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Seventh Øne  作者: 駿
20/42

寄す処 ⑥

 ミナトは切先を俺達に向けて腰を深く落とし、地を蹴った。

「ッ⁉」

 速い――!

 中距離だった間合いを、息を呑む間も無く一瞬にして詰められた。

 白の切先が、風鳴りと共に俺の喉元へ迫る。

 咄嗟に槍の柄で突きを受け流すが――。

「ウッ……!」

 突進の勢いのまま突き出した肩を胸部に打ちつけられる。

 俺の体勢は崩れ、コンクリートに背を擦りながら倒れ込む。

「グゥ……カハァッ…………!ハァッ……ハァッ…………!!」

 肺から一気に抜けた空気と体勢を整えている間に、ラスタとミナトは既に刃を交えていた。

 白い閃光の如く振るわれる剣。

 ラスタはそれを読み切り、槍の滑るような動きでミナトの猛攻を受け止めていく。

 力量は互角、そう思ったが――。

「……⁉」

 剣と槍が幾度も交差する中で、俺は何かミナトの剣に違和感を抱いた。

 直接対峙しているラスタは、より感じているだろう。

 ミナトの振るう剣が、必ず当たることに……。

「エエアァァァァッ!!」

 剣がラスタの顔を一直線に狙う。

 ラスタはそれを回避し、反撃に転じようとするが――。

「ッ!」

 振り抜かれたはずの剣が、突如として軌道をねじ曲げた。

 横薙ぎへと変化した白刃が、ラスタの首筋へ襲い掛かる!

「ッ…………!」

 金属のぶつかり合う甲高い音が夜の街に響き、火花が一瞬、2人を照らす。

 ラスタは反射的に槍の柄で受け止めた為、どうにか直撃を受けずに済んでいた。

 ほんの一瞬でも遅れていれば、彼女の首が飛んでいた。

「どうなっている…………⁉」

「不思議ですよね。だって振れば必ず当たるんですから……!」

 あの変則的な一撃は人間の振れるものじゃない、明らかに剣自体が動き出してラスタを攻撃していた。

 ラスタは巻くように剣を受け流し、後退する。

 奴の攻撃を喰らわずに済む方法は、受け止めるか受け流すしかない。

 単純な接近戦なら厄介な能力だ。

 けどこっちだって、握ってるのはただの槍じゃない。


 ――漸く準備が整った身体を起き上がらせ、ミナトに迫る。


 ドグマ・バーストは調子を鑑みるに、後1回は使えるだろうが、使い終われば間違い無く戦闘不能になってしまう。

 なら、チャンスまで温存して――。

「ッ!」

「ハァッ!!」

 石突を鋭く突き出す。

 ミナトは余裕の笑みを浮かべ、槍の突きを斜め上へ、容易く剣で上げて流す。

 だがこの突きは囮、本命は――。

「本命は下からの斬り上げですか」

「ッ⁉」

 読まれていた。

 ミナトに穂先の首を掴まれ、ミナトの言う通りに下からの斬り上げを喰い止められる。

 勝ちを確信としたばかりに白い剣が大きく振り上がる。

 だが――。

「これも囮だ」

「ッ⁉」

 黒塊弾を穂先から発射する。

 ミナトの片足に命中させ、その場で片膝立ちになったミナトの顔面へ、前蹴りを喰らわした。

 鼻の潰れる音と共に、ミナトの頭部が激しく後方へ仰け反って倒れた。

「……………………」

 ミナトは鼻血も気にせずゆっくりと、平然として立ち上がる。

 俺は構わず、追撃の黒塊弾をミナトへ放ち続ける。

 人間の身体である限り、黒塊弾の一発一発は有効打にならない。

 だが、それはダメージの話だ。

 連続する衝撃で、ミナトの歩みはよろけ、まともに前へ進めていない 。

 狭い間合いに持ち込めなければ、奴の強みは活かせない。

 なら、こっちはその間合いを与えないだけだ。


 こうやって中距離からミナトのペースにならないよう抑え続け――。

 ラスタの直接攻撃で倒す――。


「行け、ラスタッ!」

 俺の声を合図にラスタが駆け出す。

 彼女もまた黒塊弾を連射し、ミナトの動きを完璧に封じたまま、一直線に間合いを詰めていく。

 逃げ場のない弾幕。

 鳴り続ける炸裂音と、前方からの圧。

 ミナトの身体は揺れ、片膝のまま耐えるのがやっとだった。

「これで終わらせる…………」

 ラスタは低く身を沈め、大きく踏み込むと共に――。

 槍を一直線に走らせた。

 今の状況で、この一撃を躱すことは不可能。

 これでミナトは――!



「ッ⁉」

 空を切る音が、耳に響く。

 ラスタの突きは――。

 空振りに終わっていた。

 なぜだ⁉

 あれ程の衝撃に晒され、膝を付いていたミナトが。

 どうして、あんなにも離れた後方の地面に、無傷で立っている。

 ……その場の空気が冷たく感じるのは、俺が彼に恐れを抱いているからか。

「驚きました?俺の奥の手」

「奥の手…………?」

「この剣って振れば必ず当たるでしょう?だから、遠くの場所へ目掛けて剣をちょっとでも振るえば?」

「その位置に剣が移動し、あなたもそれに引っ張られることで、疑似的な高速移動を行える…………」

「流石ラスタさん、正解です。じゃあ――」


「これを俺がフルに活かしまくればどうなるかも、分かりますよね……?」


 ミナトが、剣を軽く横に振った。

 刹那――。

 その姿が、激しい風圧の残響だけを残して消えた。

 横に行ったのか⁉

 しかし、振った先の景色にミナトの姿はない。

 どこに…………!

「クロム!後ろにッ!!」

 ラスタの声が響く。

 俺の後ろ?

 声の情報だけは頼りに、振り向いた先――。

「ッ⁉」

 白刃がもう、俺の命を獲りに掛かっていた。

 思考が悲鳴を上げる。

 全身の筋肉が同時に硬直し、視界が細くなる。

 ――それでも。

 俺の腕は勝手に動いていた。

 咄嗟に槍の柄を、下ろされる刃の進路へ滑り込ませる。

 金属と金属がぶつかる、甲高い衝撃音。

 手にしていた感覚が、肘の辺りから一気に痺れていった。

「ッ――あぐ、う……ッ!」

 肩に激痛が走る。

 刃の威力は、槍を通して関節ごと軋ませ、肉と骨に深く響いた。

「クロム……!」

 ラスタは黒塊弾を撃ち出す。

 しかし弾が届く前にミナトは既に剣を振るい、目にも留まらぬ軌跡で別の地点へ移動していた。

 放ち続けるラスタ、俺もそれに続いて黒塊弾を発射する。

 剣が必中である限り、どこに逃げようと意味はない。

 なら、こっちは撃ち続けるしかない。

 何が何でも黒塊弾を当てて、動きを止める以外に勝ちはない。

 けど――。

 いくら何でも、速過ぎる!

 おまけに慣性も重力も無視して縦横無尽に空間を駆け巡っている。

 これじゃあ狙い撃つどころか、目で追い切れるかどうかも――!!

「クッ……!」

「ラス――ッ!」

 ラスタの背中が白い閃光に切り裂かれ、無事を確認する間も無く、俺の脇腹にも刃が走った。

 彼女の背中と、俺の脇腹。

 裂かれた周囲の部位が白く染まっていた、痛みはない。

 しかし、それは白化で痛覚を失っているからだ。

 白化が治まれば、苦痛は一気にやって来るだろう。

 いずれ来る絶大な痛み、想像するだけで冷や汗が滲んだ。

 今は気にせず戦える、でも長引いてしまえば――。

「クソッ…………!」

 どうすればいい。

 ミナトに向けて黒塊弾を放ちながら考える。

 受ける寸前に身を引けば傷は浅く済むが、勝ちには繋がらない。

 大事なのは、あの高速移動を攻略すること。

 あれをいかに封じるか、あるいは捉えるかだ。

 正直、封じるのは無理だ。

 こうして黒塊弾を撃ち続けても一向に当たらないし、ヒット&アウェイに今の俺達は対応出来ない。

 ならば、動きを捉えるしかない。

 もっと不可能に近いと思えるが――。

「………………」

 ミナトの高速移動が始まる時に、剣は必ず振られるんだ。

 だったら、そこから位置を予測すればいい。

 どんなに小さい振りでも、長い剣は方向を指し示している。

「ラスタ………………」

「………………分かりました」

 ミナトの急襲に警戒しながら俺はラスタへ近づき、考えついた策を耳打ちで話す。

 ラスタは頷いて了承し、静かにミナトを目で追い掛ける。

「ッ……!」

 ラスタの肩に、鋭い衝撃が走る――。

 左肩を裂かれた。

 ラスタは反射的に跳ね退くが、直ぐに足がもつれそうになる。

 だが頼む。

 見極めてくれラスタ。

 剣の方向、そしてミナトが移動する先の地点を。

 そこへ黒塊弾を撃つんだ。

 撃ってミナトの動きを少しでも止めてくれれば、俺のドグマ・バーストで一気に逆転出来る!

「クロム」

「ッ!」

「行きます…………」

「――分かった!」

 ラスタの構えた槍の穂先に、理気力が収束していく。

 ミナトがまた、剣を軽く振る。

 その軌道を――。

 ラスタは見逃さなかった。

 黒塊弾が、発射される。

「…………!」

 完璧だった。

 あなたが移動した先の地点に黒塊弾は発射されている、タイミングを考えても必ず当たる。

 良し――。

 俺は直ぐ様、止まったミナトへドグマ・バーストを叩き込むべく、予測地点へ足を踏み出して胸のコアに手を――。

 触れ――。

 

「え?」


 予測地点へ一直線で向かっていたはずのミナトが、あり得ない角度に曲がって――。

 俺の懐に、迫って来た。

 動揺が、脳を凍らせる。

 足が、すくむ。

 コアに触れ掛けた手も止まって――。

 ミナトの白刃が、俺の眼前で軌跡を描き、俺は宙に浮いた。

 見えたのは月と、白い剣の輝き。

 痛みはない、白化している箇所の痛覚は失われている。

 だが、これは戦いにおいて致命的な一撃を貰ってしまったと、理解した。

「クロムッ――!」

 地面を転がる中で、気づく。

 関係無かったんだ。

 剣がどこを向いて振っていようが、飛んで行くのはミナトが狙いを付けた方向だった。

 ミナトはそれを俺達に気づかせないよう、今まであえて直線的に飛んでいたんだ。

「俺の勝ち、ですかね」

「…………オォォォッ!!」

「おっと――」

 苦し紛れに投げた槍も容易くいなされる。

 ミナトは軽く剣を振るって飛来する槍を叩き落とすと、何事もなかったかのように足を進める。

 左肩から脇腹に掛けて走っていた裂傷の白化が、じんわりと広がって俺の感覚を失わせていく。

 左の腕が、動かせない――。

「全く、意外でしたよ。まさか俺の方が強かったなんて……前のイレイノムの戦いより弱くなってませんか?」

「まだ終わっては――!」

「いいえ。もう終わってますよ。ラスタさん」

 そう言ってミナトは剣を逆手に持ち替え、ラスタ目掛けて水平に振り投げる。

 ラスタは咄嗟に身を捻って躱し、ミナトへ迫ろうとするが――。

「ッ!?ウァッ…………!!」

 独りでに方向転換した剣が、白い残光を描いてラスタの肩を後ろから貫いた。

 突き破った刃は、杭の如く地面に突き立ち、彼女の身動きを封じ込める。

「ラスタァッ!!」

「これで、完璧に証明出来ましたよね?俺はあなたに負けない……いや、あなた以上に強い力を持っていると。そうだ……そうだよ!俺は、クロムさんにもラスタさんにも勝ったんだッ!!」

「ッ!」

「アハハハハハハハハハハッ!!勝ったァッ!!勝ったんだァァァァッ!!」

 月に向かってミナトが吠える。

 拳を握り締め、身体を震わせ、瞳を爛々と光らせながら。

「アハハハハ!!やっと……やっとだ……!これで俺の存在が、やっと……!!誰よりも意味を持った……!!」

 ミナトの目に涙が溢れ、滴り落ちた。

「ミナト…………⁉」

「これで俺もアンサラーだ!皆が……皆が俺を、認めてくれるんだ…………!!」

「違う……」

「………………は?」

「あなたは……ッ、アンサラーでは、ない…………」

 異常な歓喜に震えるミナトを、ラスタが否定する。

「アンサラーとは……ッ、理想を、持つ者。けれど今のあなたは……力に酔い、自分を満たすことしか考えていない……」

「ラスタさん…………?」

 ミナトの笑みが、歪む。

 先程まで空に吠え、喜びで満たされていたその顔が、怯えを見せながらラスタへ向けられる。

「赦されたいと願っているだけのあなたに……ッ、何の理想が……あるというのですか…………」

「何で――何で、そんなこと言うんですか…………?」

 剣が、ミナトの手に連なって震え出す。

 零す涙の意味も、徐々に変わっていく。

「あなたは決して。アンサラーには、なれない…………!」

「………………」

 ミナトの顔から、音が消えた。

 血の気が引き、口が開いたまま動かない。

 呆然と立ち尽くし、そして――。

「お前は誰だ…………?」

「ッ⁉」

「ラスタさんは俺を理解してくれた……ラスタさんなら、今の俺だって認めてくれるはずなんだ!お前なんかが、ラスタさんである訳がないッ!!」

「ッ!」

 ミナトはラスタに駆け寄り、ラスタの肩から剣を引き抜いて振り上げる。

「消えろイレイノムがァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 ミナトが凶刃を振り下ろそうとした刹那――。

「ウグッ…………!!」

 ラスタがうつ伏せから仰向けになり、使える片手を支えにして繰り出した蹴りで、ミナトの眉間に足底を叩き込んだ。

 衝撃で体勢を崩し、ミナトはそのまま仰け反って後退る。

「ウッ、ウゥ…………ウアァァァァァァッ!!」

 目元を押さえ、錯乱した様子で白刃をがむしゃらに振るい続けるミナト。

 しかし、振れば軌道が歪んで必中であるはずの白刃は、ただ直線的に空を裂くだけ。

 高速移動すら、起きない。

 必中も、高速も、狙いがあってこそ。

 定まらなければ成立しない。

 ラスタの目潰しは、剣を無力化する為に選び抜いた、唯一の反撃だった。

 ラスタは片手で槍を短く持ち直し、ミナトの背部に回り込んで密着し――。

 迷い無く、喉元に刃を添える。

「あ、あぁ…………」

「……………………」

「どうして…………俺を認めてくれないんですか?」

「あなたには……人のまま、強くなって欲しかったからです――」



「ごめんなさい」



 ラスタは静かに言い、ミナトの喉元を切り裂いた。

 膝が折れ、切り口から溢れ出す鮮血――。

「――ァ…………ガッ…………!」

 赤黒い泡が喉から溢れ、擦れた呼吸が漏れた。

 ミナトは呻きながらも振り向き、震える指先をラスタの方へ伸ばす。

「ウオォォォォォォォォッ!」

「ッ!」

 建物の影から1人の男がコンクリ片を高く掲げて、ミナトの背後に迫る。

 ミナトが殺めた、女性の父親――。

「ラ、ス…………タ…………さ――」

 ミナトはそれに気づかず、ただ目の前に立つラスタへ最期まで縋りながら――。

 男によって頭をかち割られ、倒れ伏した。

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