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Seventh Øne  作者: 駿
28/42

I'm with you ①

 ピピピピピ――。

 ピピピピピ――。

 ピピピピピ――。

 ピピ――。

「うるさい…………」

 忙しなく鳴るアラームと光に目を覚まされる。

 俺はベッドの目覚まし時計のアラームを止め、時計を見る。

 7時か。

 今日何曜日だっけ、確か――。

「えっ!?」

 いやいやいや!

 あまりの状況の変化に、堪らずベッドから飛び起きる。

 なんで、どうして。

 なんで俺はここにいるんだ!?

 俺の車の中で眠っていたはずだろ、なんでこの部屋にいるんだ。

 ここは――。

 俺の部屋じゃないか。

 見慣れた本棚、壁に貼ってあるポスター、机の上に無造作に積まれた漫画とノート。

 全部がそのままだ。

 けれど、これはおかしい。

 だって――!

「ここは、3年前のあの日に…………!?」

 現実と記憶が捻れていく。

 窓を開ければ、朝の光と、鳥のさえずりと、遠くから聞こえる子ども達の声。

 もう戻らないと思っていた朝の光景が、目の前に広がっている。


「お兄ちゃん、起きた~?」


「ッ!?」

 その、声は――。

 胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。

 俺は声を知っている、近付いてくるこの軽快な足音を知っている。

 心臓が脈打ってしょうがない。

 俺の予想が正しければ、このドアを開けて現れる人物は――。

 俺にとって大切な、家族の1人で――。

 俺のたった1人の妹。

「あっ、ちゃんと起きてる」

「…………!!」

 見間違うことなんてない。

「カリンッ!!」

「え…………何、ちょっと!?」

 身体は勝手に飛び出し、ドアを開いて現れたカリンを強く抱き締めていた。

「もう、どうしたの急に。恥ずかしいんだけどぉ………………」

「生きてて良かった、良かったぁ……!!」

「何、変な夢でも見たの?昨日成人したばかりだってのに、縁起悪いねぇ」

「成人?え、じゃあ今日って…………8月、15日?」

「そうだよ」

「じゃあ、イレイノムは!?」

「何それ。夢と現実ごっちゃにし過ぎじゃないの?」

「……………………」

 そうか、そうだったんだ。

 何も起こらなかったんだ、全部悪い夢だったんだ。

「な、なんで泣いてるの!?」

「良かった……良かったぁぁぁぁ…………!!」

 絶望をあっという間に払拭し、急速に心を満たす安心感に身体が付いてこれなかった。

 足の力が抜け落ち、俺はカリンにしがみ付きながら咽び泣いてしまう。

「わっけ分かんないんだから、もう」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「はいはい、泣き止んでねぇ」

 妹に背中を擦られながら、みっともなく涙を流し続けた。

 でも、構やしない。

 掛け替えのないものがあるこの現実に、俺は浸りたいのだから。


 地獄なんて、最初からなかった。

 これからも――平穏なこの世界を生きていける。

 そんな、ささやかで至上な幸福を、俺は噛み締めたいんだ。


「…………気ぃ済んだ?」

「あぁ、サンキュ…………」

「いいよ別に。さっ、朝ごはん食べよ!私が全部作ったんだから!!」

「へぇ~珍しいな。ちゃんと作れたのかぁ?」

「馬っ鹿にしてくれちゃって~。あまりの美味しさに度肝抜かないでよ?」

「朝っぱらから肝抜かれちゃあ、堪んないな」

 2人で部屋を出て、階段を降りる。

「あれ、父さんと母さんは?」

「夫婦水入らずの旅行。前に言ってたじゃん」

「そうだったっけ?」

 会いたかったけど、仕方がないな。

「いやぁ~何を作ってくれたんだろうなぁ。お兄ちゃんワクワクが止まりませんよ!」

「ふふん。驚くことなかれ、今回の朝食は~~~?」

「ゴクリ…………」

「見てからのお楽しみです!」

「今言わねぇのかよ!!」

 なんて会話を挟みつつリビングに着き、妹からの黙って座ってろという命令通り、テーブルに腰掛け料理を待つ。

 カリンがキッチンからデカ皿で持って運ばれてきた料理は――。

「これが!カリンの特製朝飯だッ!ドドォン!!」

「……………………!」

 大小様々に並べられた、おにぎりだった。


「起きたら、夕飯を作りましょう。また一緒に」


「……………………」

「…………何、その反応。塩にぎりだけにするよ?」

「えっ!?いやいや驚き過ぎて呆気に取られたんだよ!まさかこんなに作るなんてなぁ…………!!」

 まさか、夢と食べるものが被るなんて。

「でしょ~?左からおかか、ツナマヨ、鮭、昆布、塩!」

「全部1人で作ったのか?凄いじゃんか」

「さっ、食べよ、感想聞かせてよ」

「おう!それじゃあ、頂きま~す!!」

「頂きます!」

 家族と食事を取る。

 そんな当たり前が戻って来たんだ、こんな嬉しいことはない。

 あの夢が、そう教えてくれた。

「美味いなぁ!」

「私が握ったからこその美味しさだからね。そこんとこ、忘れないように!」

「あぁ。ありがとうな」

「へへ~ん」

 飯を作ってくれたことと、生きてくれていることに。




「アラタ、アクトリア!」

「…………ん?」

 生成したコットで横になり、疲れを癒していた最中、ラスタが走りながら俺達に向かってきていた。

 彼女、1人で。

「……………………」

 アクトリアと目を合わせる。

 彼女の目的は全く分からないということだけを共有し、身体を起き上がらせて彼女を待つ。

「どうしたんだ、一体?」

「…………クロムが眠ったまま、目覚めないんです!」

「なんだと?」

「深く寝入ってるという訳ではないのですね?」

 このエルダーなら、そんな誤解をしても不思議じゃないが。

 どうやら、生易しいものではなさそうだ。

「いくら身体を揺り起こしても起きないんです、しかも…………」

「しかも、なんだ?」

「身体が白化していて…………」

「ッ!?直ぐに案内しろ!!」

 身体を飛び上がらせる。

 ラスタの先導で俺達は、クロムのいる車へと駆け付ける。

「ッ!」

 ドアを開くと、ラスタの言う通りクロムはシートで眠りに着いていた。

 身体を、内部から滲み出る白に蝕まれながら。

 クロムはその白化になんの抵抗も示そうとしない、穏やかに寝入っているだけだ。

「これは…………!」

 間違いなく、イレイノムから攻撃を受けている。

 だが、この場にはいない。

 遠隔攻撃か。

「……………………」

 アクトリアはクロムの顔をじっと見つめたまま、動かない。

「…………イレイノムの攻撃と見て、いいでしょう」

「それは分かるが、見たことがないぞ。こんな手段を取る奴なんて」

「推測ですがイレイノムは、クロムさんに夢を見せているのではないでしょうか」

「夢?」

「はい。イレイノムはクロムさんの精神に入り込み、夢を見させ、昏睡状態にして白化させている…………」

「精神の中にだと……!?」

「このまま進行すれば、いずれ肉体も精神も、完全に消去されるでしょう。夢に囚われ、気付くことなく…………存在そのものが――」

「どうにかする手段はないのですか!?」

「ッ!」

 ラスタが、想像出来ない程、焦りを含んだ声を出す。

「どうすべきかは、貴方が1番分かっているでしょう」

「ッ、分からないんです!お願いします、教えてください!!」

「……………………」

 アクトリアはラスタを見つめたまま、しばらく口を閉ざした。

 彼女の機械的な瞳に、ラスタの揺れ動く感情が映る。

「…………彼を救う手段は1つ。共命理です」

「共命理…………」

「共命理は2人の命と、理想…………精神の根幹を共有する。つまり貴方が彼と一体になれば、彼の夢に干渉することも可能でしょう」

「世定も済んでないのに、やれるのか?」

「前例はありません、このように共命理を使うことも…………しかしやってみる他にないでしょう。いいですねラスタ?」

「…………はい」

「彼のエルダーである貴方にしか、共命理は行えません。エルダーならば、見事成し遂げてください」

「言われずとも、やってみせます」

 その言葉に迷いはなかった。

 彼女の瞳には、己の命さえ懸ける決意が灯っていた。

「ッ!?」

 鋭い警告音が空気を裂く。

 俺のデバイスが、緊急通信を受信した。

 イレイノムの接近。

 巡回ドローンが、敵性反応をEエリアの外縁部で確認したという。

「行くぞ、アクトリア」

「…………はい」

 クロムの容態も気になるが、戦えるのは俺達だけだ。

 ラスタにクロムを任せて向かうしかない。

「ラスタ」

「…………はい?」

「頼んだぞ。生きてなきゃ、進む道も何もないんだからな」

「はい、連れ戻してみせます。必ず…………!」

 真っ直ぐな瞳で、ラスタは頷く。

 俺達はクロムの眠る車両を背にし、バイクを生成して乗り込み、迫る脅威へとその身を駆ける。


 ドローンによる道案内を受けながら、イレイノムがいるという地点に向かう。

 住民達への避難勧告も今、ドローンが行っている。

 何せ、発見したイレイノムが――。


 複数だから。


 最悪の展開を想定し、出来る対策は最大限行うべきだ。

「アラタ。先程の戦闘から出た疲労が、まだ回復し切っておりません」

 後部座席に座るアクトリアが、言う必要のないことで俺に話し掛ける。

 そんなのは、俺が1番分かり切っている。

 全く――。

 アクトリアが態々言うから、気に留めまいと努めていた倦怠感がぶり返したじゃないか。

「今の状態で再び上級イレイノムと会敵した場合、勝つ確率は従来の半分以下です」

「それでも腹括ってやる以外の選択肢はない。俺がこう言うことぐらい、最初から分かっていただろう?」

「…………エルダーとしての立場上、安全を進言しただけです」

「なら勝つ方法を進言してくれ、それなら聞いてやる」

「善処します」

 バイクを減速させ、停止する。

 荒れたアスファルトにスタンドを下ろし、俺はアクトリアと共に地面へ降り立った。

 発見したイレイノムは既に、ドローンによって撃滅していた。

 何とも仕事が早くて助かるが――。

 親玉の上級イレイノムに結界の存在、ここに人々がいるということを知らせてしまっただろう。

 新たに張った結界の境界線に沿ってドローンを前線に配備し、厳戒態勢を敷く。

「全く、立て続けに上級イレイノムが現れるとはな…………」

 探査用の小型ドローンを周囲に展開し、デバイスに映るリアルタイム映像を監視しながら、愚痴を溢す。

「それだけ、イレイノムの侵略が続いている証拠です。早急に、セブンスワンを開始せねばなりませんが…………」

「まだ、アンサラーが集まっていないんだろ?」

「はい…………現在、世定を完了させたアンサラーは、貴方を含めてまだ5名です」

「あと2人か…………」

 揃った所で、やるべきことは果てしない戦いの連続だ。

 何も変わらない。

 いや、むしろ始まってしまった後の方が余程――。

「………………………………」

 理想の世界を持つ代償と、受け入れるしかないな。

「ッ!」

 見つけた。

 空中を飛翔する白い生物が、ドローン映像の片隅に映り込んだ――。

 俺は間髪入れずに映像をクローズアップする。

「ッ!?」

 映し出されたイレイノムの威容に、思わず身が竦み上がった。

 鋭利な爪を備えた強靭な四肢。

 壮大な身体を軽々と飛翔させる、1対の巨大な漆白の翼。

 それ自体が意思を持つかのようにしなる、身長に匹敵する程の長い尾。

 2本の捻れた角を生やし、刃の如く鋭い牙が生え揃った爬虫類的頭部。

 一切に潜在的な恐怖を催させるその姿は、まさに――。

 竜だ。

 あろうことか数多の飛竜まで連れて、竜のイレイノムが遠方からこちらへと向かってきていた。

「…………やるぞ、アクトリア」

 俺の言葉にアクトリアは静かに頷き――。

 自らの身体を、理気力へと変えた。




 分からない。

 自らを理気力に変えて一体となる、共命理の方法が。

 どうすれば彼女のようにやれる。

 どうすれば――。

「……………………」

 私が何も出来ないでいる間にも、クロムの身体の白化は、悪化の一途を辿っている。

 このままではクロムの存在が消えてなくなる。

 それは、嫌だ。

「クロム…………」

 私は、貴方を助けたいと思っている。

 貴方をアンサラーに導き、大儀式の勝利者へと擁立すること、それが私の使命。

 けれど――。



「~~~~~~~~~~~ッ!!」

「お目覚めの気分はいかがですか?」

「…………最高だよ、お陰様で」

「それは何より」



「クロム」

「………………」

「アンサラーになってイレイノムと戦い続ける貴方の選択に、後悔はありませんね?」

「あぁ。まだ、恐怖も克服した訳じゃないけど…………乗り越えてみせるよ」

「分かりました。では貴方のバディとして、貴方と共にありましょう」



「着きましたよ」

「……………………」

「いかがでしたか、私の運転は?」

「うん凄い。楽しい思い出が蘇ったよ……ハハ」

「私に信頼を置いて頂けますか?」

「あぁ。君が凄いというのはよく分かったから…………次から速度抑えて」



「…………無茶はするな、か。それは、難しいかもな」

「なぜ?」

「ドグマ・バーストで誰かを救える状況になったら、俺は迷わず使うと思うから」

「自分を犠牲にしてまで、誰かの為に尽くすと…………そう言いたいのですか」

「アンサラーである前に、俺は神尾クロムだからね」



「頂きます」

「頂きます」

「ッ……………………!」

「美味しい?」



「クロム」

「ん?」

「私との間に、絆はありますか?」

「えっ、そりゃあるだろ」

「そうですか…………」

「いつも俺を助けてくれて、ありがとう。ラスタ」

「…………はい」



「ミナト君の意志は関係ない!俺は彼を生かしたいと思うから追い掛けるんだ!!お前はどうなんだ⁉」

「私…………」

「悔しいんだろ、止めることが出来なくて……だから泣いてるんだろ!!」

「悔しい…………そうか。私は――」



「クロム、生きてください」

「………………」

「このまま、終わりたくなんてありません…………」

「――そうだな、生きないとな…………」



「……美味しいよ、ラスタ」

「ありがとうございます。クロムのも、美味しいです」



 貴方のご飯を、もっと食べたいと思う。

 貴方の生きた顔を、もっと見ていたいと思う。

 貴方の穏やかな声をもっと聞いていたい、もっと話したいと思う。

 貴方に胸の内にあるものを、もっと知りたいと思う。

 イレイノムと戦う貴方の力に、もっとなりたいと思う。

 貴方が消えて、この思いが全て果たせなくなるのは――。

 どうしようもなく嫌だと、私の胸が叫んでいる。

「……………………」

 胸の奥底から湧いてくるこれらの情動が――。

 私の行動を、使命感のみではなくしてしまっている。

 どうしたいのだろう、私は。

 いずれ、本当の選択をしなければならないというのに。

 全く、感情というのは厄介なものだ。

 振り回されれば使命を忘れて現を抜かし、不必要な感覚に煩わされてしまう。

 ただ、今は――。

 情動のままに動いていても、いいはずだ。

 胸の奥で混濁する思いが、静かに、けれど確かに形を変えていく。

 痛みでも、苦しみでもない。

 純粋な、たった一言の願いへと――。

「私はまだ、貴方と共に生きたい…………!」

 その瞬間だった。

「ッ――⁉」

 胸の奥が、穿たれたように熱くなった。

 身を焦がす程の灼熱。

 熱は心臓から、全身へと脈打つ血流の如く流れ出して――。

 漆黒に煌めく粒子、理気力が皮膚から次々と溢れ出す。

 「これが、共命理…………!」

 肌の感覚が消えていく。

 重さも、輪郭も、全て――。

 溶けてなくなっていきそうだ。

 しかし、恐怖はない。

 これは私という存在がクロムと繋がる為のもの。

 粒子は誘われるように彼の元へと流れ始めた。

 私の意識が、クロムへと渡っていく。

 彼の命に、思考に、希望に、私が触れていく――。

 世界の色が――。

 変わる――。

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