第25話 静かすぎるダンジョン
街を出て、しばらく歩く。
昨日のダンジョンよりも、少し離れた場所。
森の奥。
「……ここか」
木々の間に、ぽっかりと空いた穴。
同じ“ダンジョン”のはずなのに――
(……雰囲気が違うな)
前よりも、妙に静かだ。
風の音すら、少し遠い。
「……気配が、薄いです」
リリアが小さく呟く。
「ああ」
頷く。
魔物の気配がないわけじゃない。
でも、広がっていない。
“奥に集まっている”ような感じ。
(……嫌なタイプだな)
外にいない分、中が濃い可能性が高い。
「どうしますか?」
リリアがこちらを見る。
その目は、落ち着いている。
「……入るだけ入って、様子見る」
「はい」
即答だった。
無理はしない。
それが前提だ。
⸻
一歩、踏み込む。
暗い。
冷たい。
でも――
「……静かすぎるな」
思わず呟く。
前のダンジョンは、もっと“生きてる感じ”があった。
音があって、動きがあって。
でも、ここは違う。
まるで――
(……止まってるみたいだ)
「ユウトさん」
「分かってる」
小さく返す。
リリアも同じ違和感を感じているらしい。
慎重に進む。
一歩ずつ。
音を抑えて。
しばらく進んでも――
何も出てこない。
「……いなさすぎないか」
「はい。異常です」
はっきりと言う。
ここまで何もないのはおかしい。
普通なら、入口付近に何体かいてもいいはずだ。
(……奥に溜めてる?)
それとも――
「……こっち」
リリアが足を止める。
視線の先。
地面。
「……これ」
思わずしゃがむ。
跡がある。
引きずったような。
「戦闘跡……ではありませんね」
「何かを運んでる?」
「その可能性が高いです」
ぞくり、とする。
(……何を?)
答えは、まだ分からない。
でも、良いものじゃないのは確かだ。
さらに進む。
通路が少しずつ広くなる。
そして――
「……っ」
思わず足が止まる。
空間が開ける。
部屋のような場所。
そして、その中央。
「……なんだ、これ」
思わず声が漏れる。
積まれている。
何かが。
ゴブリンの死体。
いや、それだけじゃない。
他の魔物も混じっている。
山のように。
「……集められている、ように見えます」
リリアの声が少し低い。
「ああ」
頷く。
自然にこうなる量じゃない。
明らかに、意図的だ。
(……やっぱり、管理されてる)
昨日の話が頭をよぎる。
“誰かが管理している可能性”。
それが、ここにもある。
そのとき――
微かな音。
ぐちゃ、と。
湿った音。
「……っ」
視線を向ける。
死体の山。
その奥。
何かが、動いた。
(……生きてる?)
違う。
もっと、嫌な感じだ。
形が崩れている。
溶けているような。
「……下がるぞ」
小さく言う。
「はい」
リリアもすぐに反応する。
ゆっくりと、後ろへ。
刺激しないように。
だが――
ぐちゃ、と音が大きくなる。
山が、崩れる。
中から――
「……なんだよ、これ」
言葉が漏れる。
形が、定まっていない。
ゴブリンの腕。
別の魔物の体。
それが、無理やり繋がっている。
歪な塊。
「……融合、している?」
リリアが呟く。
信じられない、というように。
(……やばいな)
本能が警鐘を鳴らす。
あれは、普通じゃない。
ボスとは、また違う。
別の“異常”。
「……戻る」
即断。
迷わない。
「はい!」
リリアも同時に動く。
だが――
ズルリ、と。
それが、こちらに向く。
形を変えながら。
動く。
「……っ!」
速くはない。
でも――
(……読めない)
動きが不規則すぎる。
予測できない。
それが、一番危ない。
「急ぐ!」
「はい!」
距離を取る。
通路へ。
走る。
背後から、音が追ってくる。
ぐちゃ、ぐちゃ、と。
(……気持ち悪いな)
思考が少しだけ乱れる。
でも。
(落ち着け)
こういう時こそ、冷静に。
出口が見える。
あと少し。
だが――
前方。
通路の影が、揺れる。
「……っ、前!」
新たな気配。
塞がれる。
(挟まれる)
一瞬で判断する。
前も後ろもダメ。
なら――
「……ここで切る」
壁際に寄る。
リリアを見る。
「少し時間くれ」
「はい」
迷いのない返事。
それだけで十分だ。
意識を集中する。
迫る音。
近い。
だが――
焦らない。
タイミングを測る。
そして――
⸻
――ログアウト。
⸻
自室。
「……なんだよ、あれ」
思わず座り込む。
さっきの光景が、頭から離れない。
(ゴブリンとは、別物だ)
あれは、魔物というより――
(……何かの“結果”か?)
作られている。
そんな感じがする。
昨日のボス。
今日のこれ。
(……繋がってるな)
確信に近い。
ただのダンジョンじゃない。
何かが起きている。
「……どうする」
選択肢はある。
関わらない。
距離を置く。
それも正しい。
でも――
(情報は欲しい)
このまま放置するのも危険だ。
なら。
「……やることは同じか」
小さく呟く。
準備して。
考えて。
無理をしない。
それだけ。
深呼吸。
意識を整える。
⸻
――ログイン。
⸻
再び、ダンジョンの通路。
リリアがすぐにこちらを見る。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
短く返す。
呼吸は整っている。
頭も冷えている。
「どうしますか?」
静かな問い。
迷いはない。
「……一旦、完全に戻る」
「はい」
即答。
「今のは、情報が足りない」
「同意します」
リリアが頷く。
そのまま、出口へ向かう。
今度は、追ってこない。
あの“何か”は、あの場所に留まっているらしい。
外へ出る。
光。
空気。
ようやく、緊張が解ける。
「……これは」
リリアが小さく呟く。
「ただのダンジョンではありません」
「ああ」
同意する。
間違いない。
(……面倒なことになってきたな)
でも。
(無理はしない)
それだけは変わらない。
空を見上げる。
雲が、さらに厚くなっていた。
――最弱スキル“ログアウト”。
それは、逃げるための力。
でも。
“未知に対して、慎重に挑むための力”でもある。
その価値が、また一つ増えた気がした。




