物たちの気持ち
思い出話に花が咲き
店の中はどこか穏やかな空気に包まれていた。
ザックは湯呑みを傾けながら笑い
バンさんは昔を思い出しては
嬉しそうに頷いている。
そんな中………
「……いいなぁ、このコップ」
ぽつりと呟いたのは、ジレンくんだった。
両手で包み込むように持ったコップを
じっと見つめている。
白を基調とした小さなコップ。
縁には淡い水色のラインが入り
真ん中には、赤い花をくわえた
黄色い小鳥が描かれていた。
(……かわいい)
絵を描くことが大好きなジレンくんが
惹かれるのも分かる気がした。
「このコップ……僕、欲しいな」
そう呟いて、そっと机へ戻した。
その時だった。
……カタッ
小さな音が響く。
「……え?」
ジレンくんが目を丸くする。
(今……コップが、動いた?)
ほんのわずか…
見間違いかと思うほど、小さく震えただけ。
それでも確かに、動いた。
「……あれ?」
ジレンくんはコップを覗き込む。
「今……動いた?」
「……俺も見えた」
ザックも目をぱちぱちと瞬かせながら
コップへ視線を向ける。
「気のせい……じゃ、ないよな?」
店内が一瞬だけ静まり返る。
「…………」
その沈黙を破ったのは、ガイルだった。
小さく笑うと、コップをそっと手に取る。
「……ふっ」
優しくコップを撫でながら
ジレンへ視線を向ける。
「コイツも……
お前んとこへ行きたいってよ」
(……あれ?)
私はコップを見つめたまま、首を傾げる。
(待って……
こんな場面、どこかで……)
ふと、ある光景が頭をよぎった。
(……あ)
私は、この店へ初めて来た日のことを思い出す。
疲れ切って、ふらふらと店へ入ったあの日。
座ろうとした、その瞬間……
椅子が、小さく震えた。
(あの時は……
気のせいだと思ってた)
私はゆっくりとコップへ視線を戻した。
(あれは……
もしかして……)
「……コップが、そう言ってるってのか?」
ザックはコップを指差したまま
まだ信じられないという表情で見つめている。
「ガイルさん……本当に、このコップが
僕のところへ行きたいって言ってるの?」
ジレンくんも少し戸惑った顔で
ガイルを見上げた。
「……信じねぇなら、それでいい」
ガイルはそれだけ言うと、そっぽを向く。
そして、コップを壊れ物でも扱うように
そっと机へ戻した。
店の中が静かになる。
〘………………〙
バンさんは何も言わなかった。
ただ、ガイルの頭へそっと手を乗せる。
優しく撫でながら
少しだけ寂しそうに目を細めていた。
「……本当よ」
私は静かに口を開く。
「ガイルは、嘘をつかないもの」
ザックとジレンが、同時に私を見た。
「私も最初は信じられなかった」
そう言いながら、コップへ視線を落とす。
「でも、この店へ来てから
何度も見てきたの。
物たちの気持ちや話を聞いて
次の持ち主へ送り出していく」
私はそっとガイルを見る。
ぶっきらぼうで、不器用で
それでも誰より物たちを大切にしている人。
「それが、この店の店主……
ガイルのお仕事なの」
「「……………………………」」
二人はしばらく顔を見合わせたまま、黙っていた。
店の中に静かな時間が流れる。
そして……
「……すっっっっっげーーーーー!!」
「すごいよ!! ガイルさん!!」
二人は同時に身を乗り出した。
その目は
まるで憧れの英雄でも見つめるように
きらきらと輝いている。
「物の声が聞こえるなんて
めちゃくちゃカッコいい!
僕も聞いてみたい!」
「そうか! そうだったのか!」
ザックは興奮した様子で立ち上がると
ガイルの両肩をバンバン叩いた。
「いや、お前さ!
変わり者で有名だったけど……
そういうことだったのか!!」
「…………」
ガイルは顔をしかめる。
そんなことはお構いなしに
ザックは目をきらきらと輝かせた。
「店で商品持っちゃあ、ずーっと睨んでるし!
街でも、店のショーウィンドウの前で
立ち止まっては
中をじーーっと見つめてるし!」
「全部、そういうことだったんだな!!
なんだよ、お前!
めちゃくちゃすげぇやつじゃん!!」
ザックの勢いに圧倒され
「お、おい……」
ガイルは困ったように眉をひそめる。
すると今度は…
「ガイルさんっ!」
ジレンくんが勢いよくガイルへ抱きついた。
「このコップ、僕がもらってもいい!?」
きらきらと目を輝かせながら
矢継ぎ早に続ける。
「ねぇねぇ!
他にも僕のところへ
来たいって言ってる物ある!?
聞いてみてよ!」
「お、おい……」
ガイルは戸惑いながらも
ジレンくんを振り払おうとはしない。
「…落ち着け」
ぶっきらぼうにそう言うと
ジレンくんの頭をぽんっと軽く叩いた。




