第7話 人間と荊の城 -宮廷料理人の場合-
今日も森の奥で、自称月の妖精であるルナと待ち合わせだ。
剣の振り方を教わり、魔物との戦い方を教わる。
もちろん今でも敵わない魔物の方が多い気がするが、それでも当初と比べたら大分マシになったものだ。
油断しなければ、どんな相手でも逃げ切ることくらいはできる気がする。
いや、それも既に油断なのか。
でもそろそろ、この国から逃げ出す算段をつけないと。
ある程度魔物とも戦えるようになってきたし、これ以上ここにいると本当に魔王復活の手助けをしなきゃいけなくなってしまいそうだ。
面倒を見てくれているジョセフ老人や、センジ、そして月の妖精ルナには悪いけど。
月の塔の近く、いつもの待ち合わせ場所に行くと、そこにはルナによく似た女性がいた。
自分よりも少し低いほどの背丈で、着崩した着物のような服を纏い、楽しそうに踊っている。その様子はとてもに艶やかで思わず魅惚れてしまった。
「おーい。なにボーッとしてるの?」
ふと気づくと先ほどの女性はどこにもおらず、目の前にはいつもの様子のルナが不思議そうな様子で飛んでいた。
「あれ?今ここに女の人がいなかった?」
「なに寝ぼけてるの?ここには可愛いルナちゃんしかいないよ」
ケタケタと笑うルナと共に、今日も魔物退治へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国の森、奥深く。月の妖精が何やら妖しげなことを人間に教えていた。
「【火炎の魔法】!」
ルナに言われた通りにイメージをし、手に意識を集中させると掌から火炎が起こった。
「おぉ~!やってみたらできるもんだねぇ」
「すごい!でた!炎!」
魔法の使い方を教えてくれたルナ本人が驚いている。
とはいえ、自分自身も興奮が冷めない。まじまじと今、炎が出てきた自分の掌を見つける。
不思議と熱くない。ただほんのわずかに熱を感じる。そしてそれとは別に胸のあたりから掌にかけて、なにか今までに感じたことのないチカラの流れのようなものも感じている。
コレが魔法、魔力なのだろうか。
しかし本当に自分が魔法を使えるようになるとは思わなかった。実際に使えてみると感動する。
「そろそろできるとは思っていたんだよ?結構な数の魔物を倒してきたから、キミのロール的にも成長があると思って」
「そうだ、そもそもロールってなに…」
そう。前々から気になっていたのだ。ずっと聞きそびれていたが、なぜ魔物を倒すと成長できるのか。そもそも時々聞くロールとはなんなのか。
「え? ああ、ロールってのはね…ってああ!!」
会話の途中で叫び出すルナの視線の先を見ると、先ほどの火炎が藪に移り、燃え広がり始めたところだった。
「水の魔法だして!はやく!」
「えぇ!? よし! 任せて!………って、まだ習ってない!」
騒がしく、楽しそうなやりとりが、森の中に響いては消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「だぁー今日も疲れたぁ」
「今日もいっぱい倒せたねぇ」
この世界に来てから、もうどれほど時間が経っただろう。今では少しずつ、多様な魔物を倒せるようになってきた。
ルナやセンジにに教えてもらった剣の振り方、まだ始めたばかりだが魔法の使い方。人間、環境に適応して生きていけるものだ。
しかし肝心の「妖魔の王の呪いを解く」ことについてはなんの進捗もないままだ。
できればこのまま呪いを解かずに、チカラをつけつつ情報を集め、この妖魔の国から逃げ出して、人間のいる場所へ行きたい。
でも面倒を見てくれているジョセフ老人や、ルナに悪いんだよな。べつに妖魔の人たちにも悪い人はいないし。
「ねえ!あそこ見て!赤猪だよ!」
今後のことを考えているとルナに呼ばれ、茂みの中から、ゆうに3mを超えるだろう大きさの猪を見つけた。
下顎から立派な牙を生やし、森林狼の死骸を漁っている。
「赤猪のお肉は本当に美味しいんだよ…仕留めよう。食べよう」
「待ってよ、さすがにあのサイズの魔物はまだ無理だって」
今にも口から涎を零しそうなルナを諭そうと試みるが、すでに彼女の目がお肉になっている。
「大丈夫!キミはもう十分強くなってきてるよ」
涎を垂らしながら言うルナの説得に、まるで根拠を感じることができない。
「さすがに相手がデカすぎるって」
「それならルナちゃんの必殺技を教えてあげるよ!」
「必殺技…?」
「そう!まずはさっき覚えた魔力の流れを足に感じてぇ~…今まで教えた足裁きを思い出してぇ~…あ!必殺技の名前はね~…」
必殺技。その言葉の響きはずるい。男の子が絶対に好きなやつじゃん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
赤猪は怒っていた。目の前にいる弱そうな人間が、自分を追い詰めているから。今までにも自分が敵わないものはいた。しかし今、目の前にいるのは、森の深いところに住む捕食者たちでもなく、この国の絶対的な支配者である妖魔たちでもない。ただの人間なのだから。
目の前の人間に、自慢の牙が届かない。
見たこともない動きと、足の動かし方で牙を避けられる。
牙を避けられたと思うと、身体に剣で傷をつけられる。
今までどんな攻撃からも我が身を守ってくれていた、堅い自慢の毛皮をものともせず、いとも簡単に。
目の前の人間に魔法が効かない。
今まで多くの獲物たちを捕らえてきた、必殺のブレスが効かない。
火炎の弾をいくら吐いても、避けられ、別の魔法で相殺され、剣で防がれる。
そして今、赤猪は恐怖を覚えた。
人間の足下に嫌な流れを感じる。人間の横に感じる小さなチカラが人間の耳元に囁くたびに、その悪寒は強くなる。
嫌な予感をかき消すように、赤猪は人間に全力で突進した。
だが人間の足下のチカラが強くなり、赤猪の攻撃を除け、足で円を描くように動いたとき、それは起きた。
人間が足を動かした場所から、赤猪の身体を中心に力強い風が起きたのだ。身動きがとれない程の小さな竜巻。
吹き荒れる風は刃となり赤猪の身体を切り刻み、風の槍が突き刺さる。
何が起きたのか分からず、戸惑う赤猪の首に、人間の剣が突き立てられていた。
「協奏曲……」
そして、人間が小さく呟くの聞きながら、赤猪の意識は途切れていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
妖魔住む荊の城。厨房にて。
時間帯のせいだろうか、厨房で作業をしている妖魔は2人しかおらず、慌ただしさも感じない。一人は奥で刃物を研いでいる若く見える妖魔で、もう一人は壮齢に見える恰幅の良い妖魔である。
人間は厨房の入り口から、しばらく様子を伺い、意を決して中へ入っていった。
「アントナンさん」
厨房の中へ入り、おそらく宮廷料理人、その長アントナンであろう妖魔に声をかける。
赤猪を倒したあと、ルナのたっての希望により、城に仕える料理人のアントナンのところへやってきた。
彼が赤猪の肉を使って作るサンドウィッチが絶品なのだそうだ。
たしかにその絶品とやらは気になるが、いかにも職人気質のアントナンを前に、思わずたじろいでしまう。
赤猪の方が可愛く見えるくらいだ。
厨房にいたアントナンとは別の若い妖魔は、人間の声にこちらをチラリとだけ見たが、すぐに興味を無くしたように自分の作業へ戻った。
「なにか用か。人間」
声をかけられたアントナンは作業を中断させられて、機嫌を悪くしたようにこちらを睨み応えた。
「赤猪を森で仕留めまして、これで料理を作って欲しくて…」
「赤猪を?お前が?」
疑うように睨みつけるアントナンへ、ルナに教わった通りに下処理をした赤猪の肉塊を出す。
アントナンはその肉塊をまじまじとみた。
「オレが普段作ってやってる飯じゃ、満足できねぇってのか?」
射貫くような目つきでこちらを睨み続けるアントナンに思わずたじろいでしまう。
そう。普段、城に仕える女中のユニがジョセフ老人宅まで運んでくれている料理はこのアントナンが作ってくれているのだ。
その料理もとても美味しく、不満など一切無い。
「決っしてそういうわけではないのですが、この肉とアントナンさんのマスタードソースで作るサンドウィッチが絶品だとお聞きしまして」
こちらの言葉を聞き、アントナンは怪訝そうに眉を動かした。
「…お前がなぜあのソースとサンドイッチのコトを知ってる」
しまった。ソースのことはルナから聞いたんだった。というかいつまでルナのことを隠していればいいんだ。
それにしてもアントナンは、これまであった妖魔の中でも特に圧が強い。
まじまじと上から下へと見られたじろいでしまう。
「ふん、まぁいい。少し待ってろ」
なにかに納得したのか、そう言うとアントナンは赤猪の肉を奪うようにふんだくり、料理を始めた。奥にいた若い妖魔も興味をもったように様子を窺いだしたる。
しばらく待っていると、香ばしくも甘い匂いが漂ってき、丁寧に包まれた塊を渡された。
温かい。おそらく中にはできたてのサンドウィッチが入っているのだろう。
「いいか。絶対にここで一人では食うな。必ず持って行って外で食え。それと…」
なにかを言いかけて料理長のアントナンは唇を噛んだ。
「いや、いい。さっさと行け」
アントナンもそうだが、これまでルナを通じて話すことになった妖魔たちには、もうルナのコトがバレている気がする。
ここで食うな。持って行って食え。これもルナに食べさせろってことだもんな。ルナ本人はバレていないつもりみたいだが…
「ありがとうございます。必ず持って行って食べます」
「…おう、よろしく伝えてくれ」
ルナと妖魔たちにどんな秘密があるのか分からない。
でもきっとルナも妖魔も、お互いのことを思い合っている気がした。




