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意識のはじまり  作者: 安田孫康
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7 意識の物理的な形成

7 意識の物理的な形成


  (ちらし) 意識の所在

  (ちらし) 意識の正体と発生メカニズム

  意識の予想される特徴

  意識の形成につき推測されること

  意識の発生についての主な根拠

  意識の形成の物理的な可能性






  《 (ちらし) 意識の所在 》


意識には身体感覚作用と思考作用が具わりています。そして、これらは、大きな作用です。特に、思考作用は、本質的に大きくなくてはなりません。


すると、意識にそなわる作用は、無数の構成要素から形成される大きなものである、と判断されます。


そして、大きな作用の結果である大きな身体感覚や思考を、意識は感知できます。


すると、意識は、さらに、1個の量子のような統合性や包括性を具えしものである、とも判断されます。


しかるに、脳は、それがどれほど高度に組織化されていようとも、1個の量子では決してありません。脳は、物質的――外的――に評価するなら、無数の物質の集合体にすぎないのです。


このため、意識が脳の物質的――外的・巨視的――な面で発生することは有りえない、と判断されます。


このゆえ、意識は、脳の非物質的――内的・微視的――な面におき、脳に重なるかたちで発生するほかはない、と、強く推測されます。


そして、物質の非物質的――内的・微視的――な面は、物質作用群により体現されます。物質作用群が、物質(と既知の巨視的な物理法則)の正体であり、かつ、源です。(無は存在しないので、物理法則を施行するものは、(エナァジで体現される)物理的な実体として、かならず存在しなくてはなりません)。


このため、意識は、物質作用群のうちの、意識の巨大な作用を形成しうる物質作用群から形成される、と予想されます。その作用群は、測定作用と演算作用です。脳を構成する無数の物質に具わるこれらの作用が、意識の構成要素です。






  《 (ちらし) 意識の正体と発生メカニズム 》


じぶんの意識がこの宇宙という物理世界に発生していることは、自分にとりては明白な事実です。なので、意識がとにかく物理的なものであることは、自分にとりては間違いありません。


しかし、物理的ではあるにせよ、意識は決して実証できないと思われます。なので、意識を探るにも、推測で押しとおすしかないと思われます。


他方、物質には、内的な作用(= 物質作用)が具わりています。(これらの作用そのものも、直接に観測することは不可能なので、その存在も可能なかぎり論理的かつ合理的に推測するほかはありません)。


そして、推測によるならば、物質に具わる物質作用のうちの観念的な作用――測定作用と演算作用――が一つに融合せしものが、意識の正体です。微生物や単細胞生物を始めとする各種の生体を構成する無数の物質にそなわる観念的な作用が一つに融合せしあとの巨大な作用が、意識の正体と、推測されます。


そして、無数の観念的な作用が一つに融合するための直接の原因は、熱が外部に排出されて、エントゥロピ生成速度が減少していると覚しき系に生じると推測される物理的秩序形成効果と思われます。この効果が、エナァジそのものに具わると推測される創発――新しい物理的秩序の形成――の傾向に働きかけて、(エナァジで直接に体現される)観念的な作用群をして、自分らで、自己制御によりて、一つに融合させる、と推測されます。


意識の発生する大よその枠組はこのようなものと思われます。そして、推測してしまうなら、「なあんだ、そんなことなりきのか?」と思うくらい、意外に呆気ないです。


ただし、決して実証できないと思われます。意識の発生に関係する事柄は、実証できないことばかりです。






  《 意識の予想される特徴 》


1) 意識は物理的

2) 意識は物理現象

3) 意識は大まかには作用

4) 意識は秩序

5) 意識は統合的・包括的で大きい (重要)

6) 意識の質は微視的 (重要)

7) 意識は一人称をとる主体(私)である (超重要)


  ................


1) 意識は物理的


意識は、自分の体や外界を感知できます。また、思考により体(筋肉)を動かすことができます。(ただ、思考が、脳という物質でなく、意識で果たされていることには、説明が必要です。そして、このことは、意識に自由意志が具わりていることまでは、意味しません)。これらのことは、意識と物質のあいだに何らかの接点があり、意識が物理的であることを、意味します。


2) 意識は物理現象


意識は、発生したり、消滅したり、しています。また、つねに変動しています。なので意識は何らかの物理現象と推測されます。


3) 意識は大まかには作用


意識は五感や思考を感じることができます。それらの元となる作用が意識で動作するなら、それらの動きは、自動的に、意識に、五感や思考と感じられるだろう、と思われます。(思考は、五感と同様、意識に感じられるものと、思われます)。言わば、五感や思考の感覚は、作用の動きの影のようなものです。作用の動きが時間の経過のなかで持続すると、その動きの持続がみずから感覚になるだろう、と推測されます。五感をもたらすものは、身体感覚作用です。思考をもたらすものは、思考作用です。意識は、身体感覚作用と思考作用の合わさりしもの、と推測されます。そして、意識の持続する動きがみずから精神になるのかも知れません。


4) 意識は秩序


作用は、作用の名に値するなら、秩序です。しかも、高度な秩序です。作用と推測される意識は、同時に、高度な秩序でもあります。


5) 意識は統合的・包括的で大きい (重要)


意識は、脳の様ざまな部位で生じる無数の感覚や思考を、同時に感じることができます。意識の存在様相はここではまだ不明ですが、このことは、意識が、なんらかの形で脳に重なる、大きく、統合的で包括的なものであることを、意味しています。


6) 意識の質は微視的 (重要)


意識は、おそらく、無形で、触れず、観測や測定が難しいか不可能で、ふつうの物理法則が適用されてない、と思われます。そして、これらのことから、意識の質は微視的かもしれないと、推測されます。


7) 意識は一人称をとる主体(私)である (超重要)


この宇宙は、巨視的には、徹底的に、三人称をとる客体の世界、と思われます。そして、そういう世界に、一人称をとる主体(私)である意識が無条件にただで存在できるとは、とても思えません。意識が巨視的なレヴェルで発生できるためには、物質の、根底の、微視的な面に、意識をもたらしうる主体性の具わりていることが、つよく推測されます。そして、その主体性を担うものは、物質にそなわる作用群をおき、ほかには見当たらないと、思われます。作用群が、「主体と客体の二重性」・「能動性と受動性の二重性」をゆうする物質の主体性の本体です。






  《 意識の形成につき推測されること 》


意識の予想される特徴から、意識の形成については、以下のようなことが推測されます。


  ................


a) 意識は、物質を基盤として形成される

b) 意識は、物理的秩序の形成をうながす原動力により形成される

c) 意識は、おおきく特異な量子のようなもの

d) 意識は、物質にそなわる作用の同類

e) 意識は、実体は扱わず、観念的な働きをはたす大きな作用

f) 意識は、物質にそなわる、実体は扱わず、観念的な働きをはたす作用から形成される


  ................


a) 意識は、物質を基盤として形成される


無は存在しなく、無からは何も形成できません。1)~4)の特徴から、意識は、なんらかの形で、物質を基盤として形成されることが、推測されます。


b) 意識は、物理的秩序の形成をうながす原動力により形成される


3)と4)の特徴から、意識は、物理的秩序の形成をうながす何らかの原因・効果・根拠・メカニズム・枠組・要因などの働きにより形成されることが、推測されます。


c) 意識は、おおきく特異な量子のようなもの


5)の特徴から、意識は、おおきく特異な量子のようなもの、と推測されます。なぜなら、この宇宙では、1個の物理的な実体としての統合性・包括性を帯びれるものは量子だけ、だからです。


d) 意識は、物質にそなわる作用の同類


6)の特徴からは、素粒子の世界が連想されます。して、3)の、作用であることから、意識は、素粒子(物質)にそなわる作用の同類ではないか、と推測されます。さらに、7)の特徴からも、意識の源が物質にそなわる作用かも知れないことが、期待されます。


e) 意識は、実体は扱わず、観念的な働きをはたす大きな作用


3)の特徴から、意識は、観念的な働きをはたす大きな作用、と推測されます。なぜなら、身体感覚作用と、思考作用は、どちらも、エナァジで体現されるものである実体は扱わず、観念的な働きをはたすからです。たとえば、測定器・コムピュータァ・FPGAのような作用です。


f) 意識は、物質にそなわる、実体は扱わず、観念的な働きをはたす作用から形成される


d)とe)の推測から、意識は、物質にそなわる観念的な働きをはたす作用から形成される、と推測されます。


  ................


I) 意識は、脳(生体)に重なりている


以上のことから、意識は、大きく、統合的・包括的で、微視的で、実体は扱わず、観念的な働きをはたす、奇妙な量子のようなもの、と予想されます。


ところで、脳に存在する物質的(巨視的)なものは、脳を構成する物質群と電磁場だけです。しかし、これらは、1個の量子のような統合体を形成していず、意識ではありえません。


また、これらは、物質的なので、微視的である意識を形成することは、決してできません。逆です。物質的なもの――たとえば、固体の粒子――は、微視的なものである物質の作用から、結果としての静的な物理性質(スケイラァ量)として形成される――そのように観察される――のです。


すると、意識は、非物質的(微視的)で、大きく、統合的・包括的で、特異な量子のようなものとして、脳に重なりつつ発生するだろう、と予想されます。(ほかに物質的なものが存在しないからです)。


意識は不思議なかたちで脳(生体)に重なりているのです。


  ................


II) 予想される意識の実体


以上のことから、意識の実体は、次のようなものではないか、と予想されます。


- 意識(の実体)は、意識が出現する生体(の構成要素の物質群)に重なるかたちで形成される、物質的な実体は扱わず、観念だけを扱う、大きく、統合的・包括的で、きわめて奇妙な、量子のようなもの、である。


  ................


III) 意識の形成に求められるもの


以上のことから、意識の形成には、以下のものが求められる、と思われます。


1) 物質にそなわり、意識の作用を形成しうる、観念的な働きをはたす内的な作用


2) 物質にそなわる内的な作用のレヴェルで物理的秩序の形成をうながす原動力






  《 意識の発生についての主な根拠 》


意識の発生についての主な根拠は、次のとおりです。


1) 無は存在しない (ベルクソン・スピノウザ)


2) 内部観測 (物理学)


3) 物質にそなわる内的な作用 (物理学)


4) エナァジには創発の傾向が具わりている (物理学)


5) 熱力学第二法則、自己集合、自己組織化、そして、エントゥロピ生成速度の減少に起因して発生すると予想される物理的秩序形成効果 (熱力学)


6) オートポイエシス (システム論)


  ................


1) 無は存在しない (ベルクソン・スピノウザ)


(無が存在しないことについては、「3 この宇宙の元と実体」に記述してあります)。


意識は、掴みどころなく、不思議なものです。しかし、他方、つねに変動しています。この点で、意識は、ひろい意味での物理現象と思われます。(時間の経過のなかで変化するものは、原則的に、物理現象です)。また、説明することは難しいですが、意識には身体感覚作用と思考作用が具わりており、意識は、大まかには、作用とも思われます。


そして、物理現象や作用は無からは形成されえません。なぜなら、無は存在しなく、無は何物によりても体現されえず、かつ、無は、なにも体現することできないからです。


このため、意識は、なんらかの形で物質を基盤として形成される必要がある、と思われます。なぜなら、空間をふくめ、この宇宙に存在するものは、すべて、無ではなく、無ではないものは、ひろい意味で物質だからです。そして、物質とエナァジは等価でありて、物質の根源はエナァジなので、意識は、根本的に、エナァジにより体現される必要がある、と思われます。


2) 内部観測 (物理学)


(内部観測については、「6 物質 (3) -- 物質には内的な作用が具わりている」に記述してあります)。


3) 物質にそなわる内的な作用 (物理学)


(物質にそなわる内的な作用については、「6 物質 (3) -- 物質には内的な作用が具わりている」に記述してあります)。


物質にそなわる内的な作用は、内部観測の働きをその構成の観点から細分せしものです。(ただ、それらの作用は、物質がこの宇宙に存在できるためには不可欠と思われますが、物理学ではまだ認められてはおりません)。


以下の作用を想定しています。


a) 受領作用 (実体をあつかう)


b) 測定作用 (観念的な働きである情報収集を果たす。測定機器のような)


c) 演算作用 (観念的な働きである設計や思考を果たす。コムピュータァのような)


d) 実施作用 (実体をあつかう。機械の作動のような)


実施作用は、物質の段階では問題ないと、思われます。しかし、それが、微生物や細胞などの生体で動作するばあい、物理的にきわめて深刻な問題が予想されます。それは、意識の働き――思考――にもとづく、生体の能動的な活動――究極的には、物質群で果たされる観念的な働きにもとづく、物質群の能動的な動き――に関係しています。しかし、物質に実施作用の具わらないかぎり、生物は決して能動的に活動することができないと、推測されます。(各種の物質の見事な結晶の塊も決して形成されないと思われます)。


4) エナァジには創発の傾向が具わりている (物理学)


(このことについては、「4 物質 (1) -- 存在様相」に記述してあります。


ただ、このことは、物理学では特に認識されてはいぬようです)。


5) 熱力学第二法則、自己集合、自己組織化、散逸構造、そして、エントゥロピ生成速度の減少に起因して発生すると予想される物理的秩序形成効果 (熱力学)


意識は、作用であると同時に、高度かつ動的な物理的秩序とも思われます。しかし、高度な物理的秩序は、エントゥロピは増大するという熱力学第二法則のため、なんらかの原因・根拠・メカニズム・枠組・要因・原動力などのないかぎり、自然には決して形成されえない、と思われます。(それでも現実には形成されています)。


このゆえ、意識という高度で動的な秩序が形成されるためには、(物質にそなわる作用のレヴェルで)意識という物理的な秩序の形成をうながす何らかの原動力の働くことが欠かせない、と思われます。


ところで、熱力学には、物理的秩序の自然形成にふかく関係する、自己集合と自己組織化の概念(物理事象)が、あります。これらは、露国生まれの、ベルギーの物理学者のイリヤ プリーゴウジーン(Ilya Prigogine)により提唱されしものです。(プリーゴウジーンは、その業績により、ノウベル賞を受賞しました)。


次のことが、自己集合の特徴と言われます。


自己集合は、準静的過程。系は、閉鎖系でなく、開放系。しかし、場所は、ほんの僅かな熱の流れしか生じていない、実質、熱力学的な平衡状態にあるとみなせる、静的な環境。(ただし、僅かでありても、熱の排出により、エントゥロピ生成速度は減少していると、思われる)。構成要素の量子群は、ごく近くに存在する――事実上、ほぼ接触している――。このゆえ、物質群(量子群)の帯びている物理的(化学的)な性質が、秩序形成の支配的な原因となる。物質の結合は必要だが、化学反応のような緊密な結合は必ずしも必要でなく、単なる固化(相の変化)による結合で構わない。もっとも、物質が化学結合することは構わない。環境が攪拌されることはなく、秩序の形成が穏やかに進行するので、物質群の性質や環境条件におうじ、さまざまな結晶や物質が形成される。


また、次のことが、自己組織化の特徴と言われます。


自己組織化による秩序は、熱力学的に非平衡の状態にある、つまり、物理現象としてダイナミクに動いている、開放系におき形成される。せまい空間には限定されない。このため、広域的な秩序が形成されうる。構成要素の量子の、化学合成のような結合(量子の変換)は、発生しても構わないが、必要ではない。系は、ダイナミクに動いていて、かつ、開放系なので、外部とのあいだでエナァジと物質の交流がある。このため、系の内部で熱とエントゥロピが発生しても、それらは外部に排出されて、系の全体としてはエントゥロピの生成が減少している状態がある程度は定常的に維持される。散逸構造は、このような系で形成される。そして、自己組織化は、散逸構造で発生する。


さりとも、これら二つの物理事象は、そのままでは、生体での高度かつダイナミクな物理的秩序の形成の原動力たりえないよう、思われます。なぜなら、生体での物質群の動きは、あまりに高度でありて、かつ、複雑すぎるからです。さらに、生体での物質群の動きは、統合的かつ協調的です。そのような動きは、シムプルな物理事象では決して実現できません。(物質は、巨視的には三人称の客体であり、なんらかの物理的相互作用に受動的に巻きこまれないかぎり、決して動くことはできないのです――自転・空間移動・化学反応――)。そのような動きは、(本質的に大きなものである)知性による包括的な設計に基づかないかぎり、決して果たされないと、思われます。


生体での高度でダイナミクな物理的秩序の形成は、知性の働きに基づきている、よう強く推測されます。そして、その大きな知性は、自己集合や自己組織化の物理事象にはよらず、エントゥロピ生成速度の減少そのものに起因して形成されるよう、推測されます。そして、その構成要素は物質のなかに見いだせえます。


物質の正体は、波動でも粒子でもなく、物質にそなわる作用群です。それらの作用群のなかに、知性を形成しうる観念的な作用群も含まれている、よう思われます。(そして、生体での知性は意識です。意識の働きが、知性の働きです)。


エントゥロピ生成速度の減少、または、それに起因して発生すると思われる物理的秩序形成効果には、物質にそなわる内的な作用群のうちの、観念的な作用に働きて、それを融合させて、大きな作用を形成する力があるのではないか、と予想されます。


物質にそなわる内的な作用群はエナァジにより直接に体現される、と思われます。そして、エナァジには、その(エントゥロピを増大させる)外的な働きとは別に、内的には、自分自身を素材とする創発の傾向が具わりている、と予想されます。エナァジのこの傾向ゆえに、エントゥロピ生成速度の減少は、物質群の観念的な作用(= エナァジ)を融合させて、意識という大きな作用を形成できるかも、知れません。


(もしかすると、自己集合や自己組織化の物理事象にても、エントゥロピ生成速度の減少により、物質的な知性(= 物質的な意識)が形成されるかも、知れません。そして、各種の物質の見事な結晶の塊の形成は、自己集合で発生する物質的な知性による設計に基づきているのかも、知れません。なぜなら、無数の物質群の動きを組織化し、それらに統合性と協調性をもたらすことは、大きな知性の観念的な働き――情報収集と設計――に基づかないかぎり不可能と思われるからです)。


こういう次第で、エントゥロピ生成速度の減少は、意識(= 生体での知性)の形成の原動力たりうるのではないか、と予想されます。


4) オートポイエシス (システム論)


微生物・細胞・組織・器官などの生体の動きはオートポイエシス――自己制作・じぶん自身の高度な物理的秩序の自発的・主体的・能動的な生産――に該当します。そして、オートポイエシスの遂行に、知性の働きは欠かせません。


そして、知性の働きとは、A) 生体の全体的な物理的状態についての包括的な観測(情報収集・身体感覚)と、B) その観測にもとづく、生体全体のつぎの瞬間の物理的な状態(秩序)の包括的な設計(思考・演算)を、合わせしものと、と思われます。これらは観念的な事象です。


さらに、オートポイエシスには、C) 生体の構成要素の物質群が、その設計にもとづき――影響されて――、外的かつ協調的に動くこと、も必要です。しかし、こちらは、物質的な事象でありて、必ずしも知性には含まれないと、思われます。


そして、これらはオートポイエシスの要件です。


そして、オートポイエシスの要件には観念的な事象と物質的な事象が含まれています。つまり、オートポイエシスは、観念性と物質性の二面を具えていることに、なります。


さらに、観点を変えて見ると、A)とC)は、知性と物質の接点です。A)の観測は、知性にとりての入力側の接点であり、C)の物質の動きは、出力側の接点です。


知性は観念的ですが、観念的なものと物質を関係づけるものはちゃんとありきです。生体で果たされるオートポイエシスが、観念と物質の接点なりきです。


しかも、B)の設計(演算・思考)はまさに観念的な働き(事象)であり、オートポイエシスではしっかり観念的な働きが遂行されていつのです。


そして、知性の働きは、意識の働きです。意識とは、分かりやすく言えば、知性のことなりきです。知性が意識なりきです。意識とは、知性なりきです。意識が知性を体現するのです。


そして、知性は、オートポイエシスの要件であり、かつ、また、意識です。すると、意識がオートポイエシスの要件である、ということに、なります。


そして、以上のことは、意識の存在の物理的な証しになります。なんらかの物質的なシステムにおきオートポイエシスが果たされていれば、そこには必ず意識が発生しているのです。なぜなら、オートポイエシスの遂行に、意識で果たされる観念的な事象――包括的な観測・演算・設計・思考――は不可欠だからです。オートポイエシスに意識の働きは欠かせないのです。意識(= 知性)が、オートポイエシスの本質的な根拠なのです。






  《 意識の形成の物理的な可能性 》


1) 予想される意識の姿


2) 意識の要件


3) 意識の要件の根拠


4) 物質にそなわる観念的な働きをはたす作用


5) 意識形成の下地


6) 予想される意識形成の枠組


7) 物質には観念が発生している


8) 物質に発生する観念の源


9) 感覚と感覚的意識の発生


  ................


1) 予想される意識の姿


意識は次のようなものと推測されます。


意識は高度で動的な物理的秩序である。意識(の実体)は、それが出現する物質的な実体(の構成要素の物質群)に重なるかたちで形成される、物質的な働きは果たさなく、観念的な働きだけを果たす、大きく、統合的・包括的で、きわめて奇妙な、量子のようなもの、である。


2) 意識の要件


そして、そういうものと予想される意識の形成には、以下のものが求められる、と思われます。


a) 物質にそなわり、意識の作用を形成しうる、観念的な働きを果たす内的な作用


b) 物質にそなわる内的な作用のレヴェルで物理的秩序の形成をうながす原動力


3) 意識の要件の根拠


そして、それらの要件をみたす根拠として、次のものが考ええます。


A) 物質にそなわる内的な作用


B) エントゥロピ生成速度の減少により発生すると予想される物理的秩序形成効果


4) 物質にそなわる観念的な働きをはたす作用


そして、物質には、観念的な働きをはたす作用として、以下の(構成的な)作用が具わりている、と思われます。


(物質にそなわる内的な作用は、個別的な作用の観点と、一つの個別的な作用を構成する構成的な作用の観点の、二つの観点から分類できる、と思われます。詳細については、「6 物質 (3) -- 物質には内的な作用が具わりている」を参照してください。


また、構成的な作用群の識別は、それらの働きをイメジしやすくするためのモデルにすぎません)。


b) 測定作用 (観念的な働きである情報収集を果たす。測定機器のような)


c) 演算作用 (観念的な働きである設計や思考を果たす。コムピュータァのような)


5) 意識形成の下地


エナァジと等価である物質は、根本的には、エナァジの緊密な集合体として形成されているかも知れません。物質のほんとうの(機能的な)正体は、波動でも粒子でもなく、エナァジの緊密な集合体と思われます。(波動や粒子は、むしろ、物質の、観測される形態的な痕跡であり、イメジしやすい、形態的なモデルです。ただ、物質にそなわると推測される内的な作用も、物質の、自発的・主体的・能動的な働きについての、イメジしやすいモデルです。総称のようなものです)。そして、エナァジが、物質にそなわる内的な作用を直接に体現する、と思われます。(そして、物質にそなわる作用が、波動や粒子の(見掛けじょうの)存在(様相)をもたらします)。


このゆえ、意識も、きわめて奇妙な形で、エナァジにより直接に体現されている可能性があります。意識は、それが発生する物質的な実体の構成要素の物質群の正体であるエナァジ(により体現される内的な作用群)から直接に形成されるかも、知れません。


ただ、すべての内的な作用群が、意識の形成に参加するとは思われません。なぜなら、構成要素の物質群が緊密な化学結合をして、脳に相当する、1個の巨大な物質(量子)を形成するわけではないからです。


意識は、むしろ、物質にそなわる内的な作用群のうちの、(物質的な働きを果たさない)、観念的な働きをはたす作用だけから形成されるよう、推測されます。観念的な働きをはたす作用だけからならば、構成要素の物質群が化学結合するまでもなく、意識という大きな統合体が形成されるかも、知れません。


6) 予想される意識形成の枠組


実証することはほぼ不可能と思われますが、意識は次のように形成される、と推測されます。


まず、物理学では特に認識されてはいないと思われるが、エナァジには、(物質外部の巨視的なレヴェルでの物理的秩序の崩壊を齎しがちな外的な働きとは裏腹に)、内的には、可能なら、自分自身をより高い秩序の状態に昇格させようとする――進化させようとする――創発の傾向が本来的に具わりている、と思われる。(これについては、「4 物質 (1) -- 存在様相」を参照してください)。


さらに、もしも、なんらかの物理システム内部において、なんらかのメカニズムにより熱が生成されるなら、そのシステムのエントゥロピ――無秩序・乱雑さ――は増大する。しかし、その熱が外部に排出されるなら、システムでのエントゥロピ生成速度は減少する。そして、このエントゥロピ生成速度の減少に起因して、そのシステム内部に物理的秩序形成効果が生じると、予想される。


そして、この効果に働きかけられて、エナァジに具わる創発の傾向が活性化される。その結果、システムの構成要素の物質群にそなわる内的な作用群のうちの観念的な働きをはたす作用が、物質群の化学結合なしに、一つに融合し、意識としての1個の大きく統合的で包括的な作用を形成する。


(物理的秩序形成効果だけでは物質群の化学反応は起こせないと思われるが、(物質的な働きは果たさず)、観念的な働きをはたす作用であれば、物理的秩序形成効果だけにより、大きな一つの作用に融合できるかも、知れない)。


ここで、意識の形成に参与する、観念的な働きをはたす内的な作用は、測定作用と演算作用である。形成されし大きな測定作用は、意識の物理的な感知――測定・観測・情報収集――作用になる。そして、おおきな演算作用は、意識の思考――演算・設計――作用になる。そして、それら二つの作用の合わさりしものが、意識である。


そして、物質にそなわる内的な作用は物理的な実体なので、(物理システム内部にて)観念的な働きをはたす作用から形成される意識も物理的な実体である。


この、物理的な実体である意識は、物理的な意識と位置づけましょう。


7) 物質には観念が発生している


そして、前記の二つの構成的な作用は観念的な働きを果たすので、それらが動作しているあいだ――もっとも、物質にそなわる内的な作用群は、物質の存在を維持しつづけるために、実際には、片時も休むことなく、つねに動作していると、推測されます――、そこには観念が発生していると、推測せざるを得ないです。


測定作用に発生する観念は、物質の現在の状態や、物質がうける力やエナァジなどの外因的な影響についての測定値です。


演算作用に発生する観念は、測定作用で得られる測定値にもとづく、つぎの瞬間に物質が果たすべき動作や、つぎの瞬間に物質が取るべき状態についての演算結果です。


ところで、物質がこの宇宙に存在するためには、物質に生じる動きは物理的に厳密でなくてはならず、かつ、物質に生じる動きが厳密であるためには、その動きの根拠は、測定値にもとづき厳密に割りだされなくてはなりません。(これは、論理的な必然です)。


そして、測定値や演算結果は観念です。


つまり、物質には、それの厳密な動きの根拠として、つねに観念が発生しているのです。


8) 物質に発生する観念の源


しかし、物質の(機能的な)正体はエナァジで体現される内的な作用群です。そして、それらの作用群以外の実体は、物質には含まれません。物質は、(エナァジで体現される)内的な作用群だけで構成されるです。


このゆえ、物質に発生する観念は、エナァジで体現される実体では有りえなく、実体以外の何か不思議なものと、推測されます。


そして、時間の経過のなかで物質に発生するものとして、作用の動きや作用の動作状態(または、状況)が考えられます。ダイナミクに発生すると推測されるのは、これらだけです。


ところで、なんらかの実体の、時間の経過のなかにのみ生じるダイナミクな動きや状態は、実体そのものでなく、ある意味、奇妙なものである、と思われます。


しかし、作用群の動きや状態は、実体である作用群によりダイナミクに体現されるものとして、現実に発生します。


このため、奇妙なものである作用群のダイナミクな動きや状態が、物質に発生する観念に該当するかも知れません。ほかには見当たらないです。


しかし、物質にそなわる作用の働きは、本来的に、時間を要することなく果たされて、瞬間、瞬間、完了する、と推測されます。(このゆえ、この宇宙において、物質の状態や物理事象の動きは、時間を要することなく更新されて、つねに最新のものに維持されつづけます)。このため、物質にそなわる作用の働きは、時間の経過のなかで持続することはありません。


こういう次第で、作用群の時間の経過のなかでの動きでなくて、観念的な働きをはたす作用群の動作の瞬間ごとの状態が、即値として、物質に発生する観念に該当するかも知れません。


(このゆえ――発生する観念が時間の経過のなかで持続はしないので――、素粒子などを始めとする物質のレヴェルでは、(クワリアをともなう)感覚は決して生じない、と推測されます)。


この物質の段階で発生する観念は、物理的な観念と呼びましょう。


9) 感覚と感覚的意識の発生


物質にそなわる構成的な作用には、測定作用と演算作用という二つの観念的な働きをはたす作用が含まれています。しかし、(1個の量子としての)物質の段階で、それらの動作は瞬時に完了し、それらの状態(= 物理的観念)はまだ時間の経過のなかで持続はしない、と思われます。このゆえ、それらの動作状態というやや不思議なものは、まだ(クワリアをともなう)感覚を醸しだすことはない、と推測されます。


物理システムに発生する物理的意識の質は微視的です。他方、その物理的意識そのものは、巨視的で巨大な物理事象です。このゆえ、物理的意識にそなわる感知作用と思考作用の働きは、瞬時に完了しなく、時間の経過のなかで、短時間ながら、そして、微妙に変化しながら、持続するようになる、と推測されます。


実体としての何らかの巨大な作用の、時間の経過のなかでの動作状態は、実体そのものでなく、ある意味、奇妙なものです。作用の動作状態の通時的な持続は、比喩的には、作用の働きの、時間の経過のなかにのみ現われる自己主張のようなもの、と解釈できるかも知れません。


そして、作用の動作状態(= 物理的観念)は作用そのものではないゆえに、自己主張のようなものであるその持続――物理的観念の持続――は、ある意味、実体としての作用の働きの影・痕跡・投影・写像のようなもの、と評価できるかも知れません。


そして、この、影や写像のようなものと評価できる物理的観念の持続が、感覚の発生に該当するかも知れません。巨視的かつ(相対的に)巨大なものに昇格している観念的な作用の働きの、時間の経過のなかでの影・痕跡・投影・写像のようなものが、意識に感じられる(クワリアをともなう)感覚になるのかも、知れません。


つまり、(量子としての)物質に生じる物理的観念(= 物質にそなわる観念的な作用の動作状態)の、巨視的で巨大な物理システム――たとえば、1個の単細胞生物・1個の細胞・1個の結晶の塊の形成プロセス――内部での、通時的な持続(= 物理的観念の影・痕跡・投影・写像のようなもの)が、そこに発生する(巨視的で巨大な)意識に感じられる感覚に昇格するのです。


そして、この、物理的観念の影・痕跡・投影・写像のようなものである感覚が、いわゆる(私たちの意識に生じる)観念と思われます。


さらに、感覚――身体感覚・思考感覚・いわゆる観念――は、実体としての観念的な作用の動作状態の影・痕跡・投影・写像のようなものでしかないゆえに、物理的でない、と推測されます。この宇宙において、意識に感じられる感覚(= 観念)だけが物理的でない、と思われます。それだけが観念的と思われます。


そして、巨大な物理的意識に発生する感覚――身体感覚と思考感覚――の合わさりしものが、いわゆる意識、と思われます。


(感覚をもたらすものは、巨大な物理的意識の感覚作用です。そして、感覚作用の源は、(量子としての)物質にそなわる測定作用です。このため、そもそも、巨大かつ一人称の主体である物理的意識には、認知能力(= 多量の測定作用の融合せしもの)が具わりているのです。そして、物理的意識にそわなるこの認知能力が、じぶんに生じる感覚――身体感覚と思考感覚――を、みずから認知する、と思われます。そして、動作状態の影や写像としてのその認知の内容そのものが、いわゆる私たちの意識を構成する、と思われます)。


この意識は、感覚的意識――または、精神的意識・観念的意識――、と位置づけられるかも、知れません。つまり、私たちの意識は、物理的意識の動作状態の影・痕跡・投影・写像のようなものなのかも知れません。


ちなみに、私たちに感じられる感覚(観念)は、時間の経過のなかで発生し、そしてまた消えてゆきます。このことは、物理的意識の動作状態のダイナミクな変化にちょうど対応していると、思われます。なにかに関して物理的意識の動作がアクティヴになると――ビジーになると――、その何かについての感覚(観念)が発生し、その動作が終息すると――動作がアイドゥルになると――、感覚は消えるです。


ちなみに、さらに、感覚は、発生しているあいだ決して同じ状態に留まることのないダイナミクで儚い(感覚的)意識に短時間のあいだ感じられるだけの影や写像のようなものにすぎないにしても、この宇宙という物理世界に物理的でないものが発生するというのは、ある意味、驚きです。






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