ここに、いたくない
「ガイル、嬉しいわ
またこうして二人で料理ができるなんて……
頑張りましょうね」
「……ああ」
厨房から聞こえてくる二人の声。
私はその様子をチラリと見て
小さく息を吐いた。
「ふう……」
あの日、ガイルに抱き締められた翌日。
ガイルはミリーさんを
厨房へ迎えることを決めた。
それからというもの
毎日のように二人でレシピの確認や
新しい料理の試作をしている。
私は………
あの日から
ガイルとは必要最低限の会話しか
していなかった。
そんな私たちのぎこちない空気に気付いたのか
ザックさんやジレンくんは
どこか落ち着かない様子だった。
「…なあ、リール
俺、腹減ったなぁ
ガイルに言ってきてくれよ」
「………………」
「リールさん……ガイルさんと喧嘩したの?」
「………………喧嘩じゃ、ないけど」
このままじゃ、いけない。
そう思っていても…
ガイルと、前はどんなふうに話していたのか
それさえ分からなくなってしまっていた。
それに加えて……
「ザック、お腹空いたの?
ガイル、何か作ってあげましょう?」
「……ふん、雑草でも食ってろ」
「な、なんだよガイル!!
喧嘩売ってんのか!?」
「……うるせぇ」
そのやり取りを聞いて
思わず、口元が少しだけ緩む。
いつものやり取り。
でも、そのやり取りの中には
もう私が入る隙はない。
私が言わなくても
ミリーさんがみんなの声を聞いて
ガイルへ伝える。
その流れが、もう当たり前になりつつある。
私はただ、少し離れた場所から見ているだけ。
(私なんか……いなくても……)
……私は静かに店を出て
大きく深呼吸をした。
店の中にいると、うまく息ができない。
「はぁ……」
ため息をついて、その場にしゃがみ込む。
すると……
〘ちょっと!!
アタシの前で辛気臭い顔すんの
やめてよね!!〙
聞き慣れた声に顔を上げると
ギンちゃんが目の前でぷかぷかと浮かんでいた。
「あ……ごめん……」
そう言ったそばから、またため息が漏れる。
「はぁ……」
〘たく…っ鬱陶しいわねぇ
アンタがガイルに
『ミリーを雇えばいい』って
言ったんじゃない!
なのに、なんでため息ばっかり
ついてんのよ!!〙
「そ……そう、なんだけど……」
言葉が続かない
胸の中がぐちゃぐちゃで
自分でも何が苦しいのか分からなかった。
「でも……なんて言うか……」
私は思わず店の中へ目を向ける。
厨房では
ガイルとミリーさんが並んで料理をしていた。
二人で何か話しながら、時折笑い合っている。
その姿が、胸の奥をチクリと刺した。
〘なあに?
アンタ、一丁前にミリーに嫉妬してんの?〙
小馬鹿にしたように笑いながら
ギンちゃんは私の周りを
くるくる、ふわふわと飛び回る。
「……嫉妬?」
〘そうよ!
ガイルをミリーに取られそうで
モヤモヤしてんのよ!〙
「……してるわよ」
そう呟いてから、小さく首を振る。
「でも、それは…
私が……ブラコンだから」
ギンちゃんは大きくため息をついた。
〘……はぁ
ほんっと、面倒くさい女ねぇ
今のアンタ、余計に嫌いだわ~〙
そう言って肩をすくめると
呆れたように私を見つめる。
〘でも、お生憎様
ミリーはね、ガイルの初恋なの
アンタが入り込める隙なんて
最初からないのよ〙
「……初恋?」
その一言が、胸の奥へ静かに落ちていく。
「初恋……なんだ
そう、なの……
そう……なんだ……」
ふらり、と立ち上がる。
足元がおぼつかない。
それでも、私はゆっくり歩き出した。
〘ちょ、ちょっと!!
どこ行くのよ!
聞いてんの!?バカ女!!〙
ギンちゃんの声は、もう耳に入らなかった。
ただ………
ドーンザワカフェから
あの二人のそばから
今は少しでも、離れたかった。
ふらふらと歩いて、歩いて
気付けば、私はあの川まで来ていた。
ガイルと初めて出会った場所。
「……懐かしいな」
川のせせらぎは、あの日と何も変わらない。
辺りを見渡すと
川辺へ降りられそうな場所が目に入った。
私はゆっくりとそこへ降りる。
そして、その場へ腰を下ろし
静かに流れる川を見つめた。
(あの日のガイルったら……)
思わず、小さく笑みがこぼれる。
(本当に強引だったわよね)
いきなり私を担いだかと思えば、
「鈍い」だの
「軽すぎる、飯を食べろ」だの
好き放題言ってきて
なのに………
『……泣いてもいい』
あんな優しいことを
当たり前みたいに言うんだから。
(変な人って……思ったな)
川の流れをぼんやり眺めながら
私は小さく息を吐いた。
チャプ……
そっと川へ手を入れる。
ひんやりとした水が指先を包み込んだ。
「あ……少し冷たい」
あの日、肌を刺すように冷たかった川
それに比べれば、今日はずいぶん優しい。
季節は巡り
時間は、ちゃんと流れている。
(止まったままじゃ……ダメだよね)
川の流れをぼんやり見つめる。
(ガイルとのことも……
このままじゃ、ダメだ)
小さく息を吐く
「でも……」
自分でも、どうしたらいいのか分からない。
「どうしたら……
ブラコンって治るんだろ」
…………………
「リール、ブラコンなのか!?」
「リールさん、お兄さんのこと大好きなの?
僕も兄ちゃん大好きだよ!」
「……え?」
驚いて振り返ると
そこにはザックさんとジレンくんが立っていた。
「え……どうしたの? 二人とも」
「店ん中からさ
リールがふらふら歩いてくのが見えてよ
なんか心配になって、ついてきちまった」
ザックさんは頭をかきながら
少し照れくさそうに笑う。
「……邪魔しちまったか?」
「リールさん!
今にも倒れそうなくらい
ふらふらしてたんだよ!
…大丈夫?」
ジレンくんが心配そうに私の顔を覗き込む。
私は二人を見つめて、小さく笑った。
「ふふっ……」
「「え?」」
突然笑い出した私に、二人は顔を見合わせる。
「二人とも、ありがとう」
そう言って、私は再び川へ視線を戻した。
穏やかに流れる水面を見つめながら
小さく口を開く。
「ガイルのこと、ミリーさんに取られそうで……
妹みたいな…私としては、複雑なんだ」
その言葉に、二人はそろって目を丸くした。
「…………」
「……………」
しばらく沈黙が流れる。
「あ、あのよぅ……リール」
ザックさんが困ったように頭をかく。
「……ん?」
「リールさんって……」
ジレンくんは何とも言えない表情で
私を見つめる。
「ガイルさんの言うとおり……
鈍いんだね……」




