もう1人のアンサラー ③
「……………………」
「?」
アラタとアクトリア、そしてラスタがずっと外を見ている。
3人の元へ駆け寄る。
戦いは終わったというのにその表情は固く、どこか不安を抱え、重苦しい静けさがその場に広がっていた。
「どうしたんだ、皆?」
「……………………群れで遭遇した場合の説明も、彼にしていなかったのですか?」
「まだ、早いと思ったものですから」
「そればかりですね、貴方は」
「なんの話だよ?」
俺は不安を隠せずに声を上げた。
するとアラタが静かに目を向け、真剣な表情で言った。
「クロム。アンサラーの先輩として、大事なことを1つ教えてやる」
その言葉に、俺の心は一瞬ざわついた。
何か重大なことが待ち構えている、そんな予感を感じながら、俺は黙ってアラタを見つめる。
「あんな風にイレイノムが複数同時で遭遇した場合、そいつらは下っ端だと思え」
「下っ端…………なんの?」
「上級イレイノムのだ」
「……………………」
上級。
その言葉を聞いた途端、胸が締めつけられた。
皆の空気を見れば分かる。
俺が今まで出会ったイレイノムとは、桁違いであることが。
「上級イレイノムは引き連れている下級達を探知機のように使い、発見した集落を自らの手で消し去るんだ」
「探知機って、じゃあ…………!?」
「ここが、上級に見つかったと考えて良い」
アラタは俺の両肩を掴んだ。
その掌からは、アラタの抱く危機感が重みとなって伝わってくる。
「クロム。お前とラスタは今すぐ、住民達の避難誘導をしろ!俺達は――」
「ッ!?」
突然だった。
巨大な影が大地を駆け抜け、俺達の元へ迫り来る。
その影は、太陽を完全に遮り、昼間だというのにあたりは一瞬で暗闇に包まれた。
皆が息を呑み、上空を見る。
太陽を遮る程の巨大な存在がいることを、理解したからだ。
「…………!」
遥か天空。
怪鳥の化身が、そこにいた。
あの下級達と同じく鳥のシルエットだが、その体躯は到底比べ物にならない規模だ。
「来るぞ……!!」
イレイノムが翼を畳んで、急降下で始めた。
その身体が大気を切り裂き、まるで隕石のように地面に向かって猛然と降りてくる。
「ッ!!」
イレイノムが地面に降り立ち、衝撃が大地を震撼する。
周囲に亀裂を走り、結界内のビルが音を立てて崩れていく。
結界は、上級イレイノムが接近したことで再び現れている。
しかし地面の振動や音までは防げない。
「これが、上級イレイノム……………………!」
従来のイレイノムと同じく純白の肉体と、金色の眼。
猛禽類のように鋭い嘴と、爪。
廃ビルをも優に勝る体躯。
人なんか蟻みたく簡単に踏み潰せる奴を相手に、どうやって勝てばいいんだ。
「…………………………………………………………」
イレイノムは小さな俺達をしっかりと眼で見詰め――。
「kkkkkiiiiiirrrrrrrrrrrrrrrrrrYyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyッ!!」
「ッ⁉グゥッ……!!」
まるで黒板を引っ掻くような――。
人の本能的な不快感を催す、高周波の咆哮を響かせる。
空気を震わせ、周囲の建物にまで振動を与える。
「ウッ、グ…………ァァァ……………………!!」
耳の鼓膜が裂けそうな感覚。
頭が、割れそうだ――!
「しっかりしろ、クロム!!」
耳を押さえながらアラタの呼び声に頷く。
耳から流れた出血が、手に濡れた感触を与える。
「ッ!」
結界内にいたドローンがイレイノムを迎え撃つために、再び結界の外へ出る。
イレイノムはドローンに対し、特に動く様子はない。
ただ、口の内部から何か白い輝きを漏らしているだけ――。
「ッ、いきなりか!!離れるぞ」
「ッ!?」
突然、アラタが声を上げて後退を始める。
その動きに反応してアクトリアも即座に身を引き、2人は一気に後ろへと駆け出す。
その動きに遅れまいと、ラスタも俺の腕を掴んで引っ張り、共にイレイノムから距離を取ろうとする。
すぐにその意味を理解した。
イレイノムがその口から漏らしている光は、ただの光ではない。
あれは、何かを溜め込んでいる証だ。
白光はさらに輝きを増し、空気が震え、地面が微かに揺れ動く。
今にも爆発しそうな程の圧力が、離れているはずのこの場でさえ伝わってくる。
「あれは、なんなんだ!?」
「ゼロサムと呼んでいる!上級イレイノムが放つ光線だ!!」
「ゼロサム…………!」
「結界は間違いなく破壊される、その余波もヤバい!だから逃げるんだ!!」
ドローン達がイレイノムに接近し、包囲網を仕掛けようとした。
瞬間――。
「ッ⁉」
イレイノムの口が開かれ、中に満ちていた白光が堰を切った奔流の如く、一気に解き放たれる。
1本の線となって空を裂く光線は、ドローンの編隊を一瞬にして抹消し、結界と衝突する。
「ッ!」
全ての世界が無に変わってしまったと誤解する程、白が内部を照らす。
結界全体が、白く染まりながら軋みを上げていく。
「このままじゃ!」
「大丈夫だ!貫かれはしないッ!!」
アラタは俺の不安を断ち切るように叫ぶ。
事実、アラタの言う通りだった。
結界を白が呑み込み掛けたその刹那、結界の外層が、まるで爆薬を内包していたかのように炸裂する。
それはまさしく、爆発反応装甲であった。
炸裂する結界とゼロサム、2つの力が激突し――。
「ウゥッ………………!!」
「クッ……!」
世界が、震撼する。
衝突の余波で結界の内壁は、硝子のように軋みを上げて崩れ落ちてしまう。
防御機能は限界を迎え、結界そのものが音を立てて消失していった。
それだけではない。
ゼロサムが衝突した結界の境目から、白化現象が街へと滲むように押し寄せていた。
街路が消えた。
看板が、電柱が、瓦礫が……どれも音を立てることなく、輪郭を保ったまま無へと変わっていく。
「すぐ傍まで来ています!走って!!」
「ッ、どこまで……………………!」
侵食の速度が早い、距離が縮まっていく。
この中で遅れているのは俺だ、いつもみたく上手く走れない。
歯を食いしばって脚に力を込めても、速度が出ない。
文字通り、腕を掴んでくれている彼女の足を引っ張ってしまっている。
もう役立たずになるのは――。
御免だ。
「クロム!?」
「ドグマ・バーストで止める!!」
「なっ…………出来なかったばかりだろう!!」
だからこそ、次は必ず成功させてみせる。
槍を生成し、コアに手を触れる。
「ッ!」
よし。
力が使える、応えてくれる。
無事に手へ宿った理気力を槍に纏わせ、地面に突き立てた。
槍から理気力が左右へ広がり、白化の侵食を断ち切るべく走る。
この町を、俺の力で包む。
アラタに比べれば負けるだろうが、これで侵食は止められ――。
「え…………?」
嘘だ。
白が俺の理気力の上を、何の拮抗もなく塗り潰していく。
結界が、一瞬にして呑み込まれた。
弾かれた訳じゃない、押し切られた訳でもない。
無視された。
俺の力は、こんなことすら――。
「クロムッ!!」
「ラスタ!?」
襟の後ろを引っ張られ、身体がまた宙に浮く。
ラスタが迫る白化から遠ざけてくれた。
でも――。
「………………………!」
俺の代わりに、ラスタの左足が逃れられず侵食を受けてしまう。
それでも彼女は眉ひとつ動かさず、即座に槍を地面に突き刺し、その反発で跳躍。
瓦礫の壁を蹴り、屋根を伝い、さらに飛ぶ。
左足が使えない中でも、寸刻の判断で逃げ道を選び、駆け抜けていく。
「ッ!」
白化が、ようやく止まった。
停止を見たアラタとアクトリアは立ち止まり、ラスタは飛び移りの勢いで地面を転がりながら、着地する。
「やっと止まったか」
「ごめん、ラスタ…………俺のせいで」
「そう思うなら、無茶も程々にしてください」
「…………うん」
俺は今、でしゃばることしか出来ていなかった。
現時点で何かをしようとしても、俺は役に立たない。
それを痛感した。
「ッ、あのイレイノムは!?」
「あそこだ…………………!」
アラタが指差した先、そこは上空。
イレイノムが滑空でこの街を旋回していた。
爆発で見失った俺達を探しているのか。
「分かりやすく人がいるあの拠点を狙わないということは、標的を俺達に絞っているんだろうな。好都合だ」
「けど、どうすれば良いんだ。あんな奴相手に…………!」
光線で結界は破壊されるし、ドローンも全滅。
あんな巨体に、いつも通りの戦いが敵う訳もなし。
「…………クロム、先輩としてまた1つ大事なことを教えてやる。奴を倒す方法だ」
「あるのか!?」
「そのために、奴と距離を放す必要があった。これを間近で行いたくはなかったからな…………やるぞ、アクトリア」
「はい」
何を始めるんだ。
「アンサラーとエルダー…………2人の命と理想を共有し、限界を超える術だ」
「行きますよアラタ」
「あぁ!」
「ッ!」
アクトリアの身体から、銀色の粒子が舞い始める。
彼女自身の身体が、粒子となって崩れていく。
理気力、なのか。
彼女の身体は輪郭を失い、理気力の塊となってアラタの周囲を旋回、渦の如くアラタを包み込んだ。
「クッ…………!」
この肌を叩きつけるものは、風圧だけじゃない。
渦の中心にいるアラタの力が昂り、圧となって掛かって来ているんだ。
「kkkkkiiiiiirrrrrrrrrrrrrrrrrrYyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyッ!!」
「ッ!?」
その圧を、イレイノムも感じ取っていた。
イレイノムが叫びを上げ、両足の爪を構えて迫り来る。
渦巻く粒子の勢いと輝きが、更に増していく。
だが、イレイノムの攻撃が直撃するまで時間はない。
「アラタッ!!」
「これが、共命理だ」
「ッ!」
イレイノムの強襲が再び現れた結界によって防がれる。
外層が炸裂し、衝撃となってイレイノムを襲い、転倒させた。
渦が消え、手を伸ばしてイレイノムを見詰めるアラタが露となる。
まさか、手を伸ばしただけで結界を作り上げたのか。
「あの姿は…………」
ラスタが驚きを漏らす。
アラタはアクトリアの肉体だった金属を、装甲として自らに合う形で身に纏い、両目もアクトリアと同じ冷たい機械的なものに置き換わっていた。
「初っ端から全力でいく。2人共下がっていろ」
そう言ってアラタはコアに触れる。
「ッ!?」
空間が揺れ動く程の衝撃が走る。
これ迄とは段違いの理気力がアラタの手に伝わった。
アラタは理気力をデバイスに纏わせ、操作する。
今は言う通りに動くのが身の為か。
「すみません」
「俺のせいなのに何言ってんだよ」
俺はラスタの腕を自分の肩に回して、共に離れた。
「何をする気だ」
「出すんだよ、奴を打ち倒す兵器をな」
「兵器…………?」
アラタが操作を終えて右腕を天に掲げた、直後――。
「えッ!?」
1つの巨大カプセルが空から一直線に降り、地上に突き刺さった。
「うわぁッ!!」
轟音。衝撃波。地面が陥没し、砂塵が爆発的に舞い上がる。
咄嗟にラスタを庇いながらしゃがみこむ。突風が襲い、耳鳴りの中に重金属の軋む音が混ざった。
煙と砂塵の向こう、カプセルのロックが開いて中から現したのは――。
銀灰色を基調とする、10m級の巨大ロボットだった。
「巨大人型鎮圧戦機。アイゼンと俺は名づけている」
「こんな、ものまで…………⁉」
逆関節の足で佇み、肩から足先にまで伸びた長腕を持ち、様々な武装を搭載したこのロボットは、足を崩して胸部のハッチを解放する。
アラタはコクピットの席に飛び移ってコンソールを操作し、ハッチを閉鎖。
頭部の切れ長なツインアイを青く発光させ、エンジンの駆動音と共に立ち上がる。
同時に背部の複合スラスターが点灯。
両腰部の携行していた片刃のブレードを逆手持ちで装備して、アイゼンは発進する。
今の俺では決して踏み入ることの出来ない、アラタとイレイノムの激戦が――。
始まろうとしていた。




