第6話 人間と荊の城 -音楽家の場合-
定期的な剣のメンテナンスと稽古。それを行うため、現庭師であり、元鍛冶師であるセンジのところへと行った時のことだった。
荊の城、その中庭の方からヴァイオリンのような音が聞こえてきた。
音色の出所を探し出すと、悲しげな旋律を奏でているその音の主は、小柄で目つきの悪い妖魔だった。
その妖魔は月明かりに照らされた庭園で、まるで自分で歌うかのように弓を引き、弦を震わせている。
旋律はまるで踊るように跳ね、悲しみを噛みしめるように切ない。
その美しい旋律に心を奪われてしまっていると、その妖魔はコチラに気付き、フンッと鼻を鳴らし、嫌みったらしい顔を向けてきた。
「覗きとはいい趣味だね。いかにも人間らしい。ジョセフ老師の許可を得ているからといって、あまり調子に乗らぬことだよ」
その妖魔は言うだけ言って、舌打ちをして去って言ってしまった。
いや、確かに覗く形になったのは申し訳ないけど、そんなに嫌みを言わなくてもよくない?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん~それはきっとニコロだね」
いつものように魔物の狩り方を、月の妖精ルナに教えてもらっていた休憩中、ルナに荊の城で会った妖魔について話してみた。
いつものように、自分の身体ほどの大きさのあるルビーの実を頬張りながらルナが言う。
「ニコロはお城に使えている音楽家で、本当に楽器が上手なんだよ
。聞いているだけで楽しくなってきちゃうし」
まるで自分のことのように自慢気に話すルナは、本当に楽しそうだ。
「でも曲はなんだか悲しげだったけどな」
「きっとカルミラ様のことがあってから、みんなを慰めるために一生懸命音楽を披露してたんだと思うよ…でも中々うまくいってないから」
あ、これはいつもの振り回されるパターンかもしれない。
「ルナ、今回はあからさまに嫌がられているし…」
「プレゼントをしたらきっと喜んで、もっと元気になってくれるかも!」
最近分かるようになってきた。こうなった時のルナは聞く耳を持たない。
今度はどこへ連れていかれ、何をとってくるコトになるのか。
でも笑顔の彼女に振り回されるのも楽しいかもしれない。
そう感じるこの頃だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ビルのような大木の奥から、時折地響きが伝わってくる。それはきっと森の縄張りを闊歩する巨大な魔獣の足音。そんな夜の国、森の奥。小さな滝のある泉の畔。
「さ、ついたよー!」
「遠い…つかれた…しんどい…」
ここに来るまでに、両手では数え切れない程の魔物に襲われ、やっとの思いでたどりついた。
途中からは魔物を避けるため、木々の枝を飛び回り、樹上を移動してきた。
我ながら本当に身体能力が上がり、身軽になったものだ。
異世界にきた影響なのだろうか。今ならオリンピックにも出場できてしまいそうだ。
「もう、だらしないなぁ。ルナちゃんが鍛えてあげてるんだから、もっとしっかりしてもらわないと」
「そんなこと言われても………」
ぷんすか怒っているルナは可愛いが、今はそれに応える余裕はない。
息を整えながら周囲の警戒を行う。最近はこの作業も慣れてきたものだ。油断していると突然魔物に襲われたりする。
「大丈夫。ここには魔物はほとんどいないよ」
そういうルナを横目に、周囲を見回してみる。小さめの湖があり、おとなしそうな動物が遠くで水を飲んでいる様子が窺える。
たしかに平和な場所のようだ。
「あ!あった!」
そう言いながらルナが手に取ってきたのは金色に輝くの長い毛だった。
「なにかの動物の毛?」
「そう!ユニコーンの尻尾の毛だよ!」
たしかに聞いたことがある。ヴァイオリンなどの楽器に馬の毛が使われているって。ユニコーンの名前が出てくるあたり、さすが異世界だ。実物もぜひ見てみたかった。
いや、きっといつか会える日がくるだろう。
妖精が隣で飛んでいるくらいだから。
「この湖にはね、姉様たちとよく来たんだ。ユニコーンの毛を誰が多く集められるか競争してね」
お姉さん、がいたんだ…?
楽しい思い出話のように聞こえるが、話すルナはどこか寂しそうに見えた。
「じゃあ今日はオレと競争だね」
「…うんっ!!」
我ながら気を利かせた返しをできたと思う。
それから嬉しそうに飛び回るルナとユニコーンの毛を集め、帰路についた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは…ユニコーンの尾?なぜこれを…」
「いや、その…この間、演奏を邪魔をしてしまって、そのお詫びにと思って、これは必要な消耗品だと聞いたので…」
ユニコーンの毛を集め、荊の城に戻ってきたオレはニコロを見つけ、演奏の邪魔をしたことを詫びていた。
訝しがり、こちらの様子を睨むように窺うニコロに、たどたどしく答える。
「誰になにを吹き込まれたのか知らないが、余計なことを」
照れ隠しでもなんでもない嫌みを言われると、やはり腹が立つ。
ひっぱたいてやろうかコイツ。
「ニコロ…さんは演奏でみんなを元気づけているって聞いたので、いつか聞かせて欲しくて」
とりあえず気を使ってそれっぽいことを伝えてみる。
するとニコロは、さらに怪訝な様子でこちらを睨んだ。
「僕は楽譜が嫌いなんだ。譜面通り、正しく演奏するだけの音楽なんて無くていいと思っている。だからそれを求める父から逃げ、家を飛び出したのさ。そんな僕の音楽を素晴らしいと言ってくれたのがカルミラ様さ。寵姫様たちも城のみんなも、夜の国の民も、僕の演奏を喜んでくれた」
最初は懐かしむように話していたニコロの顔が、悔しさに歪み始める。
「でもカルミラ様が眠り、寵姫様たちもそのあとを追ったとき、僕の音楽では誰も癒やしてやれなかった。それが僕の、僕に唯一できる役目なのに。きっと僕はそれまでの自分に満足してアレンジを忘れていたんだろう」
途中から話がよく分からなくなってきた。
でもニコロも主人がいなくなってしまって深く悩んだのだろう。
「悪いがキミのコトは好きになれない。キミがやろうとしていることは、楽譜をなぞるように、ただ正しいだけのことだからさ」
「でも」と言葉のあとに付け加えたニコロの顔は複雑な心境を現していた。
「コレはもらっておくよ。ありがとう」
カルミラの呪いを解く。妖魔たちが望んでいることのはずが、きっと単純ではないなにかがあることを強く感じた。
夜の国、荊の城。妖魔が住まうこの城には、今日も悲しげな旋律が月明かりに響いている。




