大儀式 開幕 ②
「野郎ッ!!」
杖から緑光が迸る。
それに合わせて足下の空間が蠢き、俺達アンサラーとエルダー達を囲う様に暗緑色の渦が多数出現し――。
渦の内より、頭部と同等の体格を誇る、爛れた人面をした奇怪な羽虫が顕現した。
一斉に羽を動かし、エルドルーラーと1人のエルダーを除いた全員の首に、臀部の針を向けて威嚇する。
針の先端からは黄緑の液体が漏れ出し、床に滴り落ちていた。
「ッ……ウゥ……グッ…………!!」
間近で奏でられる不快な羽音と威嚇鳴きの合唱が、絶えず耳に入り込んで身の毛をよだたせる。
「……………………」
早期に決着がつくことを望んでいるのか、それとも苦難をどう脱するか俺達を試しているのか。
エルドルーラーは動かず、この状況を傍観していた。
「羽の音が多少耳障りだろうが……我が声を聞け、異教者ども」
張本人が俺達に語り掛ける。
「お前達の持つコアを今すぐ、この私……御影フメイに献上するのだ。無論、拒否権などない。慚鬼共の針の餌食になりたくなければ……疾く差し出せ」
御影フメイ、それがあのアンサラーの名前。
慚鬼という化け物を、操る能力なのか。
「不可解な真似はするな。出来るなら、人の子らを傷つけたくはないのだ。大人しく、取るに足らぬ理を投げ捨て、我が大義に従え」
「大義だぁ……?」
「左様。我が教義の完全なる具現……それこそが、滅びゆく世界における至上の選択だ」
「はっ、イカレたカルト野郎かよ…………!」
「……………………」
周囲の反応を見る。
皆、慚鬼に煩わしさを顔に出してはいるが、従う素振りを見せる者は誰も――。
「ッ!」
1人いない。
アンサラーの1人であるルウ君が、包囲されていた、にも関わらず忽然と姿を消していた。
そのことに、御影フメイも気づいた。
「どこへ消えた……まさか、帰したのか?」
「……………………」
フメイはエルドルーラーに問い掛けるが、エルドルーラーは我関せずと傍観の姿勢を保ち続けていた。
介入している様には、見えない。
そう、誰もがエルドルーラーに視線を向けていた――。
最中だった――。
「ッ⁉」
突如。
視界の右端より、大口を開けた大蛇が這って現れ、慚鬼を喰らいながら周囲を旋回。
全員を威嚇していた奇怪な虫を全て食い尽くし、フメイの正面で鎌首をもたげ、見下ろした。
天井に届かんばかりの巨体。
一体、誰がこれを呼び出したのか。
その答えは、すぐに判明する。
「うえぇ……まっずぅ!!」
「ッ!」
大蛇らしからぬ幼い声が響いた後、大蛇は収縮。
小柄な人の形へと新たに変身、いや――。
汐見ルウ君の姿へと、元に戻った。
「全く、頭に来るよ。僕だけじゃなくてエイドラまで脅すんだから」
「……やってくれたな」
「おい、狂信者野郎」
紫のアンサラーがルウ君よりも前に出て、フメイと対峙する。
生成したアメジストを刃に仕立てたかのような、艶やかに光を反射する両刃の戦斧を、右手に握り締めて。
「手を出した以上は……殺される覚悟出来てんだろうなぁ!!」
「愚かな……!」
踏み出すと同時に、紫のアンサラーは斧を大きく振り上げ、一直線に斬りかかった。
フメイは後ろへ跳んで彼の一撃を躱し、杖を掲げて3つの暗緑の渦を前方に発生させ、先程と同様に慚鬼を差し向けた。
針を突き出しながら飛来する、3体の慚鬼。
「そんなもんで!」
紫のアンサラーは斧を短く持ち替え、小回りを利かせながら慚鬼をすれ違いの内に全て斬りつけ、地に伏せさせる。
そして――。
「…………」
慚鬼のみに聞こえる声量で何かを呟くと、3体の慚鬼は独りでに身体を膨張させて破裂。
紫のアンサラーは攻勢を維持したまま難なく排除し、フメイに斬撃を繰り出し続ける。
「……………………」
2人共、相手を殺すつもりで戦っている。
このまま続いてしまったら――!
「ッ……!」
「クロちゃんッ⁉」
2人を止めるべく、俺は駆けだした。
数少ない生き残りである俺達が、殺し合いをするなんて間違ってる。
「あぁッ⁉」
両者の間へ割って入り、互いの武器を掴んで動きを止める。
振り下ろされる斧の柄を持って止めた為に、右腕には痺れが生じた。
「止めろ、2人共!!」
「チッ、邪魔すんじゃねぇゴミが…………!!」
「ッ⁉」
斧に掛かる力が、強まっていく。
片腕だけでは、抑え切れない!
「クッ……!」
堪らずフメイの杖を手放し、両手で彼の斧を掴み、喰い止める。
「押さえてくれるとは有り難い。では……隙だらけのお前から、コアを奪うとしよう」
「ッ⁉」
フメイが、尖った杖の石突で俺の背中を刺しに来た!
今、俺は斧を止めるのに全身の力を使っている。
避けようと力を緩めてしまうと、今度は斧の餌食になる。
どうする――⁉
「駄目ッ!」
盾を装着したルナが、俺の真後ろへ滑り込んで杖を弾く。
その後フメイへ突撃し、盾を胸へ突き当て、大きく退かせた。
ありがとう、ルナ。
俺も、奴を――!
圧し掛かる斧を左へ流し、空いた頭部に頭突きを当てて怯ませ、左脇腹に膝蹴りを叩き込む。
「ウグッ……!」
痛みで弱まる、斧の力。
俺は一気に踏み込んで柄を押し出し、紫のアンサラーの体勢を崩して転倒させ、攻勢を止めた。
「ハァ、ハァ……!止めろと、言ってるんだ!!」
「チッ、ふざけやがってボケが…………!先ずテメェからぶち殺してや――!!」
「ッ⁉」
俺を殺すと吠え、起き上がろうとしていた紫のアンサラーが突然消失した。
能力によって転移し、死角から襲い掛かって来るのかと考え、辺りを見渡すが――。
どこにもいない、よく見ればエルダーも1人欠けている。
このグラスティウス自体から、存在が消えたのか。
「どこに…………?」
「……此岸リョウは、地球へ帰還させた。これ以上のグラスティウスでの戦闘は、私が許さぬ」
「………………」
戦闘の中断が宣告され、緊張が俺の中から消えた。
よかった、殺し合いがこれで止まったと。
しかし、すぐに根本的な問題を解決した訳ではないと思い直す。
殺し合いすら是とするセブンスワンへの意気込みを、この場で改めさせることが出来なかった。
2人の――。
いや、俺とルナを覗く、全てのアンサラーの――。
「…………あくまで、結界の中で決めろと言うのか」
フメイは毒気が抜けた様に、杖を消す。
ルナも、それに合わせて盾の武装を解除した。
「女」
「ッ……!」
「我が行いを阻んだ報いは、必ず受けさせる。覚悟しておけ」
そう言い残し、フメイもエルドルーラーによって、グラスティウスから消失した。
続いてアラタ、ルウ君。
フードで顔を隠す、3原色のコアを宿したアンサラー。
そしてルナ。
次々とバディのエルダーを連れて帰還。
残るは、俺。
俺の転移も完了したその瞬間、儀式は開始される、されてしまう。
問答無用、活殺自在。
理の生存競争が――。
「神尾クロム」
「ッ!?」
「勝利せよ。全てを救いたいと、願うならば」
「俺は――!」
全てを蹴落として勝ちたいなんて、思っちゃいない。
この拒絶の言葉を、エルドルーラーに伝えることは。
――出来なかった。
「ッ⁉」
「あっ、クロちゃん……!」
「……………………」
一瞬の内に、俺は先程まで寛いでいた渓流へと転移した。
自然溢れる空間。
共に戦ったルナとアラタ、セリオス、アクトリア、ラスタ。
元の地上に戻って来られたことへの安心感が、身体に浸透する。
だが、このまま休憩を続行出来る雰囲気はなく、周囲には重苦しい空気が漂っていた。
当然だ。
共に戦った仲だというのに、争わなければならないと言われたのだから。
「行くぞ、アクトリア」
「はい」
「ッ、アラタ……!」
アラタとアクトリアが背を向け、立ち去ろうとする。
「……集落巡りの意義もなくなった以上、お前達との旅も終わりだ。じゃあな」
「待って!」
「………………」
ルナの呼び掛けに、アラタは応え、足を止めた。
振り返ることなく、顔は見せず。
「まさか、アラタさんも……勝つつもりなの?」
「他の奴らと同じ様に、俺にも譲れないものがある。その結果、戦いが起こるなら……全て倒すまでだ」
「そんな……!」
アラタとアクトリアの足が再び動き、森の中へと溶け、どんどん遠ざかっていく。
心の距離も。
一緒にイレイノムと戦った時、確かな連帯感を俺は感じていた。
――絆を感じていた。
アラタだって、感じていたはずだ。
人を守る思いは同じ。
なのに――!
「お前は、俺の敵だ」
「俺達は決して、仲間なんかじゃない。それだけは覚えておけ」
「………………!」
あの時発したアラタの言葉と、冷たい眼差し。
その意味が今、やっと分かった。
変革の儀は始まった。
終焉を拒みし救世の7つ子よ。
理想を掲げ、他の理を拒め。
決して信ずることなく、決して恐れることなく、ただ己が善を貫くがいい。
制覇なき理に真は宿らず。
血潮と零落の果て、理が1つに還る時――。
星は、新たなる胎動を迎えよう。




