理想を懸けし者達 ②
アンサラーが、自身の両手をカモノハシと酷似した巨大な水掻きに、形を変えた。
そして手を地面に深く埋めて掬い、宙を飛んでいる俺に向け、数多の土塊を打ち上げる。
「ッ!」
土塊が、俺に迫り来る最中で虹色に輝き、硬い鉱石へと変化した。
牽制ではなく、俺を仕留めに来る攻撃だったか――!
勢い止まずに拡散し、俺に襲い掛かる数多の石の弾丸。
俺は瞬時にウイングスラスターの方向を調整し、出力を上げて疾翔。
弾幕を回避する。
――推力、反応速度、慣性制御は良好だな。
「アラタ、敵が2発目を放とうとしています」
「躱してやるさ……!」
俺は奴を討つべく2振りの剣を手に取り、高機動状態にまで出力を上げて降下を開始する。
再び来る石の群れを、スラスターの推力偏向による方向転換で躱しながら距離を詰め――。
奴を斬り裂ける、地表間際へと到達。
そのまま地面の際を一直線に翔け、左手で握る剣を下段に構えて溜めを作り、目と鼻の先まで接近。
「ッ⁉」
俺の動きを見て動揺するアンサラーの胴体目掛け、左の剣を振るった。
だが――。
「チィ……!!」
剣閃を閃かせた俺の手に、斬った感触は宿らなかった。
光線を躱した時と同じように、あのアンサラーは自身を消失させて斬撃から逃れたのだ。
俺はスラスターの出力を落とし、足を地面に付け、地面を砕いて抉りながら着陸する。
今度はどこへ消えた……!
視界とレーダーを駆使し、周囲を探る。
「ッ!」
反応あり。
位置は――。
俺の真下!
即座に飛翔し、土中より爆発的勢いで突き出した、怪物の牙から免れる。
そこらの家屋を丸々噛み砕ける程の巨頭だ。
「…………!」
突き出た拍子で辺りには土煙が充満。
頭部がその煙の中へ収縮されたことで、姿を現したはずのアンサラーが再び行方を眩ました。
レーダーで煙内にいるのは確かだが、接近しなければ詳細な位置は分からない。
俺は牽制目的で左腕の30㎜機関銃の銃口を向けるが――。
俺が弾丸を発射するより前に、奴は次の一手に出た。
自身の腕を変化させたものなのか。
1本の巨大な蛸足を煙内から飛び出させ、俺に差し向けた。
「馬鹿げた力だ……!!」
こちらの視界を埋める程の奇怪な足が、しなり戻りで叩き落とそうとする挙動を見せながら、地表から伸びて来る。
地上から30mは離れているであろう俺を、落としに来るか。
易々躱せる攻撃だが、折角だ。
アイゼン弐式と共に新調したこの剣の切れ味を、確かめてやる!
俺は出力を上げ、蛸足に自ら迫った。
双方、間合いを詰めたことで、一瞬にして距離は縮まる。
俺は右翼の出力を、左翼よりも上げての錐揉み回転で衝突を避けながら、回転と同時に振るった斬撃で蛸足に裂傷を刻む。
そして、傷を目印に光線を放ち、蛸足の前部を破損させた。
易々と斬り裂ける切れ味と剛性、この剣も問題なく通用するな。
俺は蛸足の根本に、左腕の機関銃の銃口を再度向けるが――。
「ッ⁉」
地上からは既に、レーダーの反応が消失していた。
代わりに、反応を示していたのは――。
俺の後方だった。
すぐに振り向くと、翼を生やして宙を飛んでいたアンサラーが、投球モーションを取っていた。
「こいつでぇ……くたばっちまえぇッ!!」
「ッ!」
右腕を大きく振るい、右手に握り締めていた物体を指から離して投げ飛ばす。
飛ばされた物体は拳1つ分の球体だ。
剣で払い落とす、躱す、火器で迎撃する、如何様にも対処の手段はあると高を括ったが――。
球体が虹色に輝き出して変形を始めた瞬間、俺は先の考えは油断だと悟り、迷わず回避を選択して横へ逃げた。
だが、球体の軌道上から外れればいいという考えもまた――。
油断だと思い知らされる。
「なッ……⁉」
球体は質量を無視して、あの蛸足よりも長く幅広な機械仕掛けの龍へと変貌を遂げ、軌道を変えて俺に牙を剝いた。
全く、奇天烈にも程がある。
…………真正面から突っ込んでは、奴の芸に付き合わされるだけだな。
俺は右の剣を上顎の牙、左の剣を下顎の牙にそれぞれ食い込ませ、咬合を押さえた。
しかし押さえた所で龍の勢いが止まる訳もなく、俺を地上へ落とそうと降下し始める。
当然、落とされたくない俺はスラスターで降下に抵抗し、俺と龍は空中を滅裂に飛び回った。
――龍が火を噴かなくて助かった。
子供の発想なら、この機械龍にブレスを吐く機能を付けていても、おかしくはなかった。
急いでいて、付けようとする余裕はなかったか。
もしくはブレスなど用意しなくとも、こうして俺の自由を奪ってしまえば倒せるという算段があるか、だが――。
「ッ!」
レーダーが、後方にアンサラーが待ち構えていることを知らせてくれた。
どうやら、後者だったか。
背後の景色をマスク内のディスプレイに表示する。
アンサラーは、左手を自身よりも上回るサイズに巨大化させ、棘が幾つも生え揃った鋼鉄の鈍器に変えていた。
そして、右手でたるませた左腕を掴んで振り回し、打撃部の左手を回転させ、俺が近づくのは刻一刻と待っている。
とても常人が行う身体の使い方ではなく、まさに狂気の光景だが――。
同時に俺の待っていた光景でもあった。
「落ちろぉッ!!」
鉄球の距離に届いたか、アンサラーは振り回す右手を離して鉄球を振るい始めた。
同時に――。
「なッ!」
俺は機関銃からありったけの弾丸と光線を、口内を通じて内部へ深く送り込んで、内部から爆発を起こした。
龍は崩壊し、自由の身となった俺は上昇。
横薙ぎに振るわれた奴の棘鉄球を、空振りに終わらせた。
俺はウイングスラスターの噴射口を、脇を通して前側に移動させ、宙返りを行った。
視界が180度回転し、俺を見上げるアンサラーが真下に映る。
俺は機関銃の弾丸を、雨のように奴へと降らせた。
アンサラーは、自身を隠す程に広く硬質化させた右手を傘にして弾丸を防ぐが、これは狙い通りだ。
奴の注意は、上に向いたからな。
背後に回り切った俺は、ウイングスラスターを元の角度へ戻し、出力を上げてアンサラーへ再突撃を開始。
上に注意が向いている今、気づいた所で躱し切れまい!
俺は双剣を高く振り上げながら、アンサラーに接近する。
「ッ!」
剣が届く寸での段階で、俺の方に向いている奴の項に何かあることに気づいた。
……目?
「ッ⁉」
どうやら奴は既に感づき、待ち構えていたらしい。
俺の接近に合わせて奴の身体が項から縦に裂き――。
内部から現れた両手が裂傷をこじ開けて、血に塗れた裸の同一人物が、口から舌を出して姿を現した。
「ばぁ~」
「…………!」
脱皮か、気色の悪い。
俺と正面で相対する為かつ、生理的嫌悪感で俺を怯ませるのが狙いだろうが、そんなことで動じる俺じゃない。
それに、剣はもう間合いだ。
仕留めるチャンスを手放す馬鹿はいない。
斜めに双剣を振り下ろし、交差を描く。
が――。
アンサラーの鋼鉄に固めた両手に刃を掴まれ、斬撃を押さえられた。
俺は、剣を掴む奴を連れて飛行する羽目になった。
奴の身体に付着した血は空気抵抗で一瞬の内に流され、古皮は身体から脱げて落下する。
「痛ったぁぁぁぁ……へへ…………!」
「…………」
掴んだ両手の内から血が多量に流れるが、苦渋の決断で防いだ顔には見えない。
にやけ面を浮かべ、俺を煽る余裕がある。
「ッ⁉」
頑強であった両の剣が突如、虹色に輝き出し――。
直後、アンサラーの手の圧力に呆気なくヒビ割れ、破砕した。
剣を飴細工のように脆い材質へ変えたのか!
持ち手を失ったアンサラーは、空気抵抗に身を任せて俺にへばり付いた。
奴の狙いは、アイゼン弐式と接触しての無力化か。
――そうはさせない!
「ッ⁉ぅぁああああああッ!!」
密着したアンサラーの手が機体の肩や背中に触れる前に、俺はウイングスラスターの噴射口を前側へ移動させ――。
奴の身体を、ガスで焼き焦がしながら急停止の慣性で離した。
しかし、アンサラーは余程この機体を駄目にしたいらしい。
離れても透かさず、全身から自身の手を生え得る限り増殖させて伸ばし、俺に仕向けて来た。
両腕の武装では、対処し切れない。
俺はウイングスラスターを正位置に戻し、後腰にあるウエポンラックを兼ねたサブアームを稼働。
掴ませていた、ジェネレーター直結の中折れ式大型ビーム砲を、手元に引き寄せて銃身を接続する。
サブアームと、グリップを握った左手で銃身を安定させ、右手でトリガーを引き――。
銀朱の光線を照射。
形成された線を維持しながら砲口を右から左へずらし、触れに来る無数の手を根こそぎ焼き払い、本体のアンサラーにも直撃させ、身体を更に焼き焦がした。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ッ…………!」
内蔵の集音マイクが、奴の絶叫を拾った。
……叩ける時に叩く、それが戦いだろう。
俺は大型ビーム砲を元の位置に畳んで収め、スラスターの出力を上げる。
煙を昇らせて落ちるアンサラーに、右腕のビーム砲で追撃を掛けながら、接近する。
「あッ……ぃあぁぁぁッ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
連発したビームは全て命中し、その度に爆発音よりも大きい奴の悲鳴がマスク内に響き渡る。
……共命理しているアンサラーなら、この程度で死ぬことはない。
「アクトリア、新しい剣をくれ」
「了解しました」
アクトリアに指示を出して手元に生成させた一振りの剣を左逆手で持ち、アンサラーへ投げつけた。
「ッ⁉うぐぁッ……!!」
ビームの連続に苦悶するアンサラーが、突然の投擲物に対応出来るはずもなく、剣は左肩を貫いて突き刺さる。
アンサラーは、すぐに左肩を柔らかく変化させて操作し、刺さった剣の位置をずらし、排出するが――。
肉体操作の隙を突いて近づいた俺に、がら空きの顔面を殴られ、身体が宙で回りながら地面に激突した。
……子供を本気で殴ったことなんて、一度たりともない。
そもそも殴ろうなんて、思ったことすらない。
「…………」
俺はスラスターの角度と出力を調節し、地面に着地する。
「はぁ……はぁ…………!畜生ッ……!!」
「まだ続けるか?」
「当たり前だろ。勝つのは、僕なんだから……!!」
アンサラーは火傷した箇所へ手を当て、真新しい肌に治した。
こちらが与えたダメージは無に帰したが、治療した分理気力は消耗しているはず。
「状況を見ろ、劣勢なのはお前の方だ。諦めてコアを捨てろ」
「……捨てるぐらいなら、死んだ方がマシだ…………!」
「馬鹿が……!」
「はっ、馬鹿で状況も見えてないのはアンタだ!」
アンサラーは土を掴んで身体に掛け、撒いた土を先程まで着込んでいた衣服に変えて身を包んだ。
余裕を取り戻す為の行動か。
「分かってるんだぞ……その纏っているのが、ドグマ・バーストで作った物だって。でなきゃ、そんな強い訳ない!!」
流石に、気づいていたか。
「……それで?」
「僕はまだドグマ・バーストを切っていない!不利なのは、先に切り札を使ったアンタの方なんだよ!!」
「…………なら、お前もさっさと使って俺を倒すんだな」
「言われなくてもやってやる!」
そうだ、その意気だ。
本気で俺を殺すつもりで来い。
そうすれば俺も、お前を叩き潰す気になれるというものだ。




