最初のお客様
カラン、カラン……
扉に付けられたベルが
店内に心地よく響いた。
「いらっしゃいませ!」
記念すべき最初のお客様が
ドーンザワカフェへ足を踏み入れる。
最初のお客様は
仲の良さそうな老夫婦だった。
「チラシを見て来たんじゃが……
もう開いてるかね?」
老紳士が店内を見回しながら尋ねる。
「はい! ご来店ありがとうございます。
どうぞ、こちらのお席へ」
私は笑顔で二人を窓際の席へ案内した。
椅子を引き、お冷を運ぶと
メニュー表をそっと差し出す。
「お決まりになりましたら、お呼びください」
そう言って席を離れようとすると
お婆さんがメニューを見ながら
嬉しそうに微笑んだ。
「あなた、このパンケーキにしない?
とっても美味しそうよ」
「おお、本当じゃな」
老紳士もメニューを覗き込み、大きく頷く。
「では、パンケーキを
二つお願いできますかね」
「ええ、お爺さんはそれでいいのよね?」
「ああ、構わんよ。 それと……」
老紳士はメニューの一角を指差した。
「コーヒーも付けてもらえますかな?」
「はい! かしこまりました。
コーヒーはホットとアイス
どちらになさいますか?」
「私はホットにしようかしら……
お爺さんはどうします?」
お婆さんがお爺さんにそう尋ねる。
「ふむ……わしはアイスにしようかの」
老紳士は少し考えてから答えた。
「かしこまりました
では、ご注文を繰り返させていただきます。
パンケーキを二つ
ホットコーヒーを一つ
アイスコーヒーを一つでございますね。
他にご注文はございますか?」
そう尋ねると
お婆さんは少しだけメニューに目を落とした。
「うーん……」
しばらく眺めていたが
やがて顔を上げてにこりと笑う。
「今日は大丈夫ですよ」
「かしこまりました!
では、少々お待ちください」
私は軽く一礼すると、厨房へ向かった。
「ガイル!
パンケーキ二つと
ホットコーヒー一つ
アイスコーヒー一つ、お願いします!」
ガイルは小さく頷くと
静かに調理の準備を始めた。
その間に私は
棚からお皿とコップをいくつか選び
老夫婦の席へ戻る。
「失礼いたします」
私は二人の前に
色や形の異なるお皿とコップをそっと並べた。
老夫婦は、不思議そうに顔を見合わせる。
「当店では
お客様ご自身にお使いになる食器を
選んでいただいております」
「ほぉ……食器を?」
老紳士が目を丸くする。
「はい。 お好きなものをお選びください」
「どれどれ……」
老紳士は並べられたお皿を
一枚一枚手に取り、じっくりと眺める。
「まあ、可愛らしいお皿ね」
お婆さんも、花柄のお皿を手に取り
嬉しそうに微笑んだ。
二人は並べられたお皿やコップを
見比べながら、あれこれと話し合う。
「…………」
「…………」
しばらく悩んだ末に
老紳士が一枚のお皿とコップを手に取った。
「じゃあ、わしはこのお皿と
コップにしようかの。 婆さんは?」
「そうですね……」
お婆さんは少し考えると、優しく微笑んだ。
「せっかくだもの
お爺さんとお揃いの色にしようかしら
私は、こちらにするわ」
「ありがとうございます!
では、こちらの食器を使って
お料理を提供させていただきますので
もう少々お待ちください」
私はそう言うと
選ばれたお皿とコップを大切に抱えて
ガイルの元へ戻った。
「ガイル、この子達でお願い」
そう差し出すと、ガイルは食器を見つめ
「……良かったな」
少しだけ嬉しそうに呟いた。
「え?」
私が首を傾げると
ガイルは食器を受け取りながら静かに言う。
「……嬉しいってよ」
私はもう一度、お皿とコップへ目を向けた。
すると、よく見なければ分からないほど
かすかに、小刻みに震えている。
「ふふっ……本当ね、良かった」
しばらくすると
パンケーキの甘く香ばしい香りが
店内を包み込んだ。
そして………
「……出来たぞ」
ガイルから料理を受け取り、私は笑顔で頷く。
「ありがとう
じゃ、行ってくるね。」
私は焼きたてのパンケーキと
コーヒーをお客様の元へ運んだ。
「お待たせいたしました
パンケーキ二つと
ホットコーヒー
アイスコーヒーでございます」
料理をテーブルへ並べると
老夫婦の表情がぱっと明るくなる。
「おお、おお! 美味そうじゃのう」
老紳士は目を細め、お婆さんを見た。
「のう、婆さん」
「ええ、本当に美味しそうですね」
嬉しそうに微笑む二人を見て
私も自然と笑顔になる。
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
私は軽く一礼すると、続けて案内をした。
「本日お選びいただいた食器は
ご購入いただいて
お持ち帰りいただくこともできます
その際は、お気軽にお声掛けください。
それでは、ごゆっくりお過ごしください」
頭を下げ
その場を離れようとした、その時だった。
…カタン。
小さな音が聞こえ、私は足を止める。
振り返ると、お爺さんが選んだ
青と白の縞模様のマグカップが
かすかに揺れていた。
(……あの子)
お爺さんもお婆さんも気付いていない。
私はもう一度軽く会釈をすると
ガイルの元へ戻り、小声で尋ねた。
「ガイル、あの子……」
そう言いかけると
ガイルはパンケーキを焼きながら
口元を指で軽く叩き
「……くすぐったかったってよ」
「……ああ!」
思わず笑みがこぼれた。




