I'm with you ①
ピピピピピ――。
ピピピピピ――。
ピピピピピ――。
ピピ――。
「うるさい…………」
忙しなく鳴るアラームと光に目を覚まされる。
俺はベッドの目覚まし時計のアラームを止め、時計を見る。
7時か。
今日何曜日だっけ、確か――。
「えっ!?」
いやいやいや!
あまりの状況の変化に、堪らずベッドから飛び起きる。
なんで、どうして。
なんで俺はここにいるんだ!?
俺の車の中で眠っていたはずだろ、なんでこの部屋にいるんだ。
ここは――。
俺の部屋じゃないか。
見慣れた本棚、壁に貼ってあるポスター、机の上に無造作に積まれた漫画とノート。
全部がそのままだ。
けれど、これはおかしい。
だって――!
「ここは、3年前のあの日に…………!?」
現実と記憶が捻れていく。
窓を開ければ、朝の光と、鳥のさえずりと、遠くから聞こえる子ども達の声。
もう戻らないと思っていた朝の光景が、目の前に広がっている。
「お兄ちゃん、起きた~?」
「ッ!?」
その、声は――。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。
俺は声を知っている、近付いてくるこの軽快な足音を知っている。
心臓が脈打ってしょうがない。
俺の予想が正しければ、このドアを開けて現れる人物は――。
俺にとって大切な、家族の1人で――。
俺のたった1人の妹。
「あっ、ちゃんと起きてる」
「…………!!」
見間違うことなんてない。
「カリンッ!!」
「え…………何、ちょっと!?」
身体は勝手に飛び出し、ドアを開いて現れたカリンを強く抱き締めていた。
「もう、どうしたの急に。恥ずかしいんだけどぉ………………」
「生きてて良かった、良かったぁ……!!」
「何、変な夢でも見たの?昨日成人したばかりだってのに、縁起悪いねぇ」
「成人?え、じゃあ今日って…………8月、15日?」
「そうだよ」
「じゃあ、イレイノムは!?」
「何それ。夢と現実ごっちゃにし過ぎじゃないの?」
「……………………」
そうか、そうだったんだ。
何も起こらなかったんだ、全部悪い夢だったんだ。
「な、なんで泣いてるの!?」
「良かった……良かったぁぁぁぁ…………!!」
絶望をあっという間に払拭し、急速に心を満たす安心感に身体が付いてこれなかった。
足の力が抜け落ち、俺はカリンにしがみ付きながら咽び泣いてしまう。
「わっけ分かんないんだから、もう」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はいはい、泣き止んでねぇ」
妹に背中を擦られながら、みっともなく涙を流し続けた。
でも、構やしない。
掛け替えのないものがあるこの現実に、俺は浸りたいのだから。
地獄なんて、最初からなかった。
これからも――平穏なこの世界を生きていける。
そんな、ささやかで至上な幸福を、俺は噛み締めたいんだ。
「…………気ぃ済んだ?」
「あぁ、サンキュ…………」
「いいよ別に。さっ、朝ごはん食べよ!私が全部作ったんだから!!」
「へぇ~珍しいな。ちゃんと作れたのかぁ?」
「馬っ鹿にしてくれちゃって~。あまりの美味しさに度肝抜かないでよ?」
「朝っぱらから肝抜かれちゃあ、堪んないな」
2人で部屋を出て、階段を降りる。
「あれ、父さんと母さんは?」
「夫婦水入らずの旅行。前に言ってたじゃん」
「そうだったっけ?」
会いたかったけど、仕方がないな。
「いやぁ~何を作ってくれたんだろうなぁ。お兄ちゃんワクワクが止まりませんよ!」
「ふふん。驚くことなかれ、今回の朝食は~~~?」
「ゴクリ…………」
「見てからのお楽しみです!」
「今言わねぇのかよ!!」
なんて会話を挟みつつリビングに着き、妹からの黙って座ってろという命令通り、テーブルに腰掛け料理を待つ。
カリンがキッチンからデカ皿で持って運ばれてきた料理は――。
「これが!カリンの特製朝飯だッ!ドドォン!!」
「……………………!」
大小様々に並べられた、おにぎりだった。
「起きたら、夕飯を作りましょう。また一緒に」
「……………………」
「…………何、その反応。塩にぎりだけにするよ?」
「えっ!?いやいや驚き過ぎて呆気に取られたんだよ!まさかこんなに作るなんてなぁ…………!!」
まさか、夢と食べるものが被るなんて。
「でしょ~?左からおかか、ツナマヨ、鮭、昆布、塩!」
「全部1人で作ったのか?凄いじゃんか」
「さっ、食べよ、感想聞かせてよ」
「おう!それじゃあ、頂きま~す!!」
「頂きます!」
家族と食事を取る。
そんな当たり前が戻って来たんだ、こんな嬉しいことはない。
あの夢が、そう教えてくれた。
「美味いなぁ!」
「私が握ったからこその美味しさだからね。そこんとこ、忘れないように!」
「あぁ。ありがとうな」
「へへ~ん」
飯を作ってくれたことと、生きてくれていることに。
「アラタ、アクトリア!」
「…………ん?」
生成したコットで横になり、疲れを癒していた最中、ラスタが走りながら俺達に向かってきていた。
彼女、1人で。
「……………………」
アクトリアと目を合わせる。
彼女の目的は全く分からないということだけを共有し、身体を起き上がらせて彼女を待つ。
「どうしたんだ、一体?」
「…………クロムが眠ったまま、目覚めないんです!」
「なんだと?」
「深く寝入ってるという訳ではないのですね?」
このエルダーなら、そんな誤解をしても不思議じゃないが。
どうやら、生易しいものではなさそうだ。
「いくら身体を揺り起こしても起きないんです、しかも…………」
「しかも、なんだ?」
「身体が白化していて…………」
「ッ!?直ぐに案内しろ!!」
身体を飛び上がらせる。
ラスタの先導で俺達は、クロムのいる車へと駆け付ける。
「ッ!」
ドアを開くと、ラスタの言う通りクロムはシートで眠りに着いていた。
身体を、内部から滲み出る白に蝕まれながら。
クロムはその白化になんの抵抗も示そうとしない、穏やかに寝入っているだけだ。
「これは…………!」
間違いなく、イレイノムから攻撃を受けている。
だが、この場にはいない。
遠隔攻撃か。
「……………………」
アクトリアはクロムの顔をじっと見つめたまま、動かない。
「…………イレイノムの攻撃と見て、いいでしょう」
「それは分かるが、見たことがないぞ。こんな手段を取る奴なんて」
「推測ですがイレイノムは、クロムさんに夢を見せているのではないでしょうか」
「夢?」
「はい。イレイノムはクロムさんの精神に入り込み、夢を見させ、昏睡状態にして白化させている…………」
「精神の中にだと……!?」
「このまま進行すれば、いずれ肉体も精神も、完全に消去されるでしょう。夢に囚われ、気付くことなく…………存在そのものが――」
「どうにかする手段はないのですか!?」
「ッ!」
ラスタが、想像出来ない程、焦りを含んだ声を出す。
「どうすべきかは、貴方が1番分かっているでしょう」
「ッ、分からないんです!お願いします、教えてください!!」
「……………………」
アクトリアはラスタを見つめたまま、しばらく口を閉ざした。
彼女の機械的な瞳に、ラスタの揺れ動く感情が映る。
「…………彼を救う手段は1つ。共命理です」
「共命理…………」
「共命理は2人の命と、理想…………精神の根幹を共有する。つまり貴方が彼と一体になれば、彼の夢に干渉することも可能でしょう」
「世定も済んでないのに、やれるのか?」
「前例はありません、このように共命理を使うことも…………しかしやってみる他にないでしょう。いいですねラスタ?」
「…………はい」
「彼のエルダーである貴方にしか、共命理は行えません。エルダーならば、見事成し遂げてください」
「言われずとも、やってみせます」
その言葉に迷いはなかった。
彼女の瞳には、己の命さえ懸ける決意が灯っていた。
「ッ!?」
鋭い警告音が空気を裂く。
俺のデバイスが、緊急通信を受信した。
イレイノムの接近。
巡回ドローンが、敵性反応をEエリアの外縁部で確認したという。
「行くぞ、アクトリア」
「…………はい」
クロムの容態も気になるが、戦えるのは俺達だけだ。
ラスタにクロムを任せて向かうしかない。
「ラスタ」
「…………はい?」
「頼んだぞ。生きてなきゃ、進む道も何もないんだからな」
「はい、連れ戻してみせます。必ず…………!」
真っ直ぐな瞳で、ラスタは頷く。
俺達はクロムの眠る車両を背にし、バイクを生成して乗り込み、迫る脅威へとその身を駆ける。
ドローンによる道案内を受けながら、イレイノムがいるという地点に向かう。
住民達への避難勧告も今、ドローンが行っている。
何せ、発見したイレイノムが――。
複数だから。
最悪の展開を想定し、出来る対策は最大限行うべきだ。
「アラタ。先程の戦闘から出た疲労が、まだ回復し切っておりません」
後部座席に座るアクトリアが、言う必要のないことで俺に話し掛ける。
そんなのは、俺が1番分かり切っている。
全く――。
アクトリアが態々言うから、気に留めまいと努めていた倦怠感がぶり返したじゃないか。
「今の状態で再び上級イレイノムと会敵した場合、勝つ確率は従来の半分以下です」
「それでも腹括ってやる以外の選択肢はない。俺がこう言うことぐらい、最初から分かっていただろう?」
「…………エルダーとしての立場上、安全を進言しただけです」
「なら勝つ方法を進言してくれ、それなら聞いてやる」
「善処します」
バイクを減速させ、停止する。
荒れたアスファルトにスタンドを下ろし、俺はアクトリアと共に地面へ降り立った。
発見したイレイノムは既に、ドローンによって撃滅していた。
何とも仕事が早くて助かるが――。
親玉の上級イレイノムに結界の存在、ここに人々がいるということを知らせてしまっただろう。
新たに張った結界の境界線に沿ってドローンを前線に配備し、厳戒態勢を敷く。
「全く、立て続けに上級イレイノムが現れるとはな…………」
探査用の小型ドローンを周囲に展開し、デバイスに映るリアルタイム映像を監視しながら、愚痴を溢す。
「それだけ、イレイノムの侵略が続いている証拠です。早急に、セブンスワンを開始せねばなりませんが…………」
「まだ、アンサラーが集まっていないんだろ?」
「はい…………現在、世定を完了させたアンサラーは、貴方を含めてまだ5名です」
「あと2人か…………」
揃った所で、やるべきことは果てしない戦いの連続だ。
何も変わらない。
いや、むしろ始まってしまった後の方が余程――。
「………………………………」
理想の世界を持つ代償と、受け入れるしかないな。
「ッ!」
見つけた。
空中を飛翔する白い生物が、ドローン映像の片隅に映り込んだ――。
俺は間髪入れずに映像をクローズアップする。
「ッ!?」
映し出されたイレイノムの威容に、思わず身が竦み上がった。
鋭利な爪を備えた強靭な四肢。
壮大な身体を軽々と飛翔させる、1対の巨大な漆白の翼。
それ自体が意思を持つかのようにしなる、身長に匹敵する程の長い尾。
2本の捻れた角を生やし、刃の如く鋭い牙が生え揃った爬虫類的頭部。
一切に潜在的な恐怖を催させるその姿は、まさに――。
竜だ。
あろうことか数多の飛竜まで連れて、竜のイレイノムが遠方からこちらへと向かってきていた。
「…………やるぞ、アクトリア」
俺の言葉にアクトリアは静かに頷き――。
自らの身体を、理気力へと変えた。
分からない。
自らを理気力に変えて一体となる、共命理の方法が。
どうすれば彼女のようにやれる。
どうすれば――。
「……………………」
私が何も出来ないでいる間にも、クロムの身体の白化は、悪化の一途を辿っている。
このままではクロムの存在が消えてなくなる。
それは、嫌だ。
「クロム…………」
私は、貴方を助けたいと思っている。
貴方をアンサラーに導き、大儀式の勝利者へと擁立すること、それが私の使命。
けれど――。
「~~~~~~~~~~~ッ!!」
「お目覚めの気分はいかがですか?」
「…………最高だよ、お陰様で」
「それは何より」
「クロム」
「………………」
「アンサラーになってイレイノムと戦い続ける貴方の選択に、後悔はありませんね?」
「あぁ。まだ、恐怖も克服した訳じゃないけど…………乗り越えてみせるよ」
「分かりました。では貴方のバディとして、貴方と共にありましょう」
「着きましたよ」
「……………………」
「いかがでしたか、私の運転は?」
「うん凄い。楽しい思い出が蘇ったよ……ハハ」
「私に信頼を置いて頂けますか?」
「あぁ。君が凄いというのはよく分かったから…………次から速度抑えて」
「…………無茶はするな、か。それは、難しいかもな」
「なぜ?」
「ドグマ・バーストで誰かを救える状況になったら、俺は迷わず使うと思うから」
「自分を犠牲にしてまで、誰かの為に尽くすと…………そう言いたいのですか」
「アンサラーである前に、俺は神尾クロムだからね」
「頂きます」
「頂きます」
「ッ……………………!」
「美味しい?」
「クロム」
「ん?」
「私との間に、絆はありますか?」
「えっ、そりゃあるだろ」
「そうですか…………」
「いつも俺を助けてくれて、ありがとう。ラスタ」
「…………はい」
「ミナト君の意志は関係ない!俺は彼を生かしたいと思うから追い掛けるんだ!!お前はどうなんだ⁉」
「私…………」
「悔しいんだろ、止めることが出来なくて……だから泣いてるんだろ!!」
「悔しい…………そうか。私は――」
「クロム、生きてください」
「………………」
「このまま、終わりたくなんてありません…………」
「――そうだな、生きないとな…………」
「……美味しいよ、ラスタ」
「ありがとうございます。クロムのも、美味しいです」
貴方のご飯を、もっと食べたいと思う。
貴方の生きた顔を、もっと見ていたいと思う。
貴方の穏やかな声をもっと聞いていたい、もっと話したいと思う。
貴方に胸の内にあるものを、もっと知りたいと思う。
イレイノムと戦う貴方の力に、もっとなりたいと思う。
貴方が消えて、この思いが全て果たせなくなるのは――。
どうしようもなく嫌だと、私の胸が叫んでいる。
「……………………」
胸の奥底から湧いてくるこれらの情動が――。
私の行動を、使命感のみではなくしてしまっている。
どうしたいのだろう、私は。
いずれ、本当の選択をしなければならないというのに。
全く、感情というのは厄介なものだ。
振り回されれば使命を忘れて現を抜かし、不必要な感覚に煩わされてしまう。
ただ、今は――。
情動のままに動いていても、いいはずだ。
胸の奥で混濁する思いが、静かに、けれど確かに形を変えていく。
痛みでも、苦しみでもない。
純粋な、たった一言の願いへと――。
「私はまだ、貴方と共に生きたい…………!」
その瞬間だった。
「ッ――⁉」
胸の奥が、穿たれたように熱くなった。
身を焦がす程の灼熱。
熱は心臓から、全身へと脈打つ血流の如く流れ出して――。
漆黒に煌めく粒子、理気力が皮膚から次々と溢れ出す。
「これが、共命理…………!」
肌の感覚が消えていく。
重さも、輪郭も、全て――。
溶けてなくなっていきそうだ。
しかし、恐怖はない。
これは私という存在がクロムと繋がる為のもの。
粒子は誘われるように彼の元へと流れ始めた。
私の意識が、クロムへと渡っていく。
彼の命に、思考に、希望に、私が触れていく――。
世界の色が――。
変わる――。




