第21話 ボス戦のはじまり
ダンジョンの入口をくぐる。
昨日と同じ空気。
重く、冷たい。
でも――
(今日は、準備してきた)
それだけで、少しだけ違う。
「行きましょう」
「ああ」
リリアと並んで進む。
足音を抑えながら、奥へ。
昨日戦った場所を通り過ぎる。
痕跡は残っているが、魔物の気配はない。
「……静かですね」
「逆に嫌だな」
小声で返す。
こういうときほど、何かある。
さらに奥へ。
マーキングのあった場所を越える。
空気が変わる。
圧が強くなる。
(……近い)
自然と足が止まる。
リリアも同時に止まった。
「……います」
小さな声。
視線の先。
暗闇の奥。
ゆっくりと、影が動く。
そして――
姿を現す。
「……デカいな」
思わず呟く。
ゴブリン。
だが、今までの個体とは比べものにならない。
身長は二倍近い。
体は異様に分厚く、筋肉が膨れ上がっている。
手に持っているのは、棍棒ではない。
――鉄の塊のような武器。
「……あれが」
「ああ」
言葉を交わすまでもない。
こいつが、このダンジョンの“核”。
ボスだ。
ゴブリンが、こちらを見る。
目が合う。
その瞬間。
――ゾワッ。
本能的な危機感が走る。
(……やばい)
今までの敵とは、格が違う。
だが――
「……やるか」
小さく言う。
「はい」
リリアが頷く。
迷いはない。
その時点で、少しだけ気が楽になる。
ボスが動く。
一歩。
それだけで、空気が揺れる。
(速い……?)
次の瞬間。
消えた。
「っ!?」
視界から外れる。
横。
気づいたときには――
もう振りかぶっている。
(間に合わない)
⸻
――ログアウト。
⸻
「っ……!」
自室に戻る。
息が荒い。
「……速すぎるだろ」
思わず声が出る。
見えなかった。
完全に、反応できていない。
(あれは……無理だ)
正面からじゃ対応できない。
あのスピード。
あのパワー。
「……どうする」
考える。
逃げるか。
諦めるか。
(いや)
首を振る。
まだ、やれることはある。
さっきの動き。
消えたように見えたが――
「……踏み込みか」
一瞬で距離を詰めてきた。
なら、予測はできる。
「でも、それだけじゃ足りない」
避けきれない。
なら――
「……位置を限定する」
呟く。
動ける範囲を制限する。
それができれば、対処できる可能性がある。
リュックを確認。
準備してきたもの。
(これを使うか)
完全じゃない。
でも、やるしかない。
深呼吸。
「……一回じゃ無理でも」
小さく呟く。
「何回でもやればいい」
それが、このスキルの強みだ。
意識を集中する。
⸻
――ログイン。
⸻
同じ場所。
同じ瞬間。
ボスがこちらを見る。
「……来るぞ」
「はい」
短く告げる。
今度は、最初から意識する。
踏み込み。
初動。
全部を見る。
ボスが動く。
一歩。
(ここだ)
来る。
予測。
横へ。
全力で回避。
――ドンッ!!
背後で、地面が砕ける音。
「っ……!」
かろうじて避けた。
(やっぱり速い)
でも。
(見えないわけじゃない)
ほんのわずか。
だが、反応できる。
「ユウトさん!」
リリアの声。
ボスが次の動作に入る。
連続。
(……休まないのか)
振り上げる。
もう一撃。
(まずい)
避けきれない。
だが――
「こっち!」
叫ぶ。
位置をずらす。
ボスの注意が一瞬逸れる。
その隙に、距離を取る。
呼吸が荒い。
(……きついな)
正面からの戦いじゃない。
完全に、避ける側だ。
「……どうしますか」
リリアが小さく聞く。
その声は落ち着いている。
でも、状況は分かっているはずだ。
(……まだ足りない)
今のままじゃ、削れない。
攻撃の隙が少なすぎる。
「……一回、様子見」
「はい」
頷く。
無理に攻めない。
まずは、見る。
動きを。
癖を。
それが分かれば――
勝ち筋は見える。
ボスが再び踏み込む。
速い。
重い。
圧倒的。
だが――
(……少しずつ、分かってきた)
完全に無理じゃない。
でも。
(このままじゃ、削りきれない)
時間も、体力も足りない。
つまり――
(もう一段、必要だな)
ログアウト。
もう一度使えば、精度は上がる。
だが。
(タイミング、ミスるなよ)
一歩間違えれば、終わる。
集中する。
呼吸を整える。
ボスが動く。
視界が揺れる。
圧が迫る。
――最弱スキル“ログアウト”。
それは、やり直す力。
でも。
それだけじゃ、この相手には足りない。
次は――
“勝つための一手”を、掴まなきゃいけない。
そう確信しながら――
俺は、目の前の圧倒的な存在と向き合った。




