大儀式 開幕 ①
「ッ、う~~ん……………………えっ⁉」
「お目覚めになりましたか」
「ここ……どこ?」
全く身に覚えのない、無音の建物で俺は目を覚ます。
汚れ1つない、黒曜石の様な漆黒で硬く、艶やかな構造物の中に、俺はいた。
壁や天井に規則的に埋め込まれた昼光色のライン照明が、やや薄暗くも空間を照らし、すぐ傍で腰掛けているラスタの姿を認識させる。
――両脇に並べられた、何が入っているか分からない無機的な箱も。
どうしていきなり、こんな所へ。
俺は、眠りにつく前の記憶を巡る。
確か――。
上級を倒した後、俺達は一息つく為に渓流へと降り立ち、そこで全員休息を取って――。
ラスタの提案で、俺は膝枕をして貰っていたんだ。
……ルナが、やけに俺達をちらちら見てたっけな。
恥ずかしさが蘇ってきて、思わず頭を振る。
今はそれどころじゃない。
膝枕の効力と陽の光で、俺は段々と眠くなっていって――。
起きたら、この空間にいたんだ。
やっぱり突然飛ばされたとしか、この状況を説明出来ない。
「ラスタ、ここ……どこだか分かる?」
「はい。知ってます」
知ってたんかい。
そう心の中でツッコむが、ラスタの声音は静かで、反響も相まってどこか神聖な響きを帯びていた。
多分、ラスタは分かっているんだ。
ここはどういった場所、何故俺達がここへ連れて来られたのか。
「ここは私達、エルダーが生まれた場所……グラスティウス。天を飛び、イレイノムが起こす災厄から世界を後見する、星の剣です」
星の、剣?
「よく、分かんないけど。天を飛ぶって…………飛んでるの、これ今?」
「はい。この部屋を出て少し歩いた先に、外観の見える窓があります。見に行きますか?」
俺は頷き、部屋を後にする。
出入口の扉は俺達が近づくと、忽然と消失し、出ると復活して部屋を見えなくさせた。
廊下は左右にいくつか部屋の入口があるだけで、どこも同じ様な黒い壁が続く。
静寂の中、足音だけが硬質に反響する。
窓は、まだ先らしい。
「あのさ。この廊下にある扉の中は、どうなってるの?」
「……私達がいた部屋と、さして変わりありません」
箱があるだけってことか。
そもそも、あの箱は何なんだろう。
「箱の中身には、何が入ってるんだ?」
「それは……申し上げられません。貴方に聞かせるものでは、ありませんから」
「……そっか」
意地悪で、言っている訳じゃないのは分かる。
だから俺も、問い質すのは止めにした。
「俺達って……連れて来られたんだよな?ここに」
「はい。エルドルーラーの手によって」
「エルドルーラー?」
「このグラスティウスを運用し、私達をアンサラーの素質がある者へと遣わせた……言わば、世界の番人です」
「そんな大物に、俺達はこれから会うんだな……」
一体どんな姿や体格、声をしているのか、全く想像がつかない。
心の内に、緊張が芽生える。
そもそもこの異質な空間へ来た時点で、既に身体は強張ってしまっているけど。
永遠に続いているかもしれないと感じる程、同じ光景の廊下を歩き続け、漸く、広間へと出た。
広間の後方には、大々的に取りつけられた2つの窓が。
「ッ、嘘だ……!?」
俺は窓が映すあまりに予想外な風景に仰天し、堪らず駆け出して窓に手を付き、その異観に愕然とする。
見えたのは、この広間と壁で区切られ、柱の様に終わりが見通せぬ程一直線に伸びた物体。
そして――。
無限に続く暗黒と、下半分を大々的に覆い尽くす――。
地球だった。
「………………」
他の窓から見ても、景色は変わらない。
雲に包まれた、青くて丸い――。
誰もが一度、写真や動画でその壮観を知り、この目で見たいと夢想した人類の母星が、俺の目の前に広がっていた。
「俺達、宇宙に……⁉」
「僕もビックリしたよ~!凄いよね、この景色⁉」
「ッ!」
俺の後ろから、男の子の快活な声が聞こえる。
振り返ると、淑やかな婦人と並ぶ少年が駆け寄り、俺の隣で窓に顔を寄せる。
少年は俺とは違い、驚きではなく好奇の目で、この景色を見渡していた。
「何でもこの船ってさ、地球から500㎞も離れて地球を回ってるんだって!いやぁ~絶景、絶景!」
「君は……?」
「ん?アンサラーだよ。君と同じ」
「ッ⁉」
こんな子供まで、アンサラーなのか。
確かに胸元を見ると、虹色に煌めくドグマ・コアがあった。
じゃあ、あの女性はエルダーなのか。
「僕、汐見ルウ。よろしく!」
「私はエイドラと申します」
「俺、神尾クロム。そっちはラスタ」
「…………よろしくお願いします」
「こうして見続けるのもいいけどさ、そろそろ行こうよ。皆待ってるし」
「待ってる?」
「うん。他のアンサラーとエルダー全員」
俺やこの子だけじゃなくてアラタやルナ、他のアンサラー達がここに集められているんだ。
何が目的で。
「じゃあ、僕達先行ってるね。行こ、エイドラ!」
「はい。参りましょう」
ルウ君とエイドラは手を繋いで、奥へと続く扉へ入った。
扉に入った先で、他のアンサラーとエルダー達がいるのか。
恐らく、エルドルーラーも。
「……………………」
何が待ち受けているのか分からない、そんな不安を呑み込み――。
俺は扉へと、歩を進めた。
扉の先を少し歩くと、先程の広間よりも更に巨大な円形の空間が広がっていた。
機首に、位置しているのだろうか。
前と左右の壁一面に広がる機窓と、グラスティウスを操るのに使うであろうコントロールパネル。
真ん中には、部屋を大きく占める円盤状の台座があった。
「クロちゃん……」
「あっ、来た!」
「……………………」
「ったく、時間取らせやがって。寝坊助が……」
「……………………」
「……………………」
この場にいるのは、俺と同じようにコアを胸に宿して煌めかせる6人のアンサラーと、それぞれの側に立つ6人のエルダー。
そして――。
此方に背を向け、窓に映る地球を黙して眺望する、1人。
俺や他の皆より飛び抜けて大きな体格を持ち、灰色に光る脈が走った黒い装甲で全身を包んでいた。
晒しているのは、金の髪留めで耳より低い位置で髪を結んだ、後ろ髪だけだった。
――あれが、エルドルーラーなのか。
「…………来たか。神尾クロム」
「ッ!」
何重にも反響する男性的な声を発すると共に、エルドルーラーは俺達に身体を向けた。
素顔は、上から塗り固めた様な鈍色の仮面をつけて見えなくしているが、胸の中央部には燻る炎を思わせる、黒く濁った緋の結晶体があった。
灰の脈はその突起物に集約、いや突起物から脈が散らばっているのか?
俺達のドグマ・コアとは、形が全然違う。
「………………」
向かい合うだけでも、息が詰まりそうだ。
会って数秒、まだ言葉を交わしてすらいないのに、俺はもうこの男に気圧されてしまっている。
「アンサラー7人、ここに集結致しました。エルドルーラー、開幕の宣告を」
「開幕……?」
ルナのエルダー、セリオスが跪き、エルドルーラーに進言する。
セリオスに続いて他のエルダーも同様の姿勢を取り、エルドルーラーに忠誠を示していた。
一瞬、俺もしなくてはならないのかと膝を崩し掛けたが、他のアンサラー達がやっていないの見て、取り止めた。
エルドルーラーは応える様に一歩、俺達の前へ出る。
「――宣告する。今この瞬間より、セブンスワンを開幕する」
「ッ!?」
「7人の道士よ。己が信じる理想郷に身命を懸け、覇を争い……最上を証明するがいい」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!!争うってどういうこと!?」
ルナがエルドルーラーに喰って掛かった。
威迫に打ちのめされている俺と違い、物怖じせずに。
「セリオス」
「申し訳ありません。何せ早急な事態があった故、全てを説明する機会がなく…………」
「構わぬ。この際だ、私が明かそう…………アンサラーの果たすべき真の使命を」
「真の、使命?」
「使命。それは決して、白き穢れを排するのみに非ず。世界を、新たな秩序の元で再誕させることにある」
「再誕……!?」
「穢れは、ただ姿ある敵を滅するのみでは止められぬ。どれだけ力を振るおうと、穢れは幾度も現れ…………世界を白に染め上げる」
「……………………」
「それを覆す道はただ1つ。7つのコアを統べた者が、理を掲げて世界を改めること」
「改める…………」
「しかし、理なくして世界は成り立たぬ。故にこそ、アンサラーは世定を経るのだ」
「ッ!」
アンサラーの世定はその為に、なら争うっていうのは――。
「汝は、理想を心の内に宿し…………アンサラーとなった。絶対の善であると疑わず、違うか?」
「そう、です…………」
ルナは徐々に勢いを失い、悄然とした態度へ変わってしまった。
俺と同じく、意味を理解したからか。
「ならば、汝の善を果たせ。他の理想を否定し、全てのコアを手中に収めてな…………」
「それが汝らの行う大儀式、セブンスワンである」
「そんな、そんなの…………!」
ルナは分かっているんだ。
コアを手にしたアンサラーの力は強力、気分1つで街を潰せてしまう。
1人のアンサラーしか理想を果たせないというルールの中、アンサラー7人が、譲れない信念を懸けて資格を奪い合うとなれば――。
力の衝突が起こってしまうのは、目に見えている。
まるで、戦争の様に。
…………エルドルーラーの説明を受けて狼狽えているアンサラーは、俺とルナだけ。
1人はフードで顔を隠していて判断出来ないが、他の皆は何喰わぬ顔でいる。
エルダーから事前に聞いたのか、だから驚いていないんだ。
全て承知の上で皆、ここへ――。
「訊きたいことがある」
「ッ⁉」
アラタが、右手を上げてエルドルーラーに質問をする。
「他のアンサラーとコアを奪い合う、それはエルダーから知った。だが手段はまだ聞かされていない……具体的に奪う方法を教えて貰いたい。もし奪う時に何かしらの条件が必要なら、それも説明して欲しい」
エルドルーラーはアラタの方へと向き、応答した。
「条件はない……方法は、他のアンサラーの理想を挫く。ただ1つだ」
「その為の手段は問わないと?」
「全て、不問に処す」
「…………想像通りだな」
「じゃあさ。手っ取り早く…………殺して奪い取っても、許されんだよな?」
「ッ⁉」
紫のドグマ・コアを胸に埋めたアンサラーが、ぶっきらぼうに底知れぬ恐ろしさが孕んだ問いを投げ、場の空気が一気に張り詰める。
俺が遅れてやって来た際に、悪態をついていた彼だ。
その攻撃性は、口だけでなく金のチェーンや指輪などのアクセサリーや、黒いロック系なファッションからも見て取れる。
「可能である。宿主が死して理想を失えば、コアは離れ…………ただ新たな理を求めるのみ」
「オッケー」
「だ、駄目だ!そんなのはッ!!」
これが許されてしまえば、取り返しがつかなくなる。
そう考えた瞬間、俺の口から反射的に拒絶の言葉を発していた。
「あぁ?」
「殺し合いを許すなんてどうかしてる!もっと平和的に解決することだって出来るだろ⁉」
俺は、彼やエルドルーラーだけでなく、この場にいる全員に向けて訴える。
「そ、そうだよ!殺すなんてそんな……野蛮だよ!!」
ルナも賛同し、共に訴えてくれた。
しかし、他の誰も賛成の態度を示してくれず――。
殺害を謳った本人からは――。
「馬ッ鹿じゃねぇのか、お前ら?」
呆れ果てた口調で、罵倒の言葉を浴びせられる。
「争わずに話し合いとかで解決しましょうよ~、ってか?はっ!そんなもん、水掛け論の平行線を辿るのがオチだろうが」
「でもッ!」
「おい!こんな脳足りんども無視して、話進めてくれよ」
「今も、イレイノムは人を襲い続けてる!殺し合いなんてやってる場合じゃない!!」
「……うっぜぇな」
「要らぬ憂慮だ、神尾クロム」
「ッ!」
「汝らが相争う舞台に関してと共に、解を示そう」
エルドルーラーはコントロールパネルへと歩み出し、操作を始めた。
「――聖域結合、開始」
その声と同時に1つのスイッチが押されると――。
「ッ⁉」
視界の端。
左の機窓の向こうで、地球が光を放つ。
地上で何が起こったのかを確かめる為に、アンサラーの誰もが息を呑んで窓際へと駆け寄った。
光が発しているのは、俺たちのいた日本。
その各所から、黒、蒼銀、虹、紫、緑、そして赤青黄の多色。
様々な輝きが塔の様に天へと伸び、俺たちの目にまで届いている。
「あれは…………俺達が結界を張った場所か」
アラタが呟く。
確かに、あの黒い光が発しているのは、俺がこれまで訪れ、結界を張った集落の地点と一致している。
そこからどうして光が、エルドルーラーは一体何を――。
「ッ!」
光が、一斉に移動を始めた。
動き出す方向はそれぞれ違っているが、暫く様子を見て、一箇所の地点に集約しているのが分かった。
日本の地理的中心と言える、群馬県。
そこへ全ての光が集い、様々な色が混合する円となった。
「今、地形そのものを編み換え、村落を1つの領域へ統合した」
「何だとッ!?」
「そして――」
「ッ⁉」
突如――。
焼けつく高熱が部屋の隅々にまで充満するのと平行して、エルドルーラーの身体が装甲ごと罅割れて、崩れ出した。
エルドルーラーは言葉を最後まで語ることなく、灰塵の残滓だけを残して空間から姿を消す。
一体どこに消えたのか、俺を含めたアンサラーの全員が部屋を見渡した。
「あぁ、いたッ!あんなとこに!!」
ルウ君の声と、彼が差した指によって、エルドルーラーの居所を知る。
エルドルーラーは、俺達が光の集約を眺めていた窓の先――。
宇宙空間へ、転移していた。
無重力なのにも関わらず不動で佇み、光を見詰めている。
「私が、新たな結界を施す」
声が遠隔で部屋全体に響き渡り、外にいる本人は剣を握り締めた。
炎のイメージを喚起させる、赤々とした柄が存在感を引き立たせた、片刃の両手剣。
自身と同等の長さを持つその剣を、エルドルーラーは正眼で構えて切先を光へと向け――。
「ッ!」
刀身から、大火を赫灼と燃え盛らせた。
太陽の如く照り輝く炎光、それはエルドルーラーの威光を表しているかの様で――。
「…………!!」
俺達は、あまりにも燦然と放たれる光を直視することが出来ず、両腕で視界を塞いでしまう。
――だが、何としてでも見なくては。
俺はその一心で、輝きから守る腕の隙間からどうにか、エルドルーラーの存在を目で捉える。
エルドルーラーが如何に凄かろうと、俺にとっては今日出会ったばかりの他人だ。
目を瞑ったまま、彼の行動を見過ごす訳にはいかない。
もし、集落の人達に危害が加わろうものなら、許さ――。
「ッ!」
エルドルーラーが動く。
剣を高く掲げた後、宇宙を裂く勢いで振り抜いた。
瞬間――。
「ウオォォッ⁉」
「ウワァッ!!」
船内が大きく揺れ動き、立っていた俺達の体勢が崩れた。
「ウゥ……ッ!」
立ち上がった時には既に、射し込んでいた光が消え、見えるのは剣を振り抜いたエルドルーラーの立ち姿と、剣から離れた炎の後尾。
俺は窓から、放たれた炎を目で追い掛けた。
炎は彗星の如く、宇宙に長大な尾を描きながら、人が集まっている光へと降下していく。
このまま落ちてしまったら、皆が焼け死んでしまう。
そう思ったが――。
炎が地球との中間距離を過ぎた段階で4つに分裂し、旋回。
1つの輪となって、地球へ落着。
光を、取り囲んだ。
「これで暫時、穢れの侵入は塞がれ……徒人は守られる。そして……汝らは我が結界の内にて、勝者を定めるのだ」
いつの間にかエルドルーラーが、再びあの高熱を発して部屋に戻っていた。
「暫時?タイムリミットあんのか?」
「あぁ、時間にして……およそ一月」
「……その一月が過ぎたら、イレイノムが結界を破って来るってこと?」
「万象を呑み尽くす激浪となってな。その刻に至れば、最早成す術はなし……世界の終焉であると、胸に刻め」
「……………………」
1か月の、タイムリミット。
それまでに、勝者を決めないといけない。
決まらなければ、イレイノムが全てを――!
「説明は終わった。これより汝らを地上へ帰す。存分に己が理を示し、聖別を果たせ」
「――宜しいか?」
「ッ!」
アンサラーの1人、緑のドグマ・コアを宿す、法衣姿の老人男性が、初めて口を開いて尋ねた。
「何だ」
「いや、何も地上へ戻り……長々と争うこともないだろうと思ってな」
「…………何が言いたい?」
「今。この場で決着をつければ、よいではないか」
その言葉が終わるより、早く――。
「ッ⁉」
男性の手元に、杖が現れた。
男性は杖を掴み取り、空かさず掴んだ手の親指でコアを撫で、緑色の理気力を引き出して杖に注力。
俺達が反応する間もない程の洗練された手順で、ドグマ・バーストを発動させた。




