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Seventh Øne  作者: 駿
29/42

I'm with you ②

「ッ⁉」

 ここは――。

 気が付けば、私は見覚えのない部屋の一室で突っ立っていた。

 ないのは当たり前だ。

 ここはクロムの夢。

 彼の過去に関係した、今はないであろう建物。

 彼の過去を、私はまだ知らないのだから。

「……………………」

 窓の外は明るく雲1つない晴天、見える建物はどれも寂れていなかった。

 下の道路には、初めて見る二輪の乗り物に乗りながら談笑する子供達、赤子を乳母車に乗せながら移動する女性がいる。

 遠くでは様々な形や大きさの車が大勢走り、こちらにまで音を響かせていた。

 これはイレイノムが襲来する前の、世界の光景。

 皆が危機に怯えることなく、日常を謳歌している。

「これは…………」

 机の上にある物が、目に入った。

 そこにはクロムがいつも身に付けている赤い首輪と、1つの写真立てが置いてある。

 取って見てみようとするが――。

 手が物体をすり抜け、掴み損ねた。

 どうやらこの夢の中で、私は干渉することが出来ないらしい。

 この状態でクロムを夢から目覚めさせられるのか、不安が生まれるが、一先ず写真を見る。

 写真にはクロムと思わしき子供が、両親らしき男女や赤子と共に笑顔で写っていた。

「これが、クロムの家族…………」

 やはりここはクロムがかつて住んでいた家屋で、この部屋はクロムの私室。

 彼は今、ここにいるのか。

「――――!」

 下で何やら話し声が聞こえる。

 クロムがいるかもしれない、夢の産物である家族と共に。

 既に開いていた扉から部屋を出て、階段で降りる。

 やって来た時から感じていたが、この夢はとても精巧だ。

 時間を跳んで過去へやって来たのかと、錯覚してしまう程に。

 すり抜けてしまうので触れることは出来ないが、何1つ曖昧になっている箇所がない。

 イレイノムの能力が高度なのか、それとも彼の過去に対する執着故か。

 階段を降り切り、1階へ。

 降りた先の直ぐ近くに、リビングへと繋がる扉があった。

 物音が発生しているのは、向こうからで間違いない。

 私はすり抜けて中へと入る。


「あっ、ちょっ…………おい!?どんだけコンボしてんだよ!やめろぉ!!」

「まだまだ、地獄はこっから…………喰らえぇ10割コンボォ!!」

「だぁぁ!負けたぁぁぁぁぁッ!!」

「どう?カリンスペシャルの威力は?」

「ふん…………何がカリンなんたらだよ。ネットにあるやつのパクリだろ」

「負けた人にどうこう言われる筋合いはありませ~ん!」

「ぐぬぬ…………!!」

 クロムはいた。

 妹、らしき女性と共に何やら大きな画面の映像を注視しながら一喜一憂している。

 何をやっているんだ――。

 あの手に持っている物で、映像にいる人物を操って戦わせているのか。

 こんな遊戯が存在していたなんて。

 面白そう――。

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。早く目覚めて貰わなければ。


「クロム…………クロム!」


「もう1回、もう1回勝負!」

「え~?泣きべそ掻いても知らないよぉ?」

「弱点はもう分かっちゃったし、絶対負けねぇし」

「なんとまぁ大きく出ましたこと!」

「……………………」

 やはり声は届かない、触れようとしても指先は身体をすり抜けて空を切る。

 どうする。

 このままでは、クロムどころか共命理した私の姿まで、イレイノムによって消されてしまう。

 頭ではそう理解している。

 だが――。

「ちょっ、飛び道具ばっか撃たないでよぉ!!」

「絶対掴ませねぇ!このままくたばれやぁ!!」

「あぁ~~!!」

「っしゃ、オラァ!どんなもんだ~い!!」

 ――なんて、幸せそうなんだろう。

 怒ったり、笑ったり、悔しがったり。

 そんなクロムの喜怒哀楽が全て、平穏の上で咲き誇っている。

 これが彼の本来持つ、感情なのか。

 とても眩しく、綺麗に思えた。

「………………」

 分かっている。

 今いるここは幻の世界、決して本物ではない。

 しかし、クロムにとっての幸せの在処が過去しか存在しないのだとしたら――。

 目覚めさせることは、彼からその幸せを容赦なく奪い去ることになるのではないか。

 そんな思いが、胸の奥底からじわじわとこみ上げ、喉を締め付ける。

 アンサラーになってからの彼の戦いの数々が、脳裏を過る。

 彼は――。

 いつも、震えていた。

 本人は無自覚だろうが、クロムは恐怖に呑まれそうになりながら、必死に槍を振るっていた。

 肩から足まで震え上がり、それでも使命感に駆られ、力強く得物を握り締めて懸命に――。

 そんな戦いが延々と繰り広げられる現実に、彼の幸せはあるのか。

 使命はある、そこから来る焦りもある。

 だが湧き上がった躊躇いが、それらを音もなく押し沈めてしまう。

 ――私は、どうしたいのだ。

 クロムとまだ生きたいと、心の底から願った。

 だが、現実に目覚めたクロムの見せるであろう、深い悲しみを見たくないという思いも今、根を下ろしてしまった。

 身体の中で2つの思いが、粘り付くように気持ち悪くせめぎ合っている。


 どうして私は、こんな葛藤なんかしている。


 あぁ――。

 アンサラーなど、使命を果たす為だけの生き人形だと、そう信じたままでいればよかった。

 感情など持つ意味なんてないのに。

 今の私は、それを捨てることが出来なくなっている。

 私を蝕み、立ち止まらせているにも関わらず――。

 こんなはずでは、なかった。

 未知の遊戯を一頻り楽しんだ2人は、昼食を一緒に作って済ませ、ソファで共に寛ぐ。

 私はその様を、ただ突っ立って見ているだけだった。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「お兄ちゃんって大学卒業したら…………警察官になるんだっけ」

「…………あぁ。卒業したらな」

「警察官になってもさ、たまにはこうしてまた遊んでよ」

「なんだよ急に」

「いやぁ、お兄ちゃん大人になったしさ。数年経ったらもうこんな風に遊べたり出来ないじゃん」

「…………まだまだ子供だよ。昔に戻りたいっていつも思ってるし」

「へぇ、意外」

「カリンは、美容師になるんだったな」

「うん、そうだよ?」

「店が出来た時は、最初の客になるって約束してたもんな」

「そうそう、忘れないでよ」

「…………ごめん」

「え?」

「もう、目覚めないと。待ちぼうけさせて悪かったな、ラスタ」

「ッ!?」

 クロムが私の方を見て、私の名前を呼んだ。

 世界の空気が、変わった。




「…………気づいていたのですか?」

「お前が、リビングにやって来た時からな」

 そして全てを理解した。

 これは幻だと、現実はあのままなのだと。

 けど、気づかない振りをしていた。

 少しでも――。

 この思い出に、浸っていたかったから。

「……………………」

 我ながら、みっともない。

「お、お兄ちゃん…………?」

「どうやって戻ればいいんだろう。お前に掴んだら戻れるかな?」

「…………恐らく、目を覚ますと思いますが」

「よし、じゃあさっさと戻ろう!いやぁ…………嫌なイレイノムだよなぁ、こんな夢見せやがってさぁ」

「お兄ちゃんッ!!」

「…………いいのですか?」

「何がだよ」

「現実に、戻ってしまって…………」

「おいおい。こんな幻の中にいろっていうのか?勘弁してくれよ!」

「未練がなければ、人は涙を流さないと思いますが…………」

「……………………」

 なんでそういうこと言うのかなぁ。

 こっちは必死に、残りたい気持ちを押し殺してるのにさ。

「行かないで…………!」

 俺の手を握るカリンの腕が、ずっと震えている。

「どうして辛い場所に行こうとするの!?目覚めたって良いことなんて何もないじゃん!!」

「カリン……………………」

「ずっと一緒にいようよ!ねっ!?パパとママも帰ってくるから!!」

「……………………」

 分かってる。

 これは、イレイノムがカリンの幻影にそう語らせているだけだ。


 でも――。


 伝わってくる手の感触、泣きながら笑みを浮かべる顔。

 全部、全部――。

 本物のカリンに見えて、しょうがない。

 どこまでも俺の知ってる、カリンそのものだ。

 ずっと見ていたのだから、触れていたのだから。

 公園で駆け回った時も、お祭りの屋台をめぐっていた時も、ゲームしていた時も、勉強を教えていた時も、食べる時も――。

 ずっと一緒にいたのだから。

 だから、俺は――。


 ちゃんと俺の意志で、過去を振り切らなくては――!


「ッ、お兄ちゃん…………?」

「……………………」

 カリンを抱き締める。

 目一杯に、力強く――。

「俺は、この場所にはいられない…………」

「ッ!」

「現実に戻って、アンサラーとして今を生きる人達を守る。それが、お兄ちゃんの今やるべきことなんだ」

「どうして、そんなに頑張るの…………?」

「贖う為だ。父さんや母さん、お前を守れなかった罪を」

 言葉が喉を通る度、胸の奥が締め付けられる。

 あの日の痛みと後悔が、蘇る。



「助けて、助けてお兄ちゃん!!私、死にたくないッ!!」



「………………」

「カリン。ごめん、ごめんな…………!!」

「お兄ちゃん…………」

 抱き締める両腕を解く。

 カリンは、また俺を掴もうとはしなかった。

 ただ目を潤ませながら、俺を見詰めていた。

 それは、口から出そうになる言葉を抑えているようにも見える。

「行こう、ラスタ」

「はい…………」

 ラスタの手を握ると、俺達の身体が宙を浮いて上昇を始めた。

 カリンとの距離が、離れていく――。

 咄嗟に伸ばされたあいつの手は、もう掴めない。

 天井を、部屋を、屋根をすり抜けて、空高く浮き上がる。

 下を見る。

 街が、道路が、公園が、俺の家が。

 思い出が、次々と消えて白い地面へと変わっていく。

 そして――。

 大地は妖しく蠢き、巨大な馬の頭へと形を変えた。

「ッ!?」

「………………!」

「Oooooooooooooooooooooooooooo!!」

 馬頭のイレイノムは口を開き、俺達を呑み込もうと迫る。

「ラスタ、分かったよ。俺の理想の世界」

「えっ?」

「俺の理想の世界、それは…………」

 胸のコアに手を触れる。

「人々が生きる……今の世界だッ!!」

 それこそが、俺の心からの願い。

 戻らない過去を想いながら、それでも人々を今を懸命に生きている。

 そんな逞しい世界を失わせない為に、これ以上の悲しみを抱かせない為に。

 俺は目覚め――イレイノムを、倒すッ!!

 ドグマ・コアが黒い輝きを放つ。

「これが、世定…………!」

「ウォォォォォォォォォォォッ!!」

 槍を生成し、ドグマ・コアに触れ、理気力を槍に込める。

 刃の先端をイレイノムに向け――。

 稲光が伴った、漆黒の光線を放つ。

 光線はイレイノムを穿ち、大地を、空を、視界を、黒く染め上げ――。



「ッ!!」

 俺を、現実へと戻した。

「……………………」

 車の中。

 シートベルトが肩を締め付ける感覚、窓の外にあるEエリアの景色。

 戻って来たんだ。

 家族を失った、今に。

「お目覚めになりましたか?」

「…………あぁ」

「体調は如何ですか?」

「白化はないし、大丈夫。ラスタこそ大丈夫なのか?」

「はい、異常ありません」

「動けるんだな?」

「はい」

「じゃあ…………どうして、俺にくっ付いているんだ?」

「……………………」

 ラスタはどういうつもりか、俺を抱擁したまま動こうとしない。

 目覚めた直後なら、まだ分かる。

 でも、意識がはっきりしているのにどうして抱き締めたままなんだよ。

 衣服を通してラスタの平坦ながら柔らかな感触が、俺の身体にこれでもかとばかり伝わって来る。

 嫌という訳ではないけども、なんと言うかこれは――。

 恥ずかしい!

「見られたらどうするんだよ…………!」

「貴方が、カリンにしたことの真似です」

「えっ」

「貴方は、1人じゃない」

「……………………」

 熱いものが込み上げてくる。

「ありがとう…………」

 そうだ。

 俺は、1人ぼっちじゃない。

 こんなに暖かい温もりが、まだあるのだから。

「あっ」

「どうした?」

「結界の外にイレイノムが現れて、アラタ達が応戦しているのでした」

「そうか、じゃあ俺達も――」

「kkkkkiiiiiirrrrrrrrrrrrrrrrrrYyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyッ!!」

「ッ!?」

 遠くからでも耳をつんざく、この咆哮は。

 上級のイレイノム!

「ラスタ!」

「はい」

 互いに抱擁を解き、急いで車を出る。

 外では既に、ドローン達による誘導の元、Eエリアにいる全員が避難を行っていた。

「クロム、あれを」

「ッ!」

 結界の境界線付近で、アイゼンと巨大な竜の姿をしたイレイノムが戦いを繰り広げていた。

 あの激闘を終えたばかりで疲弊しているはずだろうに、皆を守る為に必死になって――。

「ラスタ。俺に、力を貸してくれるか?」

「勿論です」

 俺達はもう、足手纒いなんかじゃない。

 今の俺達なら――。

「共命理をやろう」

「…………はい」

 ラスタは一瞬、不安げな顔になりながらも頷き、互いに向かい合う。

 そして、アクトリアと同様の黒い理気力の粒子と姿を変え、渦となって俺の身体を包み込む――。

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