ガイルのパンケーキ
「……こ、これでいいのかな?」
私は少し緊張しながら
書き上げた文字をザックへ差し出した。
「ああ、うまく書けてる」
ザックは頷く。
「でも、ここはもう少し
しっかり止めた方が読みやすいな」
そう言いながら
炭筆で手本を書き足してくれた。
バンさんが現れて店内はひと騒ぎになったけれど
ようやく落ち着いた私達は
それぞれの役割に戻っていた。
ジレンくんはチラシの絵を描き
私はザック先生のもとで文字の勉強。
まず最初に教わることになったのは
『あいうえお』ではなく
この店の名前
『ドーンザワ商店』
毎日目にしている言葉だからこそ
一番覚えやすいだろうというザックの提案だった。
初めて触れる、この世界の文字。
どちらかというと
日本語というよりも
アジア圏の文字に少し似ている気がする。
線の一本一本に意味があって
形にも決まりがある。
私は昔から勉強そのものは嫌いじゃなかった。
知らなかったことを知る瞬間は
少しだけ世界が広がるような気がするから。
(…………)
静かな時間が流れていた。
炭筆が紙を滑る音
ジレンくんが絵を描く音
そして………
〘次はこのお洋服にしようかしらぁ……♡〙
ぶつぶつと独り言を呟く、バンさんの声。
どうやらジレンくんが描いた
自分の絵をすっかり気に入ったらしい。
鏡の前へ行っては絵と見比べ
顎に手を当てて首を傾げる。
〘こっちかしらぁ♡〙
〘やっぱりこっちぃ?♡〙
なんて言いながら
一人ファッションショーを始めていた。
思わず苦笑してしまう。
そんな穏やかな時間がしばらく続いたあと
「……茶ぁ入ったぞ」
ぶっきらぼうな声が響く。
顔を上げると
ガイルが湯気の立つお茶と
甘い香りのパンケーキを
片手で器用に運んできていた。
「おっ! 美味そう!」
ザックが目を輝かせる。
「ガイルさん、ありがとう!」
ジレンくんも炭筆を置き
満面の笑みを浮かべた。
「ちょうど甘いもの食べたかったんだ!」
〘あらあらあら♡
ガイちゃんにしては気が利くじゃない♡
じゃあ、さっそく頂きましょ♡〙
そう言いながら
バンさんはガイルの周りをふわふわと飛び回る。
「はい、これ♡」
「これはこっち♡」
サッ
サッ
目にも止まらぬ速さで
お皿やコップをテーブルへ並べていく。
「……気が利くは余計だ」
ガイルはぶっきらぼうに答えながら
私の前へパンケーキを置く。
そして、ハチミツと
ミルクの入ったコップを添えた。
「え……?」
思わずガイルを見上げる。
「……ミルクの方が好きだろ」
「……うん」
驚きながら、小さく頷いた。
「いい匂い…
ガイル、ありがとう」
実を言うと、この世界のお茶は
日本のお茶よりも少しクセが強い。
飲めないわけじゃない
でも、まだ慣れない。
(そのうち慣れる)
そう思って飲んではいたけれど
ガイルはそんな小さな変化まで、気付いていた
「「いただきまーす!」」
ザックとジレンは声を揃え
嬉しそうにパンケーキへかぶりつく。
「ふふっ、いただきます」
私も手を合わせ、一口頬張った。
ふわっと広がる甘い香り。
外はほんのり香ばしく、中はふわふわ。
「「「お、おいしーい!」」」
思わず三人の声が重なった。
その様子を見ていたバンさんは
ふっと目を細める。
〘ふふふ……♡
懐かしいわねぇ……♡
ねぇ、ガイちゃん♡〙
「……あ?」
ガイルが顔を上げる。
〘昔はこうして
みんなでお茶を飲んだり♡
甘い物を食べながら
おしゃべりしたりしてたじゃない♡〙
「え、そうなんですか?」
私は思わず聞き返した。
〘そうよぉ♡〙
バンさんはどこか懐かしそうに目を細める。
〘昔はねぇ♡
お客さんが来ると
先々代のダンナさんが
「まぁ、一杯飲んでいきなさい」って
お茶を淹れてくれたのよぉ♡〙
〘先々代のオカミさんは
それはそれはお料理上手でねぇ♡
焼きたてのお菓子や手料理を
振る舞ってくれるもんだから
みぃんな話が弾んじゃって♡
気付けば日が暮れるまで長居する人も
珍しくなかったのよぉ♡〙
「……ふっ」
ガイルが小さく笑った。
「夜になっても帰らねぇ連中と
爺さんは酒飲んでたな」
「…よく婆さんに怒鳴られてた」
どこか懐かしそうな笑みだった。
「へぇ……」
私は思わず笑う。
「昼間はカフェで
夜は居酒屋みたいな感じね」
「…………」
(カフェ……かぁ)




