予期せぬ抑留 ②
「う、んん…………」
「起きたのですね、クロム」
目を覚ますと、向かいのシートにラスタが座っていた。
すっかり夜になって暗くなった車内でも、僅かな月光が窓から差し込んで、彼女の姿を映し出す。
身体に力が宿っている、まだ万全じゃないが十分に動ける。
俺は身体を起こした。
「足の方は大丈夫か、ラスタ」
「はい。この通り――」
「ッ!?ちょちょっ、態々見せなくてもいいって!!」
「そうですか」
全く、危なっかしい奴。
そういえば、眠る前に何かあったような――。
夕飯だ、ラスタが作るって言っていた。
「そういえば、夕飯はもう作ったのか?」
「え、えぇ…………作りはしました」
「おぉ。凄いな!」
なんだ、無事に作れたんだな。
どうなることかと思ったが、良かった。
「上手く作れたか?」
「あの、それが…………えぇと、料理を作ったと言えば作ったということになるのですが……………………」
「?」
何か、珍しく歯切れが悪いな。
視線が俺から外れて、あちこち泳いでるし。
「……………………」
「えっ、ちょっと…………!?」
「……………………」
「おい、何だよ急に!?」
ラスタが突然、俺の袖を引っ張り、何も言わず車の外へと俺を連れ出した。
そしてぐいぐいと、調理の痕跡が見える、置いたランタンに照らされたテーブルの前へ。
「開けてみてください」
「わ、分かった…………!」
ラスタはあらぬ方に目をやりながら、俺に鍋蓋の御開帳を勧めてきた。
「!」
もしかして、サプライズのつもりか。
成る程な。
初めて作った料理なのだから、驚いてみせろってことか。
良し、乗ってやろうじゃないか。
「さぁて。ラスタの初料理、一体どれ程のものか…………見せて貰おうじゃないの」
「……………………」
「どれど――」
鍋蓋を取り、中身を見た。
「…………れ?」
これは、一体。
鍋の中には、潰した野菜の数々がこれでもいう程に、詰め込まれていた。
確認出来るのは、ジャガイモとニンジンとさつまいも、玉ねぎと、ゴボウか。
ハッシュドポテトの内に入るのかな、これ。
鍋の内面には、悪戦苦闘したと見れる焦げが全体的に付いていた。
「……………………」
用意されているスプーンで鍋から料理を1匙程掬い、口に含んで咀嚼する。
「ウッ……!!」
尋常ではない塩っ気!
ラスタ、どんだけ塩を入れたんだ。
その上ゴボウのえぐみが加わっている。
そりゃそうだ。
ラスタはアク抜きなんて知らないし、調味料をどれだけ入れればいいのかも知らないんだから。
「……………………」
咀嚼を続ける。
野菜は柔らかくなったのと硬いままなのが混ざり合っていた。
それに、このジャリジャリとした食感。
もしかして水洗い、してないのか。
あっ、ジャガイモの皮もある。
…………これは、色々と不味いぞ。
「なぁ、ラスタ…………」
「……………………」
「ラスタ。こっち向いてくれないか?」
「……!」
「こら、逃げようとするんじゃないッ!」
逃亡しようとするラスタを、腕を掴んで喰い止める。
それでも、ラスタは俺に顔を合わそうとしなかった。
「すみません。料理について欠片も理解していなかったのにも関わらず、出過ぎた真似をしてしまって…………」
「……………………」
「これからは戦闘のみに専念し――」
「ラスタ」
「ッ……あの、何を…………?」
俺は、ラスタの頭を撫でた。
ぐしゃぐしゃと、髪型が崩れる程に。
無性に、そうしたくなってしまったから。
「ありがとう、ラスタ」
「え?」
「料理を作ってくれてさ」
「しかし、あれでは…………」
「大丈夫!まだなんとかなる…………多分。それよりも俺は、疲れていた俺を気遣って、調理を代わってくれたお前の心が嬉しいんだ」
「……………………」
ラスタの目が、やっと俺の方を向いてくれた。
「料理は、これから好きに覚えればいいんだしさ。楽しくやっていこう、な?」
そう言って俺はラスタと共に、テーブルへと戻って鍋と再び対峙する。
どうにかして、これを食える物に改良しないと。
取り敢えず水を入れて茹でるか。
「…………私がここにいるのは、あくまで使命のためです。楽しくやるなど、許されることではありません」
「…………そうか」
「ですが、ありがとうございます。あなたの感謝の言葉に、感謝します」
「感謝に感謝…………か。じゃあ俺は、ラスタの感謝の感謝に感謝しようかな?」
「なら私は、感謝の感謝の感謝に感謝します」
「だったら感謝の感謝の感謝の感謝に感……って、ははは!終わりが見えねぇって!!」
「ふふ…………そうですね」
ラスタが、食事の時とはまた違う、感情が漏れ出たような笑顔を浮かべた。
普段クールだけど、やっぱりラスタは笑顔がよく似合う。
「……………………」
そりゃあ、俺達はイレイノムと戦うために出来た関係だけど。
お前には――。
戦いだけじゃない色んな経験をして、この世界を楽しんで欲しいんだ。
それを隣で見れたら、俺も楽しいって思えるから。
「さぁ、手伝ってくれよ。ラスタ!」
「はい」
俺はラスタに手伝って貰いながら、どうにか食べられる物に仕上げ、2人で完食する。
食中毒の恐れなどの細かい諸々の問題は、胃でカバーだ。
アンサラーになって、俺の胃も強くなっているはず。
っていうか、そうであってくれマジで。
無事、大量の野菜を完食した俺達は、明日に備えるべく車へ戻り、シートで横になる。
「……………………」
しかし、さっきまで寝ていたせいかイマイチ寝つけない。
今日ほぼ1日、足止めを喰らってしまった分、明日で取り返したいのにな。
「……………………はぁ」
駄目だ眠れない。
一旦、外の空気を吸いに行こう。
シートから起き上がり、車の外へと出た。
「起きていたのですか?」
「眠れなくてさ」
車の直ぐ近くで、ラスタが見張りをしてくれていた。
アンサラーの眠りを守るのもエルダーの務めだと言って、最初の時からずっと眠ることなく、ラスタはやり続けている。
俺は車に背中を預けながら、外の空気を吸い、外の冷たい風を肌で感じた。
「大丈夫か、疲れてないか?」
「はい。問題ありません」
「……………………」
ラスタが寝た所なんて、俺は一度も見ていない。
必要ないと本人は言っているし、疲れた様子も実際ない。
でも、一晩中の見張りをさせていることには、やはり多少の罪悪感が湧く。
せめてラスタに、見張りの最中でもリラックス出来るようなことを教えてやれたら、いいんだけど――。
「ッ!」
そうだ。
「なぁ、ラスタ」
「何でしょうか?」
「綺麗だな、空」
「空…………」
俺は上空を指差し、ラスタに星空を眺めさせた。
煌びやかに光る無数の星々、ラスタの目にさぞ絶景として映るだろう――。
「……………………」
あれ。
あんま、ピンと来てなさそう。
もしかして、何かを見て美しいとか綺麗だとか感じたことがないのか。
「そう、ですね。綺麗…………だと思います……………………」
気まで遣わせちゃってるよ。
「いや、悪い。星を見て気が紛れたらいいなぁって思って、無理に共感しなくてもいいから」
「…………そうでしたか。しかし、不思議な気持ちにはなりました」
「不思議な気持ち?」
「はい。言うなれば…………不定形な何かが、胸の中を満たしていくような」
「充足感、って奴?」
「恐らくは、その感情かと」
「ふ~ん…………」
星を見て充足感を覚えるって、珍しい感想だな。
まぁ何にせよ、彼女の気分転換にはなったようで良かった。
「じゃあ俺、寝に戻るから。お休み」
そう言って車内へ戻ろうとした時――。
「ッ!」
視界の上端で、何かが高速で移動した。
空で走った、まさか。
俺は再び空を見上げる。
「クロム?」
「ははっ、凄ぇ…………!」
見えた物体は既に消失していたが、次は直ぐに来た。
秒速数十kmの宇宙のチリが、空気との摩擦で一瞬の光輝を魅せる、流星。
それが先程に続いて2つ、間違いない。
「見てみ、ラスタ!流星群だ!!」
「流星群?」
「そう!あっ、来た!!」
「…………星が、動いた?」
流石のラスタも、流れ星には少しばかりの驚きを見せていた。
「何座の流星群かは分からないが、まさか流れ星を見られるなんて…………!ラスタ、願い事ごとを言ってみたらどうだ?」
「星に、ですか…………?」
「あぁ。流れ星が出ている間に願い事を3回言うと、叶うんだ」
「願いが、叶う?それは一体どういうことですか?」
「あっ、いや…………誰が言い始めたか知らないけど、昔からそう伝わっている迷信があるんだよ」
「成程。何かしら稀有な現象に、特別な意味合いを付ける。人類の持つ性質ですね」
「達観してるな」
「クロムは、何か願いたいことがありますか?」
「そりゃあるけどさ…………」
沢山ありすぎて何を叶えて貰えればいいか、分かんないな。
「唱えてみるのはいかがでしょう?」
「絶対言い切れないし。お星様も、欲張りな願いは叶えてくれないって」
本当は、虚しくなるだけだから、言いたくないんだ。
どんなに願ったって現実が変わらないのは、よく分かっているから。
「…………」
自分では馬鹿馬鹿しく思ってる迷信を、人に勧めるなんて、嫌な奴だな俺。
さて、珍しいものも見られたし、そろそろ本当に寝ないとな。
眠気もやって来たことだし。
「それじゃあ、お休み」
「はい。お休みなさい」
俺は車に戻り、もう一度シートで横になった。
「……………………」
私は、星を見ている。
夜空に映る無数の星と、一瞬の軌跡を描く流星を。
無根拠の迷信が語り継がれる程、人類が見続けた空を、私も見ていた。
「人と同じ行動を、私は取っている…………」
人を助け、人と言葉を交わし、食物を摂取し、興味本位で星を見上げる。
人でない私が、気づかぬ間に人類と同様の生命活動を送っていた。
愚かなことであるのは理解している、同化したとて本懐を遂げるのに何の意味などなく、むしろ悪影響すらあり得る。
しかし――。
「私との間に、絆はありますか?」
「えっ、そりゃあるだろ」
「……………………」




