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意識のはじまり  作者: 安田孫康
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6 物質 (3) -- 物質には内的な作用が具わりている

6 物質 (3) -- 物質には内的な作用が具わりている


  (余談) 機能はかならず外因的に活性化される

  (余談) 自由意志(自由思考)はない

  (余談) 一つの生物種の形態的な変化も、「不定元」「非規準的選択」などの実例と思われる

  物質には内的な作用が具わりている (とても重要)

  物質にそなわる内的な作用やエナァジには、より高い物理的秩序を形成しようとする傾向が具わりている






実証することは不可能と思われますが、物質には内的な作用が具わりているよう思われます。これは論理的な必然です。






  《 (余談) 機能はかならず外因的に活性化される 》


ちなみに、演算(思考)は一つの機能です。そして、機能とは、根本的に、それに付与されし何らかの働きを果たすものであり、その働きにそれ自身を活性化する機能までは含まれてはおりません。もしも含まれているとするなら、それは論理的な悪循環に陥ります。


このゆえ、機能というのは、自力で自分を活性化することは決してできず、かならず外因的に活性化されるです。


つまり、問いは、かならず外因的に齎されるのです。そして、より高い物理的秩序は、かならず、外因的な問い――物理的な相互作用――の発生をトゥリガァとして形成されます。


もっとも、動物の脳での思考という巨大な機能では、ある部分の思考結果が他の部分の動作を活性化するトゥリガァになりえます。こういう動きが果てしなく連鎖して、より高い秩序の思考結果(答え)が最終的に齎されるです。


そして、それでも、思考の全体を活性化する最初のトゥリガァだけは、外因的に入力される必要があります。






  《 (余談) 自由意志(自由思考)はない 》


そして、機能がかならず外因的に活性化されることは、自由意志(自由思考)の問いに深く関係します。よしんばそれが思考機能であろうとも、それは、自分の働きを活性化する――思考を展開する――ための初期入力を自力で用意することはできないのです。そして、展開される思考の内容は、初期入力に完全に左右されます。(さらに、(意識の生みの親である)思考作用の働きかた・アルゴリズムを自力で形成したり変更したりすることも、(被造物たる)意識にはできません。(それは不可能です。そもそも、そういう方法は存在しません))。


このゆえ、根本的に、厳密な意味で、自由思考(自由意志)は存在しないです。厳密な意味では、思考作用は、それを取りまく物質的な状況という偶然に圧倒的に影響されつつ、完全に物理的に果たされる、と言うほかはありません。






  《 (余談) 一つの生物種の形態的な変化も、「不定元」「非規準的選択」などの実例と思われる 》


そして、さらに、(前述の)「現実とは何か」 (1) の観点から見るならば、一つの生物種の形態的な変化(= 進化)も、「不定元」「非規準的選択」「置きかえ可能性」などの実例と見なせるかも知れません。なぜなら、それぞれの個体が置かれる物質的な状況はきわめて多様なので、それに強く影響されて形成される思考(= 設計)も多様になりて、最終的にもたらされる形態的な変化も多かれ少なかれ多様になる、と思われるからです。そして、その上で、さらに、自然選択をとおし、一つの生物種の形態的な変化がある一つの方向に固定化されるのだろう、と思われます。






  《 物質には内的な作用が具わりている (とても重要) 》


1) 物質には内的な作用が具わりている


2) 個別的な物質作用


3) 内部観測


4) 構成的な物質作用


5) オートポイエシス・内部観測・結晶化プロセス・生体・意識などに潜在する問題


6) 問題解決の可能性


7) 特に深刻な問題


  ................


1) 物質には内的な作用が具わりている


1-0) スケチ


1-1) 物理事象はかならず因果性により発生する


1-2) 物理事象はかならず厳密でなくてはならない


1-3) 無は存在しない


1-4) 物理法則の働きを体現する外的な実体は存在しない


1-5) 干渉縞は物質内部の状態の写像でありて、それが観測されたことは幸運である


1-6) 物質の波動は、物質の内的な物理事象でありて、物質は比喩的には生きている


1-7) 物質の波動と干渉縞は物理的であるゆえに、その波動の構成要素群も物理的な実体である


1-8) 物質には内的な作用が具わりている


1-9) 物質の内的な作用は秩序の観点からも説明できるかも知れない


  ................


1-0) スケチ


物質に内的な作用が具わりており、それらが物質の正体であることは、直感的には分かります。なぜなら、もしも物質にそれらの作用が具わりていなければ、その物質には如何なる自発的な動きも働きも生じなく、かつ、その物質がほかの物質と相互作用をすることもないからです。


ただ、これだけでは納得しづらいかも知れません。この節では、物質に内的な作用の具わりていることを少し詳しく説明します。説明の大筋は次のとおりです。


i) 物理法則は、物理事象の動きを外部から支配し制御するようなもの、と考えられます。


ii) ここで、そういう物理法則の働きを体現する外的な実体は存在しない、と想定します。(そして、実際、そういう実体は、存在しない、と思われます)。


iii) すると、物理事象は自ら自分の働きを制御する他はない、ことになります。


iv) そして、このことを突きつめるなら、物質みずからが自分の働きを制御していることになり、物質にそのような働き(機能)が具わりていることに、なります。


1-1) 物理事象はかならず因果性により発生する


物理事象はただでは生じません。物理事象はかならず何らかの原因により齎されます。物理事象はかならず因果性(ないし因果関係)により発生するのです。そして、因果性は、原理ないし公理のようなものです。因果性に理由はないのです。


(もっとも、物理事象がかならず因果性により発生するにせよ、この宇宙は必ずしも決定論的ではないそうです。そして、ベルの不等式とアスペの実験により、決定論は放棄されるそうです)。


1-2) 物理事象はかならず厳密でなくてはならない


さらに、物理事象はかならず厳密でなくてはなりません。物理事象はかならず厳密に発生しなくてはいけないのです。そして、これも、原理ないし公理のようなものであり、理由はありません。


(もしも強引にこじつけるなら、なぜなら、もしも物理事象が厳密ではないならば、それは、偶然に翻弄されるまま、出鱈目に生じ、無茶苦茶なものになりてしまう筈だからです。そもそも、そういうものは物理事象たりえない、と思われます)。


つまり、物理事象は、かならず原因(因果性)により発生し、かつ、かならず厳密に発生するのです。


(このゆえ、エントゥロピは増大するという熱力学第二法則による物理的秩序の自然崩壊でさえ、ある意味、秩序ある厳密な動き、と見なせるかも知れません。物理的秩序は、厳密に形成されるだけでなく、崩壊するときも、厳密に破壊されるです。しかし、最低限の秩序です)。


1-3) 無は存在しない


ちなみに、スピノウザとベルクソンによるならば、無は存在しません。


このゆえ無は何事も体現できません。(そもそも存在しないからです)。(そして、因果性を構成することもできません。無は物理事象の原因たりえないのです)。


このゆえ、もしもそこに何かが存在するなら、それは必ず無以外のものにより体現される必要があります。


そして、無以外のものとは、ヒグズ粒子で構成される空間をふくめ、ひろい意味で、物質です。そして、アインシュタインによるならば、物質とエナァジは等価ですが、この意味では、エナァジで体現されるものが、無以外のものに該当します。エナァジで体現される物理的な実体が、無以外のものなわけです。


(ただし、物理的な実体は、必ずしも物質的なものには限定されないと、思われます。物質的でない実体も存在しえます。そもそも、(この宇宙の源であり、きわめて神秘的な)エナァジが物質的でない、と思われます)。


このゆえ、もしもそこに何かが存在するなら、それは必ず物理的な実体でなくてはなりません。そして、物理事象をもたらす原因である因果性も、物理的な実体により体現される必要があります。


1-4) 物理法則の働きを体現する外的な実体は存在しない


ここで物理法則のことを考えてみましょう。


物理法則は、見掛けじょう、物理事象の外部から、物理事象の動きを支配または制御するよう、思われます。しかし、物理法則がはたらく枠組はそれほど明解でない、と思われます。物理法則を体現する物理的な実体は、存在するでしょうか?


そういう外的な物理法則の実体が存在すると仮定してみましょう。すると、なんらかの物理事象にたいする、その物理法則の実体による外的な制御の働きも、一つの物理事象ということになります。しかし、そうすると、その物理事象を制御する物理法則(の実体)も必要になります。そしてこれは直ちに悪循環に陥ります。このゆえ、物理法則の実体が存在するという仮定は真でなく、外的な物理法則(の実体)は存在しない、ことになります。


物理法則とは、物理事象の動きを外部から制御できるような物理的実効性をゆうする物理的な実体ではないのです。


ぎゃくと思われます。まず何らかの物理事象が先にあり、その動きを人間が定式化するならば、結果として、その物理事象の動きを表現する静的な観念としての、いわゆる物理法則が、得られるのです。物理法則にかんして存在するのは、あくまで、物理事象をもたらす働きです。物理事象をもたらす働き(機能)が存在するのです。


そして、ある物理事象の動きを外部からもたらし制御する実体(= 物理法則を体現する実体)は存在しないので、その物理事象は自力で動くしかありません。物理事象は、つねに、じぶんの動きを自ら制御しているのです。これは自己制御です。物理事象は、物理法則という静的な観念でなく、かならず、自らによる自己制御によりて果たされるです。


そして、このことは、物質外部の(大きな)巨視的な物理事象と、物質内部の微視的な物理事象の別を問いません。(なぜなら、巨視的な物理事象であろうとも、それは無数の物質により形成されるのでありて、それらの物質の動きは自らによる自己制御によりて果たされるからです)。つまり、この宇宙における全ての物理事象は、かならず、物質みずからによる自己制御によりて果たされるです。


1-5) 干渉縞は物質内部の状態の写像でありて、それが観測されたことは幸運である


ちなみに、二重スリトゥ実験で観測される干渉縞は、単独で真空中を飛翔しているあいだの物質――電子・フラリーン・光子など――の内的な様子――物質の基底の存在様相――の視覚化であり写像である、と見なせます。つまり、二重スリトゥ実験は、ふつう、物質にそなわる「粒子と波動の二重性」を実証するものとされますが、見方を変えるなら、この実験では、ふつうには観測できない物質(素粒子)内部の様子が観測されつ、とも言えるわけです。


そして、一般に、1個の物質(素粒子)の内部を観測することは不可能なので、この意味では、とても得がたく、貴重です。私たち人間にとり、きわめて幸運なりき、とも言えます。


(なぜなら、人間による観測には光や電子などの観測媒体が不可欠ですが、それらの観測媒体は、観測対象の物質(素粒子)の表面におき、その物質とのあいだの相互作用に、かならず巻きこまれてしまうからです。(もっとも、ふつうの物質の塊や結晶のような、大きな物質の内部なら、エクス線により、ある程度は観測されえます)。このゆえ、観測媒体が、観測対象の物質(素粒子)の内部に貫通し、任意の位置で、それの構成要素と相互作用をし、戻りてきて、内部の様子を人間に伝達してくれることは、とてもできないことに、なります)。


1-6) 物質の波動は、物質の内的な物理事象でありて、物質は比喩的には生きている


そして、物質の波動は、(基底の存在様相にある)物質の内的な物理事象です。つまり、物質は、静的なものでは決してなくて、内的には、1個の物理事象、1個の動的なプロセスとして、つねに動作しているのです。比喩的には、物質は生きている、とも言えます。


(物質は、(それ自身が完全に持続的なエナァジゆえに、外的なエナァジの供給をいっさい受けることなく)、完全に自発的・主体的・能動的に持続し動作しつづけます。物質は決して減衰しはしないです)。


1-7) 物質の波動と干渉縞は物理的であるゆえに、その波動の構成要素群も物理的な実体である


そして、物質の波動と干渉縞は物理的なものであるゆえ、その波動(= 物質そのもの)の構成要素群も、物理的な実体でなくてはならないと、つよく推測されます。


(ちなみに干渉縞は光子でも観測されつそうです。そして光子はエナァジの塊です。すると、最低限のエナァジが、物質(の波動)の構成要素のいちばんの候補でないか、と予想することは、十分、可能と思われます)。


1-8) 物質には内的な作用が具わりている


ここで、自分に生じる物理事象をみずから自己制御によりて主体的に果たすものにつき考えてみましょう。


物理法則の働きを体現する外的な実体は存在しないので、波動という物質内部の物理事象は、かならず、因果性により、波動みずからによる厳密な自己制御によりて果たされる、と思われます。


(ここで、因果性とは、波動という物理事象の原因、もしくは、それを齎すもの、のことです。つまり、物質の波動という内部的な物理事象さえ、それの原因もしくはそれを齎すものにより果たされなくてはいけないのです)。


そして、そういう厳密な自己制御は、無によりては果たされえなく、かならず、(エナァジで体現される)物理的な実体により果たされなくてはなりません。


そして、二重スリトゥ実験により、物質は、無数の(物理的な実体である)構成要素群により形成される動的なプロセスである、と判断されます。


そして、物質内部には、その構成要素群だけが存在します。物質内部には、その構成要素群のほかに、物理法則の働きを体現し、物理事象を外部から厳密に制御する働きを果たすような他者は、存在しません。


こういうことのため、物質内部での波動という物理事象は、物質の構成要素群みずからによる自己制御により直接に果たされる他はない、と思われます。


ぎゃくに言えば、物質(= その構成要素群)には、物質の波動という物理事象を厳密に果たす機能が具わりている、ことに、なります。


そして、その機能は、物質みずからにより自発的・主体的・能動的に遂行されるので、機能というより、むしろ、作用と位置づけるのが、ふさわしい、と思われます。


つまり、物質には、内的な作用が具わりているのです。


そして、こういう枠組は、物質の構成要素が空間の局所的な1点に集中する粒子のような存在様相の持続とのあいだでの切りかえについても、同じ、と思われます。物質には、実際、たくさんの内的な作用が具わりている、と思われます。


(そして、物質にそなわる内的な作用の働きそのものが、物質内部の微視的な空間での物理法則です。さらに、それらの内的な作用の働きが、物質外部の巨視的な面での物理法則の起源です)。


1-9) 物質の内的な作用は秩序の観点からも説明できるかも知れない


これは強引なこじつけのようなものですが、物質に内的な作用の具わりていることは、秩序の観点からも説明できるかも、知れません。


1個の物質は、1個の統合的な存在であり、無数のエナァジが単純に集合するだけで齎されるわけでは決してありません。そして、観点を変えるなら、物質は、1個の統合的・動的・持続的な秩序です。


(たとえば、物質の、波動の存在様相も、粒子のような存在様相も、1個の統合的・動的・持続的な秩序です。それがどのような存在であろうとも、その存在が持続するものは、(存在のレヴェルでの)秩序です)。


そして、物質の究極の素材がエナァジという摩訶不思議なものであろうとも、統合的・動的・持続的な秩序というものは、ただでは存在できません。むしろ、エナァジが、それ自身を素材としながら、1個の、統合的な、より高い秩序の存在に進化できるためには、なんらかの厳密な根拠と働きが必要です。


(波動の存在様相の、粒子のような存在様相への切り替えに見られるように、エナァジには、相互作用の発生(= たがいに相手の存在を問う問いのようなもの)を契機とし、みずからを素材として、より高い物理的秩序を形成しようとする傾向が具わりている、よう見えます。(生物の進化をふくめ)、物質の進化は、すべて、この傾向に負うている、と思われます。もっとも、物質外部での、熱力学に支配されるエナァジの働きは、別です)。


さらに、1個の統合的な秩序として構成されし物質の存在も、なんらかの厳密な働きにより維持される必要があります。


そして、そういう働きは、構成されし物質の内部にて、物質自身によりて、自発的・主体的・能動的に果たされる必要があります。(なぜなら、物質内部に、そういう働きを果たしてくれる他者は存在しないからです。物質は、みずからその働きを果たす他はないのです)。


このゆえ、そういう働きを果たすものは、物質に本来的に具わりている、と思われます。それが物質の内的な作用です。物質には内的な作用が具わりているのです。


2) 個別的な物質作用


まず、物質にそなわる内的な作用は、便宜的に、「物質作用」と呼ぶものとしましょう。


そして、物質作用は、個別的な作用の観点と、一つの個別的な作用を構成する構成的な作用の観点の、二つの観点から分類できる、と思われます。


そして、個別的な物質作用群には、深入りすることはしませんが、代表的なものとして、以下のようなものがある、と思われます。


A) 超弦の基本振動

B) エナァジ呼吸

C) ゲイジ粒子放射

D) 電磁波の飛翔

E) 粒子と波動の二重性

F) 熱振動

G) 熱放射

H) 基本相互作用 (ただし、二つの物質のあいだで働く)

I) 力学的相互作用 (ただし、二つの物質のあいだで働く)

J) 核融合・核分裂

K) 化学合成・化学分解


ただし、これらはざっと挙げしだけです。詳しく見るなら、物質作用は、もっと細かく細分できるに違いありません。(たとえば、「粒子と波動の二重性」は、さらに細分できると思われます)。そして、物質作用は、これらの他にも沢山あるのに違いありません。


ところで、AからDまでの物質作用は、エナァジや力などの外的な影響を受けなく、完全に独自に動作する、よう思われます。そして、EからKまでの物質作用は、外的な影響を受けるよう、思われます。


ちなみに、さらに、物質作用群を直接に観測することは不可能と思われます。なぜなら、観測しようとしても、作用群が働きし結果としての痕跡(写像)が得られるばかりだからです。


3) 内部観測


生物物理学者の松野孝一郎先生により、「内部観測」の概念が提唱されています。この概念は、原初の生物の発生(形成)の基盤の一つとして着想されつ、と推測されますが、その主旨は次のようなものと思われます。


物質は、対外的には三人称の客体でありながら、内的には、エナァジを消費することなしに、自発的・主体的・能動的に動作しつづけている一人称の主体・一人称の行為体である。(主体と客体の二重性・能動性と受動性の二重性)。


そして、物質は、外部から働きかける物理的な相互作用をとおし、外因的な影響――外部から働きかける力やエナァジ――をつねに受けているが、その影響を受けての物質側の応答――物質の自発的で主体的な動作――は、外因的な影響の観測と、観測にもとづく動作の決定(演算)と、決定にもとづく動作の実施――物質による自分の状態の変更や何らかの働きの実施――から成りたちていて、これらの一連の動きが果てしなく繰りかえされつづけることで、外因的な影響をうける物質の状態――物理的秩序――がつねに最新のものに更新(維持)されつづける。


つまり、内部観測は、外部から働きかける相互作用に巻きこまれての、物質側の応答――物質にしょうじる動き――の全体を、ひと言で表現しています。


しかも、「内部観測」は、物質が一人称の主体・一人称の行為体であることも、表明しています。そして、このことは、意識が発生できるためには極めて重要です。なぜなら、この宇宙は、巨視的には、徹底的に三人称の客体の世界でありて、一人称の主体である意識が根拠もなしにいきなり出現できるとはとても思われないからです。


こういう次第で、内部観測は複合的な作用です。


そして、意識が形成されるためには、意識の作用を形成しうる、観念的な働きをはたす作用が、物質に求められます。意識は、物質にそなわる微視的な作用群のうちの、観念的な働きをはたす作用群だけから形成される、と推測されます。そして、内部観測には、意識の作用を形成しうると予想される、観念的な働きをはたす作用も、実際、含まれている、と思われます。


それらは次の二つです。


i) 物質自身の状態についての観測


物質がつねに物理的に最新の状態であるためには、まず、それ自身の現在の物理的な状態――これには、物質がこうむる力やエナァジなどの外因的な影響による状態の変化も含みます――についての情報を得る必要があります。つまり、観測とは、物質自身の現在の物理的な状態についての情報収集です。そして、観測は、物質自身の物理的な状態の値を入力するものなので、(物質自身の状態を操作する物質的な働きでなく)、観念的な働きです。


ii) 観測にもとづく、物質自身の次の瞬間の状態についての演算


物質がつねに最新の状態であるためには、観測だけでは十分ではありません。観測されし値にもとづく、つぎの瞬間の状態の演算――言わば、設計――も必要です。なぜなら、物質の存在は、物理的に厳密なものでなくてはならないからです。もしも観測にもとづく演算が為されなければ、物質の状態は無茶苦茶なものになり、恐らくその物質はこの宇宙に存在できなくなりてしまいます。そして、厳密さの根拠になりえ、厳密さを齎せるものは、演算だけです。このゆえ、演算の働きは、物質が存在できるためには不可欠です。そして、演算は、観念的な働きです。



ちなみに、観測の働きと演算の働きは、知的な働きです。つまり、根本的に、(観念的な働きの具わりている) 物 質 に は 知 性 が 具 わ り て い る、と評価できます。(ただし、これは汎心論ではありません。知性は生物には限定されません。知性は無生物でありえます)。


そして、物質にそなわる内部観測の働き――観測の働きと演算の働き・知的な働き――が、意識の源と、推測されます。


4) 構成的な物質作用


4-0) はじめに


4-1) 他者を直接に検出・同定・識別することはできない


4-2) 物質に生じる変化


4-3) 外因的な力やエナァジの影響


4-4) 他者の検出・同定・識別などに関し物質にできること


4-5) 測定器は対象を直接に測定していない


4-6) 物質に生じる変化には二種類がある


4-7) 二種類の変化についての扱い


4-8) 測定・演算・更新・実施の質 -- 物 質 に は 知 性 が 具 わ り て い る


4-9) 物質の動きには二つの様相がある


4-10) 構成的な物質作用群 -- 内部観測を構成する作用群


  ................


4-0) はじめに


物質作用は、個別的な作用の観点と、一つの個別的な作用を構成する構成的な作用の観点の、二つの観点から分類できる、と思われます。


そして、個別的な作用群の例は、「個別的な物質作用」の節に挙げました。


そして、一つの個別的な作用は、その作用を構成する幾つかの構成的な作用群から構成されますが、それらはまさに内部観測を構成する作用群に該当します。以下では、それらにつき説明します。


4-1) 他者を直接に検出・同定・識別することはできない


物質は、他者を、直接に、検出したり、同定したり、識別したりすることは、できないと、思われます。物質に、そのような、マクロウ コマンドゥのような、高度な手段は、具わりてはいない、と思われます。


4-2) 物質に生じる変化


まず、物質が、ほかの物質とのあいだの何らかの物理的な相互作用に巻きこまれると、それらの物質は互いに力を及ぼしあいたり、それらのあいだにエナァジの伝導(授受)が発生したりして、それらは、力やエナァジにかんし、互いに影響を及ぼしあいます。つまり、物理的な相互作用の発生に起因して、それぞれの物質におき、運動エナァジが増減したり、運動量が変化したり、熱エナァジが増減したりして、エナァジや運動量にかんし、外因的な変化が生じます。


4-3) 外因的な力やエナァジの影響


ちなみに、物質にたいする外因的な力の影響には、力が瞬間的にはたらく場合と、継続的にはたらく場合の、二種類があります。


しかし、いずれの場合も、力が働きしことの影響は、変化せし運動エナァジや運動量として、物質のなかに残ります。つまり、力が働きつという影響の結果は持続するのです。


(ちなみに、力を受けても、物質が空間的に移動できないばあい、どこか――例えば、あいだの空間のあたり――に、ポテンシャル エナァジが蓄積されるかも知れません)。


また、エナァジの伝導(授受)が発生するばあいも、物質に付着している外部エナァジ(熱エナァジ)の量は変動し、それは持続します。


つまり、物理的な相互作用の発生に起因する、物質での、外因的な力やエナァジによる影響は、変化せし運動エナァジ・運動量・熱エナァジとして、一般に、物質のなかで持続するのです。


この、物質にそなわる運動エナァジ・運動量・熱エナァジの変化をもたらす、外因的な力やエナァジを、便宜的に、(外因的な力やエナァジによる)外因的な影響と、呼ぶものとしましょう。


4-4) 他者の検出・同定・識別などに関し物質にできること


そして、このような状況におき、他者の検出・同定・識別などに関し、物質にできることがあるとするなら、それは、精ぜい、その、外因的な影響――外因的な力やエナァジ――と、その外因的な影響により変化する、自分にそなわる運動エナァジ・運動量・熱エナァジを、じぶんで測定すること――より正確には、測定しつづけること――くらいです。


つまり、物質は、他者を、直接に、検出・同定・識別することは、決してできないのです。


ちなみに、このことからは、物質は、ほかの物質の物理量を測定することは決してできない、ということも、理解されます。なぜなら、物質にできることは、精ぜい、外因的な影響と、それによる、自分の変化を検出または測定しつづけることくらいだからです。これは本質的なことです。


また、物質に、思考能力や知能は具わりてはおりません。なので、物質は、なんらかの物理的な相互作用に巻きこまれしときに、なにかが起こりつと、考えることは、ありません。さらに、じぶんの変化にもとづき他者の存在を推測することも、ありません。


さらに、他者の同定や識別には、たくさんの情報にもとづく、統合的で包括的な演算――つまり、思考――が必要と、思われますが、物質にそこまでの作用は具わりてはいないです。


つまり、物質は、決して他者の物理量を測定してはいず、そして、決して他者を同定したり識別したりもしてはいないです。物質は、たんに、じぶんが受ける外因的な影響や、それにより変化する、じぶんの運動エナァジ・運動量・熱エナァジを、測定しつづけるばかりです。比喩的に言えば、物質は、どう足掻いても、自分のことしか知ることができないのです。


4-5) 測定器は対象を直接に測定していない


ちなみに、さらに、物質はほかの物質の物理量を測定することはできませんが、これと同様、人間社会にある全ての測定器は、対象をちょくせつ測定するのではありません。(対象を直接に測定する方法は存在しません)。測定器は、単に、じぶんの何からの物理的な状態を測定するばかりです。しかし、その状態は、対象との何らかの物理的な相互作用によりて変化します。その結果、人間は、その変化を見ることで、対象の状態を(間接的に)知る(推測する)ことができるです。


そして、同様、人間や動物による外界についての感知(同定・識別)も、根本的には、外界と(光や音などの)観測媒体と感覚器官と神経システムとのあいだの相互作用――外因的な影響――に起因してもたらされる、脳での何らかの状態(の変化)にもとづく推測であり再現です。


しかし、高等動物にては、進化――体や脳の可塑性――によりて、(五感にもとづく)その推測はほぼ現実に近いものになりている、と推測されます。(人間は錯覚しやすいものではありますが)。


(ただし、色や音などのクワリアをともなう身体感覚は、物理的な実体としては存在しません。(クワリアをともなう思考感覚も同じです)。実体として存在するのは、電磁波(の振動数や波長)と空気(の振動)です。感覚は、意識にそなわる身体感覚作用と思考作用の動きの影または写像のようなものと思われます。なので実体ではありません。そして、エナァジで体現される実体でない、クワリアをともなう感覚が、観念と思われます)。


4-6) 物質に生じる変化には二種類がある


そして、他者とのあいだの何らかの物理的な相互作用に巻きこまれ、外因的な影響を受けしとき、物質の状態――運動エナァジ・運動量・熱エナァジ――は、その影響にふさわしい新しい状態に即座に更新されなければならず、また、その影響にふさわしい何らかの内的な動きが直ちに実施されなければいけないと、思われます。しかし、物質の根底のレヴェルでは、そういう操作をしてくれる他者は存在しません。他者とのあいだの相互作用に巻きこまれしときに、物質は、自分でその操作を実施しないといけないのです。


つまり、物理的な相互作用に巻きこまれることで物質に生じる外因的な変化には、二種類あるのです。


一つめの変化が、なんらかの相互作用に巻きこまれしことで物質が受ける、外因的な影響――外因的な力やエナァジ――の変化(発生、持続、または、消滅)です。


そして、二つめの変化が、その外因的な影響(の変化)にもとづく、物質の状態――運動エナァジ・運動量・熱エナァジ――の即座の更新、そして、ただちに果たされるべき内的な働きの実施です。


この二つの変化は全く別の変化です。


4-7) 二種類の変化についての扱い


そして、これらの変化にかんする扱いは厳密でなければなりません。これらの変化が厳密に扱われないならば、物質の状態変化は無茶苦茶になり、恐らく、物質は、この宇宙に存在しつづけられないと、思われます。


一つめの変化――外因的な影響――にかかわる扱いは、外因的な影響――外因的な力やエナァジ(の変化)――の測定です。もしも正確な測定が為されないなら、物質が厳密に応答することはできません。なので測定は不可欠です。


そして、二つめの変化にかかわる扱いは、じぶんの現在の状態の測定、つぎの瞬間の状態の演算、つぎの瞬間の状態への更新、そして、内的な働き(作用)の実施です。


たとえば、個別的な物質作用に、熱振動と熱放射があります。これらの作用の働きは、物質に付着している熱エナァジ――これには、電磁波の吸収による熱エナァジも含む――の量に左右されると思われますが、それが分からなければ、それらは厳密に動作することは決してできません。このゆえ、個別的な物質作用群が厳密に働くためには、外因的な影響やじぶんの状態についての測定が欠かせないのです。


そして、外因的な影響を受けしとき、物質の状態――運動エナァジ・運動量・熱エナァジ――は、その影響にふさわしい新しい状態に即座に更新されなければなりません。このため、物質の状態はつねに測定されつづけている、と推測されます。


演算では、外因的な影響の測定に基づき、物質自身の、ただちに更新されるべき新しい状態、そして、ただちに果たされるべき内的な働き(作用)が、演算されます。


また、更新や実施では、演算結果にもとづき、ただちに果たされるべき働きが実施されます。


これらの測定・演算・更新・実施は、内部観測を構成する作用に相当します。


ところで、物質にそなわる運動エナァジ・運動量・熱エナァジが常に測定されつづけているか否かは、じつは、微妙です。測定されていず、単に、加算と減算がされるだけ、とも考えられます。しかし、物質には、化学合成・化学分解・核融合・核分裂などの強い事象も発生します。そして、これらは、熱エナァジなどが、ある絶対値をまたぐことで、発生する、と思われます。すると、それが可能なためには、物質に引っつきているエナァジや運動量などは、やはり、常に測定されている、と解釈するほうが、妥当かも知れません。


4-8) 測定・演算・更新・実施の質 -- 物 質 に は 知 性 が 具 わ り て い る


ちなみに、また、測定と演算は、物質の物理的な状態を変化させることはありません。この二つの作用は、形ないデイタや情報をあつかいます。なので、情報処理のような観念的な作用、と言えます。(測定は、(フォースやエナァジについての)外因的な影響を測定しつづけます。フォースやエナァジは物理的なものですが、それの値――デイタ・情報・観念――を入力する(読みこむ)だけなら、その働きの質は観念的、と言えるかも知れません)。


つまり、物質内部でも、観念をあつかう情報処理が行なわれているように、見えます。むしろ、物質内部での観念的な動きが、厳密な意味での情報処理であり、意識での大きな情報処理の原型と、言えるかも、知れません。


そして、情報処理以上に、観念的な働きは、言わば、知的な働きです。このため、根本的に、物質に、知性が具わりている、と見なせます。物 質 に は 知 性 が 具 わ り て い る のです。物質にそなわる知性が、人間や生物にそなわる知性の原型なのかも、知れません。


(ちなみに、これは汎心論ではありません。知性は人間や生物の心には限定されないのです。無生物の物質でありても、知性は持ちえます。さもなくば、この宇宙や物質は根本的に存在できません。なぜなら、物質にそなわる知性が、物質に生じる動きを様ざまな動きを厳密に制御していると、思われるからです)。


他方、更新や実施では、演算結果にしたがい、物質におき果たされるべき物理的な働きが実際に遂行されるので、それは、実体としての物質そのものについての具体的な作用、実体をあつかう作用、と言えます。


4-9) 物質の動きには二つの様相がある


物質は、対外的(巨視的)には三人称の客体でありながら、内的(微視的)には、エナァジを消費することなしに、自発的・主体的・能動的に動作しつづけている一人称の主体・一人称の行為体です。(主体と客体の二重性・能動性と受動性の二重性)。


このため、その正体が物質作用群である物質には、その動きにかんし、次のように、巨視的な動きと、微視的な動きの、二つの様相がある、と思われます。


A) 巨視的な三人称の客体の面で、物質は、みずから自分の巨視的な状態を変更する――空間的に移動したり、自転をしたり、別の物質に変貌したりする――ことはない。


(放射性物質の自然崩壊は例外である。これは、みずからの作用であるエナァジ呼吸により引き起こされる、と憶測される。呼吸されるエナァジ量は不定だが、それが物質ごとの規定値をこえるなら、物質は崩壊するのであろう)。


物質は、なんらかの相互作用に受動的に巻きこまれて、初めて、じぶんの巨視的な状態を変更することができる。(しかし、その変更は、実際(実務的)には、物質にそなわり、物質の正体であり、かつ、一人称の主体である、(微視的な)物質作用群により、(瞬時に)果たされる)。


これらのことのため、物質は、巨視的な三人称の客体の面で、そして、時間の経過のなかで、通時的に、じぶんで動く(変化する)ことはない。これは、物質の通時的(巨視的)な動きの様相である。


B) 物質の正体であり、一人称の主体である(微視的な)物質作用群は、自発的・主体的・能動的に動作する。しかも、その動作は、エナァジを必要とはしなく、かつ、時間を要さず、瞬時に完了する。(または、プランク時間(5.4 * 10**(-44) 秒)くらいの時間は必要なのかも知れない)。物質にては、瞬時に完了する物質作用群の動作が、時間の経過のなかで、果てしなく果たされつづける。


ただし、巨視的な状態の変更に関係する作用は、物質がなんらかの相互作用に受動的に巻きこまれ、外因的な影響を受けしときのみ、物質の状態を(瞬時に)変更する。


しかし、外因的な影響が物質のなかで持続するばあい、それに応じ、果たすべき動作を遂行しつづける。これは、物質の微視的な動きの様相である。


(詳細については、節「意識はエナァジにより動作するわけでない (重要)」も参照してください)。


4-10) 構成的な物質作用群 -- 内部観測を構成する作用群


そして、それぞれの個別的な物質作用は、少なくとも、以下のような構成的な物質作用群で構成されている、と思われます。そして、それらはまさに内部観測を構成する作用群に該当します。


(ただし、それらの識別は、個別的な作用で果たされると思われる働きを、意味的(論理的)に連続する一連の基本的な単位に細分せしものであり、イメジしやすくするためのモデルです。総称のようなものです)。


a) 受領作用 (実体をあつかう)

b) 測定作用 (観念的な働きである情報収集を果たす。測定機器のような)

c) 演算作用 (観念的な働きである設計や思考を果たす。コムピュータァのような)

d) 実施作用 (実体をあつかう。機械の作動のような)


a) 受領作用


この作用は、物質が他者との物理的な相互作用に巻きこまれることで受ける外因的な力やエナァジを、受けいれる。(この作用がないことには、物質は、相互作用にたいし透明になり、見えなくなりてしまう。そして、結局、この宇宙に存在することができなくなりてしまう)。(実体をあつかう物質作用)


b) 測定作用


この作用は、受領作用により受けいれられし、外因的な影響である外因的な力やエナァジと、外因的な影響により変化する、物質自身にそなわる運動エナァジ・運動量・熱エナァジなどを、測定しつづける。(観念的な働きをはたす物質作用、測定機器のような)


c) 演算作用


物質が、他者との何らかの基本相互作用に巻きこまれ、外因的な影響を受けしとき、物質の状態は、その影響にふさわしい状態に即座に更新されなければならず、また、その影響にふさわしい何らかの内的な働きが物質におき直ちに実施されなければならない。この作用は、それらの、物質におき即座に果たされるべき全ての働きを、演算する。(観念的な働きをはたす物質作用、コムピュータァのような)


d) 実施作用


この作用は、演算作用によりて演算されし、即座に果たされるべき全ての働きを、具体的に実施する。(実体をあつかう物質作用)


物質にそなわる作用群のうち、A) 超弦の基本振動から、D) 電磁波の飛翔までの作用群は、外因的な影響にも物質の状態にも依存しないと思われるので、根本的な物質作用と思われます。


しかし、E) 粒子と波動の二重性から、K) 化学合成・化学分解までの作用群は、外因的な影響、または、外因的な影響をうけし物質の状態に、依存する、と思われます。


5) オートポイエシス・内部観測・結晶化プロセス・生体・意識などに潜在する問題


ところで、物質作用が、1個の物質(量子)に閉じているなら、なにも問題ありません。


しかし、もしも物質作用が複数たくさんの物質にまたがり働きうるとするなら、物質群の動きの統合性・包括性・協調性などにかんし、生産管理の面――計画・設計・通信・調達・輸送・組立など。ただし、物質におき計画はありません。物質群(や記憶能力のない原初の意識)に、成就に時間のかかる計画を立てることは、不可能です――で、深刻な問題が生じると、思われます。


なぜなら、いかに高度に組織化されていようとも、複数たくさんの物質は、決して1個の量子ではなく、1個の集合体にすぎないからです。そして、この宇宙では、1個の存在(または、実体)としての統合性・包括性・協調性などを帯びれるものは、1個の量子だけだからです。現在の物理学の枠組では、複数たくさんの物質にまたがり1個の量子のような統合性などをもたらせるものは、存在しないです。


このことは、物質的なオートポイエシスのシステムにも該当します。


しかし、かりに、物質群の全体にわたり1個の意識――意識は1個の統合体――が発生すると仮定するなら、統合性・包括性・協調性などの問題は部分的には――設計や通信などのような観念的な面では――解決する、と予想されます。


(ちなみに、意識が生物や生体だけに発生するとは限りません。意識の発生する要件さえ満たされるなら、生物以前の、無生物の物質の集合体にも意識は発生しうる、と予想されます。それは、原意識・物質意識のようなものです)。


しかし、それでも、まだ問題は残ります。生産管理の面での統合性や包括性が部分的には達成できつとしても、それらにもとづき物質群の動きに統合的・包括的な影響を及ぼせる枠組ないしメカニズムも、現在の物理学には存在しないからです。


つまり、現在の物理学の枠組では、意識と物質のあいだは切れており――おそらく、意識は、現在の物理学では、まだ物理的とは認められてはいない、と思われます――、意識の入力面でも出力面でも、双方が影響を及ぼしあうことは、不可能なのです。(それなのに、意識は、現実には、入力面で物質を感知することができています。不思議です)。


(もっとも、その問題は、もしも前向きに考えるなら、物理学の視野を広げることのできる重要なイシューかも知れません)。


ちなみに、意識の出力面には、自由意志の問いも関係しています。なぜなら、物質群で形成される生体や体の動きが、意識で果たされる思考により影響を受けられることが、自由意志の要件の一つだからです。(自由意志の問いは三つの部分に細分されますが、このことはその最後の部分です)。


(ちなみに、さらに、1個の物質で果たされる演算でなく、複数たくさんの物質にまたがる包括的なものである思考は、おおきく統合的で包括的なものである意識の思考作用によりてしか果たされえない、と強く推測されます。


また、意識に感じられる思考は感覚(思考感覚)と思われますが、複数の実体――たとえば、脳という物質と、脳に発生する意識――のあいだで感覚を伝達することは不可能と思われます。感覚は、それを感じる当人だけのものです。このゆえ、意識に思考感覚が感じられるなら、思考は、脳という物質でなく、まさに意識で遂行されることに、なります)。


このため、複数たくさんの構成要素群が関わるばあい、オートポイエシス・内部観測・生体・生物・意識・自由意志などには、かなり難しい問題が潜在しているのです。


これは、認知科学で心身問題と呼ばれるものです。


ちなみに、また、内部観測――構成的な物質作用群――が、オートポイエシスの原型であり、複数たくさんの要素で形成される物質的なオートポイエシスのシステムの原動力です。


また、雪などの結晶の形成プロセスは、短いあいだだけ発生するオートポイエシスのシステムと、思われます。そして、見事な結晶は現実に形成されます。それらはオートポイエシスの好例です。なので、雪などの結晶の形成プロセスには、現在の物理学ではまだ認識されてはいないメカニズムないし要因が深く関与している可能性がある、と推測されます。(さらに、このことは、生体や意識にも該当する、と思われます)。


6) 問題解決の可能性


そして、内部観測を構成する基本的な作用のモデル――構成的な物質作用群――として先に挙げし測定作用・演算作用・実施作用が、問題を解決できる要因になる可能性を秘めている、と思われます。


これは仮の予想にすぎませんが、まず、なんらかの原動力により、複数(無数)の要素で形成されるオートポイエシスのシステムにおき、個この物質にそなわる測定作用と演算作用――どちらも観念的な作用――が統合されて、大きな1個の測定作用と大きな1個の演算作用が形成される可能性が、考えられます。


これらは、統合的で包括的なものである意識の身体感覚作用と思考作用――これらも観念的な作用――のようなものです。


(なんらかの原動力とは、より高度な物理的秩序を形成しうるかも知れない何かです。そういうものが実際あれば、いいのです)。


なぜなら、これらは、実体はあつかわず、観念的な働きをはたす作用なので、実体としての構成要素群の(化学結合のような)緊密な結合は必要ないかも知れないからです。(穏やかなエナァジの消費――または、より正確には、穏やかなエントゥロピ生成速度の減少――により)、観念的な働きをはたす作用群だけが1個の作用に統合できれば良くて、物質(量子)にそなわる、実体をあつかう作用群は、個この作用のままでいいのです。


システム全体の物質的な状態は、統合後の大きな測定作用で検出しえます。そして、その検出にしたがい、システム全体の大きな物理的秩序を形成するための演算が、統合後の大きな演算作用で遂行されえます。


なぜなら、物質にそなわる内的な作用は、すべて、元来、物質の微視的なレヴェルでの物理的秩序を維持または形成するための働きを果たす――言わば、微視的なレヴェルでの物理法則を具体的に実施する――ものだからです。つまり、物質にそなわる作用群が、微視的なレヴェルでの物理法則と、ふつうの(巨視的なレヴェルでの)物理法則の、源であり、それらの働きを体現しているのです。


(物理法則は、実効性のない、ただの空疎な観念ではありません。それらは、この宇宙という物理世界をきちんと律しています。このゆえ、物理法則の働きを実施しているものは、空ではありえず、かならず、(エナァジで体現される)何らかの物理的な実体でなくてはなりません。それが、物質作用群です)。


7) 特に深刻な問題


そして、実施作用は、演算作用によりて演算されし、即座に果たされるべき全ての動きや働きを、具体的に実施します。


ここで、もし、個この物質にそなわる実施作用が、統合後の大きな演算作用で演算されし大きく包括的な結果にしたがい働くならば、オートポイエシスのシステムが、その全体で1個の大きな物理的秩序を形成する建設的かつ生産的な方向で、統合的かつ協調的に動くことが、可能になります。


ただし、この場合、(信じがたいことですが)、オートポイエシスのシステムを構成する個この物質が、(ほかの物質とのあいだの相互作用の発生に受動的に巻きこまれることなしに、そして、ふつうの巨視的な物理法則に違反して)、ただ大きな演算作用の演算結果だけに基づき、対外的かつ能動的かつ不自然に動くことになる、と思われます。


これは、つまり、オートポイエシスのシステム内部の物質が、(外的な相互作用の発生の有無にお構いなしに、または、それらを無視して)、システム内部での大きな演算結果――観念――だけに従いて、対外的な空間移動・自転・化学反応などの物理事象を果たすことを、意味します。


これは、物理学の先生から大目玉を食らいそうなことですが、オートポイエシスのシステムの内部に限りては、そういうことが可能であることが不可欠である、と予想されます。さもなくば、様ざまな物質の見事な結晶の塊は決して形成されず、生物が発生することはなく、生物が自発的・主体的・能動的に動くことも決してできないと、推測されます。


そのため、ここが、それらの事象の説明にかんし、克服しがたい問題が存在するところ、と思われます。


しかし、この問題は、前向きに考えるなら、物理学の視野を無理やり広げざるを得なくするような重要なイシューかも知れません


しかし、逆に言えば、巨視的な物理法則は、すべて、物質にそなわる微視的な作用の働きの反映です。そして、物質にそなわる実施作用は、たんに、演算作用による結果にしたがい働くだけです。いくらオートポイエシスのシステムでの物質の動きが巨視的な物理法則に違反しているよう判断されるにしても、微視的なレヴェルでは、物質作用群の動作仕様はしっかり遵守されているのかも、知れません。


そして、微視的なレヴェルでの物理法則――物質作用群の動作仕様――が全てです。それらが守られてさえいるのなら、巨視的にはどう解釈されようと、まるきり問題ではないのかも、知れません。


さらに、物質に発生する運動エナァジや運動量は何が(誰が)発生させているか、という奇妙な問いも、あります。もしもこういうことも実施作用が果たしているなら、巨視的には不自然にみえる動きを実施作用が実現させるなど、さほどのことでもない、と思われます。そもそも、実施作用は、演算作用の結果のとおりに実体を扱うだけです。


空間移動や自転、そして、運動エナァジや運動量は、意外に不思議なものなのかも知れません。(なぜか、相対論のことが思われます)。






  《 物質にそなわる内的な作用やエナァジには、より高い物理的秩序を形成しようとする傾向が具わりている 》


そして、思考作用の起源は、物質にそなわる観念的(知的)な働き(作用)です。この働きは、物質を、より高い秩序の状態に押しあげようとするのです。物質とエナァジには、より高い秩序の状態を実現しようとする傾向が具わりていて、生物の意識での思考と、生物の進化(= 物質の進化)は、その結実と言えます。


つまり、物質の外部では、熱力学第二法則により、秩序は崩壊するのが自然ですが、物質内部には、物質の基本的な傾向として、外因的な相互作用――接触・問い――の発生をとおし、より高い物理的秩序が形成される傾向が具わりている、と見なすことができます。(そして、その傾向には、かならず観念的な働きが含まれます。より高い物理的秩序の形成に、観念的な働きは欠かせない、と思われます)。


そして、その傾向の起源・源は、当然ながら、エナァジです。二重スリトゥ実験では、ほかの物質とのあいだの相互作用の発生を契機として、物質の形態的な存在様相が、エナァジがゆるい結合状態にある波動の様相から、エナァジが緊密な結合状態にある粒子様の様相へ移行します。その事象に見られるように、根本的に、エナァジに、自分を素材として、より高い物理的秩序を形成しようとする傾向が具わりているのです。


ちなみに、各種の微生物や細胞を始めとする各種の生体はきわめて特異な物質――きわめて特異な量子――と思われますが、それらの形成も、より高い物理的秩序の形成に該当する、と思われます。そして、その形成は、根本的には、エナァジにそなわる物理的秩序形成の傾向に基づきているのです。


そして、意識は、それらの生体のなかに物理的に発生し、それらに含まれており、それらの一部です。この意識も、根本的には、エナァジにそなわる物理的秩序形成の傾向にもとづき形成される、と思われます。






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