運命の7人目 ⑤
両腕、両脚。
イレイノムの荒々しく振るう4つの鎖が、空気を裂く。
ルナはそれらを掻い潜り、黄金の盾で軌道を読み切って叩き割る。
金属と鎖がぶつかり合う甲高い音が、周囲に木霊する。
詰まっていく間合い。
迎撃として繰り出される、イレイノムの鉤爪。
ルナは同時に盾を突き出し、それと真正面から激突させ、膂力で押し勝った。
大きく腕を弾かれ、隙を見せたイレイノムの胴へ、刃で逆袈裟に一閃。
イレイノムに、大きな傷を与えた。
静観していたラスタは、これは一気に叩く好機と見て加勢に出ようとするが――。
「我がバディの記念すべき初陣。手出しは無用だ、ラスタ」
金を基調とする鎧を纏った金髪の青年が、そう言い放ちながら片腕を伸ばし、ラスタを止めてしまった。
いつの間に――。
「貴方は……!」
「神尾クロム、貴様もな。最も、助太刀出来る力はなさそうだが……」
「誰だ……?」
「セリオス、ラスタと同じエルダーだ。まぁ……よろしく、と言っておこう」
「ッ!」
このエルダーが、ルナにドグマ・コアを渡したのか。
ルナをアンサラーに選んだ理由を、今すぐにも問い質したいが――。
今の俺は、話す力も削がれてしまった。
ただ、ルナの戦いを見守ることしか、出来ない――。
「ッ……!」
「ッ⁉」
爪を躱し切れず、ルナの左頬に白い引っ搔き傷が刻まれる。
白化が治った時に、傷の痛みがルナを襲うだろう。
「止めてくれ……!」
堪らず、声が零れた。
戦いってのは、苦しいんだぞルナ。
いくら治癒力は上がっても、傷を負えば焼けつくような感覚が何時間も続くし。
もっと深ければ、立ち上がれない程の激痛が襲う。
なくなってくれと願っても、痛覚は訴えを一切止めない。
最悪、取り返しのつかない死だって待っている。
それを承知で、お前はアンサラーになったのか。
自分の身体も顧みず、お前は世界を守りたいのか。
「ハァァァァァァッ!!」
「ッ!」
俺の思念に応えるようにルナは叫び、攻撃の勢いを増した。
敵の行動の一挙手一投足を見て、圧し掛かりを躱し、爪をすり抜け、カウンターとして着実に斬撃を負わせ、追い詰めていく。
アンサラーの力だけじゃない。
ルナの中にある戦いの勘が、イレイノムを追い詰めている。
「素晴らしい……!やはり私の見込んだ通りの女傑だ、貴方は!さぁ、止めを!!」
「言われなくったって……!!」
イレイノムの顔面に盾を叩きつけ、怯んだ隙にルナは俺と同じく胸に埋め込んでいた金色のコアから、輝く理気力を引き出して盾に纏わせる。
輝く光に包まれた盾を掴んで、ルナは高く跳躍。
そして――。
纏う光を使い、イレイノムを容易く覆ってしまえる程の規模に、盾を拡張させた。
「…………!!」
最早、壁を手にしているのと同じだ。
圧倒的な規模の力、それをルナが物にしていることに――。
俺は、息を呑んだ。
「潰れろォォォォッ!!」
ルナは落下と共に巨大化した盾を、言葉通り押し潰すようにイレイノムへ真上から打ち込む。
イレイノムに逃れる術はなく、急降する盾と地面に挟まれ――。
一瞬、ひしゃげた姿を俺達に見せた後、圧壊。
盾は爆破じみた衝撃音と、木端微塵となった地面の砂塵を撒き散らす。
砂塵が晴れた時――。
残ったのは、僅かばかりの白化した地面と、あの一撃を思い起こさせるクレーターだった。
「ふぅ…………」
決着がついた後も、しばらく盾を押しつける姿勢を保っていたルナが、一息吐いて立ち上がり――。
「イェイ、初勝利ィ~!なんて、へへ…………」
俺とおじさんへ振り向き、左手でピースを作って俺達に笑顔を送った。
横でセリオスの、勝利を収めたルナを称える拍手が響く。
「………………」
「………………」
「……怒ってる?」
「そういう訳じゃ、ないけど……」
事実、ルナがアンサラーになって現れなかったら、俺達の誰かはやられていたかもしれない。
でも――。
「ッ……!」
「ルナ!」
「大丈夫か⁉」
ルナの頬の白化が治り、引っ搔き傷から血が垂れた。
突然の痛みに、芳しいルナの顔は歪み、咄嗟に傷を手で押さえる。
倦怠に侵された身体を、おじさんの助けを借りて動かし、一緒にルナの元へと駆けた。
「うん、大丈夫。むしろ……嬉しいんだ」
「えっ……」
「クロちゃんが受ける傷を、代わることが出来て……」
「代わる…………?」
「やっと、クロちゃんの背負うものを分かち合えたなぁって。あはは……口に出すと、なんか恥ずかしいね」
「ルナ…………」
「でも、これが私の本心だよ」
小さく息を吸い、ルナは真っ直ぐ俺を見詰めた。
俺は彼女の視線から、目を逸らしてしまう。
「クロちゃん、前に言ってたよね。元気に生きてくれてるだけで、俺は救われるって……それは私も同じ気持ちなんだよ。クロちゃんの持つ重荷とか苦しみとか、少しでも減って……また元気になって欲しいから。だから、私も戦うの」
「ッ……!」
こんなにも俺の身を案じて、憂いてくれる人がいる。
間違いなく俺は幸せ者だろう。
――けど。
ルナに負担を負わせる為に、俺は戦って来たんじゃない!
これは俺のエゴだ、分かってる。
それでもルナには戦うことを知らず、平穏な日々を過ごして欲しかった!
イレイノムがいるから、真の平和なんて程遠いけど――。
大切な家族と、ずっと一緒に居て欲しかった!
こんな台詞を吐いても、ルナの意志は変わらないだろうな。
お前は、頑固だから。
「ごめんね、パパ…………」
「……父親としては、娘に戦って欲しくはない。でも……世界は、ルナを必要としているんだろ?」
おじさんはルナにではなく、セリオスに言葉を掛けた。
「えぇ。この世界を救うのはルナであると、私は確信しています」
「ルナにもしものことがあれば、私は絶対に許さんぞ…………!!」
「父君。私が選んだアンサラーに敗北はありません。それを、お約束しましょう」
「ルナ、お前も約束をしてくれ。絶対に生きて帰るって」
「うん……パパは、約束通り帰って来たもん。私も守る」
「……クロム君にもお願いする。ルナと支え合ってイレイノムと戦って欲しい」
「…………」
おじさんの願いは、俺にルナが戦うことを認めろと、言っているように聞こえる。
可愛い子には旅をさせよと、貴方は言うのか。
「分かり、ました…………!」
「ありがとう、ルナを頼むよ」
「皆さん、御無事ですか?」
「ッ!」
スラスターの風圧と轟音が飛来する。
アクトリアの乗るアイゼンが上空から着地し、地面を揺らした。
「うわ、でっかぁ……!これに、クロちゃんの仲間の人が乗ってるの!?」
「…………助っ人がいましたか」
「えっと、優木ルナです!よろしくお願いします!!」
「今……姿をお見せすることは出来ませんが、アクトリアと申します。アンサラー、宗方アラタのエルダーです」
「あっ、エルダーなんだ」
「では、優木ルナ。出会って早々に悪いのですが……上級の相手をしている、アラタの助太刀へ向かって頂けませんか?」
「上級……?」
「それは――!」
まだアンサラーになって間もないルナに、上級イレイノムの相手なんてあまりにも無茶だ。
ルナには下級の対処を任せて、加勢には俺とラスタで――。
「分かった」
「ッ⁉止せ、ルナ!!」
「クロちゃんの持つものを減らすって言ったじゃん。どうせ、無理して自分が行こうとしてたんでしょ?私に任せて」
「でも…………!」
「要らん心配だ神尾クロム。共命理を使えば、上級1体程度……訳なく始末出来る」
「共命理を⁉」
「既に扱えると言うのですか……!」
俺とラスタは困惑し、互いを見合う。
よく考えれば、世定を済ませた登場したことすら早過ぎるのに、共命理まで。
「勿論。何故なら私は、彼女の決意に全幅の信頼を置いている。疾うにな」
「きょう、めいり……何それ?」
「アンサラーを凄まじく強くする手段ですよ。必要なのは私を信頼して頂くこと、それだけです」
「信頼……まぁ、貴方が力を渡してくれたんだし……一緒に戦ってくれるって信じてるけど?」
「宜しい。ではここにいる者達よ……真のアンサラーたるルナの英姿を、とくと見るがいいッ!!」
セリオスの声が空気を震わせ、視線が一斉に彼へと向かう。
金色の理気力が彼の全身から迸り、瞬く間に理気力の風へと変わっていった。
「未来の救世主たる我らが共命理を果たし、輝かしき威光を示す瞬間をな!!」
「えっ、何、何なの⁉」
セリオスは戸惑うルナを問答無用で包み込み、渦を巻く。
「うぅぅぅ……!ウワァァァァァァァァァァァッ!!」
「ルナッ!!」
渦中へ入ろうとするおじさんの腕を、掴んで止める。
風圧が吹き荒び、理気力の輝きが一帯を燦爛と照らす。
ルナは今、セリオスの存在そのものを自らの身体に纏い、急激な強化を果たそうとしている。
他者が入り込める場所じゃない。
出来るのは、ただ結果が待つことだけだ。
果たしてルナが、どうなるのか。
俺自がよく分かっていながらも無根拠な不安を抱き、見守った。
「ッ!」
共命理が終わった。
暴風も、熱も、全てが嘘のように消え――。
「はぁ……はぁ…………!」
共命理がもたらす力の負荷で倒れ掛けていた、ルナの姿が露わになる。
セリオスの鎧を自分に合う形で装備し、まさしく騎士の出で立ちで――。
「…………」
益々、ルナが戦士になったのだと思い知らされる。
「ルナ、大丈夫なのか…………⁉」
「うん……慣れて来た。凄いね、これ……!自分の中に、強い力があるって分かる!今にも溢れ出しそうなくらい…………!!」
俺が共命理の際に感じる力の昂りを、ルナも感じ取っている。
アンサラーになって間もないにも関わらず、ルナは同じ境地に立ったんだ。
「今なら、何でも出来そう…………!アクトリアさん、そのアラタさんって今どこにいるの?」
「あちらの方角です」
アイゼンが指差した先を、ルナは見据える。
そして――。
背中から猛禽類らしき両翼を生やし、羽ばたく。
羽を舞い散らせながら飛翔するその姿は、天使に見えた。
「じゃあパパ、ママにはよろしく伝えておいて!行って来ます!!」
そう言ってルナはアラタの元へと、矢の如く高速度で飛行した。
「ラスタ、共命理は出来るか…………?」
「ッ⁉」
「えっ?」
「少しの時間でもいい、俺に戦える力を貸してくれ!!」
みっともない頼み込みなのは百も承知だが、今は四の五の言っていられない。
「無茶を言うな!後はアラタ君とルナに任せて君は――!」
「おじさん、俺に言ったじゃないですか。ルナと支え合えって……」
「ッ!私は何も、度を越してまで戦えと言った訳じゃない!!何故無理をしようとする!?」
「……プライドって奴ですよ」
「プライド……⁉」
「俺は、アンサラーなんです。アンサラーとしてイレイノムと戦い、今生きている人を守る……それが今の、俺の生き甲斐なんです!だから……俺は最後の最後まで、全力を全うしたい!!」
「クロム君…………!」
「持って、35秒です。それでも戦いに向かいますか?」
「君まで⁉」
「勿論!」
「私はクロムのバディです。彼が心の底から戦いを望むのなら、私の手で叶えてみせます」
「ありがとう、ラスタ……!」
「私にもあるのでしょうね。貴方の言う、プライドというものが」
「では、私がアラタの元までお送りしましょう。後は、集落内のいるドローンが対処してくれるでしょう」
「頼む!」
アイゼンが膝を崩し、コクピットのハッチを解放してくれた。
「……止めても、無駄か」
「すいません……」
「君の気持ちが分からない訳じゃない。ただ……本当に、無事でいてくれよ」
「まぁ…………死んだら、誰も守れませんからね」
「違う。ルナや私、関わった人達が悲しむからだ……!だから絶対に死ぬな」
「…………はい」
俺とラスタはコクピットに乗り込んだ。
「ッ!」
これが、アイゼンの内部。
円形のモニターが視界を囲み、無数の計器が淡く光を放っている。
そして目の前にある操縦桿。
あらゆる要素がSFチックで、戦うに赴くというのに心が弾んでしまう。
まだこんな幼稚な心を持ってたなんて、我ながら驚きだ。
しかし――。
「狭いな……」
どこかに別の座席はないのか。
「本来はアラタの1人用ですからね。申し訳ありませんが、席は共有でお願いします」
「えっ」
「分かりました。どうしますかクロム?スペースを考えると、どちらかが一方の膝に乗る形となりますが」
「…………俺が下でいい?」
「はい」
俺はこれから戦いに行くんだ、俺はこれから戦いに行くんだ、俺はこれから――。
「シートベルトは付けましたね?では、移動を開始します。揺れに注意してください」
ハッチが閉じ、アイゼンがスラスターを噴かして跳躍する。
「うおッ⁉」
椅子を通じて走る、背中への突き上げる衝撃。
そして着地のラスタと椅子による挟撃を、繰り返し喰らいながら――。
アラタと、ルナがいる戦いの場へと俺達は向かう。
共命理を維持出来る時間はラスタ曰く、35秒。
その間、どれだけ役に立てるか分からないが――。
俺はやれることをやるだけだ!!




