運命の7人目 ③
「結界が破壊された……⁉」
「既に何体か、内部に侵攻しています」
「ッ!アイツの仕業か…………!!」
遠方の空。
2対の翅を背中に生やし、宙に漂う華奢な女性シルエットのイレイノムが、伸ばした手からゼロサムの残光を漏らしていた。
人型、おまけに等身大の上級は初めて見た。
「アクトリア、アイゼンで向かってくれ!俺はここで上級を喰い止める!!」
「了解しました」
コクピットのハッチが、自動的に開く。
飛び降りてアイゼンから離れると、アイゼンは俺の操縦なしにBエリアへと跳んで向かった。
内部AIとなったアクトリアに操縦を変えた。
俺から離れたアイゼンは、出力と弾倉の自動回復力が落ちてしまうが、急を要するこの事態を考えればそんなのは細事だ。
アクトリアを増援に向かわせ、俺は上級イレイノムを相手取る。
デバイスからフライトユニットを選択し、戦闘機を模した機械を足元に生成。
所定の位置へ両足を乗せると固定器が自動的に足を固定し、底のホバークラフトが作動。
機体――オーバーは浮き上がり、後方スラスターの噴射によって急加速で飛翔した。
「ッ……!!」
髪が逆立ち、向かい風に身体は冷え、全身に圧が掛かっているのを感じる。
この高機動さにまだ慣れていないが、空中戦を行うには使いこなすしかない。
「……………………」
集落を見据えていたイレイノムが、迫る俺の存在に気づく。
ドローンは下級の駆除に回していて使えない。
機体前部に搭載されている2門の機関砲、そして生成した6連装ミサイルランチャーを発射する。
デカブツと違い、大型兵装は躱され易いだろうが、このミサイルは追尾式。
さぁ、どうする――。
「ッ!」
着弾する寸前、奴の周囲の空間が歪み出す。
弾丸はその歪みに受け流され、ミサイルはイレイノムの手前で全て爆破。
直撃出来ず、爆風もイレイノムに届いていなかった。
「風か!」
大気を操って風の防壁を展開し、身を守ったのか。
「kkkkkiiiiiirrrrrrrrrrrrrrrrrrYyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyッ!!」
「――ッ⁉ウッ、クゥッ……!!」
あの姿から出るとは思えない、イレイノムのけたたましい咆哮と共に、強風が吹き荒れる。
オーバーが揺れて――。
上手く、バランスが取れない!
機体は不安定さを感知し、自動的に持ち直すが――。
この風が吹く限り、また煽りで機体が傾いて立てなくなる。
厄介なイレイノムだ。
風で自らに近寄らせず、その上、大気を防壁にして飛び道具も防ぐんだからな。
イレイノムが、俺に接近し始めた。
それと同時に左手を引き、ゼロサムのエネルギー充填を開始する。
至近距離で確実に当てる腹積もりか。
奴が近づくことで、奴を起点に発生している風がより強力になり、ますます不安定になる。
「チィッ……!」
機体を反転させ、全速力でイレイノムとの距離を取る。
風は俺を退ける為のもの、離れる分には機体への影響は少ない。
しかしイレイノムが追走し、離れられずじわじわと距離が詰まっていく。
コイツが最高速で遅れを取るなど――。
「ッ⁉」
違う。
いつの間にか、風向きが変わっている。
奴め、風で機体ごと自分に引き寄せようとしているのか!
上下左右。
どこへ逃れようとしても戻されてしまう!
風でこちらの動きを止め、悠々と迫って来るイレイノム。
左手にはもう、いつ放たれても可笑しくない程の眩い光が照り輝いている。
このままではゼロサムの餌食――。
ならば!
機体を前のめりに傾かせ、繋ぎ止めていた固定器を解除。
俺はオーバーを足蹴にしながら地面へと落ち、ブーストを止めたオーバーは易々とイレイノムの元へ。
自爆しろ…………。
そう脳内で指令を送り、オーバーは忠実に自爆シークエンスを実行。
敵の眼前で、機体のサイズを軽く超える広大な爆発を上げ、敵を焼くのみでなく黒煙で視界を覆った。
今の内だ――!
落下しながら、俺はデバイスを操作。
右腕に装着するパワードアーム。
そして、本来はアイゼンのオプション装備であるライフル砲を、俺のみで扱える程度にまで縮小して生成する。
蒼銀の光と共に現れ、装着されるアームと、傍で共に落下するライフル砲。
俺の等身に何倍も勝る程ロングな銃を、左手で手繰り寄せ、グリップを左脇で握り締めて固定。
アームを装着して怪力となった右腕で銃身を持ち、やや真上の方角で砲口を定めた。
イレイノムは既に煙から抜け出し、風を使って充満していた煙を掻き消していた。
だが、近くに俺はいない。
イレイノムが辺りを探り、落ちている俺に気づいた時にはもう――。
ライフル砲の発射準備は完了していた。
「落ちろ!」
耳鳴りを生じさせる轟音。
共命理をしていなければ、間違いなく左肩が千切れ飛んでいたと思える程の、甚大な反動を伴って――。
1発の徹甲弾が、ライフルより放たれる。
回転が加わった弾はぶれることなく、狙い通りイレイノムへと一直線に突き進み――。
着弾。
イレイノムの左肩を抉り取り、片腕を消失させた。
「仕留め損ねた…………!」
身体の中心を狙って放ったのだが、風の防御が間に合って少しばかり軌道を変えられたか。
ライフルを放り捨てオーバーを足元へ再生成し、直ちに乗り込みホバーを作動。
生じる空気が、砂塵を舞い上がらせる。
地表スレスレだったが、どうにか落下を喰い止め、スラスターを噴かして上昇。
イレイノムの追撃へ向かう。
苦労して一撃を叩き込めたが、問題はこっからだ。
恐らく、同じ手は2度と通じない。
それに――。
「kkkkkiiiiiirrrrrrrrrrrrrrrrrrYyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyッ!!」
相手も、本気で俺を消し去りに掛かって来る。
防衛の加勢には、まだ行けそうにない――。
「結界が破られた…………!」
カーテンの隙間から頭を出し、双眼鏡で入って来たのを確認する。
「えッ⁉」
「破られたって、イレイノムが来てるってこと⁉」
物凄い数のイレイノムが、押し寄せて来ている。
クロム君達は一生懸命守ってくれているだろうが、これでは――。
「は……早く、ここから逃げないと!」
「いや、出ても狙われるのがオチだ」
「じゃあどうするのよ!」
「…………俺も、ここを守る!」
「えっ……パパが⁉」
「これでも3年、イレイノムから逃げ延びて来たんだ。あしらう方法は心得ている」
バッグからスマホとトイドローンを取り出す。
ソーラー充電器で残量は確保されている、動作は――。
うん、どちらも問題なく動かせる。
イレイノムが現れた時は、これで気を引かせながら逃げていた。
大多数のイレイノムを相手に使ったことはないし、伝送距離は約80メートルだから、降りて使わないといけない。
住民達の中では、真っ先に狙われるだろう。
だが――。
少しでもクロム君達の役に立つ為にも、やるしかない!
「無茶よ!お願いだから止めて!!」
「そうだよ!折角会えたのに、パパに何かあったら…………!!」
「私だって、ルナやナツミに何かあったら耐えられない。だからやるんだよ」
もう二度と離れない為に、命を懸けて――。
「じゃあ、行って来る……ルナ。ママを頼んだぞ」
「パパ…………」
「必ず、帰って来る!」
「アナタッ!!」
ドアを開き、家族と離れて下へと降りる。
大丈夫だルナ、ナツミ。
約束は、今度こそ守ってみせるから。
「ッ……何だって羊の姿が変わったんだ⁉」
「下級イレイノムは一定の範囲内に上級が来ると、それに類する存在に変化し、上級の配下となります!」
「更に面倒くさくなりやがって……!」
カボチャ状の頭1つで宙に浮かび、集落へ攻めるイレイノムを追い越しながら、槍の横薙ぎで消し去り――。
背中の翼を羽ばたかせて上空を飛行する、下半身が蛇の女性型イレイノムを――。
ラスタと共に黒塊弾で撃ち落とし、止めに背中を槍で突き刺して討ち取る。
こうして、イレイノムを倒し続けながら、皆がいるマンションへと向かっているが――。
イレイノムの侵攻は止まらない。
結界を張ったことで新たな侵入は防ぎ、ドローンやアイくんまでもが侵入したイレイノムを迎撃してくれている。
しかし、こっちよりもイレイノムの数は優勢。
おまけにそれらが全て、単純な羊から妖精を想起させる姿に変貌を遂げ、厄介さが増大した。
抑え切れず、攻め込まれつつある。
「何やってんだよ、俺は…………!!」
幸福を一時で終わらせないと、戦う前に誓っておきながら、何だこの体たらくは。
もっと速く走れよ、息を切らすな、槍を強く振れ、黒塊弾をちゃんと当てろ。
このままじゃあ――!
「もう一度、共命理は出来ないのか⁉」
「共命理をするだけの理気力が、私にありません。溜まるには……あと20分は必要です」
「そうか…………!」
2人で黒塊弾を発射し、俺達の前を走る小人姿のイレイノム達の足を止め、撃破――。
「ッ⁉」
1体の小人イレイノムが左腕を体格の何倍にも肥大化させて、裏拳で黒塊弾を弾いた。
続けて胴体、右腕、左足、右足、最後に頭部を肥大化。
あまりに莫大な筋骨で、身を固めた巨人へと変容する。
「Oooooooooooooooooooooooooッ!!」
俺達の前に立ち塞がる、劇的なまでに大化けしたイレイノム。
「クッ……!」
デカブツをまともに相手する時間も力もない。
さっさと切り抜けて進む!
振り下ろされるイレイノムによる拳の鉄槌を、俺達は左右に別れて躱し、横を通り過ぎる。
イレイノムは見ず、今出せる全力の走りで振り切――。
「クロム!」
「ッ!」
光が落ち、影が急速に広がっていく。
俺は、瞬時に真横へ跳んだ。
爆発めいた衝撃音が耳に響きながら、揺れ動く地面に身体を擦る。
振り返って、あのイレイノムの足が眼前に映る――。
「Oooooooooooooo…………」
逃がさないとでも言うつもりか、こっちは構う余裕などないのに!
「ッ……!」
イレイノムは足を上げ、再び俺を踏み潰しに掛かる。
その刹那――。
後方から飛来する2つの強い衝撃がイレイノムの背中に直撃し、イレイノムを転倒させた。
「あれはアラタの……!」
「アイゼン⁉」
あの攻撃がやって来た後ろを見ると、アイゼンが足底の車輪を駆動させながら、こちらへと急行してくれた。
「ご無事ですか、2人共?」
拡声器から俺達の安否を伺っているのは、アクトリアの声だった。
「アクトリアが、操縦してるのか?」
「アラタの命令で加勢に参りました」
「ならアラタは今……1人で上級を喰い止めているのですか?」
「共命理はしている状態ですので、御安心を」
「来てくれて助かった!このイレイノムの相手を頼む!!」
「お任せください」
巨人イレイノムをアクトリアに任せ、俺達は先を急ぐ。
「……………………」
急ぎながら、アクトリアの戦いぶりを見る。
アクトリアの操るアイゼンは内蔵のミサイルを発射し、動き出そうと動くイレイノムを牽制する。
生じた黒煙で視界も封じた後、イレイノムの周りを車輪で旋回しながら、ガトリングで連射。
堅実な立ち回りで、イレイノムを追い詰めていた。
「アラタ以外が乗ると、パワーが落ちるようですね」
「とにかく急ごう!!」
「あぁぁぁぁぁ……アナタ!アナタァァァァァァ…………!」
パパは、死地へ飛び出していった。
跪いて泣くママを、私は背中を擦って慰める。
「ッ……!」
また、来た。
胸の奥を襲う痛み。
置いて行かれて、何も出来ない自分の無力さの痛感が――。
私の歯を食い縛らせて、現れる。
クロちゃんもパパも、皆を守る為に一生懸命戦っている。
私はじっと、ここで待っているだけ。
今すぐ私も行きたい、行ってクロちゃんの助けになりたい。
でも、クロちゃんと同じ力はないし、パパみたいにイレイノムを撒く手段を持っている訳でもない。
何より――。
「お前が元気に生きてくれてるだけで、俺は救われるんだよ」
この言葉に、私の恐怖心が甘えてしまっている。
クロちゃんは私の存在に救われている、だから危ない目に遭わないようにしなければならないと――。
私の行動を、止めていた。
「……………………」
力が欲しい。
イレイノムを倒せる力。
大切な人を守れる力、苦しみを分かち合える力。
甘えを振り切ることの出来る力が!
「ッ⁉」
そう、強く思った瞬間――。
私の切望に同調したかのように、窓のガラスが砕け散った。
部屋中に激しい音を響かせ、大小の破片が散乱する。
振り返り、目を見開くママと私。
――人がいる。
人が、窓ガラスを割って、この部屋に入って来たんだ。
「…………無礼な参上をお許しください。我がバディ」
「えっ……?」
バディと、呑み込めない言葉を口にしたその男は、三点着地の体勢から立ち上がり、その瞳を真っ直ぐに私へ向ける。
黒い薄着を纏い、黒髪で端整な顔つきの、高身長な青年だった。
「お初にお目にかかります、優木ルナ。我が名はセリオス、貴女に力を授け……アンサラーの頂きへと導く、エルダーです」
「ッ⁉」
軟らかな笑顔を浮かべ、彼は自己紹介をした。
私の名を呼び、私に力を与え、アンサラーへ導くエルダーだと。
「何なの貴方!急に人ん家の窓ガラス割って出て来て!!」
「……申し訳ありませんが母君。私は今、彼女に話し掛けている。水を差すのはご遠慮願いたい」
「ッ、何なのこの人……!」
「私に、力をくれるの…………?」
「ルナ⁉」
「はい。貴女にはその資格と、義務がある……己が理想の世界を体現し、救世主となる義務が」
「理想の、世界……?」
そんな大それたもの、私は――。
「貴女はイレイノムが蔓延る現実、その災禍に苦しむ人々を直視し、魂の深奥で願ったはずです…………守りたいと」
「ッ!」
あの時の、私の心を。
「貴女は不条理な災いによって自分以外の誰かが苦痛に苛まれ、絶望し、死ぬことを許さない、自らの手で喰い止めたいと強い願いを持っている。違いますか?」
「…………」
彼は、私の心を読んでいる。
まるで、イレイノムが現れた日からずっと、私の心を覗いていたかと思えるぐらい正確に。
「それこそが貴方の描く世界。己の力で人々が守られるという、気高く尊い理想を、貴女は抱いている」
セリオスが私に近づき、私の眼の前で片膝を付いた。
そして、クロちゃんが胸元にはめ込んでいた、あの黒いドグマ・コアをどこからか取り出し――。
献上するように両手で、コアを私に差し出した。
「さぁ。このコアを手に――」
「ルナ!そんな変な人の話を聞いちゃ駄目!!」
「水を差すなと言った」
「ひぃ……ッ!」
「これが、あれば…………」
イレイノムを倒すことが出来る。
けどそれは、イレイノムと戦うことを意味する。
クロちゃんと同じように、数少ないアンサラーとして真正面から向き合って痛い思いをすることになる。
命を落とす、危険だって。
「――ッ!」
それでも、私は――!




