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Seventh Øne  作者: 駿
19/35

寄す処 ⑤

 夜の街。

 灯りはない。崩れたビルの隙間から、灰色の月がぼんやり覗いている。

 瓦礫と鉄骨が陰を伸ばし、道は闇に飲まれていた。

 足音すら吸い込まれるような、静寂の夜に――。

「ミナト君ッ!ミナト君ッ!!」

 俺は彼の名前を何度も叫び続け、何度も周囲を見渡す。

 しかし、一向に見つけられない。

「ラスタ……そっちは⁉」

「…………いません」

 身体能力は俺達の方が上、確実に彼との距離は詰まっているはずだ。

 必ず――。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

「ッ⁉」

 不意に、笑い声が響き渡る。

 俺達の耳の奥まで伸びる笑い声で、空気そのものが狂気を帯びて震えているような錯覚。

 あまりにも、人間離れした声だった。


「……何だ……今の……⁉」

 俺の喉が勝手に震えた。

 吐く息が白くもないのに、体温が一気に下がった気がした。

 足の先から背中へ、冷たいものが這い上がって震え上がらせる。

「クロム……!」

 ラスタが俺を呼び、指で指し示す。

 示したのは、交差点。

 ミナト君がいた。

「ミナト君ッ!」

 ミナト君は俺たちに気づかず、車道の真ん中を不安定に揺れながら歩いていた。

 まるで酔っているみたく、ゆっくりと。

 その姿は、どこか現実から切り離されて見えた。

 俺達は直ぐに彼のいる交差点へ駆け込んだ。

 だが――。

「ッ⁉」

 交差点に到達した時、ミナト君の姿は既にどこにも無かった。

 まるで初めから存在していなかったかのように。

 けれど、それが幻ではないと示す何かが、俺たちの視界にはっきりと残っていた。


 無数に刻まれた、白い斬撃の跡が。


 アスファルトの路面、信号機、壁面、電柱、壁、歩道橋、車体の残骸。

 あらゆる物に、削り取ったかの如く鋭い斬痕が走り、切断されている。

「ここに、いたのは……本当に、ミナト君だったのか…………?」

 ラスタは頷いている。

 こんな質問はするまでもない。

 俺だって見ていたんだ、確かにミナト君はここを歩いていた。

 しかし、これはどういうことだ。

 喉の奥が酷く乾き、冷たい汗が背を伝う。

 風が吹く。

 その風が、ざらりと肌を引っ掻く感覚を残していく。

 俺の中に不安が広がっていく。

「……道の先にも傷が付いている。追い掛けましょう」

「……あぁ」

 俺達は正体を確かめるべく、刻まれた痕を辿る。

 いつ襲われてもいいように最大限の警戒心を持って、息を潜めて足を運ぶ。

 しかし――。

 その警戒心は、次第に焦燥感と危機感に変わり、じわじわと俺の背筋を凍らせる。

 嫌な予感が、足を進める度に濃くなっていく。

 こんなことなど言いたくはない。

 言葉にすれば、もうそれは現実になってしまう気がして――。

 だが、聞いておかなくては。

「ラスタ…………もし、イレイノムの正体が俺達の想像通りだとしたら結界は――!」

「……意味を成さないでしょう」

 それを聞いた瞬間、危険信号が全身から発せられた。

「急ぐぞッ!!」

「はい……!」

 ラスタの声にも、微かな緊張が滲んでいた。

 道往く先々に刻まれた、白く裂けた無数の斬痕。

 まるで導かれるように続いていくこの傷跡は――。

 Dエリアへと向かっていた。




 不安は的中した。

 戻った先のDエリアで、住民達が帰って来た1人の男の元に集まり、たじろいでいた。

 あの後ろ姿は、間違いない。

「ミナト君…………!」

「ッ、クロムさん…………!」

 俺の彼を呼ぶ声に皆の視線が俺に移る。

 彼も、俺が呼んだのだと振り返る。

「ッ⁉」

 変わらない。

 前と変わっていない顔を俺に向けているはずなのに――。

 彼の右手に握られた純白の剣が、彼を変えたのだと直感する。

「どうしたんだ、それは…………」

「いやぁ……信じられないかも知れませんが、道端で拾ったんです。でも、力は本物ですよ」

 そう言ってミナトは、まるで新しい玩具を見せる子供のように、楽しげにその剣を掲げて見せた。

 俺は彼と見詰め合いながら、ラスタと共に住民達の前へ移動する。

「これを握っていると、凄い力が溢れて来るんです。イレイノムだろうと何だろうと全部斬れる…………あぁ、万能感っていうのかな?何て言うか、こう……堪らないものがありますね」

 軽い口調でそう言い放つミナト君。

 その声音には、どこか酔い痴れている響きがあった。

「これがあれば、俺はやり直せるんですよ。クロムさん、分かりますよね?赦されない俺でもこれが使えば――全部、取り戻せる」

「何を言って――」

「だから、見ていてください」

 そう口にする彼の視線が、ふと群衆の中に向けられる。

 その瞬間、俺はぞっとした。

 ――ミナトは笑ったまま、怯えて後退る子供をじっと見詰めていた。

「ここにいるイレイノム達は……俺が全部倒してみせますから――」

「ッ⁉」

 その言葉を理解するよりも先に、身体が反応していた。

 俺は槍を取り出し、構える。

 だが、彼の姿は視界の端に過ぎて――。

「やめろミナトッ!!」

 その叫びが喉を突き抜けた瞬間にはもう、彼は逃げる子供の背中に剣を繰り出し――。

 刺し貫いた。

「ぁ……ぁ…………マ、マ…………」

 子供の身体が、白く染まっていく。

 涙を浮かべる顔を白面に塗り替えられ、形が崩れ落ち、溶けて消えていった。

「アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハッ!やった、先ずは1――」

「ミナトォッ!!」

 口から溢れ出た怒声と共に、ミナトの顔面を殴り飛ばした。

「くッ……くく……くはははははッ……!!」

 地面を擦り、口の端から血を垂らしながら、ミナトは笑い続けていた。

「ッ……!」

 彼の胸倉を掴んで起こし、後方の壁に叩きつける。

 埃と崩れかけたコンクリの欠片が、宙に舞う。

「何笑ってんだよ…………!!」

「ふふ、痛いなぁ。どうしたんですか?突然」

「お前……!自分が何したか、分かってんのか⁉」

「何って、イレイノム退治じゃないですか。可笑しなこと言わないでください」

「あれはただの子供だ!」

「違うんですよ、クロムさん。見え方が変わるんです。この剣を持ってからは、周りの奴らが……全部イレイノムに見えるんです」

 ミナトの笑みが、ゆっくりと濁っていく。

「でも大丈夫。そう見えるってことは、そうなんです。俺には分かるんですよ、何が敵で、何を斬るべきか」

「………………」

 正気のはずがない。

 そんなあり得ないことが本人の中では、揺るがない真実として受け止めているのだから。

「これがあれば俺も価値のある存在になれる。あなたやラスタさんのように、皆から認められるんです…………!」

「お前…………!」

「また、俺に仕事を任せてくださいよ。俺……本当に強くなったんですから、ほら――」

「ッ!グァッ……!!」

「この通り」

 頭を掴まれた。

 視界が歪む。

 握られた頭蓋に万力のような力が喰い込み、骨の割れる錯覚が俺を襲った。

「アァ、ッ、アアアァァァァァァッ…………!!ッ――⁉」

 解こうとする間も無く、身体が壁へと吸い寄せられ――。

 頭が、壁を破った。

 粉塵が舞う。

 コンクリが砕ける、鉄骨が露出し、粉塵と音、そして鈍痛が世界を満たす。

 痛い――!

「ウッ、ッ……グァ…………!」

「アッハハハハハハハハ!!」

 ミナトの笑い声が、頭の中で反響する。

「ッ!」

 ラスタが背後からミナトへ槍を突き出す。

「おっと!」

 完璧な不意打ちに見えた。

 だがミナトに感づかれ、上体を横に逸らすことで躱されてしまう。

 ミナトは横へ跳び、ラスタと少しばかりの距離を取る。

「危ないなぁ。ラスタさんまで何なんですか……どうして2人共、俺の邪魔をするんですか?」

 ミナトは、まるで拗ねた子供のような声音でそう言いながら、剣を肩に担いでこちらを見下ろす。

「…………あなたが変わってしまった原因は、私にある。だから私が、あなたを殺してでも止めます」

 ラスタの放つ言葉は、冷たい決意で覆われていた。

「何を言ってるのか分からないですけど……手合わせだったら喜んでしますよ?それも面白そうだ」

「ラスタ…………!」

 立ち上がり、ラスタの横に並ぶ。

「クロム、彼はイレイノムに憑りつかれています。最早直接止める以外に手はありません」

「…………気絶だけじゃ、駄目なのか?」

「イレイノムに触れたただの人間が、無事だった試しがありましたか?仕留めるしかありません。これ以上、罪を重ねてしまう前に…………!」

「2対1か……でも、いいんですか?イレイノム逃げちゃってますよ」

「…………イレイノムは逃げたりしないんだよ」

「はい?」

「イレイノムは世界を消し去る為の存在、故に逃げる選択などしません」

「お前が殺したのは、掛け替えのない人の命だったんだ…………!お前はまた、人を殺したんだよ!!」

「…………戯言はもう止めましょう。じゃあ、行きますよ――」

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