石野湊とポタリーズ
いつもお読みいただきありがとうございます。恋するティールームがもうすぐ50話になるのを記念して、戦隊パロの続きを書いてみました。お楽しみいただければ幸いです。
「あーー! 石野湊!!」
廊下に、よく通る声が響き渡った。
俺は思わず足を止めて振り返る。隣にいた鈴木と山田も、ぽかんと口を開けた。
人波の向こうに、金髪の少年が立っていた。目を丸くして、まっすぐ俺を指さしている。そしてその隣には、見覚えのない黒髪のイケメンがいた。
「……え? ウィリアム君?」
目を疑った。
「おおー、同じ高校だったんだ!」黒髪が、ぱっと表情を明るくする。
「……どうしてここに?」
俺が尋ねても、ウィリアム君は眉を寄せたまま、うまく言葉が出てこない様子だった。いろいろな感情が胸の中で渦を巻いているらしい。それにしても、この黒髪はどうして俺を知っているんだろう。
「ごめん、急に」黒髪がスッと間に割って入る。「こいつから写真見せてもらっててさ。俺はコールポート。今月から留学してるんだ。ローズアンドクラウンの方にも顔を出すから、よろしくね」
「あ、俺の方こそ——よろしくお願いします!」
思わず背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「……よろしく」
ウィリアム君は低い声でそれだけ呟くと、くるりと背を向けてスタスタと歩き出した。
「じゃ、また後でね、石野君!」
コールポート君はヒラヒラと手を振り、慌ててウィリアム君の背中を追いかけていった。
写真って、いつの、何の写真だろう。
首をかしげる俺の横で、鈴木が「なあ、今の二人、知り合い?」と肘でつついてきた。
*
放課後のローズアンドクラウン。
コールポートたちは、窓際の四人がけのテーブル席を囲んでいた。注文を取り終えたリッジウェイに、コールポートが尋ねる。
「そういえば——ファーストネームってどうしました? 俺は創業者のローズさんから借りて、ジョンにしたんですけど」
「俺もジョンだよ。二代目リッジウェイさんから借りたんだ」リッジウェイが穏やかに答える。
「俺も、初代ダヴェンポートさんから借りてジョンだ」ダヴェンポートが腕を組んだまま言った。
「……見事にジョンが被りますね」
「僕は創業者から借りて、トーマスです」タスカンが控えめに手を挙げる。
「僕はウィリアム。リッジウェイ二代目のジョンの弟から」コールドンも続いた。
「それで、石野君がウィリアムって呼んでたのか……あれ? ダニエルさんとシェリーはまだ?」
「ダニエルさんは服装の校則違反で担任に呼び出されていて、シェリーはクラス委員の仕事で居残りです」タスカンが答える。
「災難だな……」ダヴェンポートが呆れたようにぼそっと呟いた。
*
「お待たせしました」
俺はトレーに載せた紅茶とケーキを、慎重にテーブルへ運んだ。カップがソーサーの上で、かちゃ、と小さく鳴る。
「石野君、ありがと!」
「皆さん、お知り合いだったんですね?」
「イギリスの学園で一緒でさ。俺とウィリアムは高1で、ダヴェンポートさんは高2で——」
「先輩と呼べ」
「失礼しました、ダヴェンポート先輩。あと、こっちのタスカンは中等部の2年で、他にも——」
「ほらほら、コルポ、引き留めすぎ」
ウィリアム君がため息交じりに割り込む。「向こうのお客さん、待たせてるよ」
「あっ!すみません、失礼します!」
ぺこっと頭を下げ、急いでカウンターへ向かった。そのとき、常連さんたちの楽しげな会話が耳に滑り込んできた。
「あの子たち、石野君が来る前に、お手伝いでたまに来てたよね!」
「またここで働くのかなぁ?」
「え〜!だったら嬉しい〜!」
——前に、ここで働いてたんだ。
一瞬、足が止まりそうになった。
——え? そしたら、また戻ってくるってこと……?
——……俺、いらなくなっちゃうのかな。
ズーンと重い不安が、胸の真ん中にのしかかってくる。トレーを持つ指先から、すうっと熱が引いていくのがわかった。
注文の品を届けてキッチンに戻ると、カウンター越しにリッジウェイさんが、俺の顔をじーっと見つめていた。
「石野君、具合悪い?」
「あ……! いえ……!」
「ちょっと裏で休んだら」
「大丈夫です、本当に……っ」
「大丈夫じゃないって顔してるよ。ほら、一緒に行こう」
「……はい……」
「ウィリアム、ちょっと代わって」
「え? あ、はーい……」
ウィリアム君が怪訝そうに席を立ち、俺たちの背中を目で追う。
「コルポも手伝って」少し不機嫌そうな声。
「おー……」
「僕も手伝います!」タスカン君が元気よく立ち上がった。
「俺は休む」ダヴェンポート先輩だけは、微動だにしなかった。
バックヤード。
店のざわめきが、扉一枚でふっと遠くなる。静かな空間に、リッジウェイさんの優しい声が落ちた。
「どうしたの? 何かあった?」
「さっきは、すみません。あの……」
俺は一瞬言葉を飲み込んだ。けれど、意を決して顔を上げる。
「……俺、クビになるんですか?」
「え? どうして?」
「ウィリアム君たちが戻ってきたら——もう俺は、必要なくなるんじゃないかって……」
「ああ……」
リッジウェイさんの表情が、フッと柔らかく緩んだ。
「それは違うよ。みんなには、それぞれやることがあるからね。イベントで忙しい時は、手伝ってもらうかもしれないけど」
胸につかえていた塊が、すうっとほどけていく。安堵のあまり、目の奥がじわっと熱くなった。
「……そうですか」
「それに、俺だって——石野君がいてくれないと、困っちゃうよ?」
リッジウェイさんが、ふわっと柔らかく微笑んだ。
——ヤバい。
——サラっとそういうこと言う……!?
——うわー!! 顔、熱っ!!
嬉しさと照れくささで、心臓が壊れそうなくらい跳ね上がる。
「じゃ、そろそろ店に戻ろうか」
「はいっ!」
*
ピピピピ——!
コールポート君たちのスマホが、一斉に甲高い着信音を鳴らした。
「え!」「出た!」
「近い!このビルの屋上だ」
ダヴェンポート先輩が素早くキッチンへ駆け寄り、低い声で告げる。
「控え室を使うぞ」
四人は一斉にバックヤードへ飛び込んでいった。
「え……?」
呆然とその背中を目で追う俺の前で、リッジウェイさんは、駆けていくウィリアム君と一瞬だけ視線を交わした。それから何事もなかったような顔で、「さ、石野君、仕事仕事」と俺にトレイを渡した。
*
屋上。
冷たい風が吹き抜ける中、エプロン姿の男が倒れていた。その上に——悍ましい姿のメンドーダが覆い被さっている。黒い樹脂を鎧のように纏った、歪な怪物だった。
「ラブインザミスト!!」
タスカンの叫びとともに、水色とピンクの可憐な花々が舞い上がる。怪物の口から放たれた弾丸が、ビィンッ!と高い音を立てて弾き返された。
「ナイス!さすが強度のタスカン!」コールポートがガッツポーズを決める。
怪物は男から離れ、ゆらりと宙に浮き上がった。
「あいつ、飛べるのか!?」
「ロープハンドル!!」
コールドンが金色のロープを勢いよく投げる——ビュンッ!
ロープはしなやかにしなり、怪物の巨体をぐるりと縛り上げた。
「おお! ブラウンウエストヘッド期の代表作だな!」
「イマリパターン!!」
ダヴェンポートが色鮮やかな赤い花輪を放つと、怪物の触手が一瞬でズバッと切り落とされる。
「さすが、ロングセラーの十八番!」
——しかし。
怪物が狂ったような唸り声を上げ、まっすぐ上空へ昇り始めた。ロープがピンと、限界まで張り詰める——。
「うわっ!?」
コールドンの身体が、引きずられるように宙へ浮き上がっていく。
「まずい! コールドンは飛ぶのが苦手なんだ!」
コールポートが強く地を蹴った。
高度を上げていく怪物を追う。届く、もう少し——! 必死に伸ばされたコールドンの腕を、コールポートの手が強く掴んだ。
「よしっ!」
抱き寄せるようにして、ロープから手を放させる。
「ブロズリードラゴン!!!」
コールポートの瞳に、深い緑色の龍の影が映り込んだ。
一瞬にして空が漆黒の雲に覆われ、雲間が激しく裂ける。現れたのは、美しくも禍々しい緑の鱗を纏った、巨大な龍だった。龍が咆哮を上げ、空気そのものがびりびりと震えた。
「行けーー!!」
怪物めがけて突進する龍。鋭い爪が怪物を引き裂いた。
ふたりは風を孕みながら、ふわりと屋上に着地する。
「すごかったです〜!!」タスカンが目を輝かせて駆け寄ってきた。「召喚獣に直接攻撃させるなんて!」
「あ……いや、無我夢中で……なんか、やってみたら出来ちゃったというか……」
「え?ノープランで突っ込んできたの!?」コールドンが呆れ果てた声で問う。
「うん……まあ、とりあえずコールドンだけでも助けなきゃって思って……」
「あ……そ……ありがと……」
「おう……」
「まだだ!まだ終わっていない!」
ダヴェンポートが宙を指さす。
「怪物が……分裂した?!」
ブクブクと膨れ上がる二体の怪物の口から、一斉に弾丸が放たれた。
「「うわああっ!!」」
全員がボロボロになり膝をついた―――その時。
目の前に巨大なトランプのカードが現れ、シャッフルを始めた。
出てきた一枚は、スペードのエース。その漆黒の模様の中に、怪物たちは音もなく吸い込まれていく。
一瞬で、何事もなかったように屋上は元の青さを取り戻した。
振り返ると、ミーキンが掲げた右手を降ろしていた。
「「ミーキンさん!」」
いつものカジュアルな服装で、左手はパーカーのポケットに突っ込んでいる。とても大技を出した後には見えなかった。
「みんな、大丈夫?」
「はい!ありがとうございます!」「助かりました……」
「間に合って良かったよ。みんながバタバタ出ていくのはわかったんだけど、お客さんに紅茶占いをしてた途中だったからさ」
ダヴェンポートが腕を組み、舌打ちをした。
「リッジウェイもお前も、店を優先させるとはどういう了見だ」
「みんななら、すぐにやっつけられると思ってたからね」
「む……」
「それにしても、屋上に出たら、コールポートの竜がいてびっくりしたよ。作品の中に描かれた動物や神獣を味方につけられるなら、強力な戦力になるよね」
「そうですね!僕は何かあったかなあ……」タスカンが首を傾げる。「ウィローパターンの鳩くらいしか思い浮かびません!」
ぷはっ、と全員が吹き出した。
「僕も探してみよう。パターンブックを久しぶりに開いて、技の研究だ」コールドンが意気込む。
「それと——飛ぶ練習な!コーリー先生直伝の技術を、俺がみっちり教えてやるから」
コールポートが胸を叩くと、コールドンは「げっ……」と深いため息をついた。
その時、倒れていた男が、うーんと唸りながらゆっくり起き上がった。
「大丈夫ですか!?」慌てて駆け寄るコールポート。
「うう……俺は……そうだ、立て続けにお皿を割ってしまって、皿洗いの仕事に嫌気が差して……」
「皿洗い、キツイ仕事ですよねえ」コールポートが深く同情する。
「甘いな」ダヴェンポートがぴしゃりと言い放った。「昔は貴族の屋敷で盛大なディナーがあると、一度に千枚洗うことだってザラだった。夜中までかかるのが普通だ。皿洗い専門のスカラリー・メイドたちは、どんなに辛くても耐え続けていたんだぞ」
——いや、今ここで責めなくても……。
後ろの四人が、そっと一歩引いた。
「ダヴェンポートさん」タスカンがすっと前に出る。「まず、そのお皿を見せてもらいましょう」
キッチンに移動すると、少し欠けたオフホワイトの食器が積まれていた。
「アジア製の安価な陶器ですね」タスカンが指で軽く叩いて確かめる。「この手の陶器は、強度が低いんです」
男が力なく頷いた。「すぐヒビが入ったり、欠けたりするんだよ……」
「じゃあ——全部入れ替えましょう!」
「え?」
「僕のメタライズドボーンチャイナの素材でできた食器なら、そう簡単には割れません!業務用に向く、丈夫な優れものなんですよ」
タスカンが、真新しい滑らかな食器一式をパッと差し出す。
「ぜひ、使ってみてください!」
「……!ありがとう……っ!」
*
疲労感を漂わせたコールポート君たちが、ミーキンさんと一緒に店のフロアに戻ってきた。
キッチンでは、リッジウェイさんが彼らのために、温かい紅茶を新しく淹れている。
「皆さん、控え室で何をされてたんですか?」
俺はそっと、リッジウェイさんに尋ねてみた。
「……さあ。店内で通話しないでって、言っておいたんだけど」
「……そうですか」
——でも、呼び出し音……全員同時に鳴ってましたけど。
俺は紅茶のカップをトレイに載せながら、心の中でそっとつぶやいた。




