新たな戦い ④
勝機の兆しが見えぬまま、戦況は変わらずの防戦一方。
マンションからは意図せずどんどんと離れていき、寂れた住宅街に。
俺達は自力で打開しなければならない状況へと、ますます追い詰められていった。
「ハァッ…………ハァッ………………!!」
汗が身体を濡らし、息が荒れたまま戻らない。
握る槍も、気付けば構えを解いて守りを空けてしまう。
ラスタの作戦通りに防戦を維持したくても、疲弊がそれをいつまでも許してくれない。
「フン…………これでは埒が明かないな。共命理をしたらどうだ?」
ネイウルは全く疲れを見せない、紙だから疲れなんてないのかもしれない。
「…………何だと?」
「こんな戦いをいつまでも続けた所でつまらないと思ってな。ほら、さっさとしてみせろ」
「……………………」
今までさせる暇も与えてなかった癖に、何のつもりだ。
共命理し掛けた所を討つという狙いか。
それとも本当に武人気取りで――。
「その必要はありません」
「ッ!」
ネイウルの提案を、ラスタが一蹴した。
「共命理をするまでもなく、貴方は程なくして敗ける」
「ラスタ…………!」
「ほう。見た目に寄らず、随分な大口を叩く」
「事実です」
ラスタの中にはまだ、勝利への確信があるのか。
俺の知っているラスタは、決して無根拠な発言をしたりしない。
でも、俺にはそれが分からない!
「俺としては……本気のぶつかり合いを演じたかったんだがな…………後悔するなよ」
ネイウルが、地面に手を付ける程に身を低く屈め、獲物を狩る獣のごとく体勢を取った。
「ッ!」
すると、全身の筋肉がスーツをはち切らせんばかりに、膨張。
四肢の爪も、より厚く、より鋭く伸びて変化する。
今の今まで全力じゃなかったのか!?
「クロム、理気力を――」
「ウゥゥガァァァァァァアアアッ!!」
「ッ!?」
ラスタが俺に何かを伝え掛けた、その時――。
ネイウルは接していた地面を砕く並外れた膂力で駆け出し、一瞬にしてラスタの眼前にまで接近。
その超速の勢いを威力に乗せた左手の凶爪が、彼女を襲う!
「ッ…………!」
ラスタは辛うじて動きに反応。
爪が喉元へ突き刺さる間際――。
後ろへ跳びながら槍を指間部に滑り込ませ、ネイウルが左腕を突き出すとラスタの身体も後ろへ動く状態にし、直撃を躱してみせた。
だが爪を避けたとしても、ネイウルの脅威は終わらない。
勢いは未だ停滞は見せず、爪痕を地面に刻んで滑りながら、ネイウルは槍を指で挟み上げて左腕を振り抜き、ラスタの身体ごと槍を放り投げた。
ラスタは宙を飛び、コンクリートを破って廃屋に突っ込んでしまう。
「ラス――!!」
「次はお前だッ!」
ネイウルが両手足の爪を地面に立て、急停止しながら向きを反転。
今度は俺に狙いを澄まし、再び超速の突撃を仕掛けて来た。
反応は出来る。
けれどラスタのように器用じゃない、真正面から槍で受けることしか出来ない!
「クロム、理気力を――」
ラスタは飛ばされる前にそう言っていた。
理気力を何だ、奴に当てろって伝えたかったのか。
どの道取れる手は1つ、それに懸けるだけだ!
槍の全体に理気力を纏わせ、奴の出す手に合わせて槍を力の限り振るう。
「ォォォォオオオオオオオオッ!!」
最早1つの線に見える程の残像を残すネイウルの左手と、揺らめく黒い理気を発する槍が、衝突する。
「ッ……!!」
想定し、覚悟はした。
力負けして槍は吹っ飛び、俺の腕が肉離れする最悪の結果を。
だが――。
「な、に……⁉」
「ッ!」
勝ったのは、俺の方だった。
左手と槍がかち合った時――。
最初の一瞬こそ、攻撃の重みが槍を通じて俺の両腕に圧し掛かったが、すぐに重圧は無くなり――。
俺の槍が、楽々とネイウルの左手を破壊。
余勢で、左腕すら容易に裂いてしまった。
左腕が崩壊し、夥しい数の紙となって損失したネイウル。
勢い止めるパーツの欠如と動揺したことが相まって自身を止められず、視界の彼方へまで地面を転げ回った。
「これは、一体…………⁉」
数え切れないぐらいに受けて来たネイウルの力が、突如として感じられなくなった。
まるで紙みたいに軽く――。
いや、奴が元々紙の集合体であるのは分かっていたけど、どうしていきなり力がなくなったんだ。
「やはり、効いていたようですね」
「ラスタ……!」
廃屋から抜け出したラスタが、ネイウルを見詰めながら俺の傍へと歩いて戻った。
その顔や衣服の破れ目からは、擦り傷と切り傷が幾つも刻まれていた。
「大丈夫なのか……⁉」
「心配は後で結構です。今は敵を注視してください」
「わ、分かった!けど、何でアイツ急に…………」
「蓄積された理気力が、表面化したんです」
「理気力が……?」
「幾度も衝突した、槍と黒塊弾……それらは有効打になっていませんが、ネイウルの内部へは着実に侵蝕していました。貴方の否定の力が」
「えっ?」
否定の、力?
「……お気付きになっていなかったのですか?」
「…………うん」
ラスタが目を少しばかり見開いて、驚きを見せる。
正直、世定してから何か理気力の威力が上がったなぁ、としか思ってなかった。
確かに振り返って考えると、今までとは何か違っていたな。
天狗のようなイレイノムに黒塊弾を当てた後、急に飛ばなくなったし――。
あの上級イレイノムも、大玉黒塊弾を喰らわせたら、大気を操る力が弱まったらしいし――。
「あの一撃で大分、能力が弱ったようだな。追い付かれているのがいい証拠だ」
アラタも、俺の力に気付いてたのかもしれない。
「貴方は今の世界を願った。それはつまり、今の世界を消し去ることや異なる世界の力を否定することを意味します」
「だから、俺に否定の力が……?」
「はい」
否定することが、俺の力。
実感はまだてんで湧かないけど、奴が証明してくれている以上は、そうなんだろうな。
「否定するだと?ククク、成程な…………」
ネイウルが起き上がり、帽子を被り直して俺達を見据える。
片腕を失いながらも、その威圧感は未だ健在だった。
「……まだ続けますか?」
「恩情で逃がしてくれる訳でもないだろう?」
「…………」
「抗ってやるさ、最後の最後までな…………」
ネイウルが三度、突撃姿勢を取った。
口ぶりからして恐らく、最後の攻撃。
あの速度を、俺の理気力が表面化しても尚出せるのなら、油断出来ない。
ドグマ・バーストで、奴を迎え撃つ。
コアから理気力を解放し、槍に纏わせて構え直す。
「ラスタ。下がっていてくれ」
「分かりました」
ラスタを後ろへ退かせ、1対1の対峙を作った。
「………………」
「………………」
沈黙が空間を支配し、緊張が極限にまで張り詰める。
そんな状況が、逆に俺の疲れを忘れさせてくれた。
タイミングを逃せば窮地、絶対に外せない。
「ッ!」
来る!!
「オォォォォッ!!」
地を砕く脚力による超速が、一直線に俺へと差し迫る。
欠損をしているなど、考えられない猛威だ。
接近する奴の眼光、一挙手一投足と剥き出しの牙が、何が何でも俺を刈り取るという殺意を、これまでかと滲ませていた。
遠く離れていた距離が急激に縮んでいく。
到達まで、恐らく2秒。
狙いを悟られる訳には行かない、構えの状態からはまだ動いてはいけない。
取る動作を脳裏で瞬時に反芻する。
後、1秒。
「ガアアアァァァァァッ!!」
「――ッ!!」
0!
「ハァァァッ!!」
俺は槍を振り上げた。
当然、この動作を奴は察知。
槍の間合いへと入る寸前、ネイウルは地面に手を埋める力技で身体の勢いに急ブレーキを掛け、俺から見て左へ方向転換――。
その先にある塀へ足を付け、もう一度俺に狙いを澄まし――。
「ッ⁉」
まさかまさかの、4度目の超速突撃が俺に襲い掛かった。
先程までの距離はない、すぐ間近で行われたトップスピードの接近。
俺に回避することや向き直って槍で受けること、ラスタの援護を許さない。
まさに、不可避の強襲。
流石だと、素直に感服した。
だが、勝つのは俺だ。
「ウォォッ!!」
石突を地面に打ち付け、纏っていた理気力を地面へと解放する。
「ッ⁉グゥッ……!!」
一瞬にして展開される理気力の溜まり。
足を踏み入れたネイウルの下半身を、着込んでいたスーツよりも黒く染め上げ、崩壊させた。
「グゥゥゥゥゥゥゥッ……!!」
この崩壊は、すぐに全身へと渡る。
ネイウルの爪や牙が届く前に、奴は――。
「まだだァッ!!」
「ッ!」
自分の胴を紙に変えて、侵蝕から逃れたネイウル。
身体の勢いは半身を失ってもまだ止まらず、咆哮を上げて右手を俺に突き出した。
最後まで敵を倒す為に動き続ける、奴の執念に俺は――。
「クッ……!」
拳で立ち向かった。
至近距離にまで迫られた以上、槍では迎撃に間に合わない。
伸ばされた右腕を裏拳で払い――。
「オォォッ!!」
ネイウルの右頬を殴打。
頭部を打ち破り、散り散りの紙へと変えた。
頭部の損壊に連なって上半身が紙に変わり、次々と黒の溜まりへ舞い落ちていく。
無数の波紋が、溜まりに広がる。
手離した下半身は既に消失、ネイウルを完全に倒した。
「フッ、完敗だな……」
ネイウルの声が、下から響く。
落ちている紙の一部から、発しているのか。
俺は発したと思しき、左眼の部位に当たる紙を拾い上げた。
最早、打つ手なんてないだろうからな。
「まさか、あんな手段を講じるとは……思わなかった」
「……素早い奴とは、一度戦ったことがある。だから、動きを封じる方法はすぐに思い付いた」
「成程。アンサラーとあらば、戦いの経験も豊富か」
落ちた無数の紙が、溜まりに呑まれる形で消えていく。
拾い上げたこの紙にも、黒い染みが広がり、消え掛かる。
「否定の力。アイツに伝えられないのが、残念だな…………」
アイツっていうのは、アンサラーのことか。
ネイウルは、1人のアンサラーの為にここまでの戦いを――。
「どうして、そこまで戦ったんだ?」
正体を聞いた所で、ネイウルは決して喋らないだろう。
そう思った時、自然とこの疑問が口に出た。
「……期待に応えたかった。ただそれだ……け、だ…………」
「………………」
最後の1枚が、黒く染まり切って消えた。
「お疲れ様です、クロム。体調は如何ですか?」
「あぁ、別に問題ない…………いや、ラスタの方が見るからに重傷じゃないか!」
俺の方は、攻撃を受け切れずに出来た掠り傷が数ヶ所程度だが、ラスタはその比じゃない。
「お前こそ大丈夫なのか?」
「はい。この程度はすぐに――いえ、あの…………」
「ん?」
「また……手当して頂いても、よろしいですか?」
「あぁ、勿論……えっ、あっ!えぇっとぉ…………!!」
前に手当てした時は足だけだったけど、今回は身体中じゃないか。
流石にそれは、不味い。
「……すみません。厚かましいお願いでした」
「いや全然!手当はぁ、そのぉ……いいんだけどさ!ルナの方が適役だと思うなぁ俺は……!ははっ…………」
「…………やはり問題ありません。大丈夫です」
「えっ?いやそんな――」
「心配要りません。さぁ戻りましょう」
そう言って、ラスタはそそくさとマンションへ歩き始めた。
「………………」
分かってる。
ラスタが折角出してくれた甘えを、不意にしてしまったことくらい。
でも、こればっかりは。
「…………!」
だからと言って、何もしないのはバディじゃない。
最大限出来ることをして、彼女の甘えに応える。
「ラスタ、ちょっといいか?」
「何でしょ……」
俺は腰を下ろし、ラスタの膝裏と肩に腕を回し、抱き上げる。
ラスタは俺の行動に驚いたが、すぐに意図を理解してすんなりと抱えられてくれた。
このまま、マンションへと歩く。
「…………ありがとう、ございます」
「おう」
「前も、抱えて運んでくれましたね」
「形はちょっと違うけどな」
「私は、羽毛のように軽いですか?」
「あぁ……って、よく覚えてるな。俺の言ったこと」
「今は、その冗談も理解しているつもりです」
「そっか」
月明かりが光を照らす夜。
無人で閑静な通りを、話し声と足音を響かせながら渡る。
微かに、冷たい向かい風が吹いて、気恥ずかしさで熱くなっている俺を冷ましてくれた。
「他者に身体の全てを預けるというのは…………暖かくて、安らぐものですね。クロムが抱いてくれるからでしょうか?」
「…………どうなんだろうな」
冷めた身体がまた、熱を出し始めた。




