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Seventh Øne  作者: 駿
16/42

寄す処 ②

「ドグマ・コア……?」

「そう。これを付けたお陰で、イレイノムを倒す力を手に入れたって訳」

 クロムさんは、胸元に埋め込まれている結晶体を、コツンコツンと指で軽く叩いてみせた。

「つまり貴方の活躍は私の恩恵があってこそです。お忘れなきよう」

「……まさか、自分だけ褒められなかったことに怒ってるのか?」

「心外ですね。私はただ、貴方にアンサラーとしての使命を忘れて浮かれないようにと、申しているだけです」

「忘れないよ、感謝もする……ありがとうな。お前がいたからこそあのイレイノムを倒すことが出来た」

「当然です。私はエルダーですので」

 クロムさんの真っ直ぐな感謝。

 ラスタさんの返す声は少しだけ硬かったが、その頬には微かに熱が宿っていた。

「クロムは、バディである私に……その、もっと感謝してください」

「…………ありがとうって言葉が、余程気に入ったんだな」

 皆がイレイノム襲撃の処理を行っている間に、クロムさんはイレイノムが入って来られないように結界を張るという。

 俺はそれに付いて行くことにし、こうして3人でDエリアの端まで歩いていった。

「よし着いた。それじゃ……やるかぁ」

 クロムさんはまた黒い槍を生成し、左手でドグマ・コアに触れる。

「ッ⁉」

 空気が、大きく震えた気がした。

 さっきとは違う、戦いで見せたあの黒い流体。

 それが何十倍にも凝縮されてものが、クロムさんの左手に宿っている。

 とてつもない力の強大さが塊に込められていると、本能で感じる。

 左手の黒を槍に流し込み、おどろおどろしく全体に纏わりつかせ、クロムさんは大きく構えた。

 彼の目は、Dエリアの境界線あたりを静かに見据えている。

 風が止んだように感じた。

 呼吸すら憚られる沈黙の中で、クロムさんは槍を地面に深く突き刺した。

「うわッ!」

 次の瞬間、槍から黒い奔流が両側へ走り出す。

 それは液体でも炎でもない。

 でも、どこか両方を思わせるそんな不気味な黒が地面の上を這い回り、二手でDエリアの外縁をなぞっていく。

 その速さは異常だった。

 目を見開いていないと、見失ってしまいそうなほど。

「……これが、結界……」

 クロムさんはただ黙って、槍の柄を握っていた。

 その姿に、俺はまた1つ言葉を失った。

 

 結界の黒い帯が地を走り終え、静寂が訪れる。

 まるで、ひとつの儀式が終わった余韻、それが空気の中に残っていた。

 黒は完全に囲い終わった後、あれだけ激しかったのが噓のように視界から消え去った。

 ラスタさんはイレイノムが境界線に触れた時、再び出現して奴らを弾くのだという。

 そんな結界を作った、当の本人は――。

 ラスタさんの右肩に、担がれてしまっていた。

「大丈夫ですか……クロムさん?」

「言う立場が逆になっちゃったね。でも大丈夫……はぁ…………」

「本当に大丈夫なんですか⁉」

 笑顔は浮かべているが、力無くだらりとしている。

「明日には起き上がって回復しますよ。クロムは……」

「それって無理してるだけじゃ…………」

「ドグマ・コアの力で疲労の解消は常人よりも早いです」

「いいんですかね、それで……」

「……他に問題があるのでしょうか?」

「あっ!」

「?」

 クロムさんが何か思い出したのか、突然とはっと顔を上げた。

「処理の手伝いをしないと……!」

「無理ですって、そんな身体で」

「いやでも、どっちみち明日には回復するから……とことん動いたって――」

「駄目ですって……じゃあ、俺が代わりにやります」

「…………え?」

「手伝うって言ったじゃないですか。恩返し、させてくださいよ」

「分かったって、言ったもんな。じゃあ、お願いしようかな……」

「はい、何でもやりますよ俺!」

「頼りになるな、助かるよ」

「…………」

「ん?」

 ラスタさんが黙々と挙手をした。

「何……その左手?」

「私も、やります」

「……………………えぇ~?」

「なぜ私とミナトで、え?の語感が違うんですか」

「いや、だって――」

 俺に目線を送って来るクロムさん。

「彼女、ちょっと浮世離れしてるからさぁ…………」

「ミナトに耳打ちで伝えても、こっちには聞こえてますからね」

「いッ!?」

「でも、ラスタさんが手伝いをしてくれたら……百人力だと思いますよ」

「勿論。いえ、100を超えて112人力の働きをして見せます」

「……じゃあ112人分、頼りにするよ」

「その分の感謝を忘れずに」

「ミナト君、何かあったらフォローよろしく」

「あっ、はい……頑張ります」



 クロムさんを車の中で寝かせてから、俺とラスタさんはDエリアの人達の作業に加わった。

 処理は過酷だった。

 白化した区域に近づかないようにロープを使って区画線を引く。

 その区域から辛うじて無事だった工具や食料、建築資材を掘り出す作業。

 特に大変なのは、新たな住居の建設だ。

 白化被害は区域の中心部、つまり住居が密集していた場所を直撃した。

 結果、仮設住宅を作らなければならない数も多い。

 Dエリアに存在している建築材では到底足りず、クロムさんの車に積んであるシートを引っ張り出し、テントへと仕立てる。

 居住というにはあまりに簡素だが、それでも風と夜露を凌ぐには充分だった。

「はぁ、はぁ…………」

 垂れる額の汗を手の甲で拭う。

 ブロックや廃材をペグ代わりにし、ロープをはとめに通して張り、支柱をテント内部に立て、完成させる。

 少し離れた場所では、ラスタさんが黙々と作業をこなしていた。

 俺の3倍、いや5倍の速度だ。

 しかも疲れた素振りひとつ見せず、誰よりも無駄のない動きで、黙って手を進めている。

 少しやり方を聞いただけで、あのそつの無さだもんな。

 凄い、本当に。

 クロムさんはああ言ってたけど、心配なんて無かった。

「あの人凄いよねぇ…………」

 近くでロープを結んでいる初老の男性が呟く。

「手際がまるで職人だよ。どこで覚えたんだろうな」

「それに、ずっと黙ってるけど……嫌な感じが全くないのが不思議」

「俺なんか、張り方間違えてたら直ぐに直してくれてさ。手早いし、力もあるし……ほんと助かるよ」

 彼女についての会話がぽつぽつと広がっていく。

 そんな声に混じって、誰かが小さく言った。

「クロムさんだけじゃなくて……あの人も、いてくれてよかった」

 ラスタさんはその声が聞こえているのかいないのか、変わらず手を動かしている。

 けど、ほんの少しだけ、彼女の口元が柔らかくなっていたような……。

「………………」

 俺も頑張らないと。

 ラスタさんに注視していて止まっていた、重し運びを再開する。

 両手で掴んだブロックは重く、腕が震える。

 だけど、もう手を休めたくなかった。

 あんな風にはなれないかもしれない、それでも目の前にある仕事くらいはちゃんと終わらせたい。

 一歩でも俺は、前に行きたいんだ。

 そうすれば――。

 あの人達が見せてくれた光に、近づけるかもしれないから。

「はぁ、はぁ…………!」

 次のブロックを掴もうと、手を伸ばした時だった。

 不意に、そのブロックがすっと持ち上がった。

 驚いて顔を上げると、ラスタさんが無言のままこちらを見ていた。

 無表情。

 けれど、どこか柔らかく目で俺を見詰めて。

 「…………お疲れ様です」

 ぽつりと、それだけを俺にそう言って共にブロックを運んでくれた。

 その言葉は不思議と胸の奥に染みこんでくる。

「……ありがとうございます」

 それしか返せなかったけど、自然と笑みが零れた。


「あいつ、間違いない……………………!」


 作業を終えた頃には、日が傾き始めていた。

 長く伸びる影がアスファルトを斜めに横切り、空には茜色の光がほんのりと滲んでいる。

 仮設のテントはどうにか形になった。ロープの張り具合も問題ない。

 風が吹くたびに、シートがぱたぱたと軽く鳴っている。

 俺の身体にも汗ばんだ肌をなぞるように、吹き抜けていく。

 置いてあったパイプ椅子を引き寄せて、腰を下ろした。

 荒くなった息を整える。

 横を見るとラスタさんも無言のまま、パイプ椅子を広げて隣に腰掛けた。

 姿勢は相変わらず整っていて静かだった、息も上がっていない。

 でも薄汚れた指先から、一緒に作業をやったのだと実感出来る。

「……風、気持ちいいですね」

 ぽつりと呟いた俺の言葉に、隣に座るラスタさんが静かに目を向ける。

「……風の強さや向きは分かります。でも気持ちいいという貴方の意味は、まだ正しく理解出来ていない気がします」

「そうですか。でも、何ていうか……」

 俺はうまく言葉に出来ず、視線を空に逃がした。

 雲が、うっすらと伸びている。

「たぶん……全部やり終えた後に、吹いてきたから、余計に気持ちいいんです」

 息を吐きながら、言葉が自然と出た。

「気持ち良さなら……私は温泉に入った時に感じましたね」

「温泉!?」

「えぇ、あの肌が直接温まっていく感覚は存外に快かったです」

「温泉なんて、まだ残ったんですね」

 そんな談笑を交わしていく中――。


 ふと、空気が少しだけ変わった気がした。


 視線が向けられている。


 無意識に背筋が強張った。

 ゆっくりと顔を上げ、辺りを見回す。

 少し離れたところに、1人の男が立ってこちらを見ていた。

 ラスタさんじゃない。

 明らかに俺を一点に睨みつけている。

 誰だ?

 思わず、目を細めた。

「ッ!」

 でも次の瞬間、全身から血の気が引いた。

 視線の先のその男を、俺は知っている。

「ミナト…………?」

 男が、ゆっくりと歩いてきた。

 ただそれだけなのに、心臓の音がうるさくて仕方がなかった。

 喉が焼けついたみたいに、呼吸が詰まっていく。

 足音が近づいてくる。

 一歩、また一歩。

 俺は、俯くしかなかった。

 目を合わせる勇気が出なかった。

 風は、止んでいた。

 さっきまで頬を撫でていた心地良かったそよ風が、いつの間にか途絶えていた。

 汗が、止まらない。

 どこか暑い訳でもないのに、首筋から背中までじっとりと濡れる。

 手の平も、呼吸も、自分の存在すら、全部が重たくて、苦しかった。

「………………」

 その足音が止まり、ほんの数秒の沈黙が落ちた。

 足が見える。

 俺の眼前にまで歩み寄り、俯く俺を見下ろしている。

 彼女の、父が。

「霧島ミナトだな」

 その声は低く、乾いていて、抑えた何かが滲んでいる。

 怒鳴り声じゃないのに、全身が震えた。

 真っ直ぐに突き刺さってくる言葉だった。

「俺の顔を知ってるんだな」

「………………はい」

 声が掠れた。

 喉の奥が震えたまま、どうにか絞り出した返事だった。

「まさか、こんな所で会えるとは思わなかったな。お互い」

「………………」

「ヘラヘラと笑いやがって。娘を殺された親が…………人殺しの笑っている姿を見て、どんな気持ちになるか分かるかぁッ⁉」

 怒声が耳を劈いた、その瞬間――。

「ッ!!」

 力任せに俺の胸倉を掴まれ、苦しい力で俺の身体が持ち上がる。

 否応なしに目が合う。

 目の前にあるのは、怒りで紅潮し、目を見開いた男の顔――。

 いや、父親の顔だった。

「何で……お前みたいな奴が笑ってられるんだッ!返せ、娘の時間を……笑顔を……!お前に、全部潰されたあの子の未来を返せぇッ!!」

 絶え間ない怒声が周囲へ響く。

 目の前の父親の激情は、周囲の時間を止めた。

「……何があったの?」

「喧嘩?」

「いや、何か……違うぞ」

 近くの住民達が、徐々にこちらに目を向け始める。

 テントの中にいた人達も、外に出て俺達を眺めた。

「ミナトって、あの若い子じゃないか?」

「さっきまで手伝ってくれてたよな……」

「けど、娘を殺したって――え、どういう…………」

 空気が変わる。

 言葉にならない憶測が、その場に立ち込めていく。

 男の手が握り、拳を作って震えている。

「俺はお前を赦さない、赦すつもりもない。お前がどんな顔していようが、どれだけ汗を流していようが――!」

 拳が振り上がる。

 受ける以外に俺の選択など無かった。

 逃げる理由も避ける理由も、ないと理解している。

 でも――。

「ッ!」

 その拳は、空中で止まった。

 振り下ろされるはずだった怒りの塊を、ラスタさんがしっかりと掴んで止めていた。

「貴方の持つ彼への怒りを、私はまだ理解出来ていません。けれど……これは違うと思いました」

「ッ、離せ……!」

「この人は今、何もしていない。貴方に激しい感情があるのは分かりますが、一方的に殴りつけるのは違うと……私は判断します」

 数秒の間、状況が続いた。

 男は押し返してでも俺を殴ろうとするが、ラスタはそれを止め続ける。

 周囲にいた者たちも、言葉を失っていた。

 ただの衝突ではない。

 何か、深い事情があると――。

 俺が男に対して深い怒りに繋がることをしでかしたのだと、誰もが悟り始めていた。

 やがて、ゆっくりと男の手に力が抜けていった。

 拳が、下ろされる。

 男は数歩、後ろへと下がった。

 その顔に浮かぶのは怒りではなく、どうしようもない哀しみだった。

「……笑ってたんだぞ」

 ぽつりと、誰にでもない独り言を言い残して。

 男は人混みの中へ、ゆっくりと背を向けた。

「………………」

 俺はその背中を見送ることしか出来なかった。

 誰も、何も言わない。

 ただ俺と男を交互に見やっていた。

 全てが音のない圧力となって、じわじわと胸を締めつけてくる。

「熱かった」

 ラスタさんが、受け止めた手を見詰めながら、そう呟いた。

「あの方の拳には単純な膂力とは違う、何か……とても強い熱がありました」

「……………………」

「教えてください。貴方と彼に、一体何があったのですか?」

「…………場所を変えてもいいですか?」

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