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楽になりたかっただけなのに、熊みたいな男に拾われました!~物と話せる不思議な店で人生やり直します~  作者: かゆると


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雨のひととき

ザー……ザー……


「ん……」


激しい雨音に

私はゆっくりと目を開けた。


ベッドから起き上がり

カーテンを開ける。


窓の外で

台風かと思うほどの風雨が

木々を大きく揺らしていた。


「この世界でも……雨、降るんだ」


思わず小さく呟く。


この世界へ来てから

暑いと思ったことがない。


日差しの強い日はあるけれど

不思議と汗ばむような暑さにはならない。


頬を撫でる風はいつも心地よく

日本の春のような穏やかな気候がずっと続いていた。


だからこそ…

今日の激しい雨は、少し意外だった。


部屋を出てキッチンへ向かうと

いつものコーヒーの香りが鼻をくすぐる。


「ガイル、おはよう」


眠い目をこすりながら

私はポスンといつもの椅子に腰を下ろした。


「……起きたか、ほら」


そう言って差し出されたのは

いつもより少し熱めのコーヒーだった。


「ありがと……今日は雨なのね」


「ああ」


窓の外を眺めながら、一口飲む。


「ここに来てから……

 雨が降るの、初めて見たわ」


「…そうだな

 ここは雨はひと月に一回しか降らねぇ」


「え、そうなの?」


「ああ、だが…

 山の上にでけぇ湖がある

 街の水は、そこから流れてきてんだ」


「……ダムみたいな感じかしら」


「……ダムが何かは知らねぇが

 守爺がいるからな」


「守爺……さんか」


(ダムの職員みたいな感じかしら……?)


そんなことを考えながら朝食を済ませ

私は一階へ降りた。


いつもならボクさんのグリーンカーテン越しに

柔らかな木漏れ日が差し込む店内。


けれど今日は雨のせいで薄暗く

私はランプに明かりを灯した。


「雨の日は身体がだるいのよねぇ……」


ぐーっと腕を伸ばし

身体にスイッチを入れる。


さて、今日も掃除から始めよう。


そう思った、その時。


カラン……


店の扉が静かに鳴った。


「いらっしゃいませ

 ごめんなさい、お店はまだなんです」


そう声を掛けたが、返事はない。


「あれ……? 今、確かに音がしたわよね……」


扉を見る


誰もいない


「……風かしら」


ドーンザワカフェは

綺麗に手入れされているものの

建物自体はそれなりに古い。


ところどころに隙間風が入る場所もある

きっと、そのせいだろう。


「……まあ、いいわ」


私は再び掃除を始めようとした。


その時


カラン……カラン……


また、扉が鳴る。


「……?

 あの、すみません、お店まだなんです。

 もしよろしければ

 店内で座ってお待ちください」


扉へ近付きながら声を掛ける。


けれど………

やはり、誰もいない。


「…………なに?」


私はゆっくり、ゆっくりと扉へ近付いていく。


「……おい、どうした」


「うひゃああああ!」


突然、背後からガイルの声がして

心臓が飛び出そうになるほど驚いた。


「きゅ、急に声掛けないでよ!

 びっくりするじゃない!


 心臓飛び出たら、ちゃんと拾ってよね!!」


「……ふん、拾って遊んでやる」


「なんですってぇ!?」


ガイルはニヤリと笑う。


「で……お前は何してんだ」


腕を組みながら尋ねる。


「あ、さっきからね

 扉が開く音はするのに、誰もいないの」


「……ああ、扉が雨を喜んでんだ」


「え、扉さんが?」


「ああ

 なかなか掃除してやれねぇからな

 雨に洗われて気持ちいいんだとよ」


そう言いながら

ガイルは扉の内側を布でさっと拭いた。


(そういえば……

 窓は拭いても、扉は拭いたことなかったな)


「そうだったの……

 ごめんね、扉さん

 これからは、ちゃんと拭くようにするわね」


優しく扉を撫でる。


すると


カラン……カランカラン♪


扉が嬉しそうに音を鳴らした。


ガイルは小さく笑う。


「……ふん、『ありがと』だとよ」


それから私は、小さな声で呟いた。


「……怖がっちゃって、ごめんね」


カラン……


思わず笑みがこぼれる。


(……『いいよ』って、言ってくれたのかな)


「……まあ、このぐらいだろ」


扉を拭き終えたガイルは

布を肩に掛けると厨房へ戻っていく。


「また

 ミリーさんがくれたレシピの練習するの?」


カウンター席から声を掛ける。


すると


ガイルがジロリ、とこちらを睨んだ。


「な、なによ」


「……ふん、ちょっと待ってろ」


そう言うと、冷蔵庫を開け

ガサガサと材料を取り出し始めた。


(……ま、いいか

 掃除の続きをしよう)


私は箒を手に取り店内を掃く。


いつもなら窓を開けて風を通すところだが

今日は雨だ。


箒を置き、雑巾を絞る。


棚やテーブルなど

いつもなら手が回らない場所まで

丁寧に磨いていく。


「今日は、みんな綺麗にしてあげるからね」


そんな独り言をこぼしながら

掃除を続けていると


「……出来たぞ」


ガイルの声がした。


振り向くと

ガイルがカウンターへ歩いてきて


コトン


一皿を置く。


「え……これって……

 ベイクドチーズケーキ?」


「……婆さんのレシピを少しアレンジしてみた

 食ってみろ」


そう言うと

ガイルはフォークで小さく切った

チーズケーキをすくい

そのまま私の口元へ運んできた。


「え……え…じ、自分で食べるから」


「……ほれ」


フォークは引っ込まない。


「~~~っ…………あ、あーん」


ぱくっ。


「ん……んんっ!?

 すごく美味しい!!

 レモンがしっかり効いてるのに、甘いっ!

 私、これ好きだわ!」


「……ふん、だろうな」


そう言ってガイルは

自分もチーズケーキを一口食べる。


「ん~~本当に美味しい!

 ……ね、もう一口!」


そう言いながら、口を開けようとした時…


「……分かった、分かった

 後は全部やるから」


呆れたように言いながら

ガイルは皿を私の前へすっと差し出した。


「あ……ありがと」


フォークを受け取る。


その時だった。


……あれ?


どこかで、少しだけ

残念に思った自分がいた。


(……なんで?

 私…… やっぱりブラコンなのかしら……)


ガイルは鼻で笑うと

そのまま厨房へ戻っていった。


外では

相変わらず激しい雨が降り続いている。


雨粒が窓を叩く音を聞きながら

私はぼんやりとチーズケーキを口へ運んだ。


(……私がミリーさんを気にしてるから

 お婆さんのレシピにしてくれた……とか)


レモンの爽やかな香りが口いっぱいに広がる。


(そんな都合のいいこと……

 考えちゃダメかしら)


ガイルは、理由なんて言わない人だ。


だから、きっとこれも私の思い込み。


そう自分に言い聞かせながら

私は小さく笑った。


「……手のかかる妹で、ごめんね」


その小さな呟きは

激しい風と雨の音に、そっと溶けていった。

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