予期せぬ抑留 ①
角冠、人間に似た顔と上半身、両手の指先から伸びる鉤爪、ヒクイドリのように頑強に見える鳥類の下半身、そして蠍の尻尾。
Dエリアへと向かう最中の林道で、俺達はこの様々な動物の要素が混在するイレイノムと出くわし、戦闘を繰り広げていた。
「Oooooooooooooッ!!」
「ッ…………!!」
俺達の放つ黒塊弾を、イレイノムはその強靭な脚で飛び越えて躱し、俺の後ろへと着地――。
「ウァッ……!!」
俺を、蠍の尾で払い退けた。
こいつ……振り向く暇もなく、俺の左脇腹に尾を――!
踏ん張れず押し負けた身体は姿勢を保てず、情けなく地面を転げ回り、土に塗れた。
めり込んだ衝撃が、痛みに代わって脇腹に張りつき、俺の顔を苦しみで歪ませる。
ラスタから俺を離したイレイノムは、1人となったラスタへ猛攻を仕掛けていた。
両の鉤爪による突き、腕を全力で振るって繰り出される斬撃。
ラスタは冷静な顔を崩さずこれらを槍で捌くが、防戦一方だ。
俺は痛みに構わず立ち上がり、槍を構えて黒塊弾を発射。
振り上げたイレイノムの右腕に着弾させ、勢いを止める。
ラスタはその瞬間を逃さず、イレイノムの胸目掛けて槍を突く。
しかしイレイノムは、迫る穂を左手の鉤爪の間に差し込ませて喰い止め、針を持つ尾の先端をラスタの左足へと差し向けた。
槍を手放し、後ろへ跳んで尾を避けるラスタだが、針がスカートを裂いて彼女の大腿を掠める。
「オォォォォォォッ!!」
槍が届く間合いにまで辿り着く。
イレイノムは鉤爪から槍を放り捨て、俺の胴へ尾による刺突を繰り出した。
この間合いで瞬時に取れる攻撃手段は蠍の尾、そう来ると思っていた。
俺は半身になって針を躱し、逆手に持ち変えた槍で伸び切った尾を突く。
貫いた槍の穂。
俺は止めず、そのまま地面の土に槍を深く埋めてイレイノムを固定する。
尾は地面に付き、槍で突いた一点を除いて、破れたり引き抜いたりなど出来ない白に染まった。
奴は自身の能力で、抜け出すことが不可能となったんだ。
ざまぁ見せるぜ。
イレイノムが近づいて振り下ろす鉤爪を前転で避けながら、奴が捨てたラスタの槍を右手で拾い、ドグマ・コアを左手で触れる。
左手に宿る、膨大な理気力。
俺は理気力を槍に全て移して穂を、俺の背など遥かに勝る巨大な刀身へと変形させる。
「ウゥゥゥァァァァアアアァッ!!」
俺は弩級の大剣となった槍を両手で強く握り締め、渾身の力で横凪に一閃――。
イレイノムの胴体を両断し、黒く染め上げ消失させた。
「はぁ…………」
戦いが終わった安堵とドグマ・バーストを使った疲労が合わさり、身体がへたり込む。
槍は既に、元の形へと戻っていた。
「大丈夫ですか、クロム」
「あぁ…………」
ラスタがこちらへと、歩いて来る。
「そっちこそ、大丈夫か?さっきの尻尾とか」
「すこし掠めましたが、直ぐに治りますので支障はありません」
「そっか、なら――」
良かったと言い掛けた、その時――。
「ッ!?」
横から突如、小動物のイレイノムが猛然と迫って来た。
ビーバーと酷似したシルエットのイレイノム、ずっと離れて潜んでいたのか。
狙いはラスタであることは、その真っ直ぐさから分かる。
だが、起き上がって迎撃するには間に合わない。
でもラスタなら躱せるはずだ。
ラスタは、イレイノムの突撃を見切って躱そうとする――。
「ッ!」
しかし、ラスタは掠めた足を動かせないのか、倒れてしまう。
倒れたことで突撃自体を回避することは出来たが、イレイノムは地面に爪を立てて、直ぐに方向転換。
再度、ラスタへ迫った。
直ぐに右足のみで立ち上がろうとするラスタだが、イレイノムはその俊敏な足で既に目前。
ラスタへと飛び掛かる。
ラスタは右足で蹴りを出して胴体へ当てるも、イレイノムの勢いは止まず――。
鋭い爪を備えた両手で、出したラスタの足を掴み、ラスタを巻き込んで地面を転がった。
「ラスタッ!」
急いでラスタの元へ走るが、イレイノムの牙はラスタの足に齧りついた。
「ッ…………!」
ラスタは両手でイレイノムを退かそうとするが、イレイノムは足から牙を離さない。
――ふざけやがって。
「離れやがれテメェッ!!」
俺は槍でイレイノムの横腹を突き刺し、上げてラスタから無理矢理離した。
貫かれた状態でも、身をよじらせて暴れ回るイレイノム。
槍を抜いたらこいつは何事もなく動くだろう。
今、確実に潰す!
もう一度左手でコアに触れ、理気力を引き出して槍に移し、イレイノムを刺している穂に集約。
大玉の黒塊弾を作れる程の理気力を、イレイノムへ直接送り込んだ。
イレイノムは、理気力の過大な炸裂と共に、跡形もなく爆砕。
今度こそ、戦闘は終わりを迎えた。
「あっ…………」
覚悟していた瞬間が、俺の身に訪れる。
今ある俺の活力を全て無慈悲に奪い去る、途轍もない疲労。
足が、融通の効かない棒切れへ変わっていく。
立てない――。
膝が崩れる、身体が傾いて落ちてしまう。
「うぅ…………!」
まだ、倒れたらいけない。
俺はそう律し、両手で転倒を止め、産まれたての小鹿の如く震えながらも立ち上がった。
傷ついたラスタを放って、倒れる訳には行かないからな。
「ラスタ!」
「…………動けるのですか?クロム」
「地力が付いてきたからかな、ギリギリだけど。さっ、戻ろうか!」
疲れてるだけの俺より、足に怪我を負ったラスタの方が酷いんだ。
俺が車まで連れて行って、手当てしないと。
俺はラスタを背負い、車までの数十メートルを歩く。
「放っておいて頂いて構いません。傷は自然と治ります」
「そういう訳には行かないだろ。エルダーだろうと何だろうと、怪我したんなら手当てしないと」
疲れてる上に人1人抱えて動くのは、キッツいな。
緩慢に近づいていく中、俺は抱えているラスタの両足を見る。
あの時、ラスタが動けずに倒れてしまったのは、針に毒があったからだろう。
まだ痺れているのか、微かに痙攣している。
左足の方は、食い込んだ爪による傷と齧り付かれた際の傷が痛々しく刻まれていた。
白化しているために出血はまだしていないが、白化が消えれば痛みを共にして流血が始まってしまう。
始まる前に、辿り着けるといいが。
「重くはありませんか?」
「全然、羽毛だと感じるくらい軽いよ」
「羽毛?私の体重は約51kgですよ」
「…………俺なりの配慮を感じ取って欲しいんだけどな」
51kgか。
それであんな強くて速く動けるんだから、不思議だよな。
まぁ、俺もコアを付けて変わったから同じか。
「申し訳ありません」
「え?」
「疲弊しているあなたに、こんな迷惑を掛けてしまって」
「いやいや、いつも助けて貰ってるんだから、このぐらいしないとさ」
俺がラスタに手を貸すことなんて、そうそうない。
いつもラスタに助けて貰って、借りが積もりに積もっているんだ。
返せる機会があるなら、ちゃんと返していかないと。
「もう、離して頂いて大丈夫です」
「嘘つけ。全然足が治ってないじゃないか」
「やはり、あなたに無理をしてまで運んで貰う訳には…………」
「お前を放っておく方が身体に毒なんだよ」
「しかし、これではエルダーとして忍び――」
「水臭いこと言うなよな、バディだろ?俺達。こういう時は、素直にありがとうって言ってくれよ」
「…………そんな言葉1つで、いいのですか?」
「勿論。嬉し過ぎて疲れなんか飛んでっちゃうよ」
「……………………ありがとうございます」
「ッ、よっしゃあ!!」
ラスタからの感謝を糧に、歩みを早めた。
車との距離がぐんぐんと縮まり、あっという間に到着――。
とはならず。
2メートル程で敢えなく減衰し、疲れがより身体を重くする結果に終わる。
「…………ご、ごめん。飛ぶってのはちょっ…………ちょっと、大袈裟…………だった……………………」
「試す真似をしてすみませんでした」
「いや、でも嬉しいのは本当だ。言われるだけで、行動の全部が浮かばれる…………魔法の言葉なんだよ、ありがとうってさ」
「魔法の言葉…………」
ラスタはそう呟き、俺の肩に頭を乗せて何やら思索に耽っていた。
何か思い当たる節でもあったのかな。
――顔近いな。
「あと、これは父さんの受け売りなんだけど。ありがとうには、絆を作る力もあるんだ」
「…………絆?」
「そっ。ありがとうの5文字は、言った側と言われた側との間に信頼を作り出し、既に出来ている人達ならその関係をより強くしてくれる」
確かまだ6歳の頃だったかなぁ、これを教えてくれたのは。
小学校への入学前で、知らない人が多いクラスで友達が出来るか不安がっていた俺に、父さんが言ってくれたんだ。
「だからクロム…………お前は多くの人に、ありがとうと言われる人生を送れ。そうすればお前は絶対、1人ぼっちになんかならない」
「本当!?友達100人作れるかな!?」
「あぁ、出来る!お前は優しい奴だからな!!」
「へへへ!」
…………懐かしいなぁ。
今だと痛感する、父さんが言っていたことが。
家族がいなくなった俺でも、誰かを助けることでまだ繋がりがあるって感じられる。
俺の存在を、認めてくれる。
「クロム」
「ん?」
「私との間に、絆はありますか?」
「えっ、そりゃあるだろ」
ラスタの方からないって言われたら、寂しいけど。
「そうですか…………」
「いつも俺を助けてくれて、ありがとう。ラスタ」
「…………はい」
その後、ラスタは何も言わず黙って俺に運ばれた。
漸く車へと辿り着き、全力を振り絞って車との段差を踏み越し、ラスタを後部座席へ座らせる。
「ッ!」
彼女の足を見ると、既に白化が治まって流血が起こっていた。
早い所、血を塞がないと。
俺は荷物の中から救急箱を取り出し、ガーゼと包帯を手にする。
「それじゃあ巻いていくからスカート、を…………」
「ではお願いします」
「ッ……!?」
ラスタは自らスカートをめくり、傷口を巻きやすいように、その引き締まった美白な足を出してくれた。
普段なら絶対に見せることのない大腿部まで、思い切り――。
「ッ、ッ……!!」
「どうして、自分の頭を叩いているのですか?」
「いや…………なんでもない。じっとしてろよ」
馬鹿か!ガキか!俺はッ!!
無心となって傷口にガーゼを当てて包帯で巻き、手当ては完了。
今やるべきことを終えた俺は、シートへ誘われるように倒れ伏す。
もう、一歩たりとも動く気力が湧かない。
…………瞼も、自然と閉じていく。
使い込まれているシートが、これでもかと言うぐらいに心地良く感じる。
直ぐにでも眠ってしまいそうだ。
「ありがとうございます。クロム」
「おぅ…………」
「夜の食事は私が作りますので。どうぞ、ゆっくり休んでください」
「あぁ、ありが…………え?」
ラスタが、夕飯だって。
作ったことのないラスタが、だと?
ちょっと待て。
大丈夫だラスタ、俺が作る。
少し休めば、ご飯作れるだけの体力は戻るから。
いくらお前でも、経験ゼロで料理作りはちょっと――。
いや、大分不安で、しょうが――。
な、い…………。




