壊滅的な絵心
二階から下へ戻ると
ザックとジレンが
何やら話している声が聞こえてきた。
「ねえ兄ちゃん、これ何だろう?」
「……潰れたダンゴムシ、か?」
「うーん……じゃあ、こっちは?」
「犬……にも見えるな」
「いや、魔獣か?」
「…………」
会話から察するに
どうやら私が描いた絵について
話しているらしい。
「……違う」
私はその場で立ち尽くした。
「あれ……全部、お店の商品なのに……」
自分の絵心の無さに、絶句した。
声を掛けづらかったけれど……
「……お茶、どうぞ」
そう言いながら
二人の後ろへそっと立った。
「あっ! あ、ああ……」
ザックがビクッ! と
肩を震わせ、慌てて振り返る。
その隣では、ジレンが相変わらず
私の絵を見つめたままだった。
「……魚?」
小さく首を傾げる。
「でも……丸いような……
なんなんだろ、これ」
真剣な表情で一人クイズを続けている。
(……………………)
その様子を見たザックが
慌ててジレンの肩をバンバンッ! と叩いた。
「お、おいジレン!
お茶淹れてくれたんだぞ!」
「あ……」
ようやく顔を上げたジレンは
慌ててぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
そしてもう一度、ちらりと紙を見る。
「でも……これ、何なんだろ?」
「…………」
私は静かに紙を裏返した。
なんとなく気まずくて
三人とも黙ったまま椅子へ腰を下ろす。
湯気の立つお茶を、静かにすすった。
「……ねぇ、リールさん」
そんな沈黙に耐えられなくなったのか
ジレンが遠慮がちに口を開いた。
「ん? なあに?」
「僕も、お絵描きしていいですか?」
「え? もちろんよ」
思わず笑みがこぼれる。
「ちょっと待ってね」
私は新しい紙と炭筆を用意し
ジレンの前へ置いた。
「はい、どうぞ
…何を描くの?
見ててもいいかしら?」
そう尋ねると、ジレンは嬉しそうに頷いた。
「うん!」
迷いなく炭筆を走らせ始める。
隣ではザックも優しい笑みを浮かべながら
弟の手元を静かに見守っていた。
(…………)
(………………)
炭筆が紙を滑る音だけが部屋に響く。
やがて
ジレンは満足そうに炭筆を置いた。
「できた!」
「え……」
私は紙を覗き込み、思わず目を見開く。
「ジレンくん……上手!!?」
ジレンが描いたのは
今、目の前に置かれたコーヒーカップ
そして、自分が使っている子ども用のコップ
カウンターに飾られた小さな花
さらには、窓の向こうに見える
ドーンザワ商店の大きな木まで
どれも見たままを
そのまま紙へ映したようだった。
線はまだ少し幼い
それでも
これはコーヒーカップ
これは花
そう、一目見ただけで分かる。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
「ジレンくん、本当に上手ね」
私が褒めると
「ありがとう!」
ジレンくんはぱあっと顔を輝かせた。
「僕ね、絵を描くのが大好きなんだ」
嬉しそうに笑うと
そのまま少し照れくさそうに続ける。
「病気で、ずっと寝たきりだったから……
行ってみたい場所とか、やってみたいこととか
兄ちゃんから話を聞いて
想像しながら絵を描いてたんだ」
「ジレンは天才だ!」
ザックがジレンの頭をくしゃっと撫でながら
にかっと笑う。
「大きくなったら、絵描きになりたいんだよな!」
「うん!」
ジレンは嬉しそうに頷いた。
「世界中を回ってね
風景や動物……目に映るものを
たくさん描きたいんだ!」
「きっと立派な絵描きになれるわ」
思わずそう言うと
ジレンは照れくさそうに笑った。
「目に映るもの……か」
ぽつりと呟く。
「写真みたいね」
「「……しゃしん?」」
兄弟そろって首を傾げる。
「あっ、ううん。何でもないの」
私は慌てて笑って誤魔化した。
(……写真、か)
文字だけのチラシより
絵があった方が伝わりやすい。
でも、本当は………
お店の中を、そのまま見てもらえたら
今のドーンザワ商店がどんな場所なのか
きっともっと伝わる。
(前とは全然違うって、ひと目で分かるもの)
そこまで考えて、私は腕を組んだ。
「でも……あと一つ
『行ってみたい』って
思ってもらえる何かがあれば……」
「リールさん?」
ジレンくんが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「あ……ううん」
私ははっと我に返る。
「なんでもないの」
そう言って笑うと
ジレンくんの絵へもう一度視線を落とした。
(……やっぱり上手)
そこで、ふと一つの考えが浮かぶ。
「ねぇ、ジレンくん
お願いがあるんだけど……」




