楽園にようこそ ③
その後も、俺達は幾つものアトラクションを巡った。
メリーゴーランド、フリーフォール、空中ブランコ、お化け屋敷……。
そして今、俺達はテーブルに腰掛けて昼食を摂っていた。
「ポテトを食べるなんて、いつぶりだろうな……」
なんて感慨に浸りながらコンソメ味のロングポテトを口にする。
「ッ!」
舌が、数年前の記憶を取り戻して歓喜し、連動して身体全体がこのジャンキーな美味しさに打ち震えた。
「旨過ぎる……!!」
外側のサクサクと中のホクホクした食感が口内を快感で満たし、ある種暴力的なまでの塩気が味覚を征服する。
「そんなに、おいしいのですか……」
俺は何も言わず、ラスタにポテトを容器ごと差し出した。
俺の様子を見ていたラスタ。
クロムですら舌鼓を打つ所ではなかったこの食べ物を、自分が食べたら一体どうなってしまうのか。
なんて考えているんだろうな、ポテトを抜き取る指が躊躇いを見せている。
しかし、彼女の内なる好奇心は躊躇いを超越し、思い切りよくポテトを1本抜き取って口へ運んだ。
「…………!」
ラスタの目が見開き、咀嚼しながら俯く。
旨過ぎて身体の姿勢を真っ直ぐに保てない程の衝撃が今、彼女を襲っているんだ。
「旨いだろう、ラスタ?」
「…………」
ラスタは黙って、ただ頷いた。
「そうなんだよ!フライドポテトっていうのはそういうものなんだよラスタ!!」
「……私の想像を、絶するものです」
「ポテトだけじゃないよ、ウチは。はい、好きなだけ食べていいからねぇ~」
「うおわぁぁぁああああっ⁉」
ルウ君がトレーに乗せて持って来てくれたフードの数々に、柄にもなく大人げない驚きの声を上げてしまう。
だって、テーブルをハンバーガーやホットドッグ、唐揚げに肉巻きおにぎり、チュロスが埋め尽くしているのだから、無理もないだろう。
ラスタは――。
「………………」
見たこともない食べ物の数々に感情が追いつかないのか、固まってしまっていた。
「私はど……どれから、手をつければいいのでしょうか…………⁉」
「どれからでもいいでしょ。ただ……僕の話を聞きながら食べて欲しいな」
「話?」
俺達は、出されたフードを手に取って食べながら、ルウ君の話に耳を傾ける。
「どうだった?ここは楽しかった?」
「勿論!こんなに楽しい思いをしたのは久しぶりだ!」
「心沸き立つ初めての体験を沢山させて頂きました。ありがとうございます」
「だよね。やっぱり、僕の作ったこの楽園に間違いはなかった」
楽園。
そういえば、訪れる前にも彼はここをそう称していたっけ。
確かに、この遊園地は楽園と呼べるのかもしれない。
楽しいことが目白押しで、美味しいものが幾らでも食べられるのだから。
俺は大きく口を広げて久方振りのハンバーガーを頬張る。
あぁ、なんて旨いんだ。
「僕はね、この楽園をもっとも~っと広げて……沢山の人達をハッピーにしたいんだ。まぁ、今の僕の力じゃあ…………遊園地1つ維持するので精一杯なんだけどね」
「…………!」
無邪気に食べ物を嚙み潰していた俺達の口が、ルウ君の言葉に止まる。
「そこで、お願いがあるんだ。まぁ、その反応からしてもう察してると思うけど…………クロム。君のコアをちょ~だい?」
「………………」
「僕の作り上げた楽園、楽しいって思ってくれたんでしょ?」
俺は口の中のハンバーガーを飲み込み、喋れる状態にする。
「……俺達を手懐ける為に、ここへ連れて来たのかい?」
「人聞き悪いこと言わないでよ。僕はただ、僕の理想を知って貰いたかっただけ……ホラ、このチュロスも食べな」
「…………いい」
「どうして?食べたくないの?」
目に映るルウ君の笑顔が、別の意味に見えてくる。
「確かに、ここはいい所だよ。本当に楽しい場所だ」
「じゃあ僕に譲ってよ」
「でも……全ての場所がこの遊園地みたいに変わるのを、生きている皆が望むとは限らないんじゃないかな?」
「……は?なんで?」
ルウ君の笑顔が変化する。
口角は上がっているが、眉を大きく吊り上げて目を剥き、反対する俺を注視し始めた。
「ねぇ、なんで?なんでなんでなんでなんでなんでぇ?」
「……人の考える理想というのは千差万別だ。君の作ったものを受け入れられない人だっているはず。それを無視して君1人の意思で世界を変えるのは、言い方が悪いけど……独善だと思う」
「意味分かんないんだけど。クロムだって理想で世界を変えたいんじゃないの?」
「俺は、今の世界が変わらずあることを願ったんだ。誰か1人の手によるものじゃなく……皆の意思で、前の世界を取り戻せるようになって欲しいんだ」
「……前の世界に戻ったって、何も楽しくないじゃないか」
「ルウ君?」
ルウ君から笑顔が消えた。
「ねぇラスタ、君はどうなの?僕の理想、応援してくれるよね?」
「貴方が私達を楽しませてくれたことには……本当に感謝しています。並べられている食べ物も全て美味でした。しかし同時に……毎日この体験を享受し続けるのは、何か違うと思いました」
「何か違うって、何さ?」
「貴方がもたらしてくれるものも素晴らしいです。しかし、クロムが1から作ってくれる食事や、クロムと共に行う……楽しいだけじゃない様々なことも、私にとっては掛け替えのないものなのです」
「ラスタ……!」
「なんでよ、なんでさ!」
「ルウ君……世界は皆のものだ。世界を1人で勝手に変えずに、その……皆と一緒に、今の世界を逞しく生きていかないか?」
「冗談じゃない………………!」
「えっ?」
「冗談じゃない!」
ルウ君が声を張り上げながら、椅子から立ち上がった。
「楽しいことで一杯の世界の、何が悪いんだ!大人ぶって僕の考えを否定するなよ!!」
ルウ君は怒りに任せて右手でテーブルを薙ぎ倒し、置かれていた食べ物を地面に撒き散らす。
俺達は反射的に立ち上がり、何をしてくるか分からない彼と距離を取った。
「エイドラ!」
ルウ君は頭を掻き毟り、自分のエルダーをズボンのポケットから取り出したトランシーバーで呼び掛ける。
「はい、どうしました?」
ノイズ混じりのエイドラの声が、トランシーバーから聞こえた。
「2人、とんだ分からず屋だったよ……!」
「……分かりました。プラン変更ですね」
「あぁ、頼んだよ」
何かしらのやり取りをした後、彼は通信を切ってトランシーバーを仕舞った。
「……あ~あ。言うこと聞いていれば、痛い目に遭わずに済んだにね」
「待ってくれ!俺達は君と戦うつもりなんてない!!」
「戦う?違うよ。僕がこれからするのは、一方的な拷問」
「何……⁉」
「君達さ、僕の作った食べ物、バクバク食ってたよねぇ?」
「ッ、まさか……⁉」
「それ全部元々、毒だから」
「あっ、そうだ。お腹空いたし、これ終わったら売店に行って何か食べようよ!」
「売店…………」
「私、さっき見掛けたあのハンバーガーがいいなぁ。本当に久々だし――」
「駄目です」
「えっ?」
「遊ぶのはまだいい……敵意の兆しがあれば、直ぐに対処出来ますから。しかし、摂取となるとそうはいかない」
「いや、まさか毒なんて――!!」
「ルナ。ここが敵の領域であり、敵の意思1つで殺される状況下にいるということを、どうか理解して下さい。そして……上辺だけを見て安心し、隙を見せるような愚か者にはならないで欲しい。ッ、そうでなければ――!」
「ッ⁉」
「無様に刈り取られてしまうだけだ……!!」
突如、私に目掛けて後ろから飛んできた矢を、セリオスが生成した盾で防ぐ。
発射されたのは、私達が通り過ぎたロデオマシンからだった。
牛の形は原型がなくなり、矢を放つ兵器の姿に変貌し、スタッフであるロボットが第2射を放とうとしていた。
セリオスは発射される前に接近して、盾の刃で兵器を切断。
後退るロボットの首に切っ先を突き刺し、刎ね上げる。
上がった首が地面に落ち、コロコロと転がった先には――。
「ッ!」
ルウ君のエルダーのエイドラがいて、襲撃を受けた私達を静かに見詰めていた。
「エイドラさん……!?」
「あの子の作り上げたアトラクションは、お気に召したか?」
「とうとう本性を現したか……!」
「本性?あの子の成すことは全て純粋ですよ。表も裏もありません」
「フン。不意打ちを仕掛けておいて……!」
「あの子の命令で、私達を……?」
「えぇ。これから大事な話をするから、連れの足止めを頼むと御命令を受けたので」
「話って、クロちゃん達と?」
「どうせコアを渡せといった一方的な要求でしょう。だが……貴様1人で我らを足止めとは、笑わせる」
セリオスは切っ先をエイドラに向けた。
私も盾を生成し、構えを取る。
「勿論、私のみで敵うものでないのは重々承知しております。ただ――」
「ここが私達の領域であること、お忘れではありませんか?」
「ッ⁉」
一瞬、世界が終わりを告げたのかと恐怖した。
アトラクション、売店、スタッフ。
遊園地の全てが、虹色に輝きながら海草の如く揺らめいて、原型を崩壊させたから。
「何なの、これ……⁉」
「領域内の全てを利用すれば、貴女方の足止めは容易です」
物体は、色も一切の彩りを感じられない灰色へと変わって、天へと高く伸び上がり――。
「ッ⁉」
生気を感じられない機械の蛇、いや龍になって見上げる空を埋め尽くし、雄叫びを想起させる駆動音を鳴り響かせて――。
私達に、襲い掛かった。




