俺の目を見て…
「……ふんっ…良くなってきたじゃねーか」
ガイルが厨房から出てきて
腕を組みながら店内を満足そうに見渡した。
「やっと、ここまで来たわね!
動線も確保できたし
机や椅子も増やしたし
棚も壁付けで増設したおかげで
お客様にも食器さんたちを
選んでもらいやすくなったわ」
グランドオープンに向けた改装も
ほぼ終わった。
後は日程を決めるだけ…
ここまで来るのに
本当にいろんなことがあった。
そう感慨深く店内を見渡していた時
「ガイル……私も厨房で
あなたの手伝いをしたらダメかしら?」
不意に聞こえた声に振り向く。
いつの間にか
ミリーさんがガイルの隣に立っていた。
そっとガイルの腕に手を添え
穏やかに微笑んでいる。
「…………いや」
ガイルは短く答え、ちらりと私を見た。
「……ガイルがいいなら、いいんじゃない?
このお店は、ガイルが店主だもの」
私はそう答えながら、そっと視線を逸らす。
(……ガイルの負担も減るし
料理を出すのも、もっと早くなる
それなのに……)
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
(……なんで、そう言えないんだろ)
「リールさん、ありがとう
ガイル……
昔みたいに、二人で頑張りましょう?」
そう言って、ミリーさんは優しく微笑む。
その笑顔には
昔と同じ時間が戻ることを
願う気持ちが滲んでいた。
「…………ちっと、考えさせてくれ」
ガイルは静かに答えると
ミリーさんが添えていた手をそっと外す。
拒絶するようではなく、傷つけないように
そのまま、厨房の奥へ歩いていく。
そして、いつもの椅子に腰を下ろした。
「……ガイル、答えは急がなくていいわ
でも……私はガイルが……」
そうミリーさんが言いかけた、その時だった。
「あ、あの!!」
気付けば、私はその言葉を遮っていた。
ミリーさんが、ジロリと私を睨む。
「あ……その、えーと……
と、とりあえず、お茶でも飲みませんか?」
(なんで……
なんで、止めちゃったんだろ……)
「……いらないわ
ガイル、ごめんなさい。
今日は帰るわね」
そう言うと
ミリーさんは私をひと睨みして
静かに店を後にした。
扉が閉まる音だけが、小さく店内へ響く。
「………………」
静かな沈黙が流れる。
私はそっと厨房へ入り、ガイルの隣へ立った。
「ガイル……あの、ごめ………」
「……レモネード」
「え?」
「レモネード、作ってくれ」
私の言葉を遮るように
ガイルがぽつりと言う。
その目は、どこか困ったような
小熊みたいな目をしていた。
…その瞬間
ギュウ……ッ
胸の奥が熱く締め付けられる。
顔が熱くなっていくのが、自分でも分かった。
「……う、うん! 分かった!」
私は慌てて顔を背けると
逃げるように冷蔵庫を開け
そのまま顔を突っ込んだ。
ひんやりとした冷気が頬に当たる。
(な……なによ、あの目……
反則よ……)
レモネードを作りながら
私はそっとガイルを盗み見た。
「………………」
ガイルは店内を見つめたまま
何かを考え込んでいる。
眉間には小さく皺が寄り
その表情はどこか苦しそうだった。
レモンを搾る私の手が、ふと止まる。
(……私が
ミリーさんのことを気にしてたから……
だから
すぐに返事ができなかった……のかな)
胸の奥が、チクリと痛む。
(だったら……私……)
『ミリーさんと一緒に働けばいい』
そう言えば、きっとガイルは楽になる。
厨房も回しやすくなるし
お客様を待たせることも減る。
頭では
それが一番いいことだと分かっている。
それなのに………
『私は、大丈夫だから』
その、たった一言が言えない。
喉まで出かかっているのに
どうしても、言葉にならない。
(……どうして)
考えているうちに
レモネードが出来上がった。
「……出来たわ」
ガイルへ差し出すと
彼は黙って受け取り、一気に飲み干す。
「……美味かった」
短くそう言うと
空になったコップを見つめた。
ふう……と小さく息を吐き
コップをぎゅっと握り締める。
(…………)
その姿を見ているだけで、胸が苦しくなった。
もし、彼を悩ませている原因が
私なんだとしたら……
このままじゃ、いけない。
(ガイルを……苦しめたくない)
ここへ来てから
私は何度もガイルに助けられてきた。
楽になりたくて飛び込んだ川から
突然この世界へ来て
何がなんだか
何もかも分からなくて
気持ちがグチャグチャだったあの日。
あんなに素直に涙を流せたのも
ガイルがいてくれたから。
心から笑えるようになったのも
今日まで前を向いて歩いてこられたのも
全部、ガイルのおかげだった。
だから………
私は唇をぎゅっと結び
小さく息を吸い、覚悟を決めた。
「……ガイル」
「……なんだ」
「……ミリーさんのこと、考えてあげたら?」
ガイルが静かに私を見る。
「二人で厨房を回したほうが
ガイルも楽になるじゃない
それに、お客様への提供も早くなるし……
きっと、いいこと尽くめよ」
ガイルの目を見られないまま言い切る。
そして、一度だけ深呼吸をした。
「私は……大丈夫だから」
今度こそ、勇気を出してガイルを見る。
ガイルはしばらく黙ったまま
私を見つめていた。
「………お前は、それでいいのか」
「………………」
(嫌だなんて……言えない)
そっと視線を逸らす。
「うん……大丈夫」
静かにそう答えた。
すると
「……なんで俺の目を見ない」
「…え?」
ガタンッ!!
椅子が勢いよく鳴る。
次の瞬間
強い力で腕を引かれた。
「きゃっ……!」
気付けば、私はガイルの腕の中にいた。
ぎゅっと、苦しいほど強く抱き締められる。
「………の……見て…」
「え…?」
耳元で荒い息遣いが聞こえる。
そして、苦しそうに震える声でガイルが叫んだ。
「俺の目を見て……」
腕に、さらに力がこもる。
「もう一度、大丈夫だって言ってみろ!!」
「…………ガイ……ル?」
「………………」
「……………………」
しばらく、言葉のない時間だけが流れた。
やがてガイルが、ゆっくりと腕の力を緩める。
「……乱暴にして、悪かった」
低く、かすれた声だった。
そう言って、ガイルは私をそっと離す。
「あ……あの、私……」
何か言わなきゃ
そう思って、思わずガイルの腕へ手を伸ばした。
けれど………
「……今は、一人にしてくれ」
静かなその一言に
私は伸ばしかけた手を止めた。
ガイルは振り返ることなく
ゆっくりと二階への階段を上っていく。
やがて足音も聞こえなくなった。
……ストン
力が抜けるように、その場へ座り込む。
(な……なんだったの……)
まだ腕には
ガイルに抱き締められた感触が残っている。
胸の奥は熱いまま
頭の中は真っ白だった。
(あんなガイル……初めて見た)




