した。
「あの野郎……!」
ボンネットの隙間から黒煙が生じ、破穴からは火が昇り始めた。
燃料が漏れて発火したんだ、このままだと爆発する……!
俺は急ぎ、ラスタの元へ走った。
「ラスタ、急いで離れるぞ!」
「はい――ウァッ……!」
「ラスタッ!」
エンジンが爆発を起こし、出火の激しさが増していく。
ラスタの身体に、黒煙と炎が向かい風で押し寄せた。
悠長に車を止めている時間なんてない!
俺は急ぎ助手席に飛び降りて、運転席のラスタを抱え――。
車の外へと飛び出した。
「ッ…………!」
アスファルトの硬い衝撃が背中と肩を打つ。
ラスタを庇いながら俺は転がり、身体が何度も削られるような苦痛を味わった。
「ハァ、ハァ……ハァ…………!!」
勢いが、止まる。
「クロム…………」
「ラスタ、動けるか?」
「はい、クロムこそ……」
ラスタの顔には炎で出来た火傷があったが、深い傷は見た所なさそうだ。
「行けるよ。俺は……ッ……!!」
「クロム……!」
起き上がろうとしたが、膝が崩れて倒れ掛けた俺を――。
ラスタが、腕で受け止めてくれた。
左腕だけでなく、此岸リョウに貫かれた右腕も使って。
「悪い、腕を使わせた」
「貴方の為に使うなら、痛くありません」
「言ってくれちゃって…………」
しかし頼り切る訳にもいかないので、俺は自力で立ち直る。
「ありがとう」
俺達は歩みを合わせながら、徒歩で目的地へと進む。
車で突き進んだお陰で、Aエリア内にはもう入っていた。
体育館までは、もうすぐの距離だ。
……俺達を運んでくれた車は、向こうで廃墟に衝突し、火が車体全体に燃え広がって炎上しているが。
「名残惜しい……というのですかね。見ていると、何かを感じずにはいられません」
「…………あぁ、俺もだ」
俺達は、ここまで旅を共にした車に惜別の情を感じながら、通り過ぎて行った。
冷たいアスファルトが、戦いで迸った身体の熱を冷やす。
無様だ。
この上なく無様な姿だ。
神尾クロムにボコボコに殴られて叩き落とされ、こうして地べたに寝転がっている。
実に無様で、滑稽で、矮小だ。
……斧は車を破壊しただろうが、おそらく奴らは車から脱出している。
今頃は、歩きで体育館に向かっているんだろうな。
仲間と合流し、首絞めを止めてるんだろう。
分身を使ってまで呼び出したのを鑑みるに、確実に止められるような手段を持っているんだろう。
いやいや、なんて素晴らしい。
敵の追跡を振り切り、颯爽と窮地に現れて罪なき人々をその手で救う。
まさに正義のヒーローだ。
そうしてヒーローの神尾クロムは仲間と共に、悪党である俺の元へやって来て、コテンパンに成敗。
悪を完全に滅し、正義の勝利で終幕。
全くもって完璧なシナリオ、民衆は万歳して奴を称えるんだろうな!
…………ふざけんじゃねぇよ。
下らねぇ、馬鹿馬鹿しい。
全部が全部、テメェの自己満足だろうが。
正義なんていうペラッペラなもので自分を綺麗に着飾って、周囲に媚びへつらってるだけじゃねぇか。
何で俺が、不格好に敗れ去る小悪党になんなきゃいけねぇんだよ!
何で俺がそんなペラペラ野郎に、否定されなきゃいけねぇんだよッ!!
冗談じゃねぇッ!!
謙虚ぶって、善人ぶってるクソ野郎に俺が負けてたまるか。
「ッ……!」
背後から、音がした。
倒れる音。
見ると、血塗れのファラが、斧を支えにしてふらつき歩く死に体の状態でやって来ていた。
片足を引き摺り、歩く度に血を地面に撒き散らしている。
一丁前に頑張りましたアピール、ってか。
「命じたこと何1つ成し遂げてねぇ癖に…………!」
俺は衝動のまま、近付くファラの肩を小突き、軽く押し倒す。
「テメェ……俺に言ったよな⁉俺の理想こそが真実だって!なのに何だよ、このザマはァッ!!」
倒れたファラの胸倉を、掴んで揺さぶる。
「申し訳、ありま……せん…………」
「俺が欲しいのは、謝罪なんかじゃねぇんだよ!!」
ファラの頬を叩く。
「俺に勝利をもたらせ!俺の理想が真実だと証明させろ!!お前の全てを……俺に明け渡せッ!!」
「分かり……まし、た…………」
ファラの身体が発光し、理気力状態になって俺を包み込んだ。
視界を覆う無数の光の粒子。
その1粒1粒から、力が俺の身体に入っていくのを感じる。
……俺は誰にも負けねぇ、誰にも否定させやしねぇ。
俺の突き進む覇道の未来。
全ての弱者を屈服させ、逆らう奴らは全て消し去る未来こそが、唯一絶対なんだ。
テメェの思い通りにはさせねぇぞ、神尾クロム。
テメェの理想は、俺がぶっ潰してやる。




