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Seventh Øne  作者: 駿
17/33

寄す処 ③

 Dエリアの外れ。

 白く染まった建物の残骸が並ぶ、その場所は、誰も近寄らない空間だった。

 地面も壁も、あの触手のような蔓に覆われた痕跡がくっきりと残っていて、生々しいというより――。

 もう、現実の外側にあるようだった。

 言葉では表しようのない、冷たさがあった。

「ここなら誰も来ないでしょう………………話してくれますか。貴方と先程の男のことを」

「…………4年前、火を付けたんです。通ってた中学の体育倉庫に」

 ラスタさんは反応を示さず、ただ聞いていた。

「少し焼け跡を付けてやろうと思ってたんです。俺、学校では1人で……勉強も運動も何1つまともに出来なかった。だから、事件を起こしたら――」

 余りに下らない自分の動機に、口が止まってしまう。

「大物になれるんじゃないかって考えたんです。馬鹿ですよね、本当に…………」

「……………………」

「でも、火は俺の思っていた以上に燃え広がって、備品整理で中にいたあの人の娘……朝倉ユイさんを俺は、この手で…………」


「助けを呼ぶ声も、放課後で一早く気づける人がいなかった。俺は火を付けた瞬間にあの場から逃げていて、あんなことになっていたのも俺は知りませんでした……!!」


 視界がにじんでくる。

 涙じゃない。

 けれど、目の奥が焼けるように熱い。

「煙が校舎に立ち上っていくのを、俺はただ遠くから眺めてただけだったんです。それで翌朝になってから、名前を聞かされて――」

 思い出す。


 教室で、教師が静かに言った。

 「……残念ながら、朝倉ユイさんは昨夜、火災によって命を落とされました」

 その瞬間、教室の空気が凍ったのを今でも覚えている。

 皆、どこか遠くの出来事みたく感じて、誰もが信じられないといった顔をしていた。

 けれど――。

 俺だけは、違った。

 全身の血が引いた。背中が汗でぐっしょり濡れていた。

「えっ」

「うそ……」

「まじで……?」

 そんな声が教室のあちこちで上がっていたけれど、俺の耳には届いていなかった。

 頭の奥で、ずっと同じ言葉が反響していた。

 ――俺が、殺した。

 俺が付けた火で。

 俺が気持ち悪くニヤニヤしながら、誰にも見つからなければいいと願って。

 でも、燃えたのは備品だけなんかじゃなかった。

 失われたのは、取り返しのつかない1人の命だった。


「誰かがいるなんて思ってなかったって、大事にするつもりはなかったって……全部、言い訳だって分かってます!本当に最低だ。俺は、最低なんです…………!!」

 胸の奥に溜まっていたものが堰を切って、溢れて、止まらなかった。

 言葉にする度に、自分がどれだけ馬鹿なことをしでかしたかが、改めて突き刺さる。

「俺、それから何も考えられなくて。学校にも通えなくて……何日も経ってから、自首しました。自分の足で交番に行って、全部……言いました。嘘ついたって、意味がないと思ったから……」

「……………………」

「でも、少年だったから……保護処分で済んでしまいました。そりゃあ父親も恨みますよね、家族の命を奪ってるのにこれで社会的に済んでしまったら…………」

 ラスタさんは最後まで、何も言わずに聞いていた。

 反応を示さず、責めることも、庇うことも、しなかった。

「…………これが、顛末です」

「……話は、理解しました」

 ラスタさんは静かにそう言ったきり言葉は無く、視線を外さずじっと俺を見ていた。

 俺も、ラスタさんに何も言えなかった。

 頭に浮かぶ言葉は、全て口に出すものではないから。

「正直に言って、私は貴方に何を言えばいいのか分かりません。判断が出来ません」

「………………」

「私はアンサラーを導く立場であり、常にクロムの行いの手助けに努めて参りました。正しき行いを見極め、時に諌め、時に背を押す…………それがエルダーの役割であると、私は思っています……ですが――」

 

「今、私は貴方の行いをどう評価すればいいのか…………分からないんです」


 風が吹いた。

 廃墟の間を通り抜ける、冷たい風。

 でも、ラスタさんの声はその風に掻き消されることなく、はっきりと届いていた。

「貴方のしたことは、間違いなく取り返しの付かないことです」

「…………はい」

「けれど、貴方がその過ちに向き合おうとしているのも……また、事実です」

「………………」

「申し訳、ございません」

 彼女の目は、変わらず俺を見ていた。

 彼女の言葉に何1つ偽りはないと分かる。

 自分の抱いている考え全て、俺に話してくれているんだ。

「ただ――」

「?」

「私は……貴方と今日、一緒に作業が出来て良かったと思っています」

「ッ!」

「そして、貴方が一生懸命であったことを私は……確かに見ていました」

「…………ありがとうございます」

 その言葉だけで、胸の奥がじんと熱くなった。

 誰にも許されることのない俺が、それでも何かに向かって進もうとしていいのかもしれないと――。

 少しだけ、そう思えた気がした。




「んん……………………」

 目が覚めた。

 窓の外に差し込む光は赤みを帯び、辺りには静かな風の音が漂っている。

 太陽はもうほとんど落ちかけていた。夕方というには遅すぎて、夜というにはまだ少し明るい。

「……もうこんな時間か」

 寝落ちしていたらしい。

 枕代わりにしていた腕が痺れていて、ゆっくりと体を起こすと、ずっしりとした疲労感が背中から残っている。

 けれど、それ以上に心配だったのは。

「作業は……もう終わってるかな」

 ラスタとミナト君の姿がふと、脳裏に浮かぶ。

 ラスタの奴は、妙なことをしていないだろうか。

 まぁ杞憂だろう、というか杞憂であって欲しい。

 ミナト君も俺の代わりにと、張り切り過ぎていないか心配だ。

「様子見るか…………」

 ちょっとは回復したし、まだ終わってないなら手を貸さないとな。

 ドアを開けると、夕暮れの空気が肌に触れた。

 日が傾き、地平線の彼方を朱色が染めている。

 車から降り、足元のアスファルトを踏み締める。

「おっ」

 目に入ったのは、きっちり並んだテントの列だった。

 必要であろう数の仮設住居が、すべて完成している。

 本当に112人力発揮してくれたのかもな、ちゃんと2人に礼を言わないと。

 しかし――。

 軽く見渡してみたが、あの2人の姿が見当たらない。

 それに、空気が変だ。

 作業が終わって寛いでいる感じは無く、むしろどこか緊張感が漂っていた。

 誰かが笑っている声はない、叫んでいる声もない。

 ただ、人々が沈黙のまま、何かを避けるように視線を交わし合っていた。

 小声で何かを話している者もいたが、近づくにつれて皆沈黙し、俺の顔を覗いている。

 何かがあったことは、否が応でも察せられる。

 俺はその原因を問いただそうと、住民達に近づこうとした時――。

「クロムさん……」

「?」

 1人の中年の男性に、呼び止められた。

「霧島ミナトを連れて来たのは、アンタだよな……」

「…………」

「そうなんだろ?」

 何だ?

 言葉に棘はないのに、鋭い。

 まるで、深く研がれた刃物を突きつけられているようだった。

 はいと答えてはいけない空気が、この人から滲み出ている。

 だが、事実に嘘はついても仕方がない。

「……そうですが――」

「なぜあんな奴を連れて来たんだッ!!」

「ッ⁉」

 左肩を強く、掌で叩かれた。

 ぐらりと身体が揺れる。

 殴られた訳じゃない、けれどこれは重い怒りが乗った力だった。

「一体、どう言うことですか……?」

 周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。

 沈黙。

 しかしそれは無関心ではなかった。

 この事態がどうなるか見届けるように、全員が俺と彼を注視している。

「霧島ミナトは……俺の娘を殺した奴だ」

「――え?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 耳に届いた言葉は、あまりに重いものであった。


 ミナト君が――。

 人を、殺した。


 その意味が頭に染み込むまでに、数秒を要した。

 血の気が引いていく。足先が冷たくなっていく。

 息を呑む音が、周囲のあちこちから聞こえた。

 ざわめきが、さざ波のように広がる。

「やっぱり、あの子…………」

「さっきまで、普通に一緒に作業してたのに……」

「人を殺したって……そんな……」



 男の目。

 そこには確かに、怒りだけではなく深い悲しみが宿っていた。

「俺の娘の名前は、朝倉ユイ。14歳だった」

「………………」

「中学の体育倉庫で、火災に巻き込まれて死んだ。犯人は霧島ミナト。そいつは火を付けて逃げたんだ!」

「そんな……⁉」

 今までの彼の振る舞いが、脳裏に次々と浮かぶ。

 確かに彼は俺とラスタをナイフを使って脅迫した、でもそれは極限状態だったことが原因だ。

 その後は違う。

 俺に恩を返したいと一生懸命で、真っ直ぐだった。

 そんな彼が――。

「……………………!」

 自分の呼吸が、自然と浅くなっているのが分かる。

 心のどこかで嘘だと叫びながらも、けれど男の言葉に嘘の響きを感じず、本当だと分かってしまう。

 目の前で泣きそうなほど顔を歪める父親の姿が、何よりの証明だった。

 それは俺にとって、痛い程――。

「……分かります。あなたの怒りも苦しみも……俺には、分かるつもりです」

 言葉が震える。

 これは恐らく、この人にとって言ってはならないことだ。

 けれど、それでも前に出た。

 真正面から、父親の怒りを受け止めながら、俺は言わなければならない。

「でも……俺たちは今…………生き残ることすら、約束されていないんです」

「……ッ!?」

「この集落から一歩でも外に出ればイレイノムに襲われ、消え去ってしまうかもしれない!俺達が今いるのは……そういう世界なんです」

 自然と、声が少し大きくなった。

 自身の内にある躊躇いを、掻き消したくて。

「そんな時に……人を責めることだけに時間を使ってる場合じゃない……!!」

「何だと――⁉」

 父親の顔が、歯を食い縛んで歪む。

 拳を握り締め、眼差しの奥に残る熱が更に燃え上がる。

「……じゃあ、お前は!あいつのしたことを、許せというのか……!?」

 突きつけるような声。

 しかし俺は、首を横に振った。

「違います。俺は、ミナト君の過去をなかったことにしろなんて言いません!でも、今だけは手を取り合っ――」

「冗談じゃないッ!!」

「ッ!」

「なぜ、娘を殺した奴と協力しなければならない!やった、生き延びたぞ…………と、共に喜ばなければならないのかッ⁉」

 父親の怒声が集落の空気を裂く。

「可笑しいと思わないか……?」

「………………」

「何の罪もない善良な人々が、どれだけ消えていったと思ってる……⁉どうして人の命を奪った奴が生き残っているんだ……!?」

 何度も声を張り上げて声が掠れている、それでも男は叫んだ。

「数え切れぬ犠牲者の上に立つ権利が、アイツにあるはずがないだろうッ!! それをアンタは……未来のためって理由で、目を瞑れと言うのか…………⁉何様のつもりだッ!!」

「ッ…………!」

「………今すぐこの場で、イレイノムに喰われてくれた方がよっぽど納得がいくんだよッ!!」

「………………………………」

 何も、言い返せない。

 最早俺がどんな言葉を返そうとしても、この人の前では全てが偽善になってしまう。

 でも。

 それでも、俺はミナト君を――。

「ッ!」

 視界の隅に、微かに揺れる何かがあった。

 自然と、目がそちらへ向く。

 夕暮れの中、少し離れた廃墟の陰に、ぼんやりと立ち尽くす2つの影があった。

 ラスタと――。

 ミナト君だった。

 その場所から、声が届いていたのかは分からない。

 いや、彼には間違いなく届いていた。

 この人の怒りと悲痛。

 そして、俺がそれに何も言い返せなかったのを見ていた。

「ッ!」

 ミナト君が、踵を返して走り出す。

 最悪の展開が嫌でも脳裏に過った。

 彼が、父親の言うように――。

 自分を消そうとしているのではないかと。

「ミナト君ッ!!」

 隣にいたラスタが、反射的に彼の後を追う。

 そこに迷いも、躊躇もなかった。

 俺も遅れて走り出すが、足が思ったようには動かせなかった。

 呑気に休みたいと訴える身体を、恨めしく思った。

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