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Seventh Øne  作者: 駿
18/42

寄す処 ④

 ただ、前へ走る。

 どこまでも遠く、誰もいない場所へ。

 何で、まだ生きているんだ。

 何で、俺は……まだ、こんなふうに、走れているんだ。

 一丁前に足を動かして、腕を振って、呼吸して、涙を浮かべて。

 全部。

 全部、赦されていい訳がなかったのに。

 あの人の顔を、目を、声を、あれだけ真正面からぶつけられて――。


「俺はお前を赦さない、赦すつもりもない。お前がどんな顔していようが、どれだけ汗を流していようが――!」


 そうだ。

 俺は確かに、誰かの人生を終わらせた。

 あの人にとって大切な娘を、家族を、たった1人の人間の未来を。

 くだらない理由で、俺が殺したんだ。

 誰かの手伝いをして、感謝されて、仲良く笑って。

 そんな資格、俺にあるのか?そんなことして、何になる?


 「数え切れぬ犠牲者の上に立つ権利が、アイツにあるはずがないだろうッ!! 」

 「……今すぐこの場で、イレイノムに喰われてくれた方がよっぽど納得がいくんだよッ!!」


 そうだよ、死ねばいいんだ。

 もう俺に生きる意味も価値も――。

「その先に進むことは、お勧めしません」

「ッ!」

 Dエリアと外との境目。

 そこへ足を踏み掛けた時――。

 ラスタさんの声が、俺の背中に突き刺さった。

「ラスタさん、止めないでください」

「…………私は貴方をどうすべきか、分かっていません」

「なら俺の意思を汲んでください、俺は……もう消えたいんです」

「……………………」

「俺はこの世界で、何かをしないこともすることも許されないんです。なら、もう消えるしかないじゃないですか」

「ミナト…………」

「あなたやクロムさんにも、これ以上迷惑は掛けられません」

「私は、お勧めしないと言っているんです…………」

「行かせてください!お願いします」



「やりたいのにやれないってのも、酷な話だろ?」



「それが本当に、貴方のやりたいことですか?」

「…………はい」

「消えたいんですか?」

「はい」

 俺の言葉に、嘘はない。

 ラスタさんも、それを感じ取っているはずだ。

「…………分かり、ました」

「ありがとうございます。あっ――そうだ……これ」

 ポケットに入れていた手紙を、ラスタさんに手渡した。

「こうなるかもってずっと思ってましたから、作業の前にペンと紙を拝借してました。クロムさんに……渡してください」

「………………」

 ラスタさんは何も言わず俯き、黙って俺の手紙を受け取ってくれた。

「……俺も良かったって思いました、あなたと一緒に働いたこと。こんな思いしたらいけないんですけど……思っちゃったのは事実ですから、言わないといけませんよね」

「……………………」

「さよなら」

「…………さようなら」

 結界の外。

 皆の場所から、俺は抜けた。




 俺は、廃墟の間を駆けていた。

 足が荒れた地面を蹴る度、足に重くなって動きを妨げる。

 疲労が残ったままの身体は、まるで鎖でも巻かれているみたいに重い。

 心臓がバクバクと脈打っている。

 けれど、それ以上に、胸の奥の焦りが煩くて仕方なかった。

「どこだ……ッ、ラスタ⁉」

 少し先、結界の境。

 さっきまでミナト君と一緒にいたラスタが、じっと立っていた。

 その場から動かずに、ただ結界の外へ眺めていた。

 俺は全力で駆け寄る。

「おい、ミナト君は…………何だよ、それ」

「……彼が残していきました」

 ラスタは俺を見ずに外を見詰めながら、俺に折り畳まれた紙を差し出す。

 俺は取り、畳まれた紙面を広げる。

 そこには俺に宛てたメッセージがあった。

「貴方に渡してくれと、手渡されました」

「…………行かせたのか!?」

「……はい」

「ッ、何でだよッ!!」

 気づけばラスタの肩を、俺は掴んでいた。

 彼女は、まだ振り返らない。

「ミナト君は死にに行こうとしてるんだぞ⁉分からなかったのか!!」

「……やりたいのにやれないのも酷な話だ、と……貴方が仰っていたので」

「それとこれとは話が違うだろッ!!」

 力一杯彼女の肩を引っ張り、強引にでも振り向かせた。

「ッ!」

 ラスタの目に、涙が零れていた。

 それを見た瞬間、言葉が、息が、止まった。

 普段、冷静な彼女が、初めて泣いていた。

 初めて、彼女の心の奥底を感じ取れた。

「分からないんです……何も――」

「………………」

「教えてください。彼を止めれば良かったのですか…………許せば良かったのですか、責めれば良かったのですか。私から流れるこの涙は一体何なのですか…………」

 声が震えていた。

 今にも崩れ落ちそうなほど、不安定だった。

「俺にだって分からないさ…………でも、俺は人を守る為にアンサラーになったんだ。だからミナト君を見捨てる真似はしない!」

 ラスタは俯いたまま押し黙っている。

「たとえ、ミナト君が望んだことだろうが……俺は止める!」

「しかし、それは――」

「ミナト君の意志は関係ない!俺は、彼に生きて欲しいって思うから追い掛けるんだ!!お前はどうなんだ⁉」

「私…………」

「悔しいんだろ、止めることが出来なくて……だから泣いてるんだろ!!」

「悔しい…………そうか。だから私は――」

 ラスタは、流していた涙を拭い去り、弱くなっていた彼女の顔が、元の冷静沈着な顔に戻った。

 だがその目には、これまでとは違う、確かな熱が宿っている。

「一緒に、ミナト君を止めに行くぞ!」

「はい!」

 ラスタはしっかりと頷き、共にミナト君の捜索をするため、結界の外へと出た。

 俺達は走る。

「ミナト君はどっちへ向かった⁉」

 ラスタは指を差して答える。

「あそこの山の方角です…………!」

「分かった!」

 それ以上の会話は無く、俺達は黙々と一直線に進み続ける。

 同じ方向を見詰め、同じ目的を持って行動する。

 前と変わらないはずなのに、今は――。

 どこか、違っている気がした。




 どれくらい歩いただろう。

 気づけば、もう人の気配はどこにもなかった。

 アスファルトの道路、枯れ草の上を踏む音だけが、自分の存在を証明していた。

 俺が今いる場所に、安全地帯はない。

 いつイレイノムが現れ、自分に襲い掛かって来るか分からない状況だ。

 分かっている。

 だからこそ俺は、歩いているはずだった。

 なのに――。


 戻りたい。


 そんな思いが、ふと過ってしまう。

 違う、違う、そんな訳ない。

 覚悟はした。

 今更、何を期待してる。

 許されないのに、もう2人に顔など持ち合わせていないのに。

 でも……。

 クロムさんは、何も知らずに俺を助けて、俺に仕事を託してくれた。

 ラスタさんは、何も言わずに手紙を受け取ってくれた。

 眩しかった2人と一緒だった時間。

 あの作業の時間、ただ誰かと肩を並べて、何かのために手を動かしていた時間。

 忘れられなかった。

 それは、俺にとって楽しくて、優しくて、嬉しいものだった。

 だから思い出すだけでも――。

「……馬鹿だな、俺」

 こうして、足が止まってしまう。

 冷たい風が頬をなでていく。

 涙か汗か分からないものが、瞼の端に滲んでいた。

 思っては、いけないのに。

 2人にまた受け入れられたいと、望んでしまう。

 どうしたら俺の行いが赦されるのかと、考えてしまう。

 そんな時に――。

 

 視界の端で、奇妙なものが目に入った。


「剣…………?」

 ほんの十数メートル先。

 崩れかけた歩道の脇に、古びた一振りの剣が不自然にも突き立っていた。

 西洋の物語にでも出てきそうな、古風な意匠を柄に拵えた剣。

「何で、こんな物が……」

 どうしてかあの剣から目が離せない。俺の足は自然と剣の方へ進んだ。

 捨て置くことも出来たのに。

 けど何故か、あの剣に惹きつけられてしまう。

 突き刺さったまま、誰にも拾われずにあるそれが――。

 まるで、俺だけを待っていたかのように見えた。

「……………………」

 歩く。

 一歩、また一歩と近づく度に、胸の奥がざわついた。

 鼓動が速くなる。息が荒くなる。

 あの剣を見てから何かが、俺の中で目を覚まし始めていた。

「……ッ」

 間近に迫った瞬間、俺は震えた。

 この剣から発せられた熱い振動が、俺の身体を撫でたからだ。

 俺は理解した。

 この剣には間違いなく、力があると。

 ただの金属ではない、ただの武器でもない。

 言葉も発さず、動きもしないのに。

 手を伸ばせば、自分を変えてしまう程の何かを得られると確信出来た。

 証拠も、根拠も、何もいらなかった。

 頭ではなく、心臓が、それを知っていた。

 何かを殺す力。

 何かを守る力。

 何かを変える力。

 自分にはないものが、確かに剣にある――。

「……………………」

 あの戦いを思い出す。

 イレイノムから皆を守り、撃破して、感謝される姿を。

 もしこれを握って、剣が俺に力を与えてくれるとしたら――。

 俺はもう一度、人の為に何かが出来るかもしれない。

 そんなことは許されない、きっと救われようとする偽善だ。

 でも――。

 全ての人生を引き換えにして偽善を成し続ければ、本当の善になったりはしないだろうか。

 そんな都合の良い理屈が、あり得ないことぐらい分かっている。

 けれど、それでも。

 この剣を前にした俺にはもう、何もせず消える選択は出来なくなっていた。

 指先が、柄に触れる。

「ッ!」

 正体の掴めない振動が、心の奥で震えた。

 感じたことのない体内の感触に、鳥肌が立つ。

 この剣を抜けば、俺は今のままでいられなくなるかもしれない。


 いいのか、本当に?


「はっ…………!」

 一瞬、躊躇し掛けていた自分を笑う。

 今のままではいられない?

 今の自分に、価値などないじゃないか。

 指に力を込める。

「――――――ッ!――ナ――ッ!!」

 遠くから、誰かが叫んでいた。

 喉が裂けそうなほどの必死な声。

 風に流され、それでも耳の奥に残る音。

 でも、構わなかった。

 俺はただ静かに、剣を抜いた。

「………………ァ……………………」

 全てが――。

 白い靄に、飲まれていく――。

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