『俺が俺になった訳8』〜動き出した時間〜
俺は、すぐに討伐隊を辞めた。
もう剣を握る気にはなれなかった。
魔獣を見るのも
血の臭いを嗅ぐのも
何より………
あの場所にいることが、耐えられなかった。
ミリーは、いい顔をしなかった。
「本当に辞めるの?」
「……ああ」
「辞めて、どうするのよ」
「…………」
「また……御伽話の世界に浸るの?」
「…………」
「物が喋るとか、命があるとか……
そんなことばかり言って」
ミリーは小さく息を吐いた。
「ガイル……ちゃんと現実を見て」
「…………」
「そんなことしてたら……
デリーが悲しむわよ」
「…………」
何も言い返さなかった
言い返す気力もなかった
ただ…
その言葉だけは、妙に胸に残った。
『デリーが悲しむ』
「…………そう、かもな」
それだけ答えて、俺はミリーに背を向けた。
それから………
ミリーとは、ほとんど会わなくなった。
俺は、生きてるだけの日々を過ごしていた
ただ、
当たり前に朝が来て夜が来る
ただ、食って寝て
また朝が来て、夜が来る
それだけだった
なんで………
俺が生きてるんだ
なんで……
デリーじゃねぇんだ
あの時、死ぬのは
俺でよかったはずだ
そんな答えのない問いを
何度も、何度も繰り返す
出口のない迷路を
ただ彷徨い続けるような日々
バンやボク、爺さんや婆さんは
そんな俺をただ見守り続けてた
慰めも励ましも
届かないって分かってたんだろうな
ただ…
婆さんが死ぬ間際に言った
『お前が愛した時間まで
否定はするんじゃないよ
お前の時間はお前のもんだからね』
俺は、何も答えられなかった
そして、気が付けば………
数年が経っていた
そんな、ある日のことだった。
「…………」
その日は、やけに月が綺麗だった
なぜか分からねぇが
ただ………
月に誘われるように、外へ出た。
当てもなく歩くと
昔のことが頭に浮かんでくる
爺さんのこと
婆さんのこと
デリーのこと
「…………」
気が付けば、川の近くまで来ていた。
その時
……バシャッ!
「…………?」
水音が聞こえた。
「……魚でも跳ねたか」
何気なく、川へ視線を向ける
「…………」
最初は、何なのか分からなかった
黒い何かが
水面をゆっくり流れている。
「…………あ?」
目を凝らす
「…………っ!」
人だ―――
女が、うつ伏せのまま、川に浮いている。
「……チッ!」
その瞬間には、もう身体が動いていた
考えるより先に川へ飛び込み
女の身体を掴み
岸まで引きずり上げる。
「はぁ……はぁ……」
自分でも驚いた
こんな俺にも
まだ、誰かを助けようなんて思える部分が
残ってたらしい。
「…………」
引き上げた女は
見たこともない妙な服を着ていた
濡れた黒髪が、頬へ張り付いている。
「…おい」
反応がない。
「……おい!しっかりしろ!」
やがて…
「…………っ」
女が、ゆっくり目を開けた
「…………」
その瞳が、俺を捉える
次の瞬間…
「……なんで……」
「……あ?」
「なんで……助けたのよ!!」
突然、女が叫んだ。
「…………」
「楽に…………………っ」
涙が、女の瞳から溢れた。
「楽になりたかったのに…っ………」
「…………」
その姿を
その涙に濡れた瞳を見た瞬間………
…ドクンッ
「…………?」
心臓が、大きく跳ねた
(……なんだ)
胸の奥が、ざわつく
痛いような
苦しいような
それなのに………目が離せない
(なんだよ……これ)
『楽になりたかったのに』
その言葉が、頭の中で繰り返される
「……………………」
あの時デリーはあんな重症でも
楽にしてくれとは言わなかった
死の間際ってのは
そういうもんなのか…
(俺も…
死にてぇ、とは思ったことねぇな…)
目の前で泣いている女を見つめる
理由なんて分からなかった
ただ、この女を
このまま一人にしちゃいけねぇ
なぜか、そう強く思った。
あの日から
リールが来てから
止まっていた俺の時間が
少しずつ動き始めた気がする。
泣いたり、怒ったり
笑ったかと思えば 次の瞬間には落ち込んで
……とにかく、感情の忙しいヤツだ
けど、いつだって、真っ直ぐ俺を見る。
物怖じもせず
思ったことをハッキリ口にする
最初は、変な女だと思ってた
それなのに…
気が付けば俺は
毎日アイツから目が離せなくなっていた
俺の店のこともそうだ
物が喋る
意思を持ってる
そう話した俺に
アイツは気味悪がるどころか
あっさり受け入れやがった
まるで、それが当たり前みてぇに。
「…………」
時折見せる笑顔を見るたび
胸の奥が妙にざわついた
嬉しそうに笑えば
もっと笑わせてやりたくなる
泣いていれば、どうにかしてやりたくなる
そして………
ふとした瞬間
その細い身体を
無性に抱き締めたくなることがあった
「…………」
なんでそんなことを思うのか
最初は、俺にも分からなかった。
ただ、一つだけ、気に食わねぇことがある
何故かアイツの中で
俺はずっと〘兄貴〙扱いだ
昔、アイツを守ってくれた兄貴と
俺のやることが似てるらしい。
「…………チッ」
思い出しただけで腹が立つ
俺は
お前の兄貴になりてぇわけじゃねぇ
でも…
リールにとって俺は何になりてぇのか
それも分かんねぇ
ただ…俺以外の男に触れるのも微笑むのも
許せねぇ
なんなんだ…これは。




