リールのモヤモヤ
「ふぅ……だいぶ良くなってきたわね」
プレオープンでの反省を活かし
グランドオープンへ向けた
改装を始めてから数日。
店の中はさらに動きやすくなってきた。
外の席も増やしたことで
お客様が増えても問題なさそうだ。
……順調
本当に、順調
……たった一つのことを除けば。
「ガイル
この味付けは子どもにはどうかしら?」
「ん? ああ……もう少し甘いほうがいいな」
「そう、じゃあ、お砂糖を少し足すわね」
「ああ……悪いな、ミリー」
あの日から毎日のように
ミリーさんが店を訪れ
ガイルと一緒に厨房で
グランドオープンに向けた
新しいレシピ作りを
手伝うようになっていた。
あの日、私は聞いていなかったけれど……
ミリーさんはガイルに
「レシピの数が少なすぎるわ
このままでは、いずれお客様は離れてしまう」
と、アドバイスをしてくれたそうだ。
バンさんから聞いた話では
二人は幼なじみ。
昔、ドーンザワ商店で
オカミさんの手伝いをしていたミリーさんは
料理の腕もかなりのものらしい。
だから今は
グランドオープンに向けて
新しいレシピ作りを手伝ってくれているのだ。
「あ、痛っ……」
「……大丈夫か」
「…少し切っちゃったみたい」
「どれ…見せてみろ」
ガイルはミリーさんの手をそっと取り
傷口を覗き込む。
二人が並んでいる姿は、とても自然だった。
大人っぽいガイルとミリーさんは
まるで昔から
一緒にいるのが当たり前みたいに見える。
そして……
ガイルの瞳は
いつもより少しだけ優しく見えた。
(……仲、いいんだな)
私は厨房をぼんやり見つめる。
その時、ふとガイルと目が合った。
パッ……
何故だか思わず目を逸らしてしまう。
(……兄貴の時も、こんな感じだったかな)
胸の奥に引っかかる何かを振り払うように
小さく息を吐く。
「ふぅ……さて、もう少しだから
頑張らなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟き
ゴミを外へ出そうと歩き出した
その時………
「……おい」
後ろからガイルの声がした。
「わっ……!」
驚いて振り返る。
「な、なに?」
ガイルは何も言わず
私の頬をむにっと掴むと
そのまま口の中へ何かを放り込んだ。
「むぐっ……」
口の中に広がる甘い香り。
(これは……クッキー?)
モグモグと噛んでいる私を見て
ガイルが一言だけ聞く。
「……うまいか」
「……お、おいひぃわょ」
「……試作品だ」
(あっそーですか、そーですか
つまり、毒見係……ね)
「ガイル
女の子には、もう少し優しくするものよ」
クスッと笑いながら
ミリーさんはガイルの肩にそっと手を置いた。
「ごめんね、リールさん
この人、昔から少し荒っぽいところがあるの」
「……荒っぽくて悪かったな」
ガイルは不機嫌そうに眉をひそめる。
「昔も、パンケーキを無理やり
私に食べさせたじゃない」
「…他に、いなかったからな」
二人は昔話をしながら
どこか楽しそうに笑っている。
その様子を見ていると
胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
「…………美味しかったわ
でも……
今度はミリーさんにあげたら?」
それだけ言うと
私はゴミ袋を抱え、そそくさと店の外へ出た。
「……お、おい」
後ろからガイルの戸惑った声が聞こえた。
カラン……
私は店の外へ出ると、ゴミ捨て場へ向かう。
トスッ……
ゴミ袋を少しだけ乱暴に置く。
「……なによ」
思わず口が尖る。
「二人の世界、作っちゃってさ……」
さっきの二人の笑顔が頭に浮かぶ。
「ガイルもガイルよ」
ぷくっと頬を膨らませる。
「鼻の下なんか伸ばしちゃって…」
……少し間を置いて、私は腕を組んだ。
「こんなに可愛い妹がいるのに!!」
「ふぅ……」
小さくため息をつき、チラリと店内を覗く。
ガイルとミリーさんは
まだ楽しそうに何かを話していた。
「……外、掃除しよ」
気持ちを切り替えるように箒を手に取り
店の周りを掃き始める。
すると………
〘あの二人、お似合いよねー
どこぞのバカ女より
ぜーんぜん似合ってるわ!〙
「…………」
珍しく、ギンちゃんが話しかけてきた。
〘大人っぽいし、綺麗だし
バカ女みたいにギャンギャン怒鳴らないし
ガイルも楽しそうだし!〙
「…………」
〘服のセンスもあるし、色気もあるわよねぇ
このまま付き合っちゃえばいいのに!〙
バキィッ!!!
〘ひゃっ!?
あ、アンタ何、壁殴ってんのよ!!
暴力女!!〙
私は壁についた拳をゆっくり下ろし
ニッコリ笑う。
「…………ギーーンちゅわぁん?」
一歩、また一歩と
ギンちゃんのほうへ近づいていく。
〘ひっ……!
バ、バカ女!
アタシの許可なく近付いてこないでよ!!〙
「ふふふ……」
私は雑巾を取り出す。
「だーいじょーぶよ
ちょっと……窓拭くだけだから♡」
〘ハイハイ、リールちゃん♡
そこまでよ
少し落ち着きなさい〙
ギンちゃんの窓の前へ
バンさんがすっと姿を現した。
「……え?
落ち着いてるわよ?」
キョトンとしながら答える私に
バンさんは苦笑いを浮かべる。
そして、私の手元をそっと指差した。
〘うーん……リールちゃん♡
それじゃあ、何も拭けないわよ?〙
「……………?」
自分の手を見る。
「えっ……」
握りしめていた雑巾は…
真っ二つになっていた。
「い、いつの間に……」
〘ギン~
お前も言い過ぎなんだよ
リール煽ってどうすんだ~
……ま、そこも好きだけどな~〙
ボクさんがのんびりと現れ
私の手から雑巾をひょいっと取り上げた。
「ボクさんまで……
私、本当に大丈夫ですよ?」
〘…ハイハイ、リールちゃん♡
とりあえず、こっちへいらっしゃい
ボク、上げて〙
〘あいよ~
リール、ちっとごめんな~〙
そう言うと
ボクさんの枝がするすると伸び
私の身体に優しく巻き付いた。
「え、ちょっと……!」
ブワッ
身体が一気に宙へ浮かぶ。
「きゃぁぁぁっ!!」
みるみる景色が小さくなっていく。
そして……
ポスンッ………
私はボクさんの大きな枝の上へ
そっと降ろされた。
〘リールちゃん♡
どう?
綺麗な景色でしょう?
夜にここから見ると、もっと綺麗なのよ♡〙
バンさんにそう言われ、恐る恐る顔を上げる。
「う……わぁ……」
思わず息をのむ。
店や街並みが小さく見え
その向こうには青く広がる山々。
優しい風が頬を撫で
木の葉がさらさらと心地よい音を立てている。
さっきまで胸の中で渦巻いていたモヤモヤが
風に溶けていくようだった。
〘リールの他には
ガイルだけしか知らない景色だ~〙
ボクさんが、どこか誇らしげに枝を揺らす。
「そう、なんだ……
本当、すごく綺麗……」
私は風に揺れる木の葉の音を聞きながら
しばらくその景色を眺めていた。
さっきまで胸の奥を占めていたモヤモヤが
少しずつ風にさらわれていくような気がする。
(……私って、案外ブラコンだったのかな)
思わず苦笑いが漏れる。
兄貴が結婚した時も、こんなふうに寂しかった。
だからきっと、今回も同じ。
そう、自分に言い聞かせながら
私はもう一度
どこまでも広がる景色を見つめた。




