もう1人のアンサラー ②
空が明るさを取り戻していく。
遠い東の空の端から太陽の光が照らし出し、暗闇を溶かす。
長く続いた夜が、ようやく終わりを迎えようとしていた。
「もうすぐです。目印の構造物が見えてきました」
ラスタの静かな声が、車内に響く。
ガラスの向こうに視線を向ける。
見えたのは、かつては物流拠点として稼働していた巨大な倉庫だった。
広大な敷地に、使われないトラックが複数並んでいる。
夜の影に沈んでいたそれらが、朝日を受けてわずかに赤く光っていた。
「……………………!」
早く起きて活動を始めていた住民達が、正門から入る俺達に気がついた。
ラスタが車を停止させ、俺が外に出た瞬間――。
「クロムさん!!」
「また来てくれたんだ」
「生きてて良かった…………!」
声が重なりながら、俺は皆に囲まれた。
顔が次々と近づいてくる。
懐かしい顔。
必死にこの街で生き延びてきた、そんな仲間たちの顔だ。
ここを根城にしてきた彼らに何度か物資を届けたり、情報を交換したり、ちょっとした困り事を解決したりしていた。
「今日はちょっと、これまでとは違う用でやって来たんだ」
「違う用?」
不意にかけられた言葉に、俺は言葉を詰まらせた。
「……あぁ、それは――」
慣れないものだ。
どう説明すればいいのか分からず、視線を宙にさまよわせる。
そんな俺の代わりにアラタが一歩、前に出た。
「すみません。今ある物資のリストと、住民達の年齢層や人数を教えてくれませんか?」
「えっ……?」
住民の1人が戸惑いながら聞き返す。
アラタは静かに頷いた。
いきなり、何を――。
そんな空気が一瞬、あたりをよぎったが、住民はそれ以上は問わずに走っていき、数分も経たずに帳簿を持って戻ってきた。
「これが、今の在庫と、住人のリストです……」
「ありがとうございます」
アラタは簡潔に礼を述べると、無言で帳簿を受け取り、即座にページをめくり始めた。
真剣な眼差しで内容を追い、時折ページを戻しては数字を確認していく。
「………………」
その様子に、誰も口を挟めない。
自然と場の空気が静まり返り、周囲の視線が一斉にアラタへと集まっていった。
子どもですら、彼の動きを見守っている。
「成程」
そう言ってアラタは帳簿を閉じて住民に返し、右腕のデバイスを弄り始めた。
何をやって――。
「ッ!?」
アラタが操作を終えると同時に、彼の右腕のデバイスから微細な光が迸る。
その光に呼応するように空間が歪み、ドローンが幾つも出現した。
ドローンは地面に光線を照射し、3Dプリンターのように立方体を構成していく。
耳に残る電子音と共に、次々とボックスが作り上げられる。
「これで、暫くは充分な生活を送れると思います」
いきなり不可思議な方法で現れた横長の箱。
驚いて皆、箱に近づくのを躊躇うが、子ども達が大人の制止を振り切って駆け出す。
物資の山へ近づき、恐る恐る手を伸ばして箱を開くと、直ぐに無邪気な歓声が上がった。
「これ……ほんとに貰っていいの!?」
「すげぇ!この毛布、ふかふか!」
「お母さん!食べ物あるよ!水もいっぱい!」
「えっ!?」
やがて大人たちも動き出し、荷物を確認しながら感嘆の声を漏らす。
「……信じられない。本当に全部、生活用品だ」
「毛布に燃料に電池に、薬まで……全部本物なのか!?」
「はい。全て本物であり、害は一切ございません」
アクトリアが説明を付け加える。
「これは……本当に……助かる……」
「こんなにたくさん……何年ぶりだろうな、腹いっぱい食べられそうなの」
皆が、アラタの力によって笑顔になる。
子ども達がはしゃぎ、老人が涙をこぼし、若い親たちが毛布を胸に抱えて言葉を失っている。
俺と同じ、アンサラーとしての力を持ちながら。
俺に出来ないことを、彼はやってのけた。
こんなふうに、人を救う力。
守るだけじゃなく、未来を見せてやれる力。
「凄いな………………」
この場所で、確かに何度か助けたことはあった。
けど、今日みたいな歓声は初めてだった。
俺の時はもっと静かで、遠慮がちで――。
「…………助かりました。本当に、ありがとうございます!!」
「別に、俺は出来ることをしただけです」
「……………………」
なんでだろう。
胸の中がもやもやして仕方ない。
皆が笑ってるのは、嬉しい。
救われた声を聞くのは、嬉しい。
でもそれを引き出したのは、俺じゃない。
皆、アラタが生み出した食料を元に朝食の支度を始めた。
立方体の物資ボックスを開けると、中から出てきたのは熱湯や直火で温めるだけで食べられる、保存性に優れた高栄養のレトルト食品達だった。
「ご飯もある!しかも、これ白米じゃん!」
「ハンバーグ……!何年ぶりだろ、これ食べるの」
住民達は次々と湯を沸かし、器にレトルトを並べていく。
どこか信じ切れていない顔をしていた大人達でさえ、香りが立ちはじめると表情が和らいでいった。
炊き立てではない。それでも、あの香りだけで心が満たされていく。
俺は少し離れた場所からその光景を見ていた。
人が笑ってる。
それは俺が見知った住民たちの、普段ではあり得ない程の穏やかな表情だった。
「わたし、チーズのやつがいい!」
「野菜スープが入ってる!子ども達に先に渡して!」
配られたスプーンを手に、子どもも大人も、まるでお祭りのようにはしゃぎながら食卓を囲み始める。
そんな姿を見つめるアラタの背中は、淡々としているが、どこか誇らしげだった。
「貴方もお食べになりますか?」
アクトリアが俺達に献立を載せたお盆を持って近づいてきた。
「あぁ、ありがとう。でも…………」
「……………………」
「ラスタにあげてやってくれない?」
「えっ、良いんですか…………?」
そりゃ、今にも涎垂らしそうな顔で見詰めてればな。
「エルダーに栄養補給は必要ありませんよ」
「良いんだよ。俺は自分で用意するからさ」
ラスタは俺とお盆を交互に見ながらも、お盆を手に取って食事を始めた。
アクトリアは彼女の姿を、また呆れた顔で見詰めていた。
「食事を楽しむエルダーって、珍しいの?」
「人間と同じく味覚は持ち合わせておりますが、食を娯楽として享受しているのは、エルダーとして異例です」
「そうなんだ」
てっきり、エルダー全員ラスタみたいなのかと思った。
「全く、エルダーに相応しい振る舞いではありませんよ。あれは」
「まぁまぁ」
俺は食事をくれたことに礼を言って、車に戻る。
「……………………」
幸せそうに食事を食べる住民達を遠目に、自分の食べる物を考える。
「何を意固地になってんだよ、俺…………」
あまり腹一杯食べる気になれず、保存食のバーを口に運んだ。
今日はこれで良い。
「…………………………」
バーの一口はパサついてて、喉に引っ掛かった。
住民達が落ち着いた頃、俺とアラタはこの町の皆に自分達がアンサラーであることを伝えた。
この町をイレイノムから守るため、そして今後も安心して暮らして貰うために、結界を張る必要があると。
ラスタに食事をくれた礼としてアラタとアクトリアを車に乗せ、4人で町の端へと移動する。
「ガソリンの補給、ありがとう」
「タダ乗りをする気はないからな」
「…………便利だな、それ。何でも出せるのか?」
「生活必需品だけだ。今はまだ万能じゃないさ」
今は?
「……………………」
宗方アラタ、彼は何者なんだ。
年も体格も俺とそう変わらないのに、俺なんかとは決定的に違う。
おそらく経験から来るものだろう。
知りたい、彼が何を思いアンサラーとなったのか。
「聞いて良いかな?」
「ん?」
「どうして、アンサラーになったのか」
「言いたくない、と言ったら?」
「…………ごめん。って謝るかな」
「フッ、皆が守られる世界を作りたい。そう思っただけだ」
「守られる、世界……………………」
「もうすぐ目的地へ到着します」
ラスタの声で会話は中断された。
前方に、橋を境にした街の外縁部が見える。
俺はゆっくりと車を止めた。
まだ朝の冷気が残る空気に、微かな緊張が混じる。
「よし、ここで展開しよう」
「展開するのはいいが、少し邪魔者がいるな」
「えっ…………ッ!?」
橋を越えた先に、イレイノムがいた。
それも。
女性の頭をした鳥。
蛇の尾を持つ雄鶏。
ライオンの胴体を持つ鷲。
翼、嘴、爪が金属のような光沢で輝かせる鳥。
4匹が一緒になって真っ直ぐ、橋の向こうからこちらへと、無言の行進を続けていた。
「群れをなしている、か……………………」
イレイノムが集団で来るなんて、初めてだ。
これまでずっと、奴らは1体ずつしか現れなかったというのに。
「クロム、安全が第一だ。俺達が奴らを相手している間に結界を張れ」
「わ、分かった…………!」
アラタは無言のままデバイスに指を滑らせる。
その瞬間、空間に蒼銀のエネルギーが乱回転して発生し、白銀の刀がそのエネルギー内から現れる。
近未来的な意匠と、無駄のない殺意が込められた形状だった。
「アクトリア、銃で後方から狙撃しろ」
「了解」
アラタはデバイス操作で、今度はアクトリアの手に銃が現れる。
無駄のないフォルムを持った銀の長銃だ。
アクトリアはストックを肩に当てて、静かに構える。
「私も戦います」
ラスタがアラタの横に並び立つ。
共に前衛を戦うつもりだ。
3対4。
早い所、結界を張ってしまわないとな。
「ふぅ……………………」
深呼吸で身体を整え、槍を手元に出現させる。
そして胸のコアに触れて、ドグマ・バーストを。
「えっ?」
膨大な理気力が、手に宿らない。
なぜだ。
いつもならこれで出たはずだ、今回に限ってどうして何も起きない。
何度触れても、コアは俺に応えてくれない。
感じるのはただの冷たい硬質感だけ。
どうする。
戦闘はもう始まっている。
アラタとラスタがイレイノムの注意を引き、アクトリアが銃で狙い撃って、戦っている。
俺の結界が張るのを待っているんだ。
「なんで出ないんだよッ…………!!」
「おい、まだか!」
「………………ッ、駄目だ!ドグマ・バーストが発動しない!!」
「何ッ!?」
皆が目を見開いて、俺に視線が集まる。
その隙をイレイノムは見逃さない。
ライオンの胴体を持った鳥イレイノムが、2人を掻い潜って此方に向かって低空飛行でやって来る。
「アクトリアッ!」
「迎撃し――」
「アラタ、替わってくれ!俺が前衛に出る!!」
「ッ、おい!!」
ドグマ・バーストがなくたって、俺は戦える。
急速に縮まるイレイノムとの距離。
「オォォォォォォッ!!」
直線的に迫るイレイノムを叩き落とすべく、頭部へ槍を横薙ぎに振るう。
だが。
「ッ!?」
嘴に槍を受け止められ、噛み砕かれてしまう。
地面に散らばる槍の欠片。
大部分を損失した槍は、俺の手から霧散して消え失せる。
壊れることだって一度たりともなかったのに、どうなってるんだよ俺の力は。
「Ooooooooooooo…………」
イレイノムは着地。
勢いで滑りながら俺の方へ身体を向けて、飛び掛かる。
「ッ…………!」
眼前に開かれるイレイノムの嘴、口内に渦巻く金色を俺に覗かせる。
抵抗する手段は。
――もう、残されていなかった。
「ッ!?」
炸裂音。
同時に、イレイノムが何か強い衝撃で圧されて横へ吹っ飛び、地面を転がる。
アクトリアが弾丸を放って、俺を守ってくれたんだ。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…………ありがと――ッ!?」
「力を出せないなら、下がっていろ!!」
襟首を掴まれ、ぐっと身体が持ち上がる。
見上げた先にあったのは、容赦の欠片もない目をしたアラタだった。
俺の身体は宙を舞い――。
そのまま、街の内部へ向けて投げ飛ばされる。
「うわッ!?」
背中から地面に叩きつけられ、数度転がった。
「乱暴ですよ」
「アンサラーならなんともないだろ」
アラタは俺を一瞥した後――。
胸に付いた銀色のドグマ・コアの力を開放、手に理気力を付与させてデバイスに纏わせる。
そして画面を叩くようにタップし、地面へ手をかざす。
瞬間――。
アラタを起点として、蒼銀でパネルじみた六角形の光が街を取り囲むように幾つも展開されていった。
上空にも光が走り、ドーム状の構造を形成していく。
「これがアラタの結界……ッ⁉」
同時に、街の至る所から乱回転する蒼銀のエネルギーが発生し、そこから銀色に照り輝いて機首に砲門を備えた鳥型ドローンが出現。
ドームの外にいるイレイノムへ向けて、一斉に飛行する。
「エルダー、下がっていろ!」
アラタはラスタに、退避するように呼び掛ける。
ラスタは忠告通りイレイノムとの戦闘を中断して、アラタの後ろへと下がった。
ドローンの群れが結界の外に出て、幾筋もの航跡を描きながら4体のイレイノムの周囲を素早く旋回し、包囲網を形成していく。
抜け出そうとするイレイノムもいたが、ドローンは鋭利な翼で足や翼を切り裂き、脱出を徹底的に阻止。
そうして囲い終わったドローンは機首をイレイノム達に向け、砲門に銀朱色のエネルギーを収束させていく。
「撃て」
アラタの静かな合図と同時に、ドローンは閃光を吐き出した。
イレイノムに絶え間なく降り注ぐ高熱の雨。
撃たれたイレイノムたちは抵抗する間もなく、光に呑まれ――。
「ッ!」
轟音と共に爆ぜた。
結界の内部にいる俺達に、衝撃はやって来なかった。
だが――。
外部で爆風が地面を抉り、瓦礫が空へと舞い上がる。
火柱が立ち昇り、煙が外部の景色を覆う。
ドローンが煙を突き破って結界内へと戻り、何事もなかったように街をゆっくりと飛び回り始める。
結界も目に見えなくなった。
俺が張っていた結界と同様、イレイノムが侵入しようとした時に、再び姿を出すのだろう。
「……………………」
煙が晴れて、景色が見えた。
当然イレイノムは消し飛んでおり、残っているのは荒れ果てた更地と焼け焦げたクレーターだけ。
これが、世定を経たアンサラーの力。
今まで俺のやってきたことが、全て茶番だと思わされるくらい。
圧倒的なものだった。




