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Seventh Øne  作者: 駿
22/42

もう1人のアンサラー ①

「我々以外の生体反応は、2つのみです」

「アンサラーが張った結界をすり抜けて襲撃……小賢しいイレイノムもいるものだ」

 静寂に包まれた夜の街を、バイクで疾走する。

 集落があると聞きつけてやって来たが、どうやら…………遅かったか。

「反応の1つは極めて微弱です。助けるのであれば、急いだ方が宜しいかと。位置データを転送します」

 右腕のデバイスに、アクトリアの送信したマップが浮かび上がる。

 レーダー上には2つの点。そのうち1つは、既に点滅を始めていた。

 グリップを回し、バイクを加速。

 夜風が肌を強く打つ中、俺の機体は街を縫うように走る。

「イレイノムの痕跡を確認しました」

「見れば分かる」

 住民達が引いたと思われる規制線の先に白化した地面と建物があった。

 この染まり方は、触手の類いを使うイレイノムが暴れた痕だろう。

 ただし規制線を引き、白化した住居の代わりであろうテントが並べられているということは、この襲撃自体で全滅した訳ではない。

 アンサラーが出て応戦し、触手型は既に排除されたらしい。

 ならば全滅させたものは別か。

「………………!」

 生存者の位置へと近づくにつれ、先とは違う白化の痕が目に入った。

 削り取られた、いや斬ったような痕が地面や壁面に刻まれていた。

 それも無数に。

 今は静まり返っているが、住民たちの絶叫がこの空間に響き渡っていたことは、想像に難くない。

「………………」

 イレイノムの反応はない。

 既にイレイノムは、この場から姿を消している。

 そして、重傷を負ったただの人間を、イレイノムが生かしておく理由などない。

 この場にイレイノムが残っていたのなら、生存反応など最初からないはずだ。

 つまり、イレイノムは消失。

 アンサラーはそれを倒した。

 だが、住民たちを守るには至らず――勝利の代償として、自らも重傷を負った。

 そういった所か。

「フン………………」

 随分、懸命で命知らずなアンサラーだな。



 バイクを止める。

 視界の先に反応元がある、しかし――。

「何だあれは…………」

 倒れているのがアンサラーなのは間違いない、なぜ――。

 身体が繭のように毛布でぐるぐる巻きにされているんだ。

 おまけに。

 女が、傍の車から物を次から次へと、アンサラーの上に積み重ねている。

 工具箱、予備バッテリー、追加の毛布、腹部を中心に幾重にも。

 何だこれはいじめか?

「あれは、エルダーか?」

「…………はい、名前はラスタ。私と同時期に派遣されたエルダーの1人です」

「……………………エルダーなんだよな?」

「はい、その通りです」


「これで、良くなるのでしょうか………………?」


「なるわけないだろ」

「はい、その通りです」

「はぁ…………」

 アンサラーの元へ駆け寄る。

「ッ!」

 ラスタという名のエルダーが、俺達に気づいた。

 俺達が、アンサラーとエルダーだと気づいてないようだ。

 どこか必死で、焦りに満ちた声を上げる。

「あの、すいません。治療の手伝いをしていただけませんか!?」

「治療…………?」

 殺しに掛かってるの間違いだろ。

「流れている血を圧迫で止めたいので、どんどん物を置いていって欲し――」

「馬鹿たれ」

「えっ――」

「内臓圧迫で死なせたいのか」

 女の顔が、きょとんと固まる。

 ほんの一瞬の沈黙の後、反復するように口が動いた。

「馬鹿、たれ……………………」

 積まれた止血グッズを片っ端から退かし、巻かれた毛布を解く。

 ボロボロの作業着の下から覗いた皮膚は、既にいくつかの場所で紫に変色し始めていた。

「ッ!」

 彼女の焦る気持ちが分かった。

 後頭部に強い打撲。肩から脇腹に掛けて刃による深い裂傷、腹部は完全に貫通。

 目立っているものだけでも、こんなに。

「…………生きているのが不思議なくらいだぞ、コイツは」

 まぁ、アンサラーだからこそ生きているのかもしれないが。

「あの、クロムは助かりますか…………?」

 感情を抑えているようで、でもどこか滲んでいるラスタの声がそう尋ねた。

 アクトリアとは大違いだ。

 クロム、それがこの無茶なアンサラーの名前か。

「助けるさ…………アンサラーとしてな」

「ッ!?」

 デバイスから医療用アプリケーションを選択し、起動する。




「………………ん……………………うぅ……………………」

「ッ!クロム………………!」

 夜空が、また見えた。

 死んじゃいない、俺はまだ生きてる。

 機械の音、風の音、血の流れる脈動が耳の奥で響く。

 え、機械の音?

 まだ朦朧とする意識の中、上半身を起こして辺りを見る。

 俺の隣で、ラスタが飛んでる小型機械に怪我の治療をされていた。

 小さな球状の機械がぐるぐると飛び回りながら、傷に処置を施していた。

 消毒を吹きつけたり、小さな腕で傷を縫合したり、バイタルを観測している。

 何だ、あれ。

「クロム。無事で何よりです」

「ラスタ…………ウッ――!」

 ラスタの元に行こうとするが、腹の辺りに激痛が走り、蹲る。

「動くな。傷を塞いで止血しただけだ、治癒で完治するまで…………安静にしていろ」

「ッ!?」

 見知らぬ白いパーカーを着こなす同年代の男性が、俺にそう忠告した。

 その男性は薄い白銀の機械装甲を着こなす女性と共に、なぜか俺の車から放り出されている荷物を、なぜか元に戻していた。

「え、あの…………」

「全く、お前の連れのせいで…………こんな雑用する羽目になったんだからな」

「しかし、お2人の治療が完了するまでここを離れる訳にはいきませんので、暇潰しにと判断してお片づけを行っております」

「…………そういうことだ」

「荷物をラスタが…………なんで?」

「聞かないでください。その、凄く…………恥ずかしいんで」

「…………何が、どうなってるんだ?」



「ア、アンサラーッ!?」

「あぁ」

 最初は寝ぼけていて分からなかったが、確かにドグマ・コアが俺と同じく胸元に付いていた。

 銀色のドグマ・コアだった。

「精々感謝しろよ」

「いや、それは本当にありがとう」

「宗方アラタだ」

「アクトリアです。以後お見知りおきを」

「か……神尾クロム、よろしく」

 驚いた。

 俺と同じアンサラーが、目の前にいるなんて。

 それに、彼の力。

 機械を操っていて、俺のとは全く違う。

 人の怪我を治せて――。

「…………」

 良いな。

 どうしてこうも違うんだろう。

 それに――。

 アクトリアというエルダーも、ラスタと全く違う。

 ラスタは性格はともかく姿形は人間と変わらない、でも彼女の姿はまさにアンドロイドだった。

 装甲だと思っていたものは全て彼女の身体だし、関節からは黒い金属のフレームが見え隠れしてるし、長い銀髪も人工的な光沢がある。

 頭部の両側から突き出してるのって、アンテナなのかな。

「今度はそっちだ。ここで何があったのか教えて貰おうか」

「分かった…………」

 俺は宗方アラタに、このDエリアで起こったことを話せる限り話した。

 Dエリアへ来た時に、襲っていたイレイノムを撃破したこと。

 結界を張ったこと。

 しかしイレイノムが人に憑依して結界をすり抜け、結果として全員が消えてしまったことを。

「おおよそ推察通りか…………」

「お話してくださり、ありがとうございます」

 アクトリアは事情を話して俺に律儀にも礼を言い、ラスタの方へと向かった。

 未だ俺と共に治療を受けているラスタの前に、アクトリアが立つ。

「‥‥‥‥‥‥‥?」

「今から、傷に障らない程度で――」


「貴方をビンタします」


「えっ――」

 乾いた音が、夜の町に響いた。

「ッ!」

「おい‥‥‥……!」

「何をやっているんです、貴方は」

「……………………」

「アンサラーを導く身である貴方が、下級のイレイノム相手にアンサラーを窮地に陥らせ………………挙げ句、先程のような頓珍漢を働く始末。恥を知りなさい」

 その言葉に、ラスタは何も言い返せなかった。

 唇を噛み、俯いたまま、じっとその場に立ち尽くしていた。

「ちょっと待ってくれよ。ラスタはラスタなりに一生懸命やってくれたんだ――痛ッ!」

「動くなっての」

 動ける状態じゃないんだった。

 でも、物申さずにはいられない。

「ラスタが恥を知るようなことなんかしていないのは、一緒に戦った俺が一番分かってる」

「クロム…………」

「だから、あの状況じゃあ…………捨て身の戦いが出来なかった俺が悪いんだ。叱るなら、俺を叱って欲しい」

「私は彼女が同じエルダーだからこそ、彼女の不甲斐なさにカンカンしているのです。叱って欲しいのであればアラタにお願いします」

「えっ」

「……………………」

「しないよ俺は」

「そもそもなぜ、世定をまだ行っていないのですか?これでは彼や貴方の真価は発揮されないでしょう」

「世定…………」

「せい、てい。何だ、それ……………………?」

 聞いたことのない言葉だ。

 ラスタ、それを聞いて僅かに動揺を見せていた。

 アクトリアは俺の様子を見て、呆れた顔を見せる。

「…………教えてすらいなかったのですか」

「彼には、まだ…………早いと思ったものですから」

「イレイノムの活動は激しさを増しています、悠長にしている場合ではありません。世定を知らぬままでは、彼の力は半端なまま………………次こそ、本当に死ぬかもしれませんよ」

「…………分かっています」

「なぁ、世定って何なんだ?」

 俺はラスタに向けて問い掛けるが、ラスタは答えない。

「………………」

 わずかに視線を逸らし、ただ静かに唇を閉じていた。

 どうしてだ。

 アンサラーの真価を発揮出来るという世定、そんなのやった方が良いに決まってる。

 どうしてラスタは、それを俺に教えてくれないんだ。

 理由があるとすれば、それは――。

「俺が、まだ弱いからか…………?」

「ッ、それは…………!」

 言葉が詰まっている。

 アンサラーとして真に、認めていない。

 それを俺に直接言いたくないんだ、だから否定しないし、世定のことも話さないんだろう。

「…………これでは私が世定をお教えしても、無意味でしょうね」

 アクトリアが静かに言い放つと、場に短い沈黙が流れる。

 それを切り裂いたのはアラタの低い声だった。

「話は終わったか?情報交換はまだ終わっていないんだ」

 アラタは俺の隣に腰を下ろし、右腕に付けている機械の画面を俺に見せた。

 そこにはマップが、アラタ達の現在位置を示すマークと共に表示されていた。

「他に、まだ人が生きている集落を知っているか?」

「…………え?」

「人が暮らしていて、イレイノムの襲撃をまだ免れている地域だ。俺達はそこに向かって、物資の支援と防衛システムの構築を行いたいんだ」

「あ、あぁ…………それなら印した地図が、車のボックスの中にある」

「俺が取りに行っても良いか?」

「勿論………………」

 動ける状態じゃないからな。

 アラタは車から地図を取り、機械のマップと照らし合わせる。

「ここから最寄りの集落が、俺の行っていない場所だな…………。この場所には結界を張ったのか?」

 アラタが地図に指を指した地点、そこは行くつもりだったEエリアだった。

「いや、まだ張ってない」

「そうか。なら、次はここだな」

 アラタはマップにEエリア地点にピンを付ける。

「どういう場所なんだ、其処は」

「物流倉庫を根城にしてる集落だよ。物資が多分にあるから人が他の集落より多い」

「分かった、ありがとうな」

「いや…………こっちの台詞だよ。命を救ってくれたんだし」

「気にするな」

 アラタは立ち上がる。

「傷はもう完全に塞がっているが、無理に動こうとするなよ…………それじゃあな。行くぞ、アクトリア」

「はい」

 アラタとアクトリアが、バイクに向かって歩き出す。

「ッ………………」

 その背中を、俺はどうにも見過ごすことが出来なくて――。

 無性に、追い掛けたくなった。

「待ってくれ、俺も行く!」

「クロム…………!」

「……………………」

「人助けをしたいのは、俺も同じだ。だから俺も行く」

「駄目です、私達はまだ完治した訳ではありません。ここで安静に過ごすべきです」

「その通りだ。今はじっとしておいた方が良い」

「それでも行く。誰が何と言おうが、じっとなんかしてられないんだ」

 そうしないと俺は、人を守れない弱い存在のままだ。

「…………分かったよ。精々無茶しない程度に頑張れ」

「無茶でも何でもするっての」

「また、そんなことを………………」

 ラスタも立ち上がり、先んじて車に乗りエンジンを掛ける。

「私が運転します」

「無茶に付き合ってくれるのか?」

「…………このまま終わりたくないと、言いましたから」

「………………頼む」

 俺は助手席に身を沈めた。



 バイクの後を追い、アラタが発生させてくれたドローンに道を照らされながら車は夜道を走る。

 静かな車内に、エンジン音と、時折タイヤが瓦礫を踏む音だけが響いていた。

 沈黙が、妙に重たい。

 ラスタは黙って、ただ前を向いて運転している。

 その横顔は、いつものごとく落ち着いていて、ずっと変わらず頼もしいものだ。

 でも――。

「……………………」

 日は浅いかもしれないが、寝食を共に過ごした。

 一緒に人々を守ろうとして来た。

 ミナトを止めようと、心を1つにした。

 間違いなく信頼が、出来ていたはずだ。

 でも今は、小さな隔たりを感じてならない。

 世定はまだ早いと言っていたな、ラスタ。

 なら、いつ教えてくれる。

 いつ俺を、本当のバディとして認めてくれるんだ。

「……………………」

 俺はもう一度、彼女の顔を見る。

 やはりラスタは何も言わない、俺に目を合わせない。

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