楽園にようこそ ④
前触れもなく、変貌を始めた遊園地に目を奪われたのも束の間――。
「ウッ…………!」
吐き気がこみ上げ、胃からせり上がった内容物を地面に吐いてしまう。
「クロム!」
「グ……ゥ……ガ、ァァア…………!!」
頭が割れるように痛くて……息が、出来ない。
身体も、痙攣して動かせない……!
「あれ?まだ解除してないんだけどな……」
そうか。
否定する俺の理想が、胃の中の食べ物に働いて、毒物に戻してしまったのか……!!
「まぁ、手間省けるからいいんだけどさ」
「ハァ……ァ、ッ……!!」
「植物で作れる物はトリカブトや彼岸花で、肉にはムカデとかを元に使ったんだ。苦しいでしょ?」
「クロム、大丈夫ですかクロム⁉」
ラスタが倒れた俺に駆け寄り、身体を揺するが――。
俺の身体は俺達の意思を聞かず、それどころか麻痺で指1つ動かせない状態に悪化していく。
ラスタには、毒の影響はなさそうだ。
どうやら、エルダーには効かないらしい。
平気なラスタを見て一抹の喜びが胸の内に現れるが――。
「ウアァァ……ッ…………!」
苦しみが、直ぐに搔き消してしまう。
「大丈夫。ただの人間なら致死量の毒でも、アンサラーなら死なないでしょ……多分」
「直ぐに彼を治して下さい!さもないと……!!」
「僕を殺すって?はっ、笑わせるよッ!!」
ラスタは生成した槍を構え、彼に突っ込むが――。
「ッ、ゥ……!!」
ルウ君は右腕を、人体ではあり得ない程にうねらせて彼女に突き出す。
突き出した右腕はゴムのように勢いよく伸び、彼女の喉元に指先をめり込ませた。
それだけじゃない。
喉を突かれて足を止めたラスタの首に右腕を巻きつかせ、容赦なく締め上げた。
「クッ……ウゥ、ッ……ッ⁉」
「…………!!」
右腕が、屈強な筋肉に膨張して更に彼女への首絞めを強めていく。
そして――。
「そぉぉぉぉぉぉぉぉれえぇぇぇぇぇぇッ!!」
「ッ⁉」
ラスタを軽々と掲げ――。
真後ろの地面に腕を回して振り下ろして彼女を脳天から激突させた。
「ラ、ッ……ァアッ!!」
ラスタの頭部が地面にめり込み、身体が崩れ落ちる。
ラスタが死んだ。
そう思い込んで、胸に穴が空き掛けるも、まだ槍を握り締めているのも見て生きていることを確かめる。
だが、ルウの攻撃は止まりを見せない。
首に巻きつけている右腕を再び動かし、ラスタの身体を玩具のように乱暴に引き摺り、叩きつけ続ける。
ラスタの頭から流れる血が、空中に飛び散り、衝突した地面にこびり付く。
「ァア、ェ、オォ……ッ!!」
「何ぃ?止めろって言ったの?」
「ァア、ェ、オォッ!!」
「止めないよ。君が俺にコアをくれるって約束するまで」
「ッ!」
「君が潔く渡してくれたら、ラスタにこれ以上手は加えないし、毒に効く特効薬でも何でも作ってあげる」
「…………!」
コアを渡せば、俺とラスタが助かる。
でも――。
そうしたら俺は――!
「何を躊躇うことがあんのさ、命が一番じゃないの?そんなに自分の理想が大事なの?」
「ゥ……ッ、グッ…………!!」
「ふ~ん。自分の相棒が無惨にくたばってもいいんだね、飛んだ最低野郎だ――いったッ!!」
「ッ!?」
ラスタが、振り回されている状態の中で、ルウの右腕を槍で切断する。
右腕から解放されたラスタは地面を転び、右腕は瞬時にルウの元に収縮した。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」
ラスタは、未だ巻きついている右腕の一部を解き、投げ捨て、首を押さえながら急ぎ息を整える。
頭から流れる血が、地面に滴り落ちる。
もう顔は流れる鮮血に塗れて、見えない程になってしまっていた。
血の生々しい匂いが、こっちにまでやって来ている。
「全く、面倒だなぁ……!毒が効かないし、足掻いて来るんだからさ…………!!」
切断された右腕の断面から新たに右手が生え、元通りに再生する。
1回の攻撃だけじゃ、否定の力は働かないのか。
「ッ、渡さない……絶対に…………!!」
「ちっ……!」
止せ、ラスタ。
俺を置いて逃げろ……!
「クロムはッ……私が、守――!」
「あぁ……うざったいなぁッ!!」
ルウは左腕前腕から夥しい数の棘を生やし、ラスタへ向けて一斉に発射する。
猛吹雪のように押し寄せる凶器の大群を、ラスタは横に身を投じ、足に何本か刺さりながらも回避し、ルウとの間合いを駆けて詰め寄った。
「ッ……!オオォォォォォォォォォッ!!」
接近の勢いを乗せ、初めて聞く雄叫びと共に繰り出される、ラスタの刺突。
彼女の今出せる全力が込められた、鋭く、苛烈な一撃だったが――。
ルウが亀甲の如く変化した右腕によって、呆気なく受け流された。
「ッ!」
「ァァアエェオオォォォォォォォォォォッ!!」
非情な反撃が来る。
爪を研ぎ澄まされた鉤爪に、変化させた左手の指がラスタの顔面を撫でて引き裂いた。
「ッ…………!」
ラスタの顔から、赤黒い液体が飛び散る。
斜め下から裂かれて、目にも負傷を負っているはず。
誰が見たって、戦闘不能だ。
それでも――。
ルウは、止まらない。
「アエェッ……!!」
もう俺の声に、耳を傾けていなかった。
自分に歯向かう者を一方的に叩き潰すことに酔い痴れ、悦に浸った笑みを浮かべていた。
右腕の亀甲を元に戻して両手とも鉤爪に変え、倒れ掛かるラスタの両腕を掴んで喰い込ませて拘束。
ラスタの膝を崩させ、首を垂れさせ――。
自身の頭を肉食恐竜の頭部に再構成して、その大顎を開いて――。
「ァ……!」
ラスタの身体に喰らいつき、無数の牙を肉体の奥深くまで沈み込ませた。
「ァゥァァァァァアアアッ!!」
握り締めていた彼女の槍が、地面に落ちた。
「あぁ、もう!キリがないッ!!」
セリオスと共命理して、翼を生やして飛び、迫る機械作りの龍の群れを盾で壊し続ける。
けど、何度叩き壊しても斬り壊しても、治まる気配が見えない。
「ッ!」
四方八方を取り囲まれて、龍が一斉に口を開いて襲来する。
私は、身体を発光。
このままでは挟み撃ちに遭うここじゃない、より高い空中へと身体を瞬時に移して躱す。
突然視界がパッと変わるのって、やっぱ慣れないなぁ。
標的が目の前から消えて互いに激突し、怯む龍達。
私はそれに透かさず、装備している盾を巨大な刃に理気力で仕立て上げて斬り掛かり、全てを一刀両断で片づける。
でも、こうして返り討ちにしたと思えば、直ぐに龍がやって来る。
目撃する暇がないから分かんないけど多分、エイドラが苦労して壊し続ける龍を復元して、また私を襲わせているのかもしれない。
もう。
クロちゃん達がどうなっているか、早く確かめに行きたいのに!
こうなったら――!
私は、胸のコアに触れ、より強く手に宿った理気力を盾に注力する。
相手より先にドグマ・バーストを使うのって、何か危ない気がするけど、今は惜しんでる場合じゃない。
膨大な力が籠った盾の切っ先で、円陣を頭上に描く。
理気力は円陣を描き終えた段階で消失するけど、円陣が変化して生じた渦巻く空間から、4人の私の分身が、今の私と同じく翼を生やして舞い降りた。
「イェイ!私達、再び参上……ってなんか翼あるんですけど⁉」
「もしかして、本体が共命理した状態で私達を呼ぶと……同じ力で持って現れるのかな?」
「えっ……それって、最強じゃない?」
「無敵じゃない?」
「いいから!クロちゃん達を助ける為に、力を貸して!!」
「「「「ラジャー!!」」」」
5人の私で、エイドラが龍を直すよりも速く一掃してやる!
そう意気込み、分身達と共に羽ばたいて宙を駆け始めた。
その時――。
「ッ……!?」
私の目の端に、光の尾を空に刻む流星が映った。
「アァァ……アゥアァッ!!」
今までと比べものにならない量の血が流れ落ち、血の池を作る。
骨が軋み、砕かれていく音が、俺の耳に否が応でも入り込んで来る。
…………ラスタが、壊れていく。
「ッ!」
喰い千切ろうとしているのか、ルウは顎を振り、咥えているラスタを揺らす。
ラスタは抵抗を見せず、見えている下半身を振り子のように揺れ動かされ、血飛沫を周囲に撒き散らす。
「…………」
「ッ!」
ルウの獣の眼が、俺に視線を向けた。
俺の反応を、伺っている……?
仲間を凄惨に痛めつけている様を見せて、俺を恐怖で支配しようと――。
「ッ⁉」
ルウが顎を開き、ラスタを俺の傍へ投げ飛ばした。
恐竜を模した顔も元の童顔に戻し、口に付いた血を手で拭う。
「どう?ちょっとは譲ってくれる気になった?」
「ア、ゥ……ァ……!」
頭を地面に擦りつけて地面を這いずり、ラスタに近づく。
1mも満たない距離なのに、一向に届かない。
「……聞いてる、人の話?」
「ッ……ウゥ…………!」
近づいた所で今の俺には何も出来ないのは分かってるけど、それでも俺はラスタの元に辿り着きたい。
生きているか直ぐ近くで確かめたくて、守りたくて、謝りたくて、1人になりたくなくて――。
「ク……ロ、ム…………」
「ッ、ア…………!」
「おい!」
「ゥ……!」
腹に固い物体がめり込み、仰向けに転がされた。
ラスタが見えなくなって日の光を遮るルウの姿が映り込む。
「人の話を無視するなよ……!!」
「ァ……ウ、グッ……!」
「コアを譲るのか譲らないのか、どっちなんだよ……!」
ルウの左足が俺の腹部に乗って体重を掛けていく。
子供の重圧じゃない、足の何か重い物体を変えているんだ。
俺の腹部一点を物体が深々と沈み込んで、内臓が――!
「そういえば、エイドラが言ってたんだけどさ。意思が挫けたり死んだりして理想を失う時は、コアが自然と身体から出るらしいよ」
「ハッ……ァ……ゥ……グ…………!」
「ってことは、まだ僕に譲る気はないってことだよね?クロム」
「ク……ァァァァアッ!!」
「じゃあ、もう殺るしかないじゃんか」
「ッ!?」
「酷いよ。楽しかったのに、分かってくれると思ったのに…………」
高く掲げられたルウの右手が、武器に変わる。
ゴーカートの時とはまるで違う、全体に鋭い針状の突起を備えた荒々しい棘に。
最早俺に、抵抗する術はなかった。
「じゃあね」
「ッ……!」
先端で俺の首を捉えながら、悠然と棘を引き――。
突き出した――!
この時、俺は死を覚悟した。
棘に首を貫かれ、絶大な痛みと共に命を落とすだろうと。
だが、俺を襲ったのは。
ルウの棘ではない、別の衝撃。
爆風だった。
「ウワァッ!!」
「ッ⁉」
突如、上空から高速で飛来した何かが、ルウの右肩に命中し、炸裂。
間近にいた俺ごと、ルウを吹き飛ばした。
「ゥ……!ッ…………!!」
爆音で甲高い耳鳴りが響きながら、俺の身体は地面を転げ、打ちつけられる。
ルウの意図したものじゃない、誰かが割り込んだんだ。
ルナか、セリオスか。
ルウと俺を吹き飛ばした何かを確かめるべく、俺は空に視線を動かす。
もう視界も朧気で、はっきり見えない。
それでも、1つの存在が目に映った――。
「ッ……!」
あれは、アイゼン……?




