二人の得意なこと
コンコンコンッ。
私は仕事部屋の扉を軽く叩いた。
「……ガイル」
ザックさんとジレンくんが帰った、その日の夜。
店内は昼間の賑やかさが嘘のように静かで
聞こえるのは時計の針が刻む音だけだった。
「入るわね」
返事を待って扉を開けると
ガイルは机に向かったまま書類へ目を通していた。
「……なんだ」
私は部屋へ入り、机の向かいへ立つ。
「ちょっと相談があるの」
ガイルは書類から視線を上げた。
「今日ね、ジレンくんと話していて
一つ思ったことがあるの」
私は昼間の出来事を思い返しながら話し始めた。
「このお店には
たくさんの食器さん達がいるでしょう?
店頭に並んでいる子達は
お客様の目に留まる
…でも、二階で眠っている子達は
なかなか見てもらう機会がないの」
ガイルは黙って耳を傾けている。
「もちろん、店頭の子が旅立てば
次の子を並べられる
でも、それって結局……
順番待ちみたいなものだと思うの」
私は少し寂しそうに笑った。
「店頭に出られるまで
ただ時間だけが過ぎていく子もいる」
「…………だから、俺がいるんだろ。」
ガイルが静かに言う。
「……うん」
私は頷いた。
「でもね、毎日全部の子の話を聞くなんて
無理でしょう?
だから、ジレンくんみたいに
お客様に実際に使ってもらえる場所が
…あったらって思ったの
使ってみて気に入ってもらえたり…
その子自身が
『この人のところへ行きたい』って
思えたりするでしょう?」
「…………まあな」
ガイルはゆっくりと顔を上げ
真っ直ぐ私を見つめた。
「……で?」
腕を組み直す。
「つまり、どうしてぇんだ」
私は一度息を吸う。
「ガイルのお爺さんがやっていたみたいに
お店でお茶を飲んでもらったり
お菓子を食べてもらったりして……
その時に、二階の食器さん達にも
活躍してもらいたいの」
「あ、もちろん
ガイル一人に負担をかけるつもりはないわ」
ガイルは黙ったまま考え込んでいる。
私は少し笑って続けた。
「それでね?
パンケーキの焼き方、教えてくれないかしら」
「…………」
ガイルがぴたりと動きを止める。
「……パンケーキ?」
「ええ」
「お前が焼くのか?」
「そうよ?」
「…………」
ガイルの肩が、小さく震えた。
「……何がおかしいの?」
頬を膨らませて問いかける。
「……別に」
そう答えるものの、肩はまだ震えている。
「笑ってるわよね?」
「……笑ってねぇ」
「笑ってるじゃない!」
ガイルは一度だけ咳払いをすると
視線を逸らした。
「……と、とにかくだ
お前は、俺が作ったもんを運べ
お茶もパンケーキも……俺がやる」
「…むー…私にだって焼けるわよ!
お茶だって淹れられるし…」
「……今日のジレンへの接客」
不意に、ガイルが真面目な声で言った。
私は言葉を止める。
「あれは、俺には出来ねぇ」
ガイルは私を真っ直ぐ見つめる。
「あれは、お前だから出来た」
思わず目を見開いた。
「客に茶やパンケーキを出すのは構わねぇ
でも、運んだり、話したりすんのは
…お前の役目だ」
「…………」
胸の奥が少しだけ温かくなる。
「……なんか、納得いかない」
私が頬を膨らませると
ガイルは小さく笑った。
「パンケーキは……爺さんから教わったもんだ」
少しだけ照れくさそうに視線を逸らす。
「俺が焼く」
「そこまで言うなら
……分かったわ」
私は苦笑しながら頷いた。
「でもね、一つ問題があるの
お店の中は狭いでしょう?
席を詰めても二人か三人が限界…
立ったまま
お茶を飲んでもらうわけにもいかないし……」
「…………」
「…………」
二人で腕を組み、考え込む。
その時だった。
〘ならよぉ~~〙
突然、外から陽気な声が響いた。
〘オレの足元はどうでぃ?
木陰にもなるしよぉ?
雨の日でも困らねぇだろぉ~~?〙
「……え?」
私は思わず窓の外を見た。
店の前で大きく枝を広げる一本の木。
葉が風に揺れ、さらさらと優しい音を立てていた。




