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Seventh Øne  作者: 駿
12/42

奇跡に旅路を ③

「ア……サヒ、ヒ……ヒ………………」

「撃ちます」

「おい、待てッ!」

 俺の言葉を無視し、ラスタは容赦なく黒塊弾を放つ。

 黒塊弾は真っ直ぐ正確に、彼の後頭部へ突き進むが――。

「ッ⁉」

 シュウジは突如、彼の体躯からは予想出来ない程の驚異的な跳躍で背後の黒塊弾を躱し、錆びれた街灯の上に着地する。

「Ooooooooooooooooooooo……」

 シュウジの姿が変貌した。

 身体は軋む音を立てながらやせ細った長身に伸び上がり、全身から生える白の体毛で覆われ、鹿の如くいくつも枝分かれした角が隆起する。


「違う……俺がいたら駄目なんです。皆が、彼女が……危険になる!!」


 まさか彼は、自分でイレイノムになることを知っていて彼女の元から――!

「Ooooooooooooooooooッ!」

 シュウジが跳び上がり、俺の頭上へ落下してくる。

 鋭利に伸びた爪を構えながら。

「ラスタッ!」

 シュウジから渡されたノートを、ラスタへ投げ渡し――。

 槍を生成してシュウジの腕を柄で押さえ、振り下ろされる爪を止める。

「ウッ…………!」

 強い!

 俺の腕が重圧に悲鳴を上げる。

 しかし一瞬でも力を緩めれば、身体が爪に抉られてしまう。

「ッ!」

 真下からシュウジのもう片方の爪が、首元目掛けて突き上がる。

 俺は上体を後ろへ反らし、顎先を掠めながらも彼の2撃目を躱して、後ろへ跳んで競り合いから抜け出す。

 だがシュウジの猛攻は止まらない。

 有無も言わさず再び接近し、また爪で俺の命を獲りに掛かる。

 理性を失い、完全なイレイノムになってしまったか。

「クロム。これをどうすればいいのですか?」

「ッ、アサヒさんに渡してくれ!クッ……きっとそれに、ッ…………この人のメッセージが書いてあるんだ!!」

 彼の攻撃をいなしながら、ラスタにシュウジから頼まれたことを伝える。

 この戦闘で万が一にも消えてしまったら、彼女はもう二度と彼の言葉を受け取れない。

 何としても、届けなくてはいけないんだ。

「頼むッ!!」

「……了解しました」

「車で行ってくれ!消されたら困る!!」

「はい」

 ラスタは手早く運転席に乗り込んで、集落の方へと走った。

 一対一か。

 彼女に君の真意が伝わるまで、俺が相手をしてやるよ。

「Oooooooooooooッ!」

「オォォォォッ!!」

 そうしないと、君も逝くに逝けないだろう――。




「おいおい、またイレイノムが来たぞ!!」

「まぁにいれば大丈夫さ。落ち着いて様子を見よう」

 騒がしくなっている。

 また、イレイノムがやって来たらしい。

 クロムさんが対処しているのだろうか。

 気になって皆が集まっている出入口へ移動し――。

「うわぁ、車がこっちに来るぞぉぉぉぉ!!」

「避けろ避けろぉ!!」

「…………えっ、えぇッ!?」

 クロムさんの車が、猛スピードで集落へ突入してきた。

 皆が避けて開けた道を突き進み、私の元へ一直線にやって来て、寸前で急ブレーキを掛けて横へ傾きながら停止する。

 私の方へ倒れ込むのではないかと、背筋が凍った。

 車からラスタさんが降りる。

「クロムから貴方にこれを渡して欲しいと言われました」

「えっ、私に…………?」

 渡されたのは、1冊の曲がったノート。

 どうしてクロムさんは、いきなり私にノートなんかを。

「これはある男性から託されたものです。貴方に渡して欲しいと」

「男性…………?」

「イレイノムになって…………今、クロムと戦っている男からです」

 ノートを開き、中身を見る。

 書いてあったのは日記で、内容は――。

「………………………………」


 

 俺の中には、イレイノムが入り込んだ。

 実感はある。

 身体は白い斑点がいくつも現れて、時々立っていられない程の頭痛が、視界の白濁と共に襲ってくる。

 自分が毎日少しずつ、何かに置き換わっているのが分かる。怖い。怖くて、どうしようもなく恐ろしい。

 自分という存在が跡形もなく消え、イレイノムになってしまう―その恐怖に耐えられなくなった。だから、逃げた。

 アサヒと子供を、俺自身が襲わないために。ごめん、アサヒ。きっと俺を恨んでいるだろう。


 右手が石膏のように白い、触ったものが白くなっていく。

 左手だと文字がぶれて書き辛い。

 食欲はなくなった、眠気もなくなった。

 どんどん自分が人でなくなっていく。


 どうしてこんな目に遭わなくてはいけないんだ。

 アサヒに会いたい。

 会って声が聞きたい、笑顔がみたい、俺に触れて欲しい。

 でも。

 約束を反故にした上、こんな見た目で現れても拒絶されるに決まってる。

 けど、許されるなら。

 たった1度でもいいから。

 彼女の生きている姿を、この目で見たい。


 アサヒを探そう。

 探して、このノートを彼女に渡したい。

 自己満足だが、彼女に想いを伝えられないままイレイノムになるのは、どうしても嫌だ。

 直接は無理だ、そんな勇気はない。

 もし彼女にこの姿を見られて忌避されでもしたら、耐えられない。

 見られないよう、静かに置いて立ち去ろう。

 でも、もしアサヒが俺のせいで気が病んで、もしものことになってしまっていたら。

 俺はどんな償いをすればいいのだろう。

 

 アサヒ。

 君がこのノートを見ていると信じて、この文をつづらせてもらう。

 先ずは、謝らせて欲しい。

 君に何も言わず、責任を持って育てるという約束を破って、去ったことを。

 本当に、ごめん。

 君は優しいから俺がイレイノムだと言っても、離れないだろうと思って、だから何も言わず離れた。

 いや、違う。

 今のは言い訳だ。

 大好きな君に恐れられるのが怖かっただけだ、全部自分の心の可愛さが招いた身勝手な行動だ。

 どうか、許して欲しい。

 君に命を1人で背負わせてしまったこと、そしてこれから君に俺の想いを語ることを。

 アサヒ、君を愛してる。

 こうして1人でいる時も、片時だって君を忘れてなんかいなかった。

 君と一緒にいた思い出は、俺が人間であることを証明してくれる。

 掛け替えのない、俺の全部だった。

 どうかその朗らかさ、その笑顔を忘れず、未来を生きてくれ。

 それは、産まれてくる子供の希望になる。

 君は1人じゃない、必ず君を助けてくれる人がいる。

 だから世界に負けないで、逞しく生きて欲しい。

 大好きな、君のままで。

 シュウジより。


「……………………クロムさんは今、戦っているんですよね」

「はい」

「彼を元に戻せたりは、出来ないんですか…………」

「残念ながら、それは出来ません」

「…………ありがとうございます、届けてくれて。私、行ってきます!」

「……………………」

 流れ出る涙を拭いながら、走る。

 行かなきゃ、彼の元へ!




「ウッ…………!」

「Oooooooooooooooo!!」

 突進を喰らって転げる俺に、シュウジは牙を剥き出しにして追撃を仕掛ける。

 俺は咄嗟に、穂先を頭部へ向けて黒塊弾を発射。

 シュウジの身体を仰け反らせて勢いを止めた。

 更に、起き上がると同時に槍を横薙ぎに振るうが――。

「ッ⁉」

 角で掬い上げるように槍を受け流され、大振りだったがために隙を見せてしまった俺に――。

 再び突進を喰らわせ、角を懐に入り込ませてかち上げた。

 俺は車輪みたく回されながら宙に浮き、地面に落ちる。

「ウグッ!クッ……!!」

 痛がる身体を叩き起こして後ろへ跳び、飛び掛かるシュウジと距離を取った。

 強いな、単純な膂力じゃあ俺より上だな。

 だが俺には切り札がある。

 まだ彼を相手に一度も見せていない、ドグマ・バースト。

 俺が終始劣勢なこの戦闘で、俺に大技などないと踏んでいるはずだ。

 その油断に乗じて叩き込めば、形勢を一気に逆転出来る。

 だが彼女に伝わったか分からない以上、まだ放つ訳には――。

「クロムさんッ!」

「ッ!?」

 集落から大声で聞こえる、俺を呼ぶ女性の声。

 振り向くと、アサヒさんが皆の先頭に立って俺の戦いを見詰めていた。

 涙で瞳を潤ませ、シュウジのノートを握り締めて。

「彼を、止めて下さい!お願いしますッ!!」

「…………」

 今までの彼女から発しているとは思えない程力強く、意志が込められた声。

 間違いない、ノートを見た。

 ノートを見て、彼女の心が変わったんだ。

「Oooooooooooooooooo…………」

 見たか、彼女の姿を。

 聞いたか、彼女の声を。

 君の想いは確かに、アサヒさんへ伝わったぞ。

 だから――。


 もう、いいよな。


「………………行くぞ!」

「Oooooooooooooッ!!」

 互いに相手を消し去るべく、全速力で駆けだした。

 あっという間に詰まる間合い。

 俺は胸のコアに触れ、引き出した膨大な理気力を槍に込める。

 飛び掛かってくるイレイノム。

 俺は先んじて槍を突き出し――。

 穂先を瞬時に巨大化させ、イレイノムの胴体を貫き迎え討った。

「o……ooooooo…………」

 イレイノムは尚もその腕を伸ばそうとするが、やがて項垂れ――。

 槍の理気力を解いて引き抜くと、力なく仰向けに倒れた。




 曖昧だった意識がほんの少しだが、戻ってきた。

 真っ白に塗りつぶされていた世界が、ぼやけた空と木々の緑へと移り変わっていく。

 ――槍を持ったあの人が、俺を倒してくれたからか。

 ありがとう。

 そう言いたいが――。

「――――。――――――――」

 声は届かない。

 意識はあるのに、身体は醜い化け物のまま。

 何も伝えられないなんて、恨めしい。

「シュウジ……シュウジ…………」

 その呼び声が耳に響く。

 懐かしく、暖かな響き。

 これは、走馬灯か。

 朧げな景色の中で、彼女の姿だけが鮮やかに浮かび上がってくる。

 アサヒ――。

「シュウジの想い。私……ちゃんと受け取ったよ」

 え。

「私も、愛してる」

 これは――。

 走馬灯なんかじゃない。

 俺の目の前には、彼女が――。

「私、ちゃんと生きるから。この子と一緒に……最後の最後まで、精一杯」

 うん。

「だから、安心してね」

「――――――――」

 俺は、幸せ者だ。

 こんな姿に変わり果てて、消える運命になったとしても。

 最期に愛した人の言葉――未来を聴けて、笑顔を見られて、逝けるのだから。

 あぁ。

 とびっきりの、笑顔だ――。




 身体は黒く染まり、シュウジの肉体だったものは破裂する。

「ありがとうございます。クロムさん…………」

 アサヒさんは、シュウジのいた地面をじっと見詰めながら、俺に感謝を告げてくれた。

「貴方があの時いなかったら……私は、彼の想いを知ることは永遠になかった。だから本当に、ありがとうございます」

「うん…………」

 炸裂した黒い染みは既に風で掻き消され、シュウジの存在はどこにもなくなった。

 だが彼女の中には、はっきりと存在しているだろう。

 永劫、消えることなく。


 俺達はCエリアを去り、次のDエリアへ向け車を走らせる。

「分からないですね」

「何が?」

「彼女は、愛した人を失う結果に終わりました。しかしなぜ絶望せず……出会った時よりも希望で満ちた眼差しになったのか」

「…………人って、そういうもんなんじゃないか」

「理解出来ません。失ったのなら、心はより下を向くものではないのですか?」

「うん……壊れるくらいの痛みはあると思う。だけどさ」

 俺はハンドルを握る手に少しだけ力を込めた。

「想いを受け取ったからだよ。彼の気持ちが、アサヒさんを前に進ませたんだ」

「想いや気持ち……それだけで、人は変わるものさ…………」

 ラスタは、深く考え込むように黙り込んだ。

 車はガタついた道を抜け、次なる集落へと走り続ける。

「…………そう言えば」

「ん?」

「彼女に届けた際に、礼を言われました」

「おぉ。んで、それがどうかした?」

「…………いえ、何でもありません」

「?」

「……………………」

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