第31話 人間と妖王
「息災のようでなによりだよ。マラコーダ」
「こ、これはこれはカルミラ様。お体はもうよろしいので」
「あぁ、おかげさまでな。よく眠れたよ」
朦朧としてきた意識をなんとか繋ぎ止め、状況の把握に努める。
目の前でマルコに対峙しているのは、いつか荊の城で見た、宝石の中にいた女性、妖王カルミラだ。
そのひとつひとつの動作は完璧なほどに洗練されていて、一歩足を踏み出すだけで思わず眼を奪われてしまう。
さらにその後ろには第二寵姫である慈姫テオリスと第三寵姫の石姫ディアが付き従っている。
「久しぶりに会えたばかりですまないが、要件は終わった。そろそろ扉を閉めようと思ってな」
「左様でございますか……ですが扉を閉めるためには、どなたかにアチラ側へ行っていただく必要があります」
マルコは再び厭らしい笑いを蓄え、扉の方へ手を差し出しながらカルミラを見た。
その瞬間、開いていた死者の扉の隙間からおびただしい数の悪魔が飛び出し、カルミラへと飛びかかっていく。
しかし、悪魔達の爪と牙がカルミラに届く前に、石姫ディアが間に立ち塞がった。
「控えなさい」
オレの付け焼き刃の魔眼とは威力が違う。
石姫の魔眼の瞳は、苛立ちと冷静さを混ぜた言葉とともに開かれ、そして怪しく光り、次の瞬きの間にはすべての悪魔が石と変わり、地面に落ちては砕けていった。
「私が扉を閉めに行っても良いと思っていたのだがな」
まるで何事も無かったかのように余裕な様子のカルミラは、マルコへ向かって言葉を続けた。
「懐かしい顔にも会うことができた」
カルミラが見ていたのはマルコではなかった。
龍と悪魔たちが出てきた扉。
いつの間にかその奥に立っている女性を見ていた。
淡く白い光の中に浮かぶように佇むその女性は、優しい眼差しでこちらを見ている。
「もう一度会えてうれしいよ。ローラ」
カルミラの言葉に、その女性は何も言わず、ただ優しい微笑みだけをカルミラへと返していた。
そして死者の国の扉は大きな音を立てて、ゆっくりと閉じていく。
カルミラにローラと呼ばれた女性は、閉じていく扉の向こうで綺麗なお辞儀をしていた。
その様子にその場で唯一、納得できない様子いるのはマルコだ。
相変わらず爪を噛み、もう一方の手で肩をかきむしり、異常なほどに苛ついた様子でブツブツと呟いている。
「【死者の花嫁】だとぉ……」
「さあマラコーダ。扉は彼女が閉じてくれたぞ」
「ええ。そのようですな…」
苦々しい表情を見せていたマルコが、じっとこちらを見つめる。
そしてふと、なにかに気づいたように、蛇のような厭らしい笑顔を取り戻した。
「いつか死にゆく者……? いやそうかそうか。 人間、お前には近いうちにまた会えそうだ。その時を楽しみにしているぞぉ」
月に向かって響く高笑い。
こんなに厭らしい笑い方が似合うヤツも中々いないだろう。
「それでは今夜はここで消えるとしましょう!またお会いできる日を心よりお待ちしております」
扉とともに再び暗い光に包まれ、マルコは消えいった。
――終わった。
カルミラの呪いは解け、ルナの、月姫カグヤの魂を救うこともできた。
オレにしてはよくやっただろう。
百点だ。
まぁ全身ボロボロで、目を開けているだけで限界なところはいただけないが。
不思議と痛みは感じない。
初めて味わう満足感でいっぱいだ。
好きな物をお腹いっぱいに食べて、昼寝をするような満足感。
離れた場所で、慈姫テオリスが倒れたままの月姫カグヤの介抱をしているようだ。
きっと、もう安心だろう。
カルミラがコツコツとヒールを鳴らし、近づいてくる。
そして倒れ込んでいたオレの前までやってきた。
この人の前だと、ちゃんとしなきゃいけないという気持ちになってくる。
無理に体を起こそうと、残りのチカラを振り絞ろうとしたところ、それを窘められた。
「よい、楽にしていろ。お前には本当に世話になったな。心から礼を言うぞ」
もうそれに応える声もでない。
必死に目線を返す。
「お前は我が民に希望を与え、臣下と向き合い、姫らを救ってくれた」
もったいないお言葉です。
こんな綺麗な人にそこまで労ってもらえたら本望だよ。
達成感でいっぱいだ。
でも本当に綺麗な人だな。
死ぬ前にこんな人に見つめてもらえたんだ。
来世に期待ができる。やったぜ。
考えないようにしているが、すでに体の感覚がない。
本当に最後なんだろう。
せめてもう一度ルナに会いたかった。
なんで全部話してくれなかったんだよ、って怒らなきゃいけなかった。
そう思いながら目をゆっくり閉じようとした時、カルミラが顔を近づけてきた。
そして――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■?」
そう言いながら、妖王カルミラは人間の首筋にキスをした。
第一章は残すところ、あと2話となりました。
次回は短めの間話を、
次次回は第一章のエンディングを投稿予定です。




