寄す処 ⑥
ミナトは切先を俺達に向けて腰を深く落とし、地を蹴った。
「ッ⁉」
速い――!
中距離だった間合いを、息を呑む間も無く一瞬にして詰められた。
白の切先が、風鳴りと共に俺の喉元へ迫る。
咄嗟に槍の柄で突きを受け流すが――。
「ウッ……!」
突進の勢いのまま突き出した肩を胸部に打ちつけられる。
俺の体勢は崩れ、コンクリートに背を擦りながら倒れ込む。
「グゥ……カハァッ…………!ハァッ……ハァッ…………!!」
肺から一気に抜けた空気と体勢を整えている間に、ラスタとミナトは既に刃を交えていた。
白い閃光の如く振るわれる剣。
ラスタはそれを読み切り、槍の滑るような動きでミナトの猛攻を受け止めていく。
力量は互角、そう思ったが――。
「……⁉」
剣と槍が幾度も交差する中で、俺は何かミナトの剣に違和感を抱いた。
直接対峙しているラスタは、より感じているだろう。
ミナトの振るう剣が、必ず当たることに……。
「エエアァァァァッ!!」
剣がラスタの顔を一直線に狙う。
ラスタはそれを回避し、反撃に転じようとするが――。
「ッ!」
振り抜かれたはずの剣が、突如として軌道をねじ曲げた。
横薙ぎへと変化した白刃が、ラスタの首筋へ襲い掛かる!
「ッ…………!」
金属のぶつかり合う甲高い音が夜の街に響き、火花が一瞬、2人を照らす。
ラスタは反射的に槍の柄で受け止めた為、どうにか直撃を受けずに済んでいた。
ほんの一瞬でも遅れていれば、彼女の首が飛んでいた。
「どうなっている…………⁉」
「不思議ですよね。だって振れば必ず当たるんですから……!」
あの変則的な一撃は人間の振れるものじゃない、明らかに剣自体が動き出してラスタを攻撃していた。
ラスタは巻くように剣を受け流し、後退する。
奴の攻撃を喰らわずに済む方法は、受け止めるか受け流すしかない。
単純な接近戦なら厄介な能力だ。
けどこっちだって、握ってるのはただの槍じゃない。
――漸く準備が整った身体を起き上がらせ、ミナトに迫る。
ドグマ・バーストは調子を鑑みるに、後1回は使えるだろうが、使い終われば間違い無く戦闘不能になってしまう。
なら、チャンスまで温存して――。
「ッ!」
「ハァッ!!」
石突を鋭く突き出す。
ミナトは余裕の笑みを浮かべ、槍の突きを斜め上へ、容易く剣で上げて流す。
だがこの突きは囮、本命は――。
「本命は下からの斬り上げですか」
「ッ⁉」
読まれていた。
ミナトに穂先の首を掴まれ、ミナトの言う通りに下からの斬り上げを喰い止められる。
勝ちを確信としたばかりに白い剣が大きく振り上がる。
だが――。
「これも囮だ」
「ッ⁉」
黒塊弾を穂先から発射する。
ミナトの片足に命中させ、その場で片膝立ちになったミナトの顔面へ、前蹴りを喰らわした。
鼻の潰れる音と共に、ミナトの頭部が激しく後方へ仰け反って倒れた。
「……………………」
ミナトは鼻血も気にせずゆっくりと、平然として立ち上がる。
俺は構わず、追撃の黒塊弾をミナトへ放ち続ける。
人間の身体である限り、黒塊弾の一発一発は有効打にならない。
だが、それはダメージの話だ。
連続する衝撃で、ミナトの歩みはよろけ、まともに前へ進めていない 。
狭い間合いに持ち込めなければ、奴の強みは活かせない。
なら、こっちはその間合いを与えないだけだ。
こうやって中距離からミナトのペースにならないよう抑え続け――。
ラスタの直接攻撃で倒す――。
「行け、ラスタッ!」
俺の声を合図にラスタが駆け出す。
彼女もまた黒塊弾を連射し、ミナトの動きを完璧に封じたまま、一直線に間合いを詰めていく。
逃げ場のない弾幕。
鳴り続ける炸裂音と、前方からの圧。
ミナトの身体は揺れ、片膝のまま耐えるのがやっとだった。
「これで終わらせる…………」
ラスタは低く身を沈め、大きく踏み込むと共に――。
槍を一直線に走らせた。
今の状況で、この一撃を躱すことは不可能。
これでミナトは――!
「ッ⁉」
空を切る音が、耳に響く。
ラスタの突きは――。
空振りに終わっていた。
なぜだ⁉
あれ程の衝撃に晒され、膝を付いていたミナトが。
どうして、あんなにも離れた後方の地面に、無傷で立っている。
……その場の空気が冷たく感じるのは、俺が彼に恐れを抱いているからか。
「驚きました?俺の奥の手」
「奥の手…………?」
「この剣って振れば必ず当たるでしょう?だから、遠くの場所へ目掛けて剣をちょっとでも振るえば?」
「その位置に剣が移動し、あなたもそれに引っ張られることで、疑似的な高速移動を行える…………」
「流石ラスタさん、正解です。じゃあ――」
「これを俺がフルに活かしまくればどうなるかも、分かりますよね……?」
ミナトが、剣を軽く横に振った。
刹那――。
その姿が、激しい風圧の残響だけを残して消えた。
横に行ったのか⁉
しかし、振った先の景色にミナトの姿はない。
どこに…………!
「クロム!後ろにッ!!」
ラスタの声が響く。
俺の後ろ?
声の情報だけは頼りに、振り向いた先――。
「ッ⁉」
白刃がもう、俺の命を獲りに掛かっていた。
思考が悲鳴を上げる。
全身の筋肉が同時に硬直し、視界が細くなる。
――それでも。
俺の腕は勝手に動いていた。
咄嗟に槍の柄を、下ろされる刃の進路へ滑り込ませる。
金属と金属がぶつかる、甲高い衝撃音。
手にしていた感覚が、肘の辺りから一気に痺れていった。
「ッ――あぐ、う……ッ!」
肩に激痛が走る。
刃の威力は、槍を通して関節ごと軋ませ、肉と骨に深く響いた。
「クロム……!」
ラスタは黒塊弾を撃ち出す。
しかし弾が届く前にミナトは既に剣を振るい、目にも留まらぬ軌跡で別の地点へ移動していた。
放ち続けるラスタ、俺もそれに続いて黒塊弾を発射する。
剣が必中である限り、どこに逃げようと意味はない。
なら、こっちは撃ち続けるしかない。
何が何でも黒塊弾を当てて、動きを止める以外に勝ちはない。
けど――。
いくら何でも、速過ぎる!
おまけに慣性も重力も無視して縦横無尽に空間を駆け巡っている。
これじゃあ狙い撃つどころか、目で追い切れるかどうかも――!!
「クッ……!」
「ラス――ッ!」
ラスタの背中が白い閃光に切り裂かれ、無事を確認する間も無く、俺の脇腹にも刃が走った。
彼女の背中と、俺の脇腹。
裂かれた周囲の部位が白く染まっていた、痛みはない。
しかし、それは白化で痛覚を失っているからだ。
白化が治まれば、苦痛は一気にやって来るだろう。
いずれ来る絶大な痛み、想像するだけで冷や汗が滲んだ。
今は気にせず戦える、でも長引いてしまえば――。
「クソッ…………!」
どうすればいい。
ミナトに向けて黒塊弾を放ちながら考える。
受ける寸前に身を引けば傷は浅く済むが、勝ちには繋がらない。
大事なのは、あの高速移動を攻略すること。
あれをいかに封じるか、あるいは捉えるかだ。
正直、封じるのは無理だ。
こうして黒塊弾を撃ち続けても一向に当たらないし、ヒット&アウェイに今の俺達は対応出来ない。
ならば、動きを捉えるしかない。
もっと不可能に近いと思えるが――。
「………………」
ミナトの高速移動が始まる時に、剣は必ず振られるんだ。
だったら、そこから位置を予測すればいい。
どんなに小さい振りでも、長い剣は方向を指し示している。
「ラスタ………………」
「………………分かりました」
ミナトの急襲に警戒しながら俺はラスタへ近づき、考えついた策を耳打ちで話す。
ラスタは頷いて了承し、静かにミナトを目で追い掛ける。
「ッ……!」
ラスタの肩に、鋭い衝撃が走る――。
左肩を裂かれた。
ラスタは反射的に跳ね退くが、直ぐに足がもつれそうになる。
だが頼む。
見極めてくれラスタ。
剣の方向、そしてミナトが移動する先の地点を。
そこへ黒塊弾を撃つんだ。
撃ってミナトの動きを少しでも止めてくれれば、俺のドグマ・バーストで一気に逆転出来る!
「クロム」
「ッ!」
「行きます…………」
「――分かった!」
ラスタの構えた槍の穂先に、理気力が収束していく。
ミナトがまた、剣を軽く振る。
その軌道を――。
ラスタは見逃さなかった。
黒塊弾が、発射される。
「…………!」
完璧だった。
あなたが移動した先の地点に黒塊弾は発射されている、タイミングを考えても必ず当たる。
良し――。
俺は直ぐ様、止まったミナトへドグマ・バーストを叩き込むべく、予測地点へ足を踏み出して胸のコアに手を――。
触れ――。
「え?」
予測地点へ一直線で向かっていたはずのミナトが、あり得ない角度に曲がって――。
俺の懐に、迫って来た。
動揺が、脳を凍らせる。
足が、すくむ。
コアに触れ掛けた手も止まって――。
ミナトの白刃が、俺の眼前で軌跡を描き、俺は宙に浮いた。
見えたのは月と、白い剣の輝き。
痛みはない、白化している箇所の痛覚は失われている。
だが、これは戦いにおいて致命的な一撃を貰ってしまったと、理解した。
「クロムッ――!」
地面を転がる中で、気づく。
関係無かったんだ。
剣がどこを向いて振っていようが、飛んで行くのはミナトが狙いを付けた方向だった。
ミナトはそれを俺達に気づかせないよう、今まであえて直線的に飛んでいたんだ。
「俺の勝ち、ですかね」
「…………オォォォッ!!」
「おっと――」
苦し紛れに投げた槍も容易くいなされる。
ミナトは軽く剣を振るって飛来する槍を叩き落とすと、何事もなかったかのように足を進める。
左肩から脇腹に掛けて走っていた裂傷の白化が、じんわりと広がって俺の感覚を失わせていく。
左の腕が、動かせない――。
「全く、意外でしたよ。まさか俺の方が強かったなんて……前のイレイノムの戦いより弱くなってませんか?」
「まだ終わっては――!」
「いいえ。もう終わってますよ。ラスタさん」
そう言ってミナトは剣を逆手に持ち替え、ラスタ目掛けて水平に振り投げる。
ラスタは咄嗟に身を捻って躱し、ミナトへ迫ろうとするが――。
「ッ!?ウァッ…………!!」
独りでに方向転換した剣が、白い残光を描いてラスタの肩を後ろから貫いた。
突き破った刃は、杭の如く地面に突き立ち、彼女の身動きを封じ込める。
「ラスタァッ!!」
「これで、完璧に証明出来ましたよね?俺はあなたに負けない……いや、あなた以上に強い力を持っていると。そうだ……そうだよ!俺は、クロムさんにもラスタさんにも勝ったんだッ!!」
「ッ!」
「アハハハハハハハハハハッ!!勝ったァッ!!勝ったんだァァァァッ!!」
月に向かってミナトが吠える。
拳を握り締め、身体を震わせ、瞳を爛々と光らせながら。
「アハハハハ!!やっと……やっとだ……!これで俺の存在が、やっと……!!誰よりも意味を持った……!!」
ミナトの目に涙が溢れ、滴り落ちた。
「ミナト…………⁉」
「これで俺もアンサラーだ!皆が……皆が俺を、認めてくれるんだ…………!!」
「違う……」
「………………は?」
「あなたは……ッ、アンサラーでは、ない…………」
異常な歓喜に震えるミナトを、ラスタが否定する。
「アンサラーとは……ッ、理想を、持つ者。けれど今のあなたは……力に酔い、自分を満たすことしか考えていない……」
「ラスタさん…………?」
ミナトの笑みが、歪む。
先程まで空に吠え、喜びで満たされていたその顔が、怯えを見せながらラスタへ向けられる。
「赦されたいと願っているだけのあなたに……ッ、何の理想が……あるというのですか…………」
「何で――何で、そんなこと言うんですか…………?」
剣が、ミナトの手に連なって震え出す。
零す涙の意味も、徐々に変わっていく。
「あなたは決して。アンサラーには、なれない…………!」
「………………」
ミナトの顔から、音が消えた。
血の気が引き、口が開いたまま動かない。
呆然と立ち尽くし、そして――。
「お前は誰だ…………?」
「ッ⁉」
「ラスタさんは俺を理解してくれた……ラスタさんなら、今の俺だって認めてくれるはずなんだ!お前なんかが、ラスタさんである訳がないッ!!」
「ッ!」
ミナトはラスタに駆け寄り、ラスタの肩から剣を引き抜いて振り上げる。
「消えろイレイノムがァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
ミナトが凶刃を振り下ろそうとした刹那――。
「ウグッ…………!!」
ラスタがうつ伏せから仰向けになり、使える片手を支えにして繰り出した蹴りで、ミナトの眉間に足底を叩き込んだ。
衝撃で体勢を崩し、ミナトはそのまま仰け反って後退る。
「ウッ、ウゥ…………ウアァァァァァァッ!!」
目元を押さえ、錯乱した様子で白刃をがむしゃらに振るい続けるミナト。
しかし、振れば軌道が歪んで必中であるはずの白刃は、ただ直線的に空を裂くだけ。
高速移動すら、起きない。
必中も、高速も、狙いがあってこそ。
定まらなければ成立しない。
ラスタの目潰しは、剣を無力化する為に選び抜いた、唯一の反撃だった。
ラスタは片手で槍を短く持ち直し、ミナトの背部に回り込んで密着し――。
迷い無く、喉元に刃を添える。
「あ、あぁ…………」
「……………………」
「どうして…………俺を認めてくれないんですか?」
「あなたには……人のまま、強くなって欲しかったからです――」
「ごめんなさい」
ラスタは静かに言い、ミナトの喉元を切り裂いた。
膝が折れ、切り口から溢れ出す鮮血――。
「――ァ…………ガッ…………!」
赤黒い泡が喉から溢れ、擦れた呼吸が漏れた。
ミナトは呻きながらも振り向き、震える指先をラスタの方へ伸ばす。
「ウオォォォォォォォォッ!」
「ッ!」
建物の影から1人の男がコンクリ片を高く掲げて、ミナトの背後に迫る。
ミナトが殺めた、女性の父親――。
「ラ、ス…………タ…………さ――」
ミナトはそれに気づかず、ただ目の前に立つラスタへ最期まで縋りながら――。
男によって頭をかち割られ、倒れ伏した。




