第30話 人間と真名
死者の国の扉を開いた人間。
その人間が最後に邪龍に放った一撃は強力なものであった。
【有明の魔眼】
その魔眼のチカラは光に、本来ではあり得ないほどの質量を持たせるもの。
そのチカラを利用し、剣に纏わせた魔力を光らせ、邪龍への一撃を放った。
死者の国の邪龍の体は右の肩口から大きく裂けていた。
その巨体を、さらに大きな何かで引き裂いたように抉れた傷。
傷は邪龍を死へと追いやった。
しかしその致命傷を与えた人間も無事ではない。
死の瞬間に邪龍が放った吐息。
そして爪の一撃。
その二つに身を焼かれ、身体を抉られていた。
だが最後に生にしがみついたものが勝者であるなら、それは人間であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-扉の使者 マラコーダ-
――驚いた。
まさか羽虫同等の人間風情が地獄の龍を討ち滅ぼすとは…
しかもその前に、剣鬼と呼ばれたあの月姫を破っているだと?
それにあの魔眼………
これはこれは。
なんとなんと。
だが、まあいい。
なんにせよ面白いのはここからだ。
死者を呼び止めるのに必要なのは、名前だ。それもただの名前ではない。ここではない場所に置いてある真名だ。
死へと歩み始めた者を『振り向かせ』、もう一度生へと繋ぎ止めるために必要なもの。
できるわけがない。
世界と世界の間に刻まれた『真名』を知る者など、本人を含めて存在するワケがないのだ。
かつて、オルフェウスもスサノオもここで失敗した。
あれは愉快だったなぁ。
さあ見せてくれ。
必死につなぎ止めた魂が去って行く瞬間を。
命をかけて呼び止めた者が再び去って行く、その絶望に染まる顔を。
あぁ……これだからこの扉の使者はやめられない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
倒れた龍の手から淡い光が漏れ出して浮かんでいる。
それがなんなのか最初は分からなかったが、きっとルナだと感じた。
ミリが手をバタつかせながら駆け寄ってくる。
「サクヤちゃんをホントの名前で呼んであげて!」
「本当の名前…?」
本当の名前とはどういうことだろう。
サクヤやルナじゃだめなのか?
血を流し過ぎたからか、頭が回っていない。
ボーッとする。
でもそこにルナがいるのを感じる。
名前……。
でも月のお姫様の名前だったら決まっている。
むしろ、最初からなんでこれじゃないんだって、そう思っていたんだ。
みんなもこの名前の方が、しっくりくるだろう?
「"カグヤ"、約束しただろ? 一緒に謝ってあげるから、もう帰ろう」
目の前に浮かんでいた光が強くなり、暖かくなった気がした。
ふと光が、こちらに背を向けた人の形になったかと思うと、振り向いて、笑った気がしたんだ。
光は優しく輝きを増し、倒れていた月姫の身体へと吸い込まれるように入っていった。
「あ゛り゛え゛な゛い゛!!!!」
突然、大きな声で叫んだのは、あのマルコとかいう悪魔だった。
「なぜマナを知っている!それはセカイの領域だ!おまえ!一体何者だ!何のロールを持っている!」
顔に四つある目を限界まで開き、爪を噛み、息荒く憤怒の形相でこちらを睨みつけている。
「まあいい。つまらん余興はここまでだ。人間なんぞここで俺様が殺してくれる」
あ、やばい。
こいつミリにヘコヘコしているから雑魚だと思ってたけど、割と強いかも。
解放しだした魔力が尋常じゃない。
そもそも、もう立てそうにないし。
せめてミリとルナだけでも逃がさなきゃ。
「できるだけ苦しんで死n、え…?」
期待していた展開を見ることができず、その苛立ちをぶつけようとしていたマルコの表情が急に曇る。
いや、その場の空気が変わったんだ。
やけに静かだ。
なのにどこからかコツコツとヒールを鳴らして歩く音だけが聞こえてくる。
そんな張り詰めた空気を裂くように、離れているはずなのにまるで耳元でささやかれるような、黄金色の声が聞こえてきた。
「よくここまでやってくれた。礼を言うぞ人間」
軋む体をなんとか声の方に向けると、いつか荊の城の中で見た、恐ろしいほど美しかった人物がこちらに微笑んでいた。
石姫ディアと呪姫テオリスをうしろに従え、そこにミリが嬉しそうに駆け寄っていく。
その立ち姿は、言葉に変えられないほど美しく、長い金色の髪が赤いドレスで一層輝いて見えた。
真っ赤な唇の上で輝く、金色にも青色にも見える月のような瞳は優しさと強さに満ちていた。
彼女は嬉しそうにこちらの様子をしばらく窺ったあと、悪魔とその後ろにそびえる巨大な扉に向き直った。
「久しいな、マラコーダ」
「カルミラ……」




