第8話 人間と荊の城 -仕立屋の場合-
夜の国。森を進み、開けた川の近く。
尾がするどい刃となっている大きなトカゲ、剣蜥蜴の生息地。
剣蜥蜴が振り回す尾を避け、爪を弾き、受け流す。そして距離をとり雷撃の魔法を放つ人間の姿と、それを見守る老魔術師の姿があった。
「ううむ。少し見ない間にこれは中々。しかしあの足裁き、剣の振るい方、どこかで…」
今日は月の妖精ルナと一緒ではなく、ジョセフ老人と狩りにきていた。
ジョセフ老人は弱かったオレを強くするため、飲んだ人物を強くするという夢のような霊薬を作る研究に没頭してしまい、最近では一緒に森にくる機会も減ってしまった。
それでも最初にこの世界に召喚されたばかりの頃と比べると、頻度は落ちたが、今日のように時々は狩りに付き合ってくれる。
ルナのような剣の指導はないが、魔力の使い方などは細かく教えてくれるため、彼女とは違う分野で非常に参考になる。
「しかし、術の方はまだまだじゃの。魔力の性質を変えて放出するだけでは、魔術の深淵にはほど遠い…」
離れた場所でぶつくさと説教を始めたジョセフ老人を横目に、剣蜥蜴の相手をこなす。
魔物との戦いにも慣れてきた。
月の妖精ルナに剣を教わり、庭師のセンジがその復習を手伝ってくれる。時折ジョセフ老人が魔法の使い方を矯正してくれる。
どんな相手に、どんな距離の詰め方が有効で、足の運び方で次の攻撃の機転を作れることも身体で理解できる。そこに組み合わせで魔法を取り入れることもできるようになった。
――そんな風に油断をしていた。
「む!危ないぞ!」
ほとんど倒れかけた剣蜥蜴が最後に振った刃の尾。それが横薙ぎに胴体に入る。
ジョセフ老人の一声で気がつき、なんとか間一髪回避し、腹の薄皮一枚を裂かれただけで済んだ。
「【土魔法】!」
地面から石の槍が数本飛び出させ、剣蜥蜴の動きを遮る。
鱗の堅い剣蜥蜴には大したダメージは入らないが、動きを止めることには成功する。
そしてその隙に首を飛ばした。
「ふむ、油断したな。まだまだじゃ」
腕を組み、難しい顔をした老魔術師ジョセフが、眉間に皺を寄せながら、宙を飛び、こちらに近づいてくる。
「すみません。間一髪でした」
本当に危なかった。もう少し油断していたら上半身と下半身がバイバイしていたところだ。
考えるだけでゾッとする。あらためて気を引き締めなければ。
「それにしても、その胸当てはもうダメじゃな」
こちらの世界に来てから着ていたのは、ジョセフ老人からもらった、妖魔の城を守る兵士のお下がりの衣服だった。その胸当てがパックリと切れてしまっている。
「仕方ない。棘の街に仕立屋がある。店主のガブリエラに防具を新調してもらうとするかの」
こうして、この夜の国にある城下の町「棘の街」へ初めて行くことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
棘の街。月の光が絶え間なく降り注ぎ、石畳の皺の一つ一つまで鮮明に映し出す。
太陽の光が届くことのないこの街には、色が少ない。
月の光がレンガや木材を青白く照らし出すだけである。
その代わりに彫刻などの装飾が凝らされており、初めて街を訪れるものに真新しい感動を与える。
その街の一角に、気の弱い女主人の営む仕立屋があった。
「いやぁ遠くから見たことはあるけど、街にくるのは始めてなんだよなぁ」
そう、この世界に来てからというもの、荊の城とジョセフ老人の邸宅、森の中を往復するだけの日常を繰り返していた。
城の妖魔たちからは好かれている感じがしないし、興味はあったが意気揚々と妖魔の街を探索してみようという気にはなれなかった。
でも訪れてみると案外、人通りが少なく、たまにすれ違う妖魔もこちらを気に留める様子はない。
気にしすぎたかな。
事前にジョセフ老人に聞いていた通り、街の中央にある噴水、そこから遠くに見える荊の城に向かって、左の通りを抜ける。
木製の扉の上に、小さな木の板が吊してあり、そこには鋏と針と糸が描かれていた。
ジョセフ老人から預かってきた、防具の新調に掛かるであろう代金を握りしめる。
扉を開けると、そこにつけられていた鈴が小気味よく音を奏でる。
「いらっしゃいませ。あっ……」
臆病そうである、というのが第一印象。小さな声で出迎えてくれたのは、こけた頬、土気色の肌に黒くうねった長い髪の毛、眼鏡の奥の眼にひどい隈を抱えた女性だった。
おそらくジョセフ老人の教えてくれた仕立屋のガブリエラであろう彼女は、こちらを見ると胸の前で小さな手を握りしめ、戸惑った様子を見せた。
「お城の使いの方から要件は窺っています……採寸を先にさせてください……」
「あ、はい。お願いします」
目を合わせず、たじろぎながらも懸命に接客してくれる彼女に、剣蜥蜴に壊された防具を渡し、採寸に応じる。
「新しい防具をすぐにご用意します。少しだけお待ちください」
ガブリエラはか細い声でそう言いながら、カウンターの奥の道具を取り出し、手際良く作業を始める。
手持ち無沙汰となり、綺麗にされている店内を見回した。
洋灯に照らされている様々な布は、見たこともない輝きを放っており、衣服だけでなく、革製の胸当てのような防具も飾られている。
素人目にもとても作りが良いことが伝わってくる。
そうやって暇を潰していると、作業をしながらガブリエラが声をかけてきた。目は作業中の手元に落としたままである。
「アナタが、カルミラ様の呪いを解くために召喚されたっていう人間さんなんですよね」
「えぇ、そうですが…」
軽く答えて、思いついた。
少し狡いかもしれないが、気の弱そうなこの人なら、押せば詳しく話しを聞けるかもしれない。
実際、この夜の国で起きていることについてはジョセフ老人に聞いても、月の妖精ルナに聞いてもはぐらかされてしまう。
「あの、もし知っていたら呪いのことについて詳しく教えてくれませんか。みんな、あんまり詳しいことを教えてくれなくて。呪いを解きたいのか、それとも本当は解きたくないのかもよく分からなくて」
そう聞くとガブリエラは、大げさにビクリと肩を震わせた。
「み、みみみなさんが話せないのであれば、わ、わた私からもお話でできません」
焦りながら、早口でそれだけ言うと、彼女はこちらに目を合わせることなく、黙々と作業を続けた。
これ以上、無理に聞くのは可哀想か。そう思ったときだった。
ガブリエラはやはり目を針にを落としたまま、意を決したように口を開いた。
「で、でも、みんな、カルミラ様の呪いを解きたくないんじゃないんです。あ、あなたのやろうとしている方法以外で呪いを解きたくて、でもずっとソレができていなくて、そ、その呪いで苦しんでいるのはカルミラ様だけじゃなくて…」
「呪いを解きたいけど、方法が違う…」
「違わないんですけど、それをしてしまうと…」
やっぱり早口で、涙目で、言葉がつかえているが、ガブリエラが勇気を出して話してくれているコトが伝わってきた。
少し気まずい沈黙を縫い合わせるように、ガブリエラは淡々と防具の調整を進めていく。
「で、できました」
そういうと自分のサイズに合わせた、新しい服を渡してくれた。
袖を通すと、サイズはぴったりなのに動きやすい。
さらに新しい胸当てを用意してくれ、調整まで行ってくれた。
帰り際、ジョセフ老人から預かっていた代金を渡そうとしたが、断られてしまった。
せめてお礼だけでも伝えなくては。
店の前まで見送ってくれるガブリエラに振り返る。
「ありがとうございました。あと、急に変なことを聞いてしまってすみません」
「あ、ああの!…また、いつでもきてください。私にできることはこのくらいなので」
下を向きそうになる顔を必死にあげるようにコチラを見て、彼女は言った。
逃げ出すことは今じゃなくてもできる。もう少しだけ、この世界の状況を、ここで起きていることを知りたいと思った。




