第4話 人間と荊の城 -庭師の場合-
始めて月の妖精ルナに特訓を付け始めてもらってから幾日かが経った。
あれからというもの霊薬の研究に勤しむジョセフ老人の隙を見つけてはルナと森へ行き、魔物を倒す特訓を続けている。
その成果もあってか、今では角兎ぐらいであれば苦戦することなく一人で倒せるようになっていた。
人間、成長するものである。
「同じような魔物ばかりと戦っていても強くはなれないからね!次はもっと大物を見つけてみよう!」
張り切りながら、楽しそうに話す月の妖精ルナに連れられて、いつもより森の奥へと入っていく。
この娘と一緒にいると、暗い森の中でも楽しく感じてくるから不思議なものである。
注意深く歩いていると、茂みの向こう、大きな岩の肌、そこにしがみついているのは自分と同じくらいの大きさの蜥蜴だ。
いや、あのサイズは蜥蜴ではなく、小さな恐竜と言って良い。
「じゃ、今日は岩蜥蜴いってみよー」
「まてまてまてまてまてまてまてまて」
無邪気に小さな恐竜を指さすルナ。それを咄嗟に制止する。
「さすがにいきなりアレは無理だって!」
「だーいじょうぶっ!角兎をあれだけ狩ってきたんだから、そこそこ力が付いてきてるはずだよ」
「兎と恐竜はちがっ………ん?力が…ついてきてる?」
「実感なかった?キミのロールにはそんな感じのチカラが備わっているはずだよ」
オレのとぼけた顔に、いつもの完璧なウインクとドヤ顔を、ルナが返してくる。
ロール?前もそんな言葉をどこかで聞いたような…倒すとチカラがついてくる…つまりレベルアップができる、みたいなことか?
「あ!きたよ!」
あれこれと考えていると、ルナがまたまた楽しそうに指を指す。
指し示した指の先には、のそのそとコチラに向かってくる岩蜥蜴がいた。
「岩蜥蜴は動きが遅いから、後ろに回って剣で攻撃して!ほら教えた通りに足を動かして、足運びを思い出すんだよっ」
ルナに言われた通り、足裁きを意識し、岩蜥蜴を牽制しつつ、死角に入るように立ち回る。ぎこちなさが残りつつも上手く動けたと思う。
そして蜥蜴の首元を狙って、力一杯剣を振り下ろした。
堅く、いびつな手応えが腕を駆け抜け、頭に伝わる。
予期せず堅いモノを噛んでしまったような、嫌な感触だ。
振り下ろした剣は、岩蜥蜴の首元にはじかれ、二つに折れてしまった。
「下がって!!【火炎魔法】!」
ルナの手から小さな炎が起こり、岩蜥蜴を牽制する。
その隙になんとか逃げるコトができた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うーん、これはさすがに寿命だね」
なんとか岩蜥蜴から逃げ切り、折れてしまった剣を二人で眺めていた。
たしかにジョセフ老人から預かったとき、既にボロボロで、いつ折れてもおかしくなかったけど、剣より堅い蜥蜴がいるとは思わなかった。いや恐竜か。
「ん~………こういうときはアレだね!センジに助けてもらおう!」
「セン…っえ?だれ?」
段々と分かってきた。月の妖精には人を振り回す才能がある。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんにちは、あの…センジさん…?ですか?」
オレが召喚された場所、ジョセフ老人の邸宅から見える妖魔の城、【荊の城】の装飾は少し変わっている。
おそらく常夜の国であるため、色を重視していないのだ。
その代わり、月の光に映えるように白を基調とし、月明かりを淡く反射させるような壁肌になっている。また影が模様になることを計算されているのか、彫刻は細部まで拘られている。
そんな妖魔の城の門を通り抜けると、そこには中庭がある。
月の色によって照らし出される木々や花々が美しく、また自然な美しさを際立たせるよう完璧に配置されている。
庭の中央にある噴水やテラスを含め、まるで一つの芸術作品のようだ。
月が角度を変えて照らすたび、この庭はその都度新しい作品になっていく。
そんな中庭を一人で作り上げ、管理している職人庭師の妖魔がいる。
ヒゲを蓄え、眉間にシワを寄せ難しい顔をした、センジという一人の妖魔だ。
センジはまさに筋骨隆々といった体格で、白い髪を後ろに束ね、同じく白く長い髭をたくわえたおじさま妖魔である。
ルナに聞いたところ「夜の国で一番武器に詳しいのはセンジなんだよ!」とのコトだったが、はたして庭師が武器をどうこうしてくれるのだろうか。
たしかにただ者ではないオーラをバチバチに出してはいるが。
ちなみにルナはついて来ていない。「ルナちゃんは妖魔たちに会えないの!ルナに会っていることも皆には秘密だよっ」とのことだ。
どんな理由で秘密にする必要があるのかは分からないが、一旦従っておこう。
「お前は確か、ノア様とジョセフ様が呼び出した人間…。儂になにか用か」
オレからの不安そうな問いかけに低い声で答えたセンジは、こちらの様子をまじまじと窺っている。
「えっと、その…使っていた剣が折れてしまって、ここを頼るといいとて言われまして」
説明できないことが多く、辿々しくなってしまう。
その様子からなにか察したのか、センジは深くは追求してこない。
手に持っている折れた剣を一瞥すると、状況を分かってくれたのか、先ほどまで使っていた剪定道具を片付け始めた。
「…ついてこい」
少し考えるそぶりを見せた後、センジはそう言うと、城の外れのほうへと歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
荊の城。離れにある鍛冶場。
久しく作業がされていないのか、鍛冶場独特の熱は一切感じない。だが整然としており、手入れが常に行われていることが伝わってくる。
「これはお前が振っていたのか?」
折れてしまった剣を見せると、センジは刃先や柄をまじまじと調べ始めた。
剣の折れた箇所、細かく付いた傷を撫で、柄を調べる。そしてまっすぐにこちらを見た。
「誰に剣を教わった?」
ルナには口酸っぱく、「私のコトは誰にも内緒だよ!」と言われている。そのため、またしてもなんと答えていいか迷っていると、センジがそのまま会話を預かる。
「いや、いい。お前がカルミラ様のために働いているのなら、些末なことだったな」
そう言いながら立ち上がり、部屋の隅に立てかけてあった剣を手に持った。
「これを使うと良い。そんな兵士の練習用の剣よりも役に立つだろう」
「あ、ありがとうございます!」
「少し振ってみろ。調整してやる」
ルナに教わった剣の振り方をしてもいいのだろうか。
でもこの世界に来るまで剣なんて振ったことなかったから、他の振り方なんて知らないし。まあ仕方ないか。
そう思いながら月の妖精ルナに基本だと教わった通りのやり方で、剣を振る。
チラリと横目でセンジを見ると、眉間に深い皺を寄せ、腕を組みながらこちらを見ていた。
やはり何かマズかったのだろうか…
「貸してみろ」
しばらくコチラの素振りを見ていたセンジはそう言って、簡単に剣の持ち手の調整をしてくれると、さらに手際よく鞘とベルトの調整まで行ってくれた。
「たまに顔を見せにこい。剣の手入れの仕方を教えてやる。それと時々であれば稽古もつけてやろう」
見かけは怖いが非常に優しい妖魔だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ね!やさしくて良い人だったでしょ?」
まるで自分のことのように自慢気に喜び、飛びながら踊り回るルナが可愛らしい。
センジに新しい剣を貰い、月の妖精ルナのいる森まで戻ってきていた。
森と城のダッシュも慣れたものだ。確かに体力がついてきた気がする。
「センジは昔は凄い鍛治師で、剣の腕も超一流だったんだから」
そういう説明は先にしておいて欲しかった。
たしかに佇まいからただものではなかったが…
今度なにかあるときは事前に色々聞いておこおう。
「そうだ!お礼をしなきゃね!」
またまたルナに振り回される予感がした。
オレ、この世界から逃げたいはずだったのに、こんなことしていて良いのかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国、森の深く、荊の城の北にある凍った泉。
月の妖精ルナに、剣をくれたセンジへのお礼の品を獲りにいくと促され、森の奥深くにある泉までやってきた。
ここに来るまでの道中にも、多くの魔物を倒し、敵わなそうな魔物を避けてくることになっており、すでに帰りが思いやられる。
しかし剣を良い物に変えたおかげか、以前よりも戦いが楽になった気がする。
弘法は筆を選ばないらしいが、オレは剣を選んだ方がいいらしい。
「ほら!あれが氷の薔薇だよっ!」
ルナが指を指す先には、凍った泉と、泉の近くの木から垂れるように茎を下げた薔薇のような花が咲いていた。
真っ白な花だ。薔薇によく似ているが、花弁は薔薇よりも大きく、広く咲き誇っており、まるで炎のように色が揺らめいている。また茎には鋭い棘が生えている。
確かに今まで見たどんな花より魅力的である。真っ白な炎がまるで燃えるように輝き揺らめいており、辺りがほんのりと明るい。
想像では僅かにしか咲いていないものだと思ったが、湖の辺り一面に咲いている。綺麗なカーテンと絨毯、という表現が似合いそうな程だ。
また同じように白く輝く蝶々も火の粉のように飛んでいて、さらに幻想的な景色に仕上がっている。
もし何も知らずに見つけたら、ちょっとしたキレイな火事だと見間違えてしまいそうだ。
「センジはあの花が大好きなんだ!でも咲く場所が限られているからあまり見れなくて、昔はよく摘んでいってあげたんだよ」
「昔って…」
「ほら!遅くなる前に早く摘んで、帰るよ!」
ルナは慌てて、誤魔化すように質問を遮る。
誰にも秘密があるように、きっとルナにもなにか秘密があるのだろう。そしてきっとそれは妖魔や、妖魔の王様だというカルミラと関係がある。だからきっとオレのことを助けて、カルミラの呪いを解けるように強くしようとしている。
まあ今は変に勘ぐるのはやめて、花を摘むことにしよう。
助けてくれている事実は変わりない。
それにいつかきっと本当のことを話してくれる気がする。
「冷た…」
氷の薔薇を、棘に注意しながら摘むとその冷たさに驚いてしまった。
まるで本物の氷のような手触りと冷たさを持つその薔薇は、手の中で少し溶け始めた気がした。
「じゃあ溶けちゃう前に帰るよ!走って!」
「え?溶けるの?マジで?走るの?」
そう。この薔薇を摘むことが難しいのは、森の奥の氷の泉にしか咲かないからだけではない。人肌の体温でも溶けていってしまうからだ。
数本の氷の薔薇を摘み、できるだけ身体から離すように持ち上げた。
ルナに急かされ、走り慣れてきたこの夜の国の樹海を全力疾走で荊の城へと向かうことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
荊の城。庭園にて。息を切らし、肩を大きく上下させる人間。
「ぜぇぜぇ…センジ…さんっ!」
先ほどのように庭園で剪定をしているセンジを見つけて、汗だくで駆け寄る。
少しだけ驚いた様子のセンジが振り向きながらこちらを見た。
「どうした。剣になにかあったのか」
「いえ…これ、いただいた剣のお礼にと思って、すこし溶けてしまったんですけど…ぜぇ」
「なぜこの花を…」
センジは驚いた様子で花を受け取った。
氷の薔薇を折らないようにと、花を支える手つきは非常に繊細で、とても優しく見えた。
「この花が好きだと聞きまして…」
「…この花を好きだったのはオレの妻だ」
息を整えながら、花について説明しようとすると、返ってきた答えに薔薇以上に凍りついてしまった。
ルナに言われるがままに花を贈ったが、触れてはいけない部分に触れてしまったのではないだろうか。
「…オレの妻は人間だった。お前と同じな」
流れ出る汗の理由が、走ってきたという理由から、冷や汗へと変わっていく。なんと言葉を返していいか迷っていると、花を見つめながら、ぽつりと、寂しそうにセンジは言った。
「人間と妖魔の間に流れる時間は違う。最初は見ているだけで十分だった。それだけで良いと思っていたんだ。だが妖魔の王、カルミラ様が背中を押してくれてな。おかげで彼女にとっての長い時間を、ともに過ごすことができた」
突然の思い出話に驚き、息を切らしていたことも忘れてしまったが、センジが少し心を開き、なにか伝えようとしてくれているのがわかった気がした。
奥さんとの話から何を伝えようとしているのか掴みきれないが。
妖魔は人間よりもずっと長い時間を生きる。奥さんにとっての長い時間もきっとセンジにとっては、とても短い時間だったのだろう。
「妻が好きだったこの花を、よく摘んできてくれる方がいてな」
その言葉に、やっぱりルナの顔が思い浮かんだ。
「この花を見るたびにアイツの嬉しそうな顔を思い出せる」
「あのオレ……」
余計なことをしてしまったのかもしれない。
なんと言って良いのか、言葉が見つからず口ごもってしまう。
そんなこちらの様子を察してか、センジはほんの少し口元を緩ませた。
「いや礼を言う。久しぶりにこの花を、妻を思い出せた。お前はカルミラ様と姫様を救ってくれ。お前にはきっとそれができるのだろう?」
月明かりがセンジの顔を照らす。その顔がとてもやさしく見えた。
手の中に残っていた薔薇の花びらは、甘い香りを残して溶けていった。




