第3話 人間と角兎
謎の黒いスライムに追われ、ルナと名乗った謎の妖精に助けてもらったあと、オレはジョセフ老人の家へと送り届けてもらい、帰ってきた。
「私のコトは誰にも内緒だよ。またね!」
そういってルナは森の中へ消えていった。
なにがどう内緒なのか。なぜ内緒なのか。あのスライムはなんだったのか。最初に森の入り口に見かけた灰色の髪の女の子はどこへ消えたのか。
疑問は尽きないが、命の恩人が内緒だというのだ。とりあえず今日のことは内緒にしておこう。
そのあと少ししてジョセフ老人も荊の城から帰ってきた。
「呪いを解いていくためには、この国の各地にある呪いの依り代となっている魔物たちを倒していかなければならぬ。そのためにお主にはさっさと強さを身につけてもらわねばな」
そう言いながら、様々な実験道具や、分厚い本を並べていく。
どうやら手っ取り早くオレを強くするために、力をつけたり、魔力を手に入れられる薬を作ってみようと考えたらしい。
一言で言うならドーピングだ。
魔法が使えるようになるのであれば嬉しいが、新薬の実験台にされるのは非常に不安である。
そんなコチラの不安をよそに、このジイさんは鼻歌交じりに硝子の容器を並べ始め、怪しげな鍋にこれまた怪しげな液体を注ぎ、怪しげな呪文を唱えながらかき混ぜ始めた。
鍋の中から時折発光するこの液体を誰が飲むって?
冗談はハゲ散らかった頭皮だけにしてほしい。
オレはこのジョセフ老人たち"妖魔"という種族の王様を助けるために、この世界へ召喚された。
過去に死の呪いをかけられて、今は深い眠りについているという妖魔の王。王様には七人のお姫様がいたが、その呪いの進行を少しでも遅らせるために、お姫様たちも一緒に眠りについているらしい。
とてもファンタジーなお話しである。
呪いを解くために強くなって、呪いの元となっている魔物を倒す。その魔物は妖魔の立ち入れない場所にいる。そのために今まで手出しができなかった。
ありがちだが分かりやすい設定である。
それくらいどうにかできそうなモノだけど。
呪いをかけたヤツは、そうとう用意周到で徹底しているようだ。
きっと性格の悪い嫌なやつなのだろう。
ところで他の人間に頼む、とういう選択肢ではダメだったのか?
と聞いてみたこともある。
「人間の住む場所とのつながりを管理しておった寵姫が、呪いの進行を遅らせるために眠りについているため、この国に来れる人間は今はまずいない」
つまるところの現状、頼れる人間はここに召喚されたオレ一人だけ。
最初は知らない世界に呼び出されて最初はワクワクもしたが、なんの取り柄もない、普通の人間にはやっぱり荷が重い。
ジョセフ老人が怪しい霊薬の実験を始めてから数日が経った。
最近は森に連れていかれることもなく、ほったらかしにされることが増えた。
暇を持て余し、できることもないため、なんとなく居心地の悪さを感じて庭で過ごしていると、ある日森の方から小さな光が飛んできた。
月の妖精と名乗り、先日森の中で助けてくれたルナだ。
ルナはこちらを見つけると、嬉しそうに飛んでくる。
「ジョセフちんは今はお留守?」
「いや、ずっと部屋に籠もって何かの実験をしているけど」
「それなら良かった!ほら、準備して。森に行くよ!大丈夫、バレないから♪」
機嫌の良さそうな妖精は、宙を踊るように舞い、森を指さした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国。森の中。ビルのような大樹が鬱蒼と生い茂り、木の肌には光る苔が張り付いている。その光に釣られ、寄ってきた蟲を、嘴の鋭い蜜鳥が狙っている。
そんな常夜の森に、似合わない騒がしさが響いていた。
「だーかーらー。そうじゃないって。足運びが重要なの、剣は足で振るの。足を動かすんじゃなくて、足を捌くの」
ジョセフ老人の邸宅から連れ出され、なぜか月の妖精ルナとの特訓が始まった。
表情のコロコロ変わる妖精は、今は頬を膨らませプンスカと怒っている。
剣の才能のないオレに業を煮やしているようだ。
しかし――……
「ちょっと休憩させて!もう何時間、剣を振ってるのか…」
さすがに現代っ子に連続での素振りは堪えるものがある。
「もう、ダラしないんだからぁ」
そう言いながらも、近くの木へと飛んでいき、そこに生っていたリンゴのような木の実を採ってきてくれる。
水分が欲しかったから、ありがたい。
「もうオレじゃない人に頼んだ方ががいいんじゃないかな、こんな普通の、一般人を捕まえたって何もできないよ」
特訓でかいた汗を拭い、切れた息を整えながら、つい吐きたくもない弱音を吐いてしまう。
でも実際、戦いのない世界にいた人間よりも、この魔物のいる世界にいる人間を召喚した方が、絶対に効率も良いはずだ。
「大丈夫!アナタが強くなれることは私が知ってるんだから」
無い胸を張りながら自信満々にルナは言う。まるで根拠のない自信に笑顔が張り付いているようだ。
この月の妖精とやらは一体何を知っているのだろうか。聞いても教えてはくれない。話が見えてこない。
「無理じゃないかなぁ。特別でもなんでもない、ただの人間に突然呪いを解くだなんてファンタジーなことできないよ」
「そんなことないよ。私はアナタに、特別じゃない人なんていないんだって教わったんだよ?」
まっすぐもこちらを見つめ、そう言ってくる月の妖精に、情けない顔を返すことしかできなかった。
どういうことだろう。まだ2回しか会っていないはずなのに。
でも自信満々に、こちらを疑うことなく、まっすぐ見つめてくる月の妖精を信じたくなってくる。
見つめ返していると、一瞬だけルナの妖精の姿が、自分と同じくらいの背丈の女性の姿に見えた気がした。
黒い髪をなびかせ、すらりと伸びた手を腰に当て、綺麗な笑顔を向けている。そんな姿に背中を押された気がした。
「………わかったよ。もう少しだけがんばってみる」
「よし!その意気だよ!」
嬉しそうにするルナを見ていると、本当にもう少し頑張ってみようという気になってくるから不思議だ。
まあ可愛い顔に免じてここは人肌脱いで頑張ってみることにしよう。
「それと!ルナちゃんのことは妖魔たちには絶対に内緒だからね」
振り向きざまに、ウインクをつけるルナはまるでお姫様のようだった。
その日、特訓の成果もあってか、始めて角兎を一人で狩ることができた。




