新たな戦い ②
1人てんやわんやして、俺は何やってんだか。
深呼吸で上がっていた息を整え、マンションの階段を登る。
静かな夜。
鉄製の階段を踏む音が、連続的に響く。
星を見るって言ってたから、恐らく屋上にいるはず。
――当たりだ。
屋上に辿り着くと、やはりラスタが、空を眺めていた。
柵は錆び、床も至る所が剥げている寂れた場所に佇み、黄昏て夜空の星を見詰める1人の女性。
「……………………」
自分の心に正直になるのなら、俺はその姿に見とれてしまった。
そして――。
「クロム…………?」
「ッ!」
そんな彼女の瞳が俺に向けられた瞬間、胸は年甲斐もなく高鳴りを感じてしまった。
中高生じゃないってのに、動揺がまだ俺の中にあるらしい。
「何か御用ですか?」
「いやさ、ちょっと話をしたくなって」
「話、ですか?」
ラスタの隣へ立ち、柵に腕を乗せてもたれながら俺も夜空を眺めた。
青藍の星々が俺達の頭上で輝いている、見詰めたくなるのも納得の絶景だ。
数時間前まであの星々の側にいたなんて、今でも信じられない。
グラスティウスは、この広がる空のどこかで今も漂っているんだろうな。
「どうして、争いを止めたいっていう俺の考えに賛成してくれたのかな…………って」
「…………あぁ、そのことですか」
ラスタは軽い話題に捉えているようだが、俺にとっては大きな疑問だ。
エルダーは儀式を完遂する為に、俺達をアンサラーに成長させた。
本来なら、戦いは是が非でも行って欲しいはず。
でもラスタは、あっさりと同意してくれた。
勿論嬉しいし有り難く思っているが、何故なのかはずっと分からなった。
だから、ラスタに理由を聞いてみたくなったんだ。
「私はてっきり、儀式の存在を隠したことを、問い詰められるのではないかと思いました」
「まぁ…………あの場で言われていたら、間違いなく動揺してたろうからな、それはもういいんだ。っていうか、もうすっかり忘れたよ」
「…………争いを喰い止め、平和的に解決出来るのならそれに越したことはありません。そんな、単純な理由ですよ」
「そっか」
「最も私自身…………これが正しいかどうかは、分かりませんが」
分からないけど、争わずに済む方法で通したいってラスタも思ってくれているのか。
何だか――。
「変わったな、ラスタ」
「え?」
「最初の時は、何と言うか、こう…………仕事第一?みたいな感じだったのに。あっ、いい意味で言ってるからな!?」
「…………そうですね。前の私なら、こうして星を見たりしなかったと思いますし、貴方と話をしたりしなかったかもしれません」
「ははっ。確かに、それぐらいクールだったな」
「それを言うなら、クロムの方は――」
「おっ?」
「……………………」
「……………………?」
「よく分かりません」
「いや、分かんないのかよ!」
アンサラーとしてなら、結構成長して変わったと思ってるんだけどな。
人間的な部分のことを言ってるのか?
23歳でも、そんな変化が起こるものかね。
ラスタのように、日々を通じて。
…………想像も付かない。
俺は変わらないだろう。
自分が決めた、やるべきことの為に動き続けるだけ、それでいいんだ。
だから――。
「これからも、よろしく」
「はい」
ラスタは、穏やかな笑みを浮かべて返してくれた。
気遣いから作られた表情かもしれないが、先の見えないこの状況でも何とかなる。
そう思わせてくれる、素敵な笑顔だった。
俺がチョロい人間なだけかもしれないが。
「……綺麗だな」
「えぇ。イレイノムも、星には手が届きませんからね」
「アイツらにも、奪えないものはあるってことだ。まぁ、そもそも遠い星に興味なんてないんだろうけどな」
「…………そうですね、イレイノムは目もくれないでしょう。あの綺麗な星も、星を見て美しいと感じる人の心も」
「ラスタは、感じているのか?」
「はい。とても」
「そっか」
「……………………」
お互いに、空を見詰め直す。
イレイノムから集落を守るという、差し迫った目的も一旦終わり、落ち着いて景色を楽しむ自分がいることに心の中で驚く。
こんな瞬間が訪れるなんて、思わなかった。
当然、1ヶ月というタイムリミットがあることは、よく分かっている。
でも、今はラスタとの一時を堪能していたい。
そう願っていたが――。
与り知らない他者の思惑によって、情け容赦なく阻まれてしまう。
「ッ!?」
「…………!!」
突如、夜景に2つの影が、下から割り込んだ。
どちらも、人の影。
跳んでやって来たらしき影達は、そのまま俺達の背後へ着地。
すぐに立ち上がり、振り向く俺達と対峙する。
「アンサラーの1人とお見受けする」
「我々と、手合わせ願いたい」
「誰だ…………!?」
1人は、鉄のプレートを各所に当てた緋色の装束で身を包む、忍者らしき風貌の男。
その後ろ腰には、反りのない刀を差していた。
もう1人は、黒のスーツを着こみ、パナマハットを被った獣人。
彼の大きな口からは、こちらの肉体を容易く裂き得る鋭利な犬歯が見える。
跳んで来たことも踏まえて、両者はとても常人に見えない。
しかし、彼らはあの場所にアンサラーやエルダーとしていなかった。
一体…………。
「お前達は一体誰なんだ。どうして戦わないと行けない…………!」
「理由など、些末事」
「あんさらぁとは、他を退かせる存在であろう?小さなことに拘らず、拙者達と戦って貰おう」
「ッ!」
2人が此方へ向かって、じりじりと近付き始めた。
何故だ、何故いきなりこんな――。
「クロちゃん!!」
「ルナッ!?」
ルナがセリオスを連れて現れ、盾を構えながら2人の前に立ち塞がる。
不意の来訪に奴らは驚きを見せて下がるも、ルナを見詰めた後、すぐ様平常に戻った。
「ほう。其方から出向いてくれるとは…………」
「手間が省けたな」
ルナにも襲い掛かるつもりだったのか。
奴らは、アンサラーを狙ってここへ?
「緋影、俺は黒の相手をする。金は頼むぞ」
「承知」
緋影と呼ばれし忍者と獣人は立ち位置を入れ替えて、忍者はルナ、獣人は俺と対峙する。
そして――。
「なッ!?」
「わぁっ!?」
緋影がいつの間にやら手にし、地面に叩き付けて炸裂した球による煙幕が、屋上に充満した。
「ゲホッ、ゴホッ…………ッ!?」
突然だったが為に口から煙を吸い込み、咳き込んでしまった俺に、あの獣人の右手が煙の中より迫り来る。
避けられない!!
俺は即座に槍を生成し、柄で以て獣人の攻撃を防ぐ。
しかし――。
「ウッ……!!」
押さえ切れなかった。
俺は胸に爪を突き立てられながら後方へと、押しやられ――。
俺は獣人と共に、柵を押し破って屋上から地面へと落下する。
「ッ…………クッ……………………!!」
煙から離れ、手を伸ばした獣人と夜空を視界に映し、大量の風を背中で感じ取る。
このままだと、背中から地面に落ちてしまう。
だが、攻撃を喰い止めている今の状態じゃあ、身動きが取れない。
どうする――!
「ッ!」
獣人の腕の力が、突如として抜けた。
獣人は顔を後ろへ振り向かせている、上空から何か衝撃が襲ったのか。
何にせよ、抜け出す絶好の機会!
俺は槍に圧し掛かる奴の手を押し返して身体から離し、体勢を整えて着地する。
「ッ…………!」
痛みになる一歩手前の強い衝撃が足を襲い、痺れて身体を崩す俺に対し、獣人は何事もなかったかのように華麗な着地を見せる。
身体能力だけなら、奴の方が上だということか……!
「ッ!」
獣人が後ろへ跳んだ。
直後、奴のいた地点に上空から黒い理気力の塊が降る。
頭上を見上げると――。
ラスタが2本の槍を持ち、片方の槍の穂と足をマンションの壁に当て、スピードを殺しつつ降下。
もう片方の槍から、黒塊弾を獣人目掛けて絶え間なく放っていた。
獣人はラスタが地面に着くまで、黒塊弾を全て跳躍と柔軟な身体操作で躱し切る。
「大丈夫ですか。クロム?」
「あ、あぁ…………!」
ラスタは俺に駆け寄り、腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。
獣人を見ると、奴は右肩の後ろを左手で押さえていた。
あそこにラスタの黒塊弾が当たって、力が緩んだのか。
――押さえている箇所から、何かが溢れて出ている。
「ッ!?」
あれは、紙か?
黒ずんだB4サイズの紙が何枚も傷から飛び出して、ひらひらと地面に落ちている。
切れたジャケットから落ちる羽毛のように。
「…………再生しないだと。これが、お前達の持つ理想の力か?」
「え?」
「…………どうやら彼は、人間ではないようですね」
「え?いや…………それは見たら分かるよ」
「ふっ、御覧のとおりな」
「……そういうことではなく、彼は仮初めの身体で動いている存在なんです。傷から出た紙が、証拠」
「………………………………」
「仮初めの、身体?」
「彼は何者かによって作られ、その者の指示で私達に襲い掛かったんです」
「その何者かってのは、もしかしてアンサラー!?」
「先ず間違いないでしょう。質問します…………貴方は誰に作られ、指示されてここへ来たのですか?」
「知る必要があるのか?これから死ぬというのに」
「……ッ!」
「お前達が知るのは、死を見せるこの俺の名前。ネイウルで十分だ」
屋上はまだ煙で充満し、私とセリオスを中に閉じ込めていた。
「うっ…………!」
「クゥッ…………!!」
四方八方から繰り出される手裏剣を、私達は背中合わせとなって盾で弾く。
「ほう、傷1つなく拙者の手裏剣を防ぐとは…………中々やる」
緋影と呼ばれるあの忍者の声が、静かな屋上でどこからともなく響き渡る。
「此方が見えないのをいいことに、飛び道具ばかりを…………!芸のない卑劣漢めッ!!」
「卑劣で結構、しかし芸がないとは心外よ!我が一族秘伝の殺法、とくと味わうがいい!!」
「グガッ――!?」
「セリオス!?」
私の背中に付いていたセリオスが、突如強い力で私の元から引き離され、煙に消えて行く。
この状況で離されたら不味い。
セリオスを救助すべく、私はセリオスが引っ張られた方向へと走る。
「ッ、セリオス!?」
「……ル、ルナ…………!!」
走った先の柵に、セリオスは縄で四肢と首をきつく縛られていた。
すぐに向かったというのに、一瞬でこんな芸当をするなんて。
「後ろ‥‥‥‥!」
「ッ!?」
セリオスの絞り出す言葉が、私に危機を知らせてくれた。
緋影がセリオスを縛り上げたのみならず、後ろから私に向けてクナイを飛ばして来ていた。
振り向いた私の目前に、喉を容易く貫き裂く刃が映る。
けど、これなら何とか間に合う!
私はクナイの軌道に盾を割り込ませ、寸前ながらも防いでみせた。
けど――。
今になって高速で飛び込んで来た緋影が、私の盾を掴んで左にやり、強引に私の防御をこじ開けた。
そして刀が、がら空きの脇腹へと突きに掛かる。
慎重さと大胆さを併せ持つ、緋影の殺法の恐ろしさに私は戦慄しながらも、左手で彼の左腕を掴み、刀を止める。
「これを止めるか…………!」
「うぅぅぅ…………!!」
互いが互いの片腕を掴む、力比べの状況。
分は、緋影にあった。
彼の持つ刀の切先が、私の脇腹へと接近しつつある。
「あっ、ぐぅ…………!」
切先が当たり、裂かれる痛みの信号が脇腹から走る。
血も、裂傷から流れ落ち、私の服も赤黒く染めていく。
「うぅ…………ッ!」
やられて、たまるか!
「ッ!?」
掴まれていた盾を消失させ、右腕の自由を取り戻して即座に再生成。
緋影の顔面に盾の面を叩き込み、退かせた。
「…………やりおる」
「痛ぁ…………もう!本当に許さないよ!!」
煙が、漸く晴れてきた。
もうあの玉を持ってないのなら、これで1対1の正面対決に望める。
セリオスを助けられる余裕はないから、2対1には出来ない。
セリオスには悪いけど、あのままでいて――。
「ッ!」
地面に紙が散らばっている。
こんなのさっきまで、なかった。
緋影の持ち物?私に叩かれた衝撃で落とした?
「あッ!?」
「……………………」
よく見たら緋影の顔が、ない。
顔の部分が衣服と同じ緋色の紙きれに変貌していて、しかも身体からめくれて離れ掛かっていた。
右手が、それを落ちないように押さえている。
「ッ!」
もしやと思い、手前に落ちていた紙を拾い上げて裏返してみると――。
やはり、緋影の顔面が描かれた紙だった。
「…………離せ」
「うわぁッ!?」
紙であるはずの唇が動いて、喋った。
私は堪らず手から紙を放してしまう。
放した紙は、落ちている他の紙と共に顔の位置へと集まり、重なって貼り付いた。
緋影は、両手で紙を力一杯に押さえ付けると――。
「ふぅ…………」
不気味にも、元通りの顔に戻った。
「人間じゃ、ない…………?」
「…………作用。拙者達は主殿によって肉体を与えられ、その命令で動く従者なり」
「主って…………?」
「それは答えられぬ。お主はただ拙者と戦い、敗れればいいのだ」
「…………本当に、人間じゃないの?」
「紙で動く人間などおるまい」
「本当の、本当に?」
「そうだと申しているであろう。何故それ程確かめる?」
「分かった…………」
クロちゃんと約束した、人間同士の争いは止めるって。
だから私達は、他の人と本気で戦っちゃいけない。
でも、相手が紙なら――。
人間じゃないなら、本気になってもいい!
「じゃあ、全力でやっちゃうから!覚悟してよねッ!!」
左手で胸のドグマ・コアから理気力を引き出し、盾に移す。
そして、より金色に煌めく盾の先端で、頭上に大きく円陣を描く。
「何だ…………!?」
「今に分かる。我がバディの崇高なる力の一端を、とくと見るがいい!フハハハハハッ!!」
「ッ!?」
描かれた円陣はすぐに渦へと変わり、渦の中から――。
コアを宿していないこと以外は、私と全く同じ姿をしていて同じ盾を持つ、4人の分身が降り立った。
「イェ~イ!私達、ただいま参上!!」
「これぞ分身の術でござる!」
「ニンニン!」
「さぁ、これで5対1!」
「ギッタンギッタンのメッッタメタにしてあげる!行くよ、皆ッ!!」
「「「「はぁ~い!!」」」」
私達5人全員、一斉に盾を構え、緋影に刃で斬り掛かった。
「面白い、お主も妖術使いだとはな!」




