運命の7人目 ④
動かす感覚が麻痺するまで走り続け――。
俺達はもうすぐ、ルナ達のいるマンションに辿り着ける。
辿り着けるのだが――。
俺達の前を馬に乗って走る、西洋の甲冑で身を包んだ首無しの人型イレイノムを倒さなければ!
だが、俺達の走る速度じゃあ距離が離れるばかり。
黒塊弾で倒そうにも、奴の持っている鞭で全て弾かれてしまう。
イレイノムは規則的な白い蹄の跡を刻み、刻一刻とマンションに迫っている。
動け、速く、早く、急いで――。
「ッ、あっ……!」
「クロム…………!」
突然、俺の足が動くのを止め、身体を地面に寝かせてしまった。
動かせ、ない――!
「大丈夫ですか……!?」
「俺の、ことはいい…………!奴を、追ってくれ……!!」
「…………ここにはまだイレイノムがいる。貴方を置いて、イレイノムに消されてしまう方が問題です」
そう言ってラスタは倒れている俺を肩に担ぎ、走りを再開する。
重くなって走るスピードが、遅くなるのにも関わらず――。
「馬鹿……!」
「何とでも言ってください」
遠く小さく見えていたマンションが、正しく見え始める距離にまで近づく。
しかし首無しイレイノムとの距離はますます突き放され、奴はもうマンションの直ぐ近くにまで差し掛かっていた。
一直線にここへ来たってことは、奴は間違いなくマンションに人がいることを分かっている。
「ッ!」
マンションの玄関口。
迫るイレイノムを迎撃すべく、6体のアイくん達が待ち構えていた。
右腕に仕込んでいたナイフを展開し――。
同時に左腕を伸ばし、内蔵のグレネードを掌から発射する。
地面へ着弾し、一斉に炸裂。
しかしイレイノムは、乗っている馬を足蹴に跳躍。
馬は爆発に巻き込まれて消滅するが、跳んだ本体は無傷で躱し、着地する。
同時に奴は鞭を俊敏に振るい、アイくん達はナイフの切れ味を発揮することなく、音速を超えたうねりに打たれ、捥がれ、地に伏してしまう。
障害を排除したイレイノムは再びマンション内へと、足を進める。
まだ、イレイノムの元へは追いつけない。
あと少し距離を詰められれば、イレイノムを倒せるのに!
と、そう考えた直後だった――。
イレイノムの横を、飛行する小さな物体が通り過ぎた。
突然マンション内から現れたその物体は、イレイノムの注意を引き寄せ、足を止めさせた。
あれは、ドローン。
アラタの生み出した物とは違く、小さい奴だ。
イレイノムが鞭で叩き落とそうとするが、ドローンはまるで飛び回る蝿のように攻撃を躱しながら、纏わり続ける。
「ッ!!」
今が、奴を倒せるチャンス!!
「ラスタ、俺を投げ飛ばしてくれ!届く距離まで近づいてから!!」
投げられる感覚はもう慣れた。
「…………分かりました!」
「頼む!」
ラスタは不安な表情を浮かべながらも了承し、立ち止まったイレイノムへ、一気に詰め寄った。
そして、俺を肩から下ろして左腕とズボンのベルトを掴み、イレイノム目掛けて投げ飛ばす。
「クッ…………!」
俺は飛ばされる勢いで反れた姿勢を整えながら、槍を逆手に持ち、届いた瞬間に突き刺す為に高く振り上げる。
あの空いた首に真上から槍を刺せば、甲冑を無視して奴を仕留められるはずだ。
ドローン相手に手こずるイレイノムが、飛来する俺に気づく。
直ちに標的を俺へと変更し、鞭を持つ手が弧を描く。
ピンポイントに俺の首を刎ねることを狙った、高い角度の軌道。
しかし――。
「ッ!」
飛んで来た黒い塊が、鞭を持つ奴の右手に着弾し、その衝撃で鞭を落とした。
ラスタの黒塊弾。
――やってくれると思ったよ。
お陰で狙い通り、目と鼻の先まで近づけた!
「オオオォォォォォォッ!!」
掲げていた槍を、奴の首へ思い切り振り下ろす。
槍は首甲をすり抜けて、甲冑の穴とも言える首に穂が真っ直ぐ入り込む。
首から胴体へ深く突き刺さった感覚が、槍から確かに伝わる。
討った!
イレイノムと身体が衝突し、刺した勢いのまま奴を押し倒す。
「Ooooooooooooo………………」
イレイノムは抵抗の力を見せず、微かな断末魔を上げて消失する。
「ハァ…………ハァ……………………」
何とか、間に合った。
後ろから来ているイレイノムは――。
良し、いないな。
「大丈夫かい!?クロム君!!」
立ち上がれずにいる俺を見かねてか、マンションの中から男性がやって来た。
俺の名前を呼ぶ、聞き覚えのある声。
「おじさん……!どうして…………!?」
「イレイノムが入って来るのを見てね、少しでも役に立ちたくて来たんだ……!」
「じゃあ、さっきのドローンは……?」
「そう。俺が動かしてんだ」
お陰でイレイノムの動きが止まって、倒せたけど。
こんな所に居たら、いつ消されるか分からない!
「中に避難してください……!俺は大丈夫ですから…………!!」
「倒れてる人が言う台詞か、君こそ休んでいなさい!さぁっ、中へ――」
「クロムッ!!」
「ッ⁉」
滅多に聞かないラスタの張り上げた声が、俺に危機の到来を伝えた。
反射的に全身がこわばり、頭を後ろへ振り向かせる。
「Ooooooooooooooッ!!」
「イレッ――!」
四肢に巻きついた鎖を引き摺り、鋭い爪を持った犬型のイレイノムが接近していた。
急激な速度で、奴の爪や牙の届く距離に縮まっていく――!
ラスタは不意を突かれたのか、倒れて今すぐ動けそうにない。
このままじゃ、おじさんが間違いなく消されてしまう!
守れるのは俺しかいない!
アンサラーである、俺が!!
「……ッ、ォォォオオオ!」
身体を叩き起こし、両腕を広げておじさんの壁になる。
「クロム君ッ⁉」
「逃げてッ!!」
傷つくのを恐れて掛け替えのない人が消えるのは、もう御免だ。
俺の身体なんか、どうなったっていい。
命に代えても人を守る、それがアンサラーとしての神尾クロムだ!!
「Oooooooooッ!」
「ッ……!!」
イレイノムが、俺に飛び掛かった。
鋭利に伸びた前肢の鉤爪、先鋭な牙が生え揃う顎、全てが俺の命を獲るべく狙って来る。
覚悟を決め、俺自身も奴に突っ込もうとした。
その寸前――。
「ッ⁉」
突如。
俺とイレイノムの間、その空間から金色の光が眩く発した。
咄嗟に両腕で目を覆ってしまう程の輝き。
俺は何が起こったのか考えられず、ただ光を目から塞ぐことに始終する。
「うぅ…………!」
その発光が終わり、視界を開けると――。
俺は、更に驚きべき光景に襲われた。
「えッ……!?」
俺の前に、凛とした乙女の後ろ姿があった。
右腕に装着された、長剣の刃を併せ持つ黄金の西洋盾を振り抜き――。
イレイノムを斬り、後方へと退けていた。
「良かった、間に合って……!!」
乙女は振り返り、俺達に顔を見せる。
「ルナ……?」
「……………………」
もう、とっくに気づいていたけれど、素顔と声を確かめるまで信じることが出来なかった。
イレイノムから俺を守ったのが、ルナだということを。
「今までありがとうね、クロちゃん。皆を守ってくれて」
「ルナ……」
「これからは、私も戦う。クロちゃんと同じように、イレイノムと戦うから…………!!」
「そんな、どうして…………!」
「Ooooooooooo…………」
イレイノムの姿が、犬から熊へと変身を遂げる。
上級が現れた際の変化とは違う、奴自身の能力に依るものか。
俺達より2回りも大きくなり、威圧感を放つイレイノムだが、ルナは臆さず対峙した。
俺達に向けた笑顔から一転、戦いに挑む兵士のごとく険しい顔へと変わり、武器を構えながら大きく足を踏み出す。
――俺は彼女に、そんな顔をして欲しくなかった。




