第28話 人間の作戦
これは最期の呪いを解くために、人間が月の塔へ行く少し前の話。
まず間違いなく、月の妖精ルナの正体は第七寵姫、月姫サクヤだ。
いくらオレだってそこまで鈍感じゃない。
そう考えれば納得できることもたくさんある。
オレの知らない何かしらの理由で、過去に妖王カルミラを呪うしかない状況になり、今はその呪いの依り代となっている。
彼女を討てば呪いが解けるのだろう。
妖魔除けの呪いなんて、きっと妖魔たちもどうにかできたんだ。
きっと彼女が呪いをかけなきゃいけなかった理由をみんな知っていて、彼女がみんなから愛される人物で。
だからギリギリまで別の解決方法をみんな探していたんだと思う。
でも結局その別の解決方法は見つからなくて。
だから、きっとノアは代償を"2つ"支払ったんだ。
右の眼と左の眼。
2つの願いを叶えるため。
妖王カルミラを助けたいという願いを叶えるため。
もうひとつは……。
時間がない。仕方ない。なんて言いながらツンデレなやつだ。
そんな代償を支払って呼ばれたんだ。
すこしは期待に応えてやるとしよう。
ルナが妖魔の人たちと顔を合わせようとしないことも。
月の妖精と名乗り、姿を変え、カルミラの呪いを解くように必死になってサポートしてくれたことも。
そう考えれば色々と腑に落ちる。
正直、いまだに妖王カルミラを復活させるってことにはピンときていない。
ここまでやってきて今更だけど、会ったこともない人のために必死になって頑張ろうという気にはやっぱりなれなかった。
いつまでも煮え切らず、ウジウジとしてしていることには、自分だって腹が立つ。
でも、この見知らぬ地に来て、仲良くしてくれた友人、その頼みは聞いてあげたいと思うんだ。
過去にどんなことがあったかはわからないし、それが正しいことかもわからないけど。
でもルナのことは信じていいはずだ。
だからオレは、ルナを、月姫サクヤを助けたい。
そう考えて、まずはジョセフとノアに相談することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
荊の城。小さな円卓が置かれた部屋。窓から月の光が差し込んでいる。
円卓には騎士団長ノア、宮廷魔法使いジョセフが座っている。
「あらためて確認からだけど。最後の呪いの依り代、呪いの本体、いやカルミラに呪いをかけたのは七番目の寵姫、月姫なんだよね?」
今まで隠していた月の妖精ルナの存在、おそらくソレが月姫サクヤであること、ここにきてから話していなかった出来事を二人に話した。
ノアは相変わらずのノーリアクション。
ジョセフ老人だけは少し動揺してくれたかな?
「そうじゃったのか。お主の様子から、おおよその検討はつけておったが…」
ジョセフは難しい顔をしながら、ヒゲを撫でている。
「呪いの地は我ら妖魔では立ち入れん呪いがかけられている上に、どちらにせよサクヤ様を手にかけることは誰にもできんかった。汚れ役をお主に押しつけようとしたのじゃ、謝って足ることではない。すまなかった」
妖王カルミラの死の呪い。
それを解く唯一の方法は、呪いの根源である月姫サクヤを殺すこと。
――だから、
「オレが、オレが月姫サクヤを殺すよ。そうすれば呪いは解けるんだろ?」
オレの言葉に少しの間をおいて、ジョセフ老人はじっとこちらを見つめた。
「しかし良いのか? もうすでにお主にとってもサクヤ様は…」
「考えはあるんだ。 ……死者の国の扉を開こうと思う」
オレの言葉に、二人は露骨に顔をしかめた。
「扉姫ミリアム様か」
ここまでずっと黙って聞いていたノアが、口を開いた。
「お前の考えは理解した。一度サクヤ様を討った上で、呪いを解き、ミリアム様のチカラを借りて、サクヤ様を復活させようというのだろう」
言いたいことを全部言ってくれた。
理解が早くて助かる。
ノアの言った通りの作戦である。
第一寵姫、扉姫ミリアム。
彼女だけが持つその特別な能力は、この世界に存在するどんな扉でも呼び出せるというものだった。
以前にも死者の国の扉について、ジョセフ老人から聞いたことがある。
復活させることについてはあくまで予想の範疇だったけど、今のリアクションなら、できなことはないはずだ。
話しを聞いていたジョセフ老人は、顎髭を撫でながら眉間の皺をより深くする。
そんなジョセフ老人を横目に、ノアは続ける。
「お前の考えを理解した上で、お前が越えるべき壁を2つに整理しよう。
一つは剣神と謳われた月姫サクヤ様を討つという不可能を可能にすること。
二つ目は剣神サクヤ様との戦いに余力を残して勝った上で、その後に扉の試練を越えること。
この二つが必須の条件だ。
さらに妖魔除けの呪いがある限り、我々が手助けすることはできない」
ノアが眼帯越しに、自分の目を撫でながら続けた。
「オレはミリアム様のチカラを借りて、願いを形にする銀月の扉を呼び出し、両の魔眼と引き換えにお前を召喚した。
おそらく死者の国の扉を開き、死んだ者を甦らせる代償、もしくは試練もそれ相応のものとなるだろう」
それもなんとなく察していたさ。
「でも、それなら尚更やらなくちゃ。そのために呼んだんだろ」
「……ああ、そうだな。だから、我らもあらためて全力をもってお前にチカラを貸そう」
心強い言葉だ。
彼らの協力なしで、今回の戦いを勝利することはできないと考えていた。
だからこそすべてを打ち明けたのだ。
勿体ぶらずに話しの続きをして欲しいという目線を送ると、ノアはさらに続けた。
「まず、呪いの本体となっているサクヤ様は、そのチカラのすべてを発揮することができないはずだ。そこをつく――」
ノアは冷静に話しを続ける。
妖王を呪い殺すほどのチカラを使い続けている月姫サクヤは、その秘めたる魔眼のチカラも、自身の魔力のほとんども、今は使えないはずである。
だから妖魔除けの呪いさえ無ければ、月姫の討伐自体はそこまで難しいコトではなかったはずなんだ。
問題だったのはその妖魔除けの呪いと、彼女があまりにも愛されていたことだ。
そして月姫が恐れられた一番の理由「金色神楽」。
剣を振りながら舞い踊り、その舞を術式として様々な術を発動させる技。
これも呪いにより制限があるはずだ、とのコトだった。
「それでもお前がサクヤ様に勝つにはまだ足りない」
ノアの中でのオレの評価が低すぎて、泣けてくる。
しかし冷静に勝ち筋を考えてくれているのは有り難い。
「そこで、だ。妖魔に伝わる禁術を使う」
「ノア殿」
禁術、という言葉に反応し、黙って聞いていたジョセフ老人が止めに入る。
だが眼帯をつけたままのノアから放たれる、無いはずの鋭い眼光にジョセフ老人もオレも思わず黙ってしまう。
「お前に我ら妖魔の血を与え、一時的に魔眼の使用を可能にする」
少しずつ勝ち筋が見えてきた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
妖王カルミラにかかった死の呪い。
その元凶であった月姫サクヤを討った月の塔は、先ほどよりも静まりかえっていた。
時折聞こえてくるのは、扉姫ミリアムが涙を堪え、鼻を啜る音だけだ。
月の塔の最上階。
月姫サクヤを部屋の隅にそっと寝かせる。
ここからが本番だ。
ルナを、月姫サクヤを討ち取るだけでも無理ゲーだったが、最初の難関は越えた。
無理をしたせいか、まだ眼の奥がズキズキと疼き、月姫に切られた傷が痛むが、立ち止まっている暇はない。
「さぁミリ。頼んだよ」
「うん!」
ミリは大きく腕を動かして涙を拭くと、そのまま小さな両の手を夜空に掲げた。
ミリの瞳が青い色に淡く光り始め、不思議なチカラを感じる。
「おいで!ダルバザの道を閉ざすもの!オーギュストの扉!」
それは扉と呼ぶにはあまりに大きく、禍々しいものだった。
暗く光る闇に包まれて現れたのはまるで壁だった。
天井が崩れ、夜空が見えている月の塔の最上階。
とても広いその場所に、それでも狭いと言わんばかりの門扉。
石造りのその扉は、苦しむ人たちの彫刻で装飾され、そのひとつひとつが今にも叫び出しそうだ。
扉の異様な雰囲気に呑まれていると、バサバサと空気を押しのける音が上から降りてくる。
「こーれはこれは、ミリアムお嬢様!お久しゅうございます。此度の召喚、身に余る光栄にございます」
「うん!マルコちゃんも元気だった?」
「おお!なんという慈愛に満ちたお心遣い!わたくしめにはもったいないお言葉です」
マルコとミリに呼ばれたものは、人と呼ぶより悪魔と呼ぶべき姿だった。
真っ黒な毛で覆われた体に、山羊のような頭。ぼろきれを体にまきつけていて、背中からは真っ黒な羽根を生やしている。
翼なんて良いような物じゃない。
本当に悪魔を体現するような、蝙蝠の羽だ。
「本日もどうやらお母様はいらっしゃらないようですが?」
「うん!今日はお兄ちゃんと一緒なんだよ!」
ミリがそう言うと、悪魔はこちらを一瞥し、口元をニタニタとさせた。
「それはそれは。どなたが一緒でも、扉を開けていただけるなら、私どもは一向に構いませんが」
コイツ嫌なやつだな。
今にも吹き出しそうで、抑えきれないといった具合に笑いを堪えている。
「それでは仕切り直しましょう!我が名はマラコーダ!ダルバザの道に潜む闇の爪!本日はどなたにお会いに扉の前へ?」
マルコが仰々しく腕を振りかざし、お辞儀をしてみせる。
ミリがこちらに目配せをする。
できるだけ気持ちを落ち着かせ、うしろに横たわるルナを思い、大きく息を吸う。
「月姫サクヤだ」
「それではどうぞごゆっくり」
悪魔の黒い羽の後ろで、大きな扉がゆっくりと開き始めた。




